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おきあがり  作者: 鳶鷹
二章
62/136

26



 彼女の視線の先には新條がいた。

 突然名指しされた新條は怯えた顔で田原の後ろに隠れる。


「おかしいと思ったのよ!旦那もお義父さんもいきなりあんなになって!」

「おばさん?落ち着いて!」


 新條に掴みかからんばかりの久佳に、吉田のおばあさんと田原が慌てて止めようとするが彼女の勢いは止まらない。

 逃げる様に一歩下がった新條の肩を掴む。


「やっ、やだ」

「何がやだよ!見たんだからね!あんたが夕べ旦那とお義父さんとキスしてたの!」

「えっ?」


 久佳の言葉に全員の視線が新條に向かう。

 視線が集まった新條は怯えた様に助けを求める視線を彷徨わせるが、いつも庇う田原ですら呆然と彼女を見るばかりだ。


「ど、どういう事、久佳ちゃん」

「……お義母さんに黙っててごめんなさい。でも、あんなの異常事態の気の迷いだと思ったから」


 苦しそうに言って久佳は新條を睨む。


「お風呂の前でお義父さんとキスしてたわよね?夜中、十二時くらいに台所でうちの旦那といちゃついてるのも見たわよ」

「わ、私、そんな、」

「言い逃れしないでよ!あんたがあれの元なんでしょ!」

「ち、違う!」


 肩を掴んで詰問する久佳に、新條はもがいて逃げようとする。

 それにカッとなった久佳が片手を振り上げ、動けなかった周囲の人間が慌てて二人を引き離そうとするが、久佳の力が強くて中々離せない。

 

「この泥棒猫!疫病神!病原菌!」

「違う!私は違う!」

「何が違うのよ!あんたのせいでしょ!あんたがウィルス持ってるんでしょ!」

「違うったら!」

「嘘つくんじゃないわよ!この尻軽女!」

「違う!だって私ゾンビじゃない!」


 田原にルイスが手を貸してようやく久佳を引き離せた、と思ったら、新條が絶叫した。


「おかしいじゃない!私がウィルス持ってるなら、もうゾンビになってるじゃない!私じゃない!」

「時間差かもね。数時間経ったら発症する、とか」

「ちょ、先生、何言って」

「違う!だってお父さんとしてからもう一日以上たってる!」

「やっぱ旦那としたんじゃない!このクソガキ!」

「違うって言ってるじゃない!おばさんの旦那なんかじゃない!お父さんよ!」

「………は?」


 言い放った新條に全員の動きが止まる。

 何を言ったのか意味が分からず凝視する視線に、新條は自分が何を口走ったのか気づいたのか、あ、とこぼして顔面を蒼白にした。


「お前、まさか近親相姦、」

「違う!」


 遼が無意識にか一歩引いて指さすと、新條は遮るように叫んだ。


「違うの!お父さんとは血が繋がってないの、だから!」

「だからって、え、俺、実子だと思ってた」

「私もそう思ってたわ……」


 呆然と吉田のおばあさんが同意する。


「あそこのお家に越してきた時から一緒よね……?」

「それはっ、そうだけど、でも、お母さんが、連れ子だってバレたら苛められるからって……」

「はぁ?!」


 消え入りそうな声で言った新條に、遼が叫ぶ。


「お前、連れ子だったら苛められるって言われてて、自分は咲ちゃん父子家庭とか言って苛めるとか意味分かんねぇ!自分だって血縁無い父親な、のに……」


 そこまで言って遼は口籠った。

 苦々し気な口調で「だからか」と呟く。


「お前、自分の親父が養女に手出す変態だから、咲ちゃん家も、て思ったのか」

「えっうちのお父さんそんな事しないけど!」


 ぎょっとして咲良が遼を見ると、遼は分ってると頷いた。


「おじさん見てりゃ分るよ。でも、こいつん家は違ったんだろ」


 憐れむような遼の視線に、新條の顔がくしゃっと歪む。

 泣きそうな怒りを堪える様な顔で俯いたその顔に、咲良は憐憫を抱いた。

 いつから新條が父親に手を出されていたのかは分からないが、連れ子の立場からすると抵抗しづらかったのだろう、と思う。

 咲良の父親はそんな素振りを見せた事は無いし、咲良も普通に父親に甘えたり怒ったりするが、時々どうしようもなく遠慮する気持ちは沸いてくるのだ。

 遼や典子は普通の父娘だと言ってくれるが、普通の家族を知らない咲良にはそれが普通か判断が出来ない。ただ自分にとって父は父だけだ。


「だからって他人の旦那に手を出して良いわけじゃないでしょ!」


 しんみりした空気を破ったのは久佳だった。

 他の人間が新條に対して哀れみだったり気の毒そうな顔を向ける中、久佳だけは変わらず怒りの表情で睨みつけている。


「被害者ぶった顔してるけど、本当の被害者はこっちよ!」


 言って、また手を振りかぶった。

 我に返った悦子と吉田のおばあさんが彼女を取り押さえようとして揉み合う。そのせいで一番力があって取り押さえるのが得意そうなルイスは彼女たちの輪から弾かれてしまい、手が出せない。

 咲良はわちゃわちゃと揉み合う人たちを階段を三段ほど上がったところから見ているしか出来なかった。降りて行けるスペースが無い。


 気を揉みながら助けを求めて視線を巡らせ、ふと開きっぱなしの玄関ドアの向こうに気づく。

 門の数歩手前に辿り着いていた桐野が、門の先に延びる道路を見て足を止めた。

 彼の視線の席を追えば、道路をよたよたと小走りに駆けてくる人影がいくつもある。疲れているのか今にも足が縺れて転びそうだ。

 吉田たちと同じように逃げて来たご近所さんだろう。服装が乱れて所々血がついているが、起き上がった死者たちがのろのろと動くのと違いそれなりの速度でだが走っている。

 彼らを見ていた桐野が走り出した。

 きっと手助けするつもりだ。だったら自分たちも手伝わないと、とまだ揉めている人たちに声をかけようとし、咲良は言いかけた言葉を失った。


 桐野は走り寄った門を、勢いよく閉めたのだ。

 走り寄ってくる人たちを門の向こうに置いたまま。

 当然小さくはない金属音が響き、吉田たちも驚いたように動きを止めて桐野を振り返った。


「ネイト!変異だ!走ってる!」


 叫んだ内容に、咲良は一瞬着いていけなかった。へんい、という言葉に、変異、という漢字が当て嵌められなかったからだ。

 ただ桐野の怒声に異常を感じ、走り寄ってくる人影を見た。

 誰もが怪我をしている。だが、誰も痛がっている様子が無い。血の出ている腕や肩を庇う様子も無く、血を流したまま無造作に足を踏み出しているのだ。

 しかも徐々にスピードが上がっている気がする。

 咲良が気づいた時は足が縺れて転びそうな走りだったのが、今では小さな子供の駆けっこぐらいのスピードが出ているように見えた。

 同じように人影を見ていたルイスが舌打ちをする。


「早すぎる!急げ!」


 忌々し気に吐き捨て、揉めている吉田たちをまとめて家の中へと押しやり、素早く玄関のドアを閉めた。

 桐野が外にいるのに、と狼狽えた咲良たちに二階を指さす。


「全員上へ!」

「え、でも、桐野くんは、」

「眞は後から上がってくる。良いから上へ!」


 きつい声音に、揉めていた久佳たちも慌てて靴を脱いで玄関へと上がってくる。咲良は事態を飲み込めないまま、下から押されるように典子と一緒に先を走る小町を追って階段を駆け上がった。

 そのまま前庭側の部屋と飛び込む。

 典子たちの部屋からでは何が起こったのか見えないからだ。

 同じように思ったのだろう、遼たちも同じ部屋と入ってきて咲良たちを追い抜き、窓にかかっていたカーテンを引き開く。


「え?!ちょ、桐野くん?!なにやってんの?!」


 慌てたような声に咲良も窓の外を見れば、桐野が門のこちら側に白い袋を積み上げていた。門のすぐ向こうには走り寄ってきた人影が迫っている。

 

「に、逃げろよ、ちょっ!」


 ガシャーン!という音と共に、先頭を走っていた人影が門に正面から激突した。

 アコーディオン型の門扉は桐野が積み上げているもののせいでさほど内側にはたわまず、人影は反動で勢いよく後ろにひっくり返った。

 まるで漫画かアニメのワンシーンだ。だが漫画やアニメなら笑えるシーンだが、リアルだと笑えない。むしろ異常過ぎて恐怖が湧いてきた。

 普通の人間なら、門扉に全力疾走でぶつかったりはしない。絶対に怪我をする、と分かるからだ。

 なのに、あの人影はまるで足を緩める様子が無かった。

 唖然としていると、二番目の人影が同じように門扉にぶつかり、同じようにアスファルトに倒れる。

 

「頭おかしいんじゃないの……!」


 倒れた一人目が起き上がる前に、三人目が走りこんできたのを見て、久佳が悲鳴をあげた。

 三人目が倒れた一人目を無造作に踏みつけたからだ。

 転んでる人間に手を貸すどころか、無いもののように踏むなんてまともじゃない。当然の様に三人目は一人目の上で転び、二人は揃って転倒したが、どちらも悲鳴はあげなかった。

 その横で転んだ二人が無言で立ち上がり、また門扉に突撃しようと走り出す。

 だがそれは直前で門から振るわれたもので邪魔された。


「ちょっ桐野くん!」


 門の隙間から振るわれたのは、桐野の傘だ。

 どうやったのか二人目を転倒させた傘はすぐに引っ込み、また白い袋を積み上げる作業に戻る。


「なにあれ、え、ちょっあれなに?!」

「土嚢だわ」


 誰に聞くとは無しに遼があげた声に答えたのは悦子だ。

 彼女もやや呆然としながら呟く。


「夕べ、スーパーのビニール袋と土を使って良いか聞かれたの。雨戸を補強したいからって」

「雨戸?」

「下の雨戸よ。全部閉めて補強するって。中原さん家もやるって言ってたわ」

「え、うちもですか?」


 名前を呼ばれて咲良は窓から身を乗り出し、自分の家を見た。

 角度のせいで見づらいが、確かに一階部分の雨戸が閉められ、その前に白い土嚢が積んであった。


「気づかなかった……」

「私もぉ……」


 咲良たちが休んでいる間に、桐野たちが二人がかりでやってくれたのだろう。

 いくつ作ったのか、せっせと門前に土嚢を積み上げる桐野を見やる。どうやら門扉の横においてあったらしい土嚢を手際よく胸の辺りまで積むと、もう一度門にぶつかろうとした人影をぶつかる前に倒し、桐野が家の方まで駆け戻ってきた。

 だが玄関には来ず、家の脇へと駆けていく。


「なんで……?」

「玄関ドアは内側からバリケードを設置したからね」


 後ろから聞こえた声にぎょっとして振り返ると、ルイスが自分の荷物を漁っていた。


「バリケードって……」

「事後承諾ですみません。靴箱を動かしました。あと、居間の方はソファを移動してあります」

「あ、はい。え?」

「あとお家の裏にあった脚立をお借りしますので」

「はぁ」


 呆然としながら返事をする悦子にルイスは愛想良くにこりと微笑み、咲良たちの方へやってきた。

 その手にあるものを見てぎょっとする。

 銃だ。

 なんでそんなものが、という視線に孝志が「エアガンだよ」と慌てた様子で言い、ルイスも微笑んで頷いてよく見えるようにか腕を上げかけたが、その腕を遼に掴まれた。


「遼くん?」

「先生、それ、実弾入りですよね」



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