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おきあがり  作者: 鳶鷹
二章
61/136

25



 ガシャーン!という激しい金属音に、咲良は跳ね起きた。

 目に映った部屋の、自分のものではない内装に一瞬自分がどこにいるのか分からず動転し、だがすぐに横のベッドから身を起こした典子の姿に上野家に泊まっていた事を思い出す。


「咲ちゃん、今の」

「外、かな」


 あの金属音は典子にも聞こえていたらしい。

 夜中に泣いていたのだろう、赤くなった目でこちらを振り返った典子の手を握って起こし、二人で部屋から飛び出る。

 同じタイミングですぐ横のドアが開き、遼と孝志が飛び出してきた。


「今の、」


 こちらも少し瞼を腫らした遼が何か言いかけ、悦子が部屋から出てきて口を噤む。


「門が開いた音よ。多分、新條さんだと思う」

「はぁ?!」

「カーテンから覗いたら小走りで家に――」


 悦子の声に被るようにピンポーン、とチャイムが鳴った。ついで激しく玄関を叩く音がする。全員が口を噤み、階段へと視線が集まった。

 と、軽い足音がして桐野が階段から顔を覗かせる。


「新條が来てる」

「みたいだな」


 呻くように遼が言う間にも、下からは玄関ドアを叩く音がしている。微かに新條の「開けて!」という声も聞こえ、階下に戻る桐野について全員で階段へ向かった。

 階段を降りて目の前にある玄関を階段の途中から見れば、三和土に降りたルイスが玄関ドアへ向かって根気よく話しかけている。


「新條さん、落ち着いて」

「早く開けて!助けて!お願い!」

「これ、外開きのドアなんだよ。ドアの前から退いて」

「いや!早く入れて!」


 ドアの向こうから聞こえる新條の声は半狂乱だ。甲高い声で助けてと繰り返している。

 玄関ドアは外開きだからドアの前にいたら開かない、と辛抱強く言うルイスの言葉は耳に入っていても理解出来ていないのだろう。


「先生、外マズいんすか」


 あまりに鬼気迫る新條の声に遼がルイスに尋ねる。

 遼の部屋も典子の部屋も、裏庭側に面しているから玄関側の光景は見ていないのだ。新條がこれだけ切羽詰まった様子だとしたら、前庭は相当ひどい事になっているんじゃ、と不安になったのだろう。

 だが遼のすぐ前にいた悦子が困惑気味に口を開いた。


「さっき覗いた感じじゃ何も無かったわよ」

「あぁ。今そっちの部屋から覗いたが、新條以外いない」


 廊下の向こう、誰も使っていない和子の部屋から顔をのぞかせた桐野が首を振った。

 じゃあ、なんで、と全員が顔を見合わせていると、また部屋へと視線を戻していた桐野が「誰か来た」と呟く。

 途端に玄関前に緊張が走るが、新條の声にかぶせる様に聞こえてきた声にほっとする。


「瞳、落ち着けって!」


 息が上がっているらしい切れ切れの声は、昨日新條と一緒に別れた田原の声だ。

 新條を落ち着かせようと話す彼の声に、吉田らしき女性の声も被る。


「瞳ちゃん、上野さん家の玄関ドアは外開きだから!」

「早く退いてよ!」


 聞きなれぬ女性の声が聞こえたと思ったら、ドアを叩く音が止まった。

 ついで向こうで揉み合う様な物音が聞こえ、すぐにとんとん、とノックされる。


「上野さん、開けて」

「吉田のおばあちゃん?」


 悦子の問いかけに「ええ、ええ」とすぐに答えが返ってくる。

 それを聞いて悦子は困惑しながらまだ階段途中にいる勇を見た。開けて良いかどうか判断しかねているのだろう。

 その迷いを察したのか、吉田のおばあさんが懇願する。


「開けてちょうだい。逃げて来たのよ」

「逃げて……?」


 手すりに掴まったままの勇がルイスに目をやると、ルイスは迷ったように桐野を見た。ルイスも開けて大丈夫かどうか判断がつかないのだろう。

 勇とルイスの視線を受けた桐野も迷ったようだったが、小さく頷き返した。


「全員、自我はあるんじゃないか」

「なら開けますか?」


 ルイスが勇に尋ねると、勇はやはり迷ったようだったが頷いた。

 それでも不安が残るからか、ルイスは全員を一歩下がらせる。代わりに桐野を呼び寄せ、傘立てに立ててある傘を持たせると、そっと開錠した。


「開けます」


 少し大きめの声はあちらにも聞こえるようにだろう。

 言って玄関ドアを押し開いた。


「上野さん!良かった」


 開いたドアの向こうには四人がいた。

 新條と田原、吉田のおばあさんと悦子と同じくらいの年のおばさんだ。新條は田原とおばさんに肩を抑える様に抱かれ、吉田のおばあさんは胸の前でぎゅっと手を握りしめている。全員がひどく疲れつつも気の立った顔をしていた。


「中に入れて貰っても良い?」

「それは……」


 悦子が迷ったように勇を振り返ると、返事が待てなかったのか吉田のおばあさんの後ろの三人が前に出てくる。

 新條の腕をしっかり捕まえながら一歩前に出た中年の女性だったが、玄関を潜る前に一歩前に出た桐野が立ちはだかり、たたらを踏んだ。


「ちょっと」

「怪我は?」


 苦情を言おうとした彼女の言葉に被る様に桐野が尋ねる。

 学校にいた時と一緒だ。あの時も桐野は誰かが近寄ろうとするたび、怪我の有無を尋ねて「無い」と言われない限り咲良には近づけなかった。

 かなり早い段階から桐野は警戒していたのだな、と思いながら見ていると、相手は眉をしかめたが素直に答える。


「無いわ。私もお義母さんも」


 そっちの子たちは知らないけど、と答えた女性に、吉田家のお嫁さんなのか、と初めて咲良は気づいた。吉田家には子供がいないしブロックも違うから、今まで顔を見た事が無かったのだ。


「俺たちも怪我なんて無い!」


 慌てて田原が言い募るのを一瞥し、桐野は一歩近寄った吉田家のおばさんを制するように傘を構え直す。


「性交渉は?」

「は?」

「あんたの夫はどこだ?彼と交渉は?」


 淡々と尋ねた桐野に、吉田家のおばさんだけでなく勇たちも絶句したのが分かった。

 いきなり高校生の男の子にそんな事を聞かれたら驚くだろう。

 唖然とした空気が流れるが、桐野の方は当然とばかりに表情も変えずに立ちはだかっている。


「ちょ、と、この子、なんなの?」

「必要だから聞いてる。答えないなら通せない」

「っ旦那は死んだわよ!旦那がゾンビになったから、逃げて来たの!」

「その旦那と近いうちに行為に及んだか?」

「してないわよ!もう一年もレスなんだから!」


 なんなの、この子!と顔を真っ赤にして叫ぶおばさんの腕を吉田のおばあさんが宥める様に軽く叩く。


「落ち着いて、久佳ちゃん」

「でもっお義母さん!」

「あんたは?」


 久佳、と呼ばれた吉田のおばさんからおばあさんに視線を移した桐野が尋ねる。

 言わんとしている事を理解したのか、久佳がカッとしたように桐野に食ってかかりそうになったのを見て、おばあさんが慌てて手を振った。


「こんなおばあちゃんよ、何もないわ」


 その言葉に桐野が次に見たのは田原と新條だ。

 田原はビックリした顔を赤くしながら首を振る。


「そっそんなの、するわけないだろ!他人の家だしっ、それに、俺たち、そういうんじゃないし……」


 もごもごと口ごもる田原の横で、新條はぷるぷると小刻みに首を振って桐野の言葉を否定した。

 それを確認して桐野が彼らの前から退く。


「門扉を閉めてくる」

「気をつけて」


 もう用は無い、とばかりに開けられっぱなしの門へと警戒しながら向かう桐野の背に、久佳が眉を吊り上げた。


「なんなの!あのエロガキ!」

「久佳ちゃん、落ち着いて」


 怒髪天をつく勢いの久佳とおろおろとする吉田のおばあさんに、悦子や勇は突然の桐野の奇行めいた発言に困惑して何も言えない。遼や孝志も同じように狼狽えたような顔をしている。

 それを見て咲良は慌てて口を開いた。

 きっとさっきの桐野の言葉に含まれた意味に気づいているのは、昨日桐野と新條の父親や校長の感染元について話をした咲良と典子くらいだ。

 

「あの!あれがウィルスなら、そういう、体液、が混ざる交渉で感染するかもしれないから、それで、」

「あ!粘膜接触か!」


 しどろもどろの咲良の言葉に、遼がはっとした顔で叫ぶ。

 それをきょとんとした顔で見る上野家の両親や玄関の外の彼らに、遼が死者が起き上がるのはウィルス性のものかもしれない、と説明する。

 噛みつくという行為から感染するなら、唾液や体液から感染する可能性もある、セックスはもちろんディープキスでも、と多少まごつきながら告げた途端、久佳がはっとした顔で振り返った。


「あんた!あんたでしょ!」



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