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おきあがり  作者: 鳶鷹
一章
6/136

5

<5>


 長い長い文化祭の記録フィルムが終わったのは、二時間後だった。

 一度の休憩も無く、体感的にはもっと長かった気がしたが、秋山は満足したらしい。


「よし。じゃあ次はプリントを配る。八坂先生、電気つけてください。あと飯尾。プリントはこれだ。配れ」

「うわっ眩し!へいへい……はい」


 ずっと座っていて疲れたらしい飯尾がへろへろと立って返事をすると、じろっと睨まれて口調を正す。


「目がちかちかするぅ」

「ね。ずっと暗かったから変な感じ」


 ごしごしと目を擦る典子の隣で、咲良もぎゅうっと目を閉じた。

 目もしんどいし、尻もしんどい。図書室の椅子はクッションも無く硬いから、ずっと座っているのに向いていない。

 他の生徒たちもそれぞれ目を擦ったり、小さく伸びをしたりしている。


「咲良」

「あ、うん」


 肩をまわしていた桐野からプリントの束を渡され、一部をとって典子に回す。

 右上をホッチキスでとめられたプリントは、結構な厚さがあった。


「……これ、何時間かかるの」

「一時間じゃ終わらないだろうな」


 思わず漏れた独り言に、少しうんざりした声の桐野の答えがあって、咲良は驚いて彼を見上げた。

 こういう普通の会話っぽいやり取りは珍しい。

 いつも一方通行というか、業務連絡というか、そんな会話のようでいて噛み合っていない会話ばかりなのに。

 彼の方でも自分が珍しい行動をとった自覚があるのか、見上げてくる咲良をちらっと見返し、ふいっと視線を逸らした。

 珍しく妙に人間くさい仕草が何だかおかしくて、ふ、と思わず笑いが漏れる。


「咲ちゃん?」


 横に座る橋田にプリントを回していた典子が突然笑った咲良に首を傾げるが、それに答える前に秋山が声を張り上げた。


「全員、いきわたったな」


 はーい、とパラパラ答える。

 と、同時に、ブン、と図書室の壁にかかっている放送用の古いスピーカーが唸りを上げた。


『あー!あー!聞こえるかー!』


 ビィン!と部屋に反響するような、男子の大声がスピーカーから飛び出す。


「誰だ!」


 返事のように苛立たしげに声をあげたのは、秋山だ。

 咲良たちも聞こえてきた声の調子に、びっくりして顔を見合わせた。

 普通、放課後の放送は放送委員か教員が受け持つ。放送委員も教員も、あんな乱暴な声は出さないし、あんな調子ではじまる放送なんて聞いた事が無い。


『あー!聞こえてんのか?これ!』

『馬鹿!急げよ!』

『早くしろ!』


 しかも主に喋っている一人の後ろから、複数の声が聞こえてくる。


『あー、とりあえず校舎に無事生き残ってる奴!体育館に集まれ!』

「!この声、三年の林だな!あいつ!!」


 またくだらない悪戯を!と秋山が怒鳴る。

 あげられた名前に「ああ、またか……」という雰囲気が流れた。

 三年の林はお調子者で、しょっちゅう悪ふざけをしては目立っている生徒だ。面識はなくても、生徒のほとんどが名前を知っているだろう。何人か似たような友人がいて、朝礼に乱入したり、昼食の放送をジャックしたりして、謹慎処分を受けたという噂もある。


『いいな!体育館だ!』


 やべぇ、急げ!と後ろで喋っている何人かの声が聞こえるのと同時に、林らしい男子が叫ぶように言い、はじまった時同様いきなり放送は切れた。

 図書室に静寂が戻る。

 怒りで震える秋山に「どうしよう、この空気」と咲良たちは互いに目配せしあったが、誰かが緊張感に満ちた沈黙を破る前に、秋山が怒鳴るように八坂を呼んだ。


「八坂先生!私が放送室を見てきます!」

「は、はい!」


 生徒たち見といてください!と床を踏み鳴らして重い扉を勢いよく開き、苛立ちのままガン!ともバン!ともつかない大きな音で閉めて出て行く。

 重い扉が閉まっているのに、扉の向こうから階段を下りていくダン!ダン!という音が聞こえるあたり、相当に機嫌が悪いのだろう。

 何となく足音が聞こえなくなるまで全員が沈黙していたが、耳を澄ましても外からの雨音しか聞こえなくなり、ほー、と八坂が深く息を吐いた。


「……とりあえず、休憩しよう」

「やった!」


 脱力した八坂とは逆に、飯尾が飛び上がって喜ぶ。

 他の生徒たちもそれぞれ似たような反応をして、肩の力を抜いた。


「疲れたぁ」


 はぁー、と天を仰いだ典子の横で、咲良も机に突っ伏す。

 座りっぱなしの二時間の後に、緊張の元の秋山がいなくなったせいだろう。一気に空気が緩んだ。


「八坂ちゃん、俺、スマホチェックしたいんだけど」


 飯尾の訴えに咲良も他の生徒たちも「自分も」と訴えるが、八坂は困ったように眉を下げて首を振る。


「悪い。俺、あの金庫の番号知らないんだ」

「なにそれ、使えない!」


 一刀両断で切り捨てる皆川に、八坂は溜め息をつく。


「俺、新任だぞ。図書室なんて滅多に来ないし、知ってるわけないだろ」

「やだもう!誰か知ってる人いないの!?」

「あのぉ、私、知ってる、かも」


 諦めムードが漂うが、おずおずと典子が手をあげて視線が集まった。


「あ、典ちゃん、去年図書委員」

「うん。開けるのは司書先生しか駄目だったけど、一回、なんて番号か聞いた事あるんだぁ」

「マジか。何番?」

「司書先生の旦那さんの高校時代の電話番号の下四桁」

「は?」

「司書先生ってうちの学校の卒業生で、旦那さんもなんだってぇ。司書先生の二個か三個下だって聞いたぁ」

「え?え?」

「昔の卒業アルバムって自宅の電話番号書いてあるから、見れば分かるわよ、て言われたんだぁ」


 のほほんと言う典子に、麻井が「無用心すぎない?」と引きつった顔をしている。


「え、と、典ちゃん?」

「なぁに、咲ちゃん?」

「司書先生って、いくつ?」


 さらっと卒業生だ、と言われたが、そもそも司書が何年度の卒業生か分からない。

 幸い図書室には学校の創立以来からの卒業アルバムが置いてあるが、司書が卒業した年度からニ、もしくは三を引いた年度のアルバムを探さなければいけない。


「うーん、三十代……?」


 知ってる?とお互いが顔を見るが、典子より司書と親しい生徒はいないらしい。

 困惑しながら麻井が口を開く。


「見た目は三十代前半よね」

「マジで。俺、二十代だと思ってた」

「はぁ?マジで言ってんの?化粧結構濃いじゃない」

「でも三十五よりは下、かな?」

「あ、前に秋山よりは下だって怒ってたの見たことあるぜ、俺」


 ぽろりと重要な情報をこぼした杉山に「マジか!」と沸き立つ。


「確か秋山って三十五くらいだったわよね」


 麻井の言葉に橋田が頷いた。


「前に聞いたけど、うちの叔母さんと同じ年だった気がするから、三十六歳だと思うよ」


 これなら金庫開くんじゃない?とざわめく。


「じゃあ、一個下の三十五歳って仮定して、卒業が十八歳だから、十七年前?」


 さっと暗算した麻井に橋田が続ける。


「司書さんの旦那さんが二歳下って仮定すると、十五年前くらいかな」

「じゃあ十五年前のから、司書先生の名字探して遡ってけば良いってこと?」


 積極的になった皆川が、卒アルの場所どこ?と聞き、典子が「あっちだよぉ」と指差すが、そこで待ったがかかった。


「おい待て待て。見てる最中に秋山先生来たら怒られるぞ」


 八坂が困った顔で言うが、イライラしたように皆川が睨む。


「そんなの資料探してましたって言えば良いでしょ」

「でも金庫からスマホ出すだろ」

「そのために、」

「そこ見られたら説教コースだぞ」


 う、と乗り気だった面々が詰まる。

 確かに勝手に金庫からスマホを出したのが見られたら、相当怒るだろう。放送で激怒して出て行ったぐらいだ。戻ってきた時に機嫌が良いとは限らない。


「じゃ、じゃあ、俺見張りする!」

「おい、飯尾」

「俺が一階の美術室の角から渡り廊下見張ってるから、橋田階段の下んとこにいてよ。来たら合図すっから、そっから橋田がダッシュな」

「良いけど、そしたら俺たちがスマホチェックできないよ?」

「あ、じゃあ私確認終わったら、飯尾くんと代わる」


 すかさず麻井が立候補し、咲良も手をあげる。


「じゃあ私、橋田君と交代するよ」


 電源を切る前の、不在着信が気になっていたのだ。

 メールだけならともかく、今日がテストだと知っている父からの着信が気にかかる。もちろん緊急事態なら秋山が言う様に学校に連絡が来るのだろうから、ただお土産に迷って連絡してきた、という可能性のが高いが。


「じゃあ決まりね。上野さん、卒アルの詳しい場所教えて」


 一気に流れが進んだ事に、八坂も「そこまでして見たいか……」と呆れながらも了承してくれた。


「ったく。バレないようにしろよ」

「オッケー、オッケー、任しとけ!」


 調子よく言うと、飯尾は「早く番号見つけてな!」と、言い置いて図書室の出入り口に向かう。


「じゃあね~、頼んだぞ諸君!って、うお!」


 びびった!と旧館中に響き渡りそうな声をあげた飯尾に、卒業アルバムのある棚に向かいかけていた面々が振り返れば、図書室のドアを開けた姿勢のまま、飯尾が立ちすくんでいた。

 開いたドアの先は、白々しい蛍光灯の明かりが照らす廊下。


 そこにぽつんと制服を着た女子生徒が立っていた。



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