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おきあがり  作者: 鳶鷹
二章
54/136

18



 ルイスと桐野、それに咲良から離れなかった小町に護衛されながら佐藤家へと向かうと、まだ家も火の手も見えていないのに微かに焦げ臭い匂いが鼻についた。

 念のために避難訓練の時の様にシャツで鼻と口をカバーしながら進むと、他にも消火を要請された人たちがバケツや洗面器を持って家から出てき、会釈や挨拶を交わしながら合流する。

 その度に桐野やルイスが警戒する仕草をするが、まだあの起き上がった死者たちはいないらしく、あの虚ろな表情とは出会わなかった。

 出会う人はみんな、緊張したり怖がったりと、人間らしい表情を浮かべている。


「佐藤さんは?」

「いないらしいわよ。良かったって言って良いのか分かんないけど」


 ご近所さんたちの会話を小耳に挟みながら角を曲がると、ふわ、と黒いものが目の前に飛んできて咲良は咄嗟に手で振り払った。

 掠めた手の甲に付着した物を見て、煤だと気づく。咲ちゃん、という典子の震えた声で手から視線をあげると、佐藤家の垣根が燃えていた。


「う、わ………」


 垣根に突っ込んだ車はひしゃげて黒ずんでいたが、炎は無い。代わりに真っ白な泡に塗れていた。消火器の泡だ。

 自宅から持ってきたのか、数人が消火器を車と垣根に向かってかけ続けていた。

 そのうちの一人が舌打ちをして下がる。中身が無くなったのだろう。


「会長さん!」


 すぐそばにいた人に声をかけられて振り向いた顔は、咲良も見知っている町内会長だった。呼びかけた相手は会長と何か打ち合わせでもしているのか、大きく身振り手振りをしている。


「上野さん!こっちこっち!」


 佐藤家の隣りの家の前から呼ばれ振り向けば、小堺がいた。

 

「お隣の庭から水運ぶから一列に並んで頂戴。それと、」

「小堺さん!」


 さっき会長に声をかけていた女性がバタバタと駆けてくる。


「男の人何人か貸して」

「はぁ?」

「変な人来たら追っ払えるようにしとかないと、て会長が」

「ああ、テレビでなんか出てたわよね。なんて言ったかしら?ゾンビ?ミイラ?」


 まだ小堺は遭遇した事が無いのだろう。曖昧な顔で頷くのを見て、遼は慌てた様に声をあげた。


「小堺のおばさん、この二人俺の友達。ここらの護衛してくれるって!」


 指さす先はルイスと桐野だ。離れ離れにされたら堪らないから、近くに、と考えたらしい。


「二人とも土地勘無いから、俺らと一緒じゃないと」

「じゃあこの辺はそちらの二人にお願いして、後は、」


 と視線を巡らせるが、意外に若い男性の姿が少ない。

 元々古い住宅街で年配層が多めな上、壮年層、若年層は昨日行った会社や学校から帰れていない人が多いのだろう。

 また既に避難した家や、火元から遠い家からは人が来ていないのかもしれない。


「田原!出番だ、行け!」

「は?お前が行けよ!」

「どっちでも良いけど、一人来て頂戴」

「おばさん、俺無理。友達放っておけないから」


 すぱっと言い切った遼に、田原が慌てて「武器なんて無い!」と叫ぶと、「良いの良いの」とおばさんは手を振った。


「消火用のホースの人手が欲しいのよ。護衛は柔道の先生がするから大丈夫」

「「ホース?」」


 期せず声がそろった遼と田原は互いに嫌な顔をしたが、おばさんは特に気にした様子も無く続ける。


「中央公園に赤い箱あるでしょ?」


 中央公園は町内にある大きい公園だ。普段は小学生が遊んだり、町内でお祭りなどがあると使われている。

 咲良は年齢的にあまり遊んだ事は無かったが、町内の掃除当番で集まるのが中央公園のため、赤い箱は見た事があった。郵便ポストくらいのサイズの箱だ。


「あれの中に消火栓とホースがあるから」

「そういえば小学校の時の社会科見学で見たかも……?」


 ぱちゃん、と音がして、会話に集中していた咲良たちは回ってきたバケツに気づいた。

 気がつけば自分たちは何となく、で横一列になってたらしい。一番端にいた新條が田原に渡し、田原が遼に渡す。遼が孝志に、典子、咲良と渡され、咲良は悦子に回した。


「あれ、下に井戸があって水は結構出るから、それで消すって会長が」

「え、じゃ何で俺らバケツリレーやってるんすか?」

「延焼防止よ。垣根のあの辺は燃えちゃってるけど、せめて燃え広がらないようにしないと」


 次々に渡されるバケツを受け取り、回す。


「じゃあ、田原くん来て頂戴。ほら急ぐ」

「えっ、ちょ、」


 ぐいぐいと有無を言わさず連れて行かれる田原を見送る暇もなく、バケツが回ってくる。遼は隣に新條が来るのに嫌そうな顔をしたが、孝志を場所を代わるのも、と思ったのだろう、無言でバケツを受け取り孝志に回した。

 列から外れた形で立っているルイスが、苦笑する。


「それで僕らはアレが来たらどうしたらいいんだろう?」

「あ。言われてみれば」


 追っ払う、と言っても死者たちは殴られ倒れたところで何度も立ち上がる。

 普通の人間なら殴られれば自主的に逃げていくだろうが、それは望めないだろう。


「会長さんに聞いたらどうかしら?」


 悦子の言葉にルイスは頷いた。


「あそこの人ですよね?ちょっと行ってくるよ」


 あとよろしく、と桐野に言い置いて、ルイスは軽い足取りで駆けていく。

 その後ろ姿を見送りながら、遼がバケツを回しながら呟いた。


「消火栓かぁ。全然知らなかったわ」

「昔の名残なんですって。ここの住宅出来た頃は国道沿いの立派な消防署はまだ無かったから、火事が起きても消防車が来るのに時間がかかるんで、じゃあ町内で消防団を作ろう、て話になったって聞いたわ」


 当時を思い出しているのか、悦子が答える。


「その後消防署が出来たし、じゃあ消火箱だけ残して閉鎖、てなったのよ。消火箱の方は、毎年消防訓練の放水訓練で使ってるんだけどね。いつも水質検査と一緒なんだけど、検査員さんの都合なのか平日なのよ」


 それでは学生たちには見る機会がない。

 なんじゃそら、と遼がぼやくと同時に、ルイスが小走りで戻ってきた。


「先生、会長なんだって?」


 勢い込んで尋ねた遼に、ルイスは苦笑しながら向かいの家を指さす。


「追い込め、だって」

「はぁ?」 


 指さした先には、屈強な初老の男性が一人、自宅から持ってきたらしい竹刀を抱えて立っている。


「剣道の段持ちの方らしいよ。あの人の所まで小突いて持って行けば、あの人が家に入れて閉じ込めてくれるんだって」

「あそこの家の人は?」

「特養ホームよ、確か。お家は売るって話だったわ」


 疑問を呈した遼に、すかさず悦子が答える。和子の認知症の関係で、悦子はご近所の人たちとよくコミュニケーションをとっているから、他所の家の事にも詳しい。


「じゃあ遠慮なくやっていいって事かぁ」

「って言っても、俺らはバケツ回すだけだけどもね」

 

 

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