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おきあがり  作者: 鳶鷹
二章
53/136

17

 

「うあー、飯!やっと飯!」


 六人で食卓を囲む。

 遼は頂きます、と言うや味噌汁に手を伸ばして喝采をあげた。


「お兄ちゃん恥ずかしい……」

「馬っ鹿、お前、朝飯抜きだぞ、俺ら。車ん中でもチョコくらいしか食ってねぇし」

「食べてるじゃん。大げさぁ」

「温かいのは格別なんだよ。あー、味噌汁うめぇ」


 おにぎりと味噌汁だからルイスや桐野は慣れないかと思ったが、普通に口に運んでいる。箸の使い方も綺麗だ。


「これっておかわり有り?」

「お味噌汁は残ってるよ」

「あ、朝のサンドイッチも残ってるよぉ」


 朝食用に作っていたサンドイッチは、個人個人がちょこちょこ摘まんだだけで、半分くらいが冷蔵庫に入っている。

 押し掛けるようにやってきた新條たちと、それに驚いてパニックを起こしかけた和子の対応に追われたためだ。幸い、和子のパニックはすぐに収まったし、新條の父親の様態も悪くは無かったが、全部が落ち着いた頃には、みんな食欲があまりなくなってしまっていた。

 そんな騒動があったとは知らない遼は、マジか、と嬉々としてサンドイッチの入った皿を持ってきた。


「一人一個くらいかな。食っちゃおうぜ」

「私、朝食べたから良いよ」

「私もぉ」


 サンドイッチを見るとあのバタバタを思い出してしまう。苦笑して咲良が断ると、典子も同じだったらしい。

 微妙な笑顔で断った。


「?んじゃ、男で山分け。各自二個な」


 証拠隠滅、食え食え、と遼がサンドイッチを配る。

 よく考えたら桐野やルイスは昨日の昼食以来のちゃんとした食事なのだろう。決してがっついてはいなのに、あっという間に食事が無くなっていく。

 ある程度食べて少し落ち着いたのか、遼はおにぎりを食べながら、ちらりと居間の出入り口を見て口を開いた。


「疎開の話なんだけど、典子と咲ちゃんは服とか全然纏められてないだろ?」

「ああ、うん」


 午前中は食料の運搬に加え、新條たちが来てバタバタしてしまったため、まるで自分たちの疎開準備が済んでいなかった。緊急持ち出し袋の中身は必要最低限しかない。


「俺はさっき自分の服纏めたし、母さんたちは昼飯終わったらそのままやるって話。俺らが学校から持ってきた装備の梱包はこれからだけど、人手分けよう」

「どうやってぇ?」

「典子はうちだから放っといて良いけど、咲ちゃんはお隣だから、桐野くんか先生どっちか着いてって。んで、新條たちに気づかれたくないから、誰かあいつらの監視」

「誰かってぇ……」


 不安そうな顔をする典子に、ふん、と遼は鼻を鳴らす。


「孝志は除外すっから安心しろ」

「そ、そんな心配してないよぅ!」


 真っ赤になった典子にパンチされるのに片手で応戦しつつ、顔を顰める。


「俺、だと喧嘩になるんだよなぁ。田原うぜぇし」

「じゃあ僕かな?」


 ルイスが首を傾げるが、うぅん、と唸る。


「外を監視する人員も欲しいんですよね。うち住宅の奥で突き当りだから、ちょっと怖いし」

「怖い?」

「正面から集団で突っ込まれたら大惨事間違い無し。後ろは行き止まりだし――」

 

 どん!

 遼の言葉を遮るように聞こえた音に、全員が食事の手を止めて顔を上げた。

 くぐもった音は明らかに室内で発生した音では無いが、かなり大きい。


「外か?」


 遼が口に含んでいたおにぎりを飲み込み、居間を飛び出す。慌てて咲良たちも後を追うと、客間から悦子が顔を出していた。


「母さん、今の」

「この部屋じゃないわ。多分、外よ。ちょっと上から見てきてくれる?」


 悦子の言葉に了解、と言うなり、遼と孝志は二階に駆け上がった。

 和子がパニックにならないように配慮したのか、部屋を出て声が聞こえないようにした悦子の後ろから新條たちが顔を覗かせ、不安そうな表情で居間の方へ来ようとするのをルイスが制する。


「今遼くんが見に行ってくれてるから、君たちはお父さんについていてあげて。ね」


 にっこりと笑顔で言われ、その場に留まった。

 鮮やかなやり方に、遼がいたら「すげぇ」と笑いそうな光景だな、と咲良は顔を引きつらせ、同じような表情の典子と顔を見合わせた。女の子の扱いがうますぎる。

 どういう環境で育つとこうなるんだろう、と思いながら、一緒に育ったっぽい桐野を見て性格かな、と思い直した。こちらは見事な無表情だ。

 咲良の視線に込められた疑問に気づいたのか、桐野はちらりとルイスを見てから肩を竦める。

 まるで自分にもルイスの口の上手さは分からない、とでも言いたげなジェスチャーに笑いが零れそうになりこらえていると、バタバタと遼と孝志が降りてきた。


「やべぇ、事故だ!事故!」

「三ブロックくらい先で、民家の塀に車が突っ込んだみたいです。車から火が出てる」


 二人の顔色の悪さから良くない状況なのは明らかだ。


「消防は?」

「繋がらねぇ。しかもあそこん家の塀、木?竹?なんか高そうな天然素材っぽいやつだから、よく燃えそうなんだけど」

「それって佐藤さん?玄関脇にお洒落な木製のポストがある?」

「多分そこ」

「やだ。あそこってお家も木造よ、確か」


 悦子の言葉に緊張が走る。

 ただでさえ消防車などの緊急車両が入りづらい古い住宅街なのに、消防への連絡すら繋がらないのだから、いつ消火できるか分からない。下手をすれば全焼で、隣近所に延焼する可能性もある。


「……まずいな。さっきの話じゃないけど、うち突き当りだから、下手したら前面火の海で蒸し焼きになるぞ」


 遼の言葉に咲良はゾッとした。

 ありえない話じゃない。古い住宅街だから木造の家が多いし、場所によっては家同士が密着するように建っているのだ。庭持ちの家が多くて、比例して花や木が植わっている家も多い。そこに火の粉が飛んで燃え移る可能性もある。

 

「じゃあどうするのぅ?」

「消火するしかねぇだろ。つっても、消火器で消せるもんなのか分かんねぇし、外が安全っつう保証もねぇし……」


 遼が苦い顔で黙り込む。

 ただの火事なら消防車を呼べばいいし、駄目でも各々の家から消火器を集めて消せばいい。普段なら。

 だが、今は外に起き上がった死者がいるかもしれないのだ。気軽に出歩ける状況じゃない。だからと言ってこのまま放っておくわけにもいかない。


「あそこん家って、」

「上野さん!」


 ガンガンガン!と玄関のドアが叩かれ、咲良たちは飛び上がった。

 ぎょっとした顔をそれぞれが玄関の扉に向ける中、悦子が慌てて答える。


「います!今出ますから!」

「ちょっ母さん!」


 待て待て待て!と小声で制止し、遼は母の手を抑えてドアを開けるのを阻止した。


「どなたですか?!」

「小堺です!今年の班長の!」


 その声に、あ、と呟き、遼はチェーンをかけて最低限だけ開くようにしてから、玄関を開錠する。

 隙間から顔を覗かせたのは、自称した通り同じブロックに住んでいる小堺という年配の女性だ。


「どうしたんすか?」

「どうもなにも、遼ちゃん、事故よ、事故!」

「あ、はい」


 隙間からなのにすごい迫力の小堺に、遼に代わって悦子が応対する。

 その様子を見ていた咲良の肩を桐野が突いた。


「咲良、班長とは?」

「うちのブロック、えーと、家のある地区をブロック事に区分けして、町内会で掃除当番とか割り振ってるの。学校でも掃除の時間とか席で班分けしてるでしょ?あれ」

「あぁ」

「一年ごとにブロック内で班長は変わるんだけど、今年は小堺さんの家なの」


 中原家は父子家庭にプラスして立地的に上野家に含まれているため今まで班長をやった事はないが、上野家の番の時には仕事を手伝っているので、同じブロックの人たちとは顔見知りだ。


「―だから、バケツリレーするから、バケツと人手を出してちょうだいね」

「バケツリレー……えっ!」

「私これから中原家さんとこにも行ってくるから!」

「小堺さん!咲良ちゃんうちにいるわ!」


 急がないと!と駆け出した小堺を、悦子が慌ててチェーンを外し玄関を大開にして呼び止める。


「あら!お父さんの方は?」

「まだ戻ってなくて……」


 呼び止められた小堺は小走りで戻って咲良を見て、気の毒そうな顔になった。


「あら……あ、でも大丈夫よ!すぐ戻ってくるわよ、きっと」

「はい」

「って、あら?なんかいっぱいだけど、どうしたの?」


 全開になった玄関から中の様子が見えたのか、小堺の視線がここにいる全員を移動する。特に見慣れないルイスや桐野、孝志をまじまじと見やった。


「ちょっと、うちの子のお友達とかで」

「あらまぁ!でもちょうど良いわ!人出は多い方が良いもの。男の人は特に大助かり。洗面器でもバケツでも良いから、早く来てね!」


 じゃあ!と小堺は返事も聞かず、走って行ってしまう。

 悦子が咄嗟に呼び止めようと口を開いたが、言葉が出るより早く門を出て行ってしまった。

 小さくなる背中をぽかんと見送り、全員で顔を見合わせる。


「……なんか、すごい決定事項な感じだったけど、どうする?」

「どうって……行かないとマズイんじゃないかな」


 遼の言葉に孝志が困ったように答える。


「延焼怖いだろ」

「でもバケツリレーやってる間に横からあいつらが来て、ガブっ!とか洒落になんなくね?」

「………」

「護衛するよ」


 黙り込んでしまった遼にルイスが苦笑した。


「まぁ、状況によって逃げる事になるかもだけどね」

「……んじゃあ、お願いします」


 外に出る危険性と火事の延焼の可能性を天秤にかけ、後者に傾いたらしい。


「したら、外に出るのは俺と孝志と先生と桐野くんで……つうと、家に男手が父さんだけになるのか。てか、田原も出す!ちょうど良いじゃん!」


 ぶつぶつ言っていた遼がはっとして顔をあげる。


「田原!新條!お前らも来い!」

「はぁ?」


 客間の前で待機していた田原は急な呼びかけに眉をしかめた。


「俺らは瞳の親父さんの付き添いだっつってんだろ」

「全然看てなかったくせに何をいまさら。てか、お前自分の親は?心配じゃないわけ?お前ん家と新條家のが火元に近いだろうが」


 遼の当然の問いに田原はぐっと詰まった。

 田原と新條の家は一つ隣りのブロックに家がある。立地的にもっと焦ってもおかしくないのだ。


「……うちの親父と母さん帰ってねぇし」

「はぁ?!」


 遼が驚きで声を裏返らせると、田原は視線を逸らした。


「おま、だったら余計家帰れよ。家に火移ったらどうすんだよ。全焼する前にやる事あんだろ?てか、もう帰ってきてる可能性あんだろが。馬鹿か?」

「てめっ」

「新條も母親が家で避難準備してんだろ。なんでうちでもたもたしてんだよ。お前、親が心配じゃないわけ?」

「でも、私が行っても、邪魔になっちゃうし……」

「うちにいられても邪魔なんだけど。それともうちには迷惑かけても良いとか思ってんのか?あ?」

「上野!そういう言い方無いだろ!瞳は女の子なんだから、安全なとこにいて当然だ!お前の妹だって残すんだろ!」


 いきなり矛先が自分に向き、典子が驚いて飛び上がる。


「え、え、わ、私、手伝うよぉ?」

「典子!」

「だ、だって、バケツリレーって人いっぱいいた方が良いってぇ……」


 ねぇ、と同意を求められ、一斉に視線が自分に向くのを感じて冷や汗をかきながら咲良は頷いた。


「学校で消火訓練やった時、人数多い方が良いって言ってたし。私も行く、よ?」


 睨みつける様な視線の出所は隣の桐野か。

 きつく咎める様な視線に身が竦むが、ここで引くわけにはいかない。


「それに消火はなるべく早い方が良いって言うし……こうして喋ってる間もどんどん燃えちゃってるんじゃないかな」

「咲良ちゃんの言う通りよ」


 いつの間にか和子たちのいる部屋に戻っていた悦子が、ドアを静かに閉めながら言う。


「お祖母ちゃんの事はお父さんに頼んだから、私も行くわよ。新條さんはまだ寝てるのよね?」

「あ、はい」

「お父さんの予備の松葉杖も貸しておいたし、おトイレの場所は来た時に教えておいたからご自分で行かれると思うわ、あのくらいの怪我なら。ここにいる皆は消火の方に行きましょう」


 早く消さないと、と悦子は風呂場へ向かう。


「遼!洗面器取りに行くから来て。他の子たちは靴履いて家の前にいて頂戴」

 

 さすがにこの緊急事態に自分たちの母親と同年代の悦子に言われて動かないわけにはいかなかったのだろう。田原も新條も観念したように動き始めた。



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