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おきあがり  作者: 鳶鷹
二章
51/136

15



 不安そうに両手を握りしめた新條に、咲良と一緒になって典子を見てはにやにやしていた遼が舌打ちをする。

 当然それが聞こえた田原が苦情でも言おうとしたのか口を開きかけたが、それより早くルイスが頷いた。


「遼くん、良いかな?荷物も置きたいし」

「あー、はい。了解でっす。典子、咲ちゃん、悪いけど荷物運ぶの手伝ってくれる?」

「うん。先生の車のトランク?」


 いきなり話を振られたものの、もとより咲良たちはそのつもりだったから頷いて車へと向かう。

 遼に無視される形になった新條が「なら、私も先生たちのお手伝いを……」と名乗り出たが、遼に却下された。


「自分の親父の面倒見てろよ」

「でも、」

「足動かないんだろ。看病のために残ったんじゃなかったんなら、マジでお前がいる意味分かんないんだけど」


 新條家の父親が可愛がっている娘に看病をさせるとは遼も思っていないのだろうが、まるでそうして当然とばかりに言い切り、新條の答えを待たずに車へと向かう。

 新條はまだ何か言いたそうにしていたが、ルイスが「看病頑張ってね」といつもの笑顔で言うと、つられた様に笑顔になって田原と一緒に家に戻って行った。


「先生すげぇ」

 

 わお、と遼がふざけて褒めると、ルイスは変わらない笑顔で首を傾げる。


「素直な子だね。ちょっと面倒そうな子ではあるけど、遼くんがそこまで毛嫌いする理由が分からないな」

「あいつ悪質なんですよ」

「ふぅん?」

「すぐ泣いて、すぐ謝る。自分が悪いのって泣いたら、周りが味方になってくれるって知ってるんです」

「それは子供ならよくある事じゃないかな」

 

 それほど悪質には思えない、というルイスに、遼は桐野も呼び寄せて説明する。


「あいつ、それで小学校の時の同級生を一人転校させてるんです。そいつ、俺の友達で。俺が文句言ったら、今度は典子を標的にした」


 忌々し気な遼の言葉に、みんなの視線が典子に集まる。

 典子は突然注目を浴びた事に驚いて肩を跳ねさせた後、おずおずと口を開いた。


「私は覚えてないんだけどぉ……」

「こいつ、喋り方トロいでしょ。祖母ちゃんに似たんだけど。それを子供会のクリスマス会でわざとらしく指摘したんです。変わった喋り方だよねって。あいつの周りは田原とかあいつの歓心を買いたがる奴ばっかだから、ここぞとばかりに典子の事、囃し立てて。典子の同級生は上級生に目を付けられたくないから、典子と距離置くし」


 思い出して腹がたったのか、ぶすっとした顔で言う。


「俺らが卒業した後も、なんだかんだであいつら先輩面して学校に顔出すもんだから状況は変わんなかったんです。俺が庇うと更に揶揄うし。で、咲ちゃんが引っ越してきて典子と仲良くなったら、今度は咲ちゃんまで標的にした」

「どういう事だ?」


 それまで無言で話を聞いていた桐野がきつい声で問いただした。


「俺に切れるなよ。典子に友達が出来たのが気に食わなかったんだろ。咲ちゃん家が父子家庭だって吹聴したらしい」

「それは……でも父子家庭なんて、別に珍しい話じゃないだろう?なんでそれが標的になるんだ?」


 不可解な顔をした桐野に「この辺田舎だから、閉鎖的なんだよ」と遼は流そうとしたが、どうにも納得のいっていない様子だったので、咲良は遼に代わって事情を話す。


「私はお母さんの連れ子で、お父さんとは血が繋がってないの。そういうのって変な目で見られる事が多いから……」


 いくら父親が娘にしか見えないと言っても、結局血のつながっていない男女でしょ、という目で見られるのだ。人によっては父親を小さい女の子が好きな変質者の様に扱う人もいる。

 母親が生きていた頃からそういう嫌な目で見られる事はあったし、母親が亡くなってからはなおさらだ。いくら両親が結婚したのは咲良が生まれる前、母親のお腹の中に咲良がいる時だと言っても、連れ子目当ての男、という偏見の目を向けてくる人はいる。

 軽く人間不信になっていた咲良だったが、上野家の人々はそういう目で見る事はなく、それがすごく嬉しかった。

 遼と典子は噂が流れた時、自分たちのせいでと謝ってくれたが、それは違う。

 人の家の事情を根掘り葉掘り探る人間はどこにでもいるし、悪意なんて無いという顔で自分たちが面白いからと、ペラペラ喋る人間もどこにでもいる。そういう人間は遅かれ早かれ咲良の家の事情を吹聴するものなのだ。

 だから気にしないでと言ったし、ムキになって否定したり反論すればもっと噂がひどくなるのは経験して知っていたから、放っておいてと答えた。

 遼は何か言いたそうにしたが、ぐっと堪えてくれ、その後、ひどい噂話はゆるやかに収束した。


「結局、噂話って本当のところはどうなの、て聞きに来る人はいないし、目に見える形で嫌がらせをされたりも無かったし、あんまり実害はなかったんだけどね」

「それでも不愉快なのは確かだろう」


 言いながら桐野はまさに不愉快そうな顔をしている。

 それが咲良の気持ちを考えてくれているようで嬉しくなって、咲良は笑った。


「気分は良くなかったけど、でも典ちゃんたちがいたから」


 クラスでひとり、孤立する事は無かった。

 中学は学校の方で配慮したのか、たまたまなのか、二人とも三年間同じクラスだったし、高校に入れば学区外の生徒もいる。最近は尾ひれのついた噂話も風化していた。

 

「高校生になると、みんな受験勉強もあってあんまり人の家の事情がどうの、ていうのも無かったし」

「そうか」

「まぁ、本人が気にしてないなら僕たちが口を挟むのもね。ただ、あの子の話は話半分で聞けば良いって事かな」

「ですです。特に泣きが入ったり自虐系は「可哀想な私を慰めて」ってやつだから、スルーで良いっすよ」


 後部座席をあけて段ボール箱を引っ張り出しながら、遼が言う。


「てか、さっさと家に帰って貰わんと。こっちはこっちで疎開準備があんのに」


 あいつらにバレたら事だ、と遼は顔を顰める。


「絶対連れてってとか言うぜ。ご免だっつうの」

「そう言えば何で疎開なのぉ?学校じゃ駄目ぇ?」

「まぁゾンビ映画の基本っていうかなぁ。ほいこれ持って」


 遼は嵩張るけど重くはない段ボール箱を咲良と典子に振り分ける。

 全員が両手いっぱいに荷物を抱え、上野家に向かって歩き出した。


「ホラー映画見る度、疑問だったんだよなぁ。なんで都心のビルに立て籠もるんだって」


 な、と遼に話を振られた孝志が頷く。


「そういうシチュエーションのが、映画としてはスリルがあるからだと思うんだけどね。でも本気で生き残るなら、少数精鋭で田舎暮らしだ、て遼とは話してたんだ」 

「なんで学校に避難するんじゃ駄目なのぉ?」


 首を傾げた典子に咲良も同感だ。今なら高校に自衛隊の分隊がいる。彼らはすごく規律正しく動いていたし、咲良たち一般人と違って銃火器も持っているはずだ。

 それに何より国と密接に繋がっている。どこが安全だ、という情報も早く回ってくるだろう。

 なぜそれに頼らないんだろう、という疑問に遼は「映画の知識だからあれだけど」と前ふりをしてから、迷いつつ話し出した。


「……多分、避難所が一番危ない」

「え」

「集団の中であいつらが発生したら大混乱で連鎖だ」

「発生って……亡くなったら、その、別の場所に移すとか―」


 言いかけて咲良は、あ、と呟いた。

 昨日の林の話を思い出したからだ。林は避難した体育館で死者が発生して二次被害が出た、と言っていた。


「亡くなったからって、いきなり屋外には出せない、よね」


 人の心情として、亡くなったばかりの家族を外に放り出すなんて出来ないだろう。咲良だって親しい人が相手だったら、きっと躊躇う。


「あ、でもそしたら先輩たち……」


 ふ、と避難所に残っている面々を思い出し、血の気が引いた。

 白鳥や渡瀬達はあのまま学校に残っているはずだ。遼の言う様な状況になったら、彼女たちが危ない。

 咲良の言いたい事が分かったのか、典子も「あ!」と声を漏らし、遼を見上げた。


「?なんだよ」

「先輩たち、学校に残ってて、学校避難所なんだけどぉ……危ないかなぁ?」 


 妹の言いたい事を察した遼が「あー……」と眉間にしわを寄せて頭を手をやる。


「こればっかはなぁ……集団がしっかりしてりゃぁ大丈夫、だと思う、けど、なぁ?」

 

 なぁ?と孝志に振るが、孝志もどう答えたら良いのか分からないのだろう。困った顔であいまいに首を傾げた。

 それに咲良と典子は不安が募ったが、意外な相手が口を開いた。


「林先輩が対処法を口にしていたし、生徒会長も片平先輩いる。そうそう危険な事もないだろ」

「桐野くん」

「それに今の話を知らせるにしても、どうやって連絡をする?俺は先輩たちの連絡先は知らないぞ」

「私も……」


 言われてそういえば先輩たちの誰とも、連絡先を交換していないのに気付く。白鳥たちとは旧館の図書室前で同じ紙に連絡先を書いたのに。

 あれの写真を撮っておけば良かった、と後悔したが、もうどうしようもない。

 咲良と同じように項垂れた典子の頭を、遼が励ます様にぐしゃっとかき混ぜた。


「お兄ちゃん!」

「まぁ、お前らのとこは自衛隊員もいるんだろ?そうそう崩壊する事もねぇんじゃねぇか」

「言い出しっぺはお兄ちゃんでしょぉ」


 ぼさぼさになった髪の毛を直す事が出来ず、両手で荷物を持ったまま典子が文句を言うと、妹の髪を撫でつけながら遼はため息をついた。


「悪かったって。ほれ、典子、玄関開けろ」

「ええ?これ下に置いていいのぉ?」

「駄目。一時的に俺の持ってる箱の上乗せろ。あ、あと!」

「?」

「疎開の件は、新條と田原には絶対秘密な。全員、オッケー?」


 ああ、うん、とそれぞれが答える。

 全員が答えたのを見て、改めて遼は典子に玄関を開けさせた。


「ただいまー」


 居間にいるだろう両親に遼が声をあげるが、出て来たのは新條だ。


「おかえり」

「お前に言ってねぇ。てか、お前の父親どこにいるんだよ」 

「そこのお部屋で寝てるの」


 上野家の一階は風呂トイレ洗面所以外に、台所と繋がった居間が一つ、畳の間が二つある。

 畳の間の一つは足腰の弱くなった和子が使い、もう片方には元々二階に部屋のある両親が、和子の認知症が悪化して以来寝ていた。

 その片方を新條の父親に客間として提供しているのだ。


「はあ?じゃあ先生たちはどこ使うんだよ?」


 遼の考えではルイスと桐野が来たら不安定になるだろう和子の部屋に両親が移り、空いた畳の部屋を二人に使ってもらう予定だったらしい。一階の方が警備的な意味で好ましい、とルイスが言ったからだ。

 だが新條たちが来て使っているという。

 遼は忌々し気に舌打ちし、新條の横をすり抜けた。


「母さん!部屋どうすんの」


 居間にいるだろう母親に呼びかけたが、答えは階段から降ってきた。


「上よ。荷物持って来て」

「何、上空けたの?」


 そのまま階段を上ろうとし、ふと何かを思いついたのか典子を先に行かせる。


「お兄ちゃん?」

「先行っとけ。先生、靴は出しっぱで良いんで。その方がすぐ出られるし」


 典子に孝志とルイスが続く。咲良は一度荷物を玄関の上がり框に置き、準備して貰った雑巾で小町の足を拭いた。

 それを待っていてくれるつもりなのか見ていた桐野に、新條が声をかける。


「あの、お手伝いしようか?」


 重いでしょ?と両手を差し出して近づこうとしたが、また小町が唸った。

 後ろ脚を咲良に拭かれながらの唸り声だから少し面白い恰好なのだが、慣れてない新條には怖いらしい。怯えたような表情で両手を握りしめた。

 

「てめぇは近づくなってさ。小町、賢いなぁ」


 良い子良い子、と遼はご機嫌で小町を褒める。

 咲良は小町を宥めるべきか悩んだが、とりあえず足を拭くのを優先し、綺麗にして玄関にあげてやった。

 途端に小町は桐野より前に出て、新條を威嚇するように唸る。

 怖がっていた新條は当然後ずさり、客間のある方へと押しやられていく。


「小町」


 いくら警戒してても相手を追いかけてまで積極的に唸りに行くのは、珍しい。どうしたんだろう、と名前を呼んで呼び戻せば、新條を警戒しつつ、戻ってきた。

 段ボールを抱え直しながら小町と目を合わせれば、だって、とでも言いそうな目で見返してくる。


「ご主人様に害のある人間は分かるのかねぇ。小町偉いぞ」


 遼が小町の首筋を軽くたたいて褒めると、嬉しそうに尻尾を振った。調子が悪くて機嫌が悪いわけではないらしい。

 

「さ、上行こう上。新條はついてくるなよ。親父の看病があんだろ」


 遼は言い捨てて、咲良と桐野に階段を上るように促す。自分は最後尾について新條を来させないようにする徹底ぶりだ。

 そこまでされたら新條もついてくるのは諦めたらしい。

 しょぼんとしながら客間に戻って行った。

 悲しそうな背中に少し同情が湧くが、だからといってここは自分の家では無いし、手を差し伸べる気にはならない。

 それでもなんとなく気まずい気持ちのまま、咲良は二階へ上がった。


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