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おきあがり  作者: 鳶鷹
二章
50/136

14



 咲良と典子は困っていた。

 何から説明をしたらいいのか分からず、互いに目くばせをしあう。

 車から降り立った遼はそんな二人に怪訝な顔だ。


「どした?」


 ようやく帰ってきた遼たちに説明しなくてはいけない事がたくさんあるのに、どこからどう話したらいいのか。

 二人揃ってもたついていると、車から孝志が下りてきた。

 

「典ちゃん?」

「あ、孝ちゃん!あの、あのね、」


 あわあわとそちらに歩み寄ろうとした典子の頭を、遼ががしっと掴む。


「ちょ、やだぁ、お兄ちゃん!頭ぼさぼさになるぅ!」

「なっとけなっとけ。それより、何かあったんだろ?先生たちも呼ぶ?」

「う、ん。そうだね、えっと説明……」


 遼の言葉が聞こえたのか、桐野とルイスがトランクから出した荷物を持って近づいてきた。 

 典子は遼に捕獲されたままだが、孝志の方が隣りに来たので少し落ち着いたらしい。遼が手を放すと髪を直しながら、咲良の隣りに並んだ。


「実はみんなが出た後、おばあちゃんが一人で外に出ちゃったの。危ない事は無かったんだけど、家から出てるのを見た人がいて……」

「お帰りなさい!」


 ようやく意を決して話し出した咲良だったが、それに被るように上野家の玄関から高い声があがる。

 瞬間、遼が思い切り顔をしかめた。


「……新條、お前なんでうちにいるんだ」


 遼が嫌そうな顔で声の持ち主を睨む。

 それにつられて孝志と桐野とルイスも玄関を見た。

 視線の先にいるのは、二人の男女だ。街で写真を見せたら十人中九人が可愛いと答えるだろう女の子と、彼女を守るように立つ男子。


「誰だ?」


 桐野が首を傾げて小声で咲良に聞く。


「近所の人。女の子が新條さんで、男の人が確か田原さん、だったと思う。遼ちゃんたちと同じ年」

「ふぅん」

 

 小声で桐野に答えると、桐野はこちらに向かってくる二人を無感動に眺めていた。

 小走りで駆けてきた新條は、初対面の桐野とルイスに目を止めたらしく、二人のすぐ前まで来ようとし、だが咲良の足元から聞こえた唸り声に足を止める。

 小町だ。咲良が桐野のそばにいるので、必然的に咲良にくっついている小町も一緒にいるのだが、その小町が近くに寄るな、とばかりに警戒の声をあげたのに気づいたらしい。


「小町」


 宥める様に咲良が名前を呼ぶが、新條が一定以上近づくのを許すつもりはないらしく、少し離れたので唸るのはやめたものの、警戒するように仁王立ちだ。

 新條はそれに少し怯えたような顔を見せて後じさり、それでも気を取り直したのか、桐野とルイスに向かって笑顔でぺこっと頭を下げる。


「はじめまして!新條 瞳と言います。田原くんは田原 達也君って言います」


 よろしくお願いします、とにこにこする新條に、ルイスがにこりと微笑み返しながら自分の名前と桐野の名前を告げる。

 そのまま談笑をはじめそうな新條に、自分の問いかけを無視された形になった遼がイラッとしたようにもう一度問い直す。


「新條、なんでお前がうちから出てくんだ」


 遼の口調に棘があるのは、初対面の桐野やルイスですら分かっただろう。ルイスはおや?というように二人を見たが、新條が答えるより早く、田原が口を開いた。


「瞳の親父さんが怪我したんだ。お前の母親、看護婦だろ」

「だからどうした。病院に行けよ」

「こんな状態で行けるわけないだろ。ちょっと考えろよ」


 ふん、と馬鹿にする口調で言われ、遼の視線が激しさを増す。

 

「だからってなんでうちの母親を頼るか分かんねぇな。医者じゃねぇだろうが。大体、何でお前までいるんだよ」

「瞳の親父さんを連れてくるのに男手がいったからだよ」

「あっそう。で、その親父はどこにいんだよ」

「お前ん家。応急処置しか出来ないっつうから、寝かせてある」

「はあ?看護婦なんだから応急処置が出来りゃ御の字だろうが。不満があんなら病院連れてけよ。てか、寝てるだけならとっとと連れて帰れ」


 嫌味の応酬だ。

 わりといつも笑顔でいる遼の変貌に、咲良も初めて見た時はひどく驚いた。

 遼と田原は気が合わないを通り越して、犬猿の仲らしい。

 遼の方は田原とは喋りたくもないという態度をとっているが、田原の方は一言二言何か言わないと気がすまないのか会う度遼に突っかかり、遼がそれに応じていつも喧嘩手前までいく。中学生時代には掴み合いになった事もあるらしい。

 

「は?怪我人動かせとか、最低だな、お前」

「はあ?怪我人に応急処置もしないでここまで動かしてきた奴が何言ってんだ。さっさと失せろ」

「てめぇ―」

「やめて!ごめん、私が悪いの」


 二人の間に新條の声が割り込む。

 泣きそうな声は庇護欲を誘う。だが遼は嫌そうな顔を崩さず、新條を睨みつけた。


「ごめんなさい、うちのお母さんが上野くんのお母さんが看護婦さんなの知ってて、おばあちゃんがお庭にいるならおばさんもいるよねって連れて来たの。ごめんなさい」

「で?処置終わったんだろ?何でまだうちにいるわけ?」

「上野!瞳は親父さんの突然の怪我に傷ついてんだぞ!」


 言葉だけ聞けば完全に遼が悪役だ。田原は労わるように新條に声をかけている。

 その様子を白けた顔で見ていた遼だったが、はっと何かに気づいたように典子と咲良に振り返った。


「怪我って、どんなんだ?まさか噛まれたとか」


 だったら追い出す!と今にも家に走っていきそうな遼の腕を典子が慌てて掴む。


「違うよぉ!お母さんは骨にヒビが入ってるかもって言ってた。けど、骨折ではないってぇ」

「あ、なんだ。噛まれてないのか」


 そっか、と少しほっとした様子で留まる。

 

「?うん、噛まれたりとかはないって。なんかねぇ、会社に行こうとして、あの起き上がった人たちと会っちゃって、びっくりして階段から落ちて足痛めたって言ってたよぉ」

「なんだそら」

 

 呆れた様に呟いた遼だったが、答え終わったはずの典子が「どうする?」とばかりに咲良に視線を送っているのに気付いて、妹の頬を突いた。


「おい。何か他にもあんなら言えよ。また頭鷲掴みにすんぞ」

「やめてよぉ。やだってばぁ」

 

 ぐわっと指を開いて見せる遼に、典子は咲良の方へとじりじり逃げる。

 咲良は新條と田原を盗み見たが、まだ田原が新條を慰めているらしくこちらの話は聞いていないようだ。

 それでも声を潜めて耳に挟んだ事を告げる。


「新條さんのおばさんが言うには、会社じゃなくて浮気相手のところだって」

「げ、マジか」

「おばさんが言うには、だけど……」


 嘘か本当かは知らないが、夫を上野家に置いて行く時に吐き捨てて言ったのだ。そのまま浮気相手のとこにいれば良かったのに、と。


「おいおい。まさかそれでうちにおっさん捨ててった、て事はないよなぁ……」


 嫌そうな顔になった遼に、曖昧に首を振る。


「おばさんは避難所に行く支度をするから、それが終わるまで預かって欲しいって言ってた。ほら、おじさん足が動かないから、いても手伝えないし」


 なるべく要点だけに絞って新條のおばさんの言葉を伝える。

 実際のところはもっときつい言い方で邪魔だの使えないだの罵るように言い捨て、上野家の面々が止める間もなく自宅に戻ってしまったが。

 

「えええ。じゃあ娘は連れて帰れって手伝わせろよって話じゃね?」


 遼の言葉に咲良も同意見だが、新條家の意見は違うらしい。


「なんか、娘にはそういう汚れそうな事はさせられないって……」

「あー……馬鹿親だもんな、あそこ」


 納得したように遼が呆れた声を出す。新條家をよく知らない孝志や桐野、ルイスなどは不思議そうな顔だ。

 その顔に気づいてのか、遼は注意を促す様に彼らの顔を見返した。


「あそこ、娘をお姫様扱いする馬鹿親だから。そんで娘も馬鹿女だから。騙されないように気をつけて。特に桐野くんと先生」

「うん?」

「あいつ、見た目が良い男が好きだから、絶対ちょっかいかけてくるぜ。声ワントーン上げて上目遣いして」


 唸るように警告する遼に、孝志は苦笑気味だ。


「遼、それ俺に失礼」

「孝志は典子がいるから良いんだよ。お前、靡かないだろ、あんなんに」

「あー……まぁ、うん」


 孝志の言い分に加勢しようとした典子が真っ赤になる。

 金魚の様に口をパクパクさせるが何も言えず、痛くもなさそうなパンチを遼の脇腹に繰り出した。

 ちらちらと孝志を見ては、こちらもやや頬を赤くした孝志と目が合い、また真っ赤になって下を向くのを繰り返す典子が微笑ましく、和んでしまった咲良だったが、不意に掛けられた声に顔を引き締めた。


「あの、お家に入らないの?」



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