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最終的に和やかともいえないことも無い昼食を終え、のんびりする間もなく秋山と文化委員二年の副顧問の八坂がやってきた。
八坂は新任の若い教師で、秋山の性格を知らなかったため副顧問なんていてもいなくてもいい役を押し付けられたらしい。前の委員会終了後に飯尾の軽口にのせられて苦笑しながら愚痴っていた。
新任だから経験を積むのも重要だ、と言われて頷いて以降、荷物の運搬やら資料の準備やらは八坂の仕事扱いされているらしい。
プロジェクターを抱えながら現れた姿に生徒たちの同情が集まる。
「八坂ちゃん、俺持とうか?」
「ありがとな。でもそんなに重くないし、大丈夫だ」
「飯尾!お前は机並べるの手伝え!他の男子もだ!女子はカーテン」
「へーい」
「返事は、はい!だ」
「はい」
渋々秋山の手伝いをする飯尾たち男子を横目に、女子だけで窓際の長くて重いカーテンを閉めていく。
遮光性で舞台の緞帳のように分厚いからか、曇り空でも微かにあった外からの明かりが完全に閉め出された。雨の音も少し小さくなる。
蛍光灯の白々しい明かりが図書室を照らす。
「それはこっちだ。全員横並びでスクリーンを見られるようにしろ」
「はい」
どこにスクリーンがあるのかと思っていたら、図書室の端、司書さんたちの座るカウンター横の天井に、ロール式のものがくっついていた。
典子に場所を教えられながら、八坂がカウンターの横にあった金属の棒を取り出し、鉤状になった部分を引っ掛けてスクリーンを下げ出す。
「と、これどこまで引っ張ればいいんですか?あれ」
「目いっぱいまで下げるって聞きましたぁ」
八坂は目いっぱいまでスクリーンを下ろして秋山に呼びかけるが、秋山は司書席で何かを探しているらしく、代わりに典子が答えている。
机も並べプロジェクターの設置も終わり、ようやくスクリーンも安定した頃、ようやく秋山が何かの空き箱を片手に戻ってきた。
「全員、この中に携帯の電源落として入れろ」
菓子箱か何からしい箱の蓋を開けて、近くにいた麻井に差し出す。
「え?」
「え、じゃないだろ。大事な会議なんだからな」
「マナーモードにしてるんですけど……」
困惑する麻井に秋山はわざとらしく溜め息をついて、ふと気づいたように言う。
「お前四組の代理だったか」
「はい。勅使河原さんの代わりで……」
「そうか。なら初めの会議でも言ったが、もう一度言っておく。会議中は携帯は不可だ。マナーモードでも気は散るから、電源は切れ。大体、教師の俺だって入れるんだから、当然全員入れるんだ」
「はい……」
有無を言わさない秋山に、渋々電源を落として箱に入れる。
「次、中原」
「はい。あ、」
箱を突き出されてポケットに手を入れたが、空っぽだ。どうやらリュックサックの中らしい。
「すみません、鞄の中みたいで」
「早く持ってこい」
「はい」
慌てて、窓際に避けた机の上に置いてあるリュックサックに向かう。
「ねえ」
「あ、麻井さん」
「いつもこんななの?」
着いてきた麻井が声を潜めて尋ねてきた。
目線の先は生徒と八坂からスマホを回収する秋山だ。
「うん。何年か前にどこかの親からクレームがあったらしくて、それから秋山の会議の時は絶対こうするんだって。一番初めの会議の時、一時間くらい説明された」
「うわぁ……」
想像したらしくげんなりとした声をあげる麻井。
「親から連絡とかあったらどうすんのよ」
「それ橋田君が言ったんだけど、緊急事態なら学校に連絡が来る、て言われて。何を言ってもそれなりに言い返されるし長いから、皆もう面倒になっちゃったんだ」
「なるほどねー……っとこっちくるわよ」
「中原!まだか」
「はい!」
みんな提出し終わったのか、視線が集まって慌ててスマホを探す。
「あった。あ、」
電源を切ろうとして、メールと不在着信がきているのに気づいた。
出張中の父親かな、と画面をタップしようとしたが、それより早く目の前に箱が差し出される。
「早く電源を落とせ」
「あの、メールがきてて、」
「みんな待ってるんだぞ」
苛立たしげに言われ、仕方なく電源を落とした。
箱に入れて顔を上げれば、他の委員が同情した顔をしている。飯尾にいたっては、秋山の後ろ頭を指差しながら「うげぇ」といった表情だ。
その顔が面白くて思わず噴き出しそうになったが堪える。今笑ったら気分を害した秋山の説教コースだ。
「ほら、全員座れ」
菓子箱の蓋を閉じながら、司書席の奥に入っていく秋山の背を何となく見送る。
どこに置くんだろう、と思いつつ席に着くと、隣の席に座った典子が肩を寄せてきた。
「あれ、金庫に入れるんだよぉ、多分」
「そんなのあるの?」
「うん。図書委員が放課後当番の時に使うんだぁ」
さすが去年委員をやってただけあって詳しいなぁ、と思っていたら、急に図書室が暗くなる。
「きゃあ!」
「秋山!センセー、いきなり消すなよ!」
悲鳴や怒った声があがるが、どうやら秋山が明かりを消したらしい。
「明るかったらスクリーンが見えないだろうが。ほら、八坂先生」
「あ、はい」
真っ暗な中で慌ててプロジェクターを操作しているらしい八坂に同情していたら、ぱっとスクリーンに映像が映し出された。
その映像の斜め下に表示されている年号が十年近く前だと気づいて、隣の典子と溜め息をつく。
お互い口には出さないが、思いは一緒だろう。
今日も長くなりそうだね、だ。