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おきあがり  作者: 鳶鷹
二章
49/136

13



「右!右右!」

「了解。次は?」

「もっかい右!そんでもっかい右!つまり、ぐるっと回って、さっきの道路に出る。そしたら左方向に戻って一本目を右折!」


 叫びながら助手席の遼が指示をする。

 時刻は八時少し前。上野家に戻ろうと、ルイスと桐野のマンションから車を走らせていたのだが、時間のせいなのかただのタイミングなのか、人影が増していた。

 はじめはカーナビを見て桐野がナビをし、後部座席から遼が裏道を教えていたのだが、それでは時間のロスがあるのに気付き、助手席の桐野と遼が席を交換したのだ。


「なんなんだよ!いすぎ!こいつら、数いすぎ!どっから湧いたよ!?」

「ね。日が高くなって暖かくなったから出て来たのかな?虫的な?轢きそうでやだなぁ」


 ははは、とルイスが軽く応じるが、両手はしっかりとハンドルを握りしめ、視線も正面からぶれない。

 後部座席に移った桐野と孝志は静かに窓の外を警戒していた。


「おっし!人気無し!じゃあ、次はそこの道入ってください!」

「良いの?ここ一通っぽいけど」

「案外広いんで。両サイドの家、どこも塀とかないから、最悪ちょっと食い込めるんです」


 遼の言った通り、少し開放感のある住宅の隙間を抜ける。

 一歩進んで二歩下がる、とも愚痴りたくなるような移動だが、確実に上野家がある住宅街には近づいていた。

 

「かー!まどろっこしい!また人影!左の道に!」

「了解」


 動く人影をちらっと見て、即座に遼が別の道を指示する。

 ルイスも桐野も孝志も、その人影が他のものより素早く動いているのに気づいてはいたが、異を唱える事はしなかった。 

 多分、さっきの人影は正真正銘、生きた人間だろう。もしかしたら起き上がった死者から逃げている人かもしれない。


 実は学校に向かう時から、何度か普通の人かもしれない、と思う人影をいくつか見かけていたが、確信出来るほど近づく前に、彼らは迂回する事を選んでいた。

 普通の人、それも助けを求める人に遭遇するのを避けていたのだ。

 誰も口にはしなかったが、他人を助けている余裕がないのは、全員が分かっていた。

 助けた相手がすでに死者になりかけていたら、こちらが襲われるかもしれない。映画や漫画でよくあるパターンだ。

 それに怪我無く相手を保護出来たとして、相手を家に送ったりどこかしたら安全地帯へ運んだりしている時間的余裕は無い。

 見ず知らずの他人を見捨てるかもしれない自分たちの行為に、遼や孝志は息苦しさを覚えたが、家で待っている人がいるのだ。危険は冒せない。


「あっと、そこ曲がってください。したら、次はあそこ」

「あそこって……お寺の私道じゃないの?」


 大丈夫?とルイスが首を傾げるくらい、入るのが躊躇われる道だ。

 片側は山の裾野を断ち切ったようなちょっとした崖で、反対側には墓が並んでいる。墓と道の境界線には何も無くて、パッと見は寺の私有地にしか見えない。


「紛らわしいけど、大丈夫です。裏道なんすよ、あそこ。なんか薄暗いし墓だしで、色んな意味で怖いスポットだって滅多に地元民も使わない道ですけど」


 へぇ、と言いながらルイスは車を道に突入させ、怖い、という遼の言葉を実感した。

 妙に狭く感じるのだ。実際は崖や墓ギリギリまで車を接近させれば、二台車を通す事も出来るだろう。だが、地面は舗装されておらず土がむき出しだし、墓側も崖側も所々木が生えていて場所によってはアーチ状に道に出てきているから、圧迫感がすごい。

 薄暗い雰囲気で、確かにこれは若い女性なんかは怖がりそうだね、と全く怖くなさそうに呟きながら、ルイスは道なりに車を進めた。

 陰気ささえ漂う道を、電気自動車は静かに走り抜ける。


「良し、抜けた!マジで良かった!次はあっちの道でお願いしまっす!」

「了解。でもさっきからパッと見はいないね」

「ですね。やっぱ人通りが多いとこのが危ねぇのかなぁ」


 国道沿いを走っている時に比べ、住宅街に入ったらほとんど人影はなかった。

 それでも緊張感は失わないようにしつつ、ナビをする。


「あ、次は右。ん?あー……」

「ベランダかな?うーん。でも止まってる余裕は無いんだけどね」

「……ですね。切羽詰まった感も無いし、悪いけど帰宅優先で」


 ベランダで手を振っている人が見えたが、焦っている様子は無さそうだ、と判断する。それでも見捨てている様な気分になって胸が痛んだ。

 もしかしたら部屋の外に起き上がった死者がいて、籠城してる人かもしれない、いや、単に外にいる相手に情報を求めているだけだ、と遼は胸の内で自分に言い訳をする。

 遼の葛藤が分かっているのか、ルイスは常と変わらぬ穏やかさで速度を落とさず通過した。

 後部座席の二人も黙ったままだ。

 孝志と遼は昨日からずっと同じようなシチュエーションを想像し、こういう場合はどうするか、何を優先するかを議論し、意見をすり合わせてきた。その時と同じような現況を、孝志は無言で受け入れている。

 桐野が何を思って沈黙しているのかは、二人とも分からなかったが、あれだけ淡々と死者たちを殴れる桐野だ。自分たちと同じように、助けられない相手を切り捨てる、という判断をしていてもおかしくはない。


「あ、次そこ曲がってください。したら、うちの前の道路に出ます」

「了解。ああ、うん、さっき見た風景だね」


 なるほど、こう繋がってるんだ、と呟きながら、ルイスがハンドルを切る。

 徐行しながら曲がれば、そこは上野家へと続く道路だ。

 正面に見える家に、助手席の遼が盛大に安堵の溜息を漏らした。


「あー、助かった。マジで」


 ここまでくれば誘導の指示も必要ない。

 ルイスの運転に身を任せ、助手席に寄りかかった遼だったが、ふと家から走り出てくる人影に気づいて身を起こした。


「典子と咲ちゃん?何やってんだ。家から出るなよー……」


 典子と咲良が小町を引き連れて、門へとやってくる姿に遼は緊張したが、ホラー映画のお決まりの様に襲い掛かられることもなく、二人は無事に四人の乗る車を前庭に引き入れた。

 誘導されるがままに車を止め、遼が素早く車を降りる。すぐそばにいる二人にちょっとした説教をしようとしたのだ。

 だが車から降りた遼を困ったように見上げる二人に、開きかけた口を閉じた。


「どした?」



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