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おきあがり  作者: 鳶鷹
二章
48/136

12



 倉庫の中の安全を確認後、遼と孝志は速やかに倉庫をあさった。

 隅に置いてあった紙袋やビニール袋、捨てる予定だったのか畳んであった段ボールを組み立て、目的の監視カメラを仕舞う。

 また目についた予備のノートパソコンやバッテリーも「お借りします!」と拝んでから詰め込み、ケーブル等の備品類もかき集める。もうやりたい放題だ。

 だが桐野は二人を止めなかった。

 車の中で話したように、三人ともこの非常事態がすぐに収束するとは思っていなかったからだ。

 今後物資が必要になった時、またここまで無事に来られるとは限らない。なら今集められるものは集めておくべきだと思っていた。

 それに一応二人も加減はしているらしく、同じ機種や型番の物が複数あると、根こそぎにはせず、一つか二つは残している。


「うっしゃ。じゃ、孝志こっち持って。俺これ持ってくから」


 遼は孝志に声をかけ、腕に紙袋とビニール袋を通し、段ボールを持ち上げた。

 倉庫の出入り口で見張りをしていた桐野に声をかけ、三人でエントランスを足早に抜ける。

 職員室の前に置いた観葉植物の鉢は静かだ。孝志に学校の電話番号を聞いた桐野が、時折学校に電話しては、職員室に閉じ込めた死者たちを中に釘付けにしたからだろう。

 ビルの上階に残っていた生徒もほとんどいなかったのか、上から降りてきた人間もいなかった。遼たちのクラス同様、他の科も休みか午前授業で、元から人が少なかったか家に帰っていたのだろう。


 運が良かったよなぁ、と呟きつつ、三人で駐車場まで走った。

 道路に出ればまだ遠くで細い煙が上がっており、やはり人の姿はほとんどない。そんな異常な光景を見つつ、ルイスの車に荷物を積み込んだ。

 後部座席に荷物と一緒に乗り込むと、はぁーと大きな溜息が二人の口から漏れた。へなへなと力を抜いて座席に寄りかかる。


「大丈夫?」


 あまりの脱力ぶりにルイスが振り返って声をかけた。


「まぁ、大丈夫です。多分」

「腰抜けそうだったけどな。桐野くん強いから助かりました」


 サンキューと助手席の桐野に遼は親指を立てようとして、膝の上に乗せた段ボールをひっくり返した。


「おわっ!」

「ちょっ、遼、それ何の段ボール?!」


 監視カメラやノートパソコンの壊れ物だと洒落にならない、と慌てかけたが、零れ落ちたのはケーブルやケーブルを纏める結束バンド等の備品だ。小さい物が多いが、落としたからとすぐさま壊れるものじゃない。

 その事にほっとしながら、散らばった品々を拾い集める。


「あー、ビビった。良かった小物で」

「あんま良くないよ……ブレーキとかアクセルの下に入り込んだら最悪だって」

「まぁ前には来てないから大丈夫だよ。さて、次に行っても?」


 一応足元を確認したルイスが後部座席の二人に声をかける。

 二人の学校に行った後は、ルイスと桐野が住んでいるマンションに立ち寄る、という手はずになっていた。

 疎開するまでの間、二人は上野家に居候する事にしたのだ。

 後々合流出来るか不安なのと、いざ何事かあった時の護衛、という面もある。知らない顔が増える事で和子がパニックになる可能性もあるが、その場合は車で寝泊まりするよ、とルイスが言い、遼が勇に了解を取った。

 そのため二人の荷物をあらかた運んでしまう事にしたのだ。街角を見る限り、それくらいの時間的余裕はあるだろうと相談の末、決めた。

 

「おおよそ拾えたっぽいし、大丈夫です」

「じゃあ車を出すよ。シートベルトしてね」

「はい」


 車は静かに走り出した。

 国道から脇道に入り、人影を見かけたら即座に迂回しつつ、数分。

 止まったのは茶色い外壁をした、駅にほど近い六階建てのマンションの前だ。


「え、ここマンスリーマンション?でかっ」


 事前にマンスリーと聞いて想像していたより大きかった事に遼が驚きの声をあげると、ルイスが頷く。


「日本のマンションの契約方法に手間取ってね。結局ずっとここなんだ」

「ああ、保証人とか色々ありますもんね」


 孝志が自分のアパートの契約を思い出して頷く。

 当時十八歳で未成年だったのもあるのだろうが、書類がやたらとあった気がする。日本人の孝志でもそうだったのだから、外国人の場合も書類が多そうだ。


「そうそう。書類が多いよね。ここは割高だけどすぐに入居出来たから良かったよ。ただ結構上の階だから、戻ってくるのにちょっと時間がかかるかも」


 ルイスがひょい、と上階を指さす。


「その時に空いてたのが四階だったんだ。階段で上り下りする予定だから……まぁ三十分はかからないと思うけど」

「はい。気をつけてくださいね」

「何かあったら連絡してね。僕らも連絡するから」


 ひょい、とスマホを掲げ、それから桐野と二人、至って普通に車のドアを開け、マンションへと足早に向かった。


「……三十分は意外と長ぇなぁ。今何分?」

「ようやく十五分」


 五分刻みに時間を知りたがる遼に、孝志は苦笑する。

 きっと遼に聞かれなかったら、自分も何度も時計を確認していただろうな、と思いつつ、また車の外を見回した。

 先程と何ら変わりない風景だ。

 向こうの方でふらふらしている死者らしき二人だけが、視界の中で動くものだった。彼らがこちらに気づいて近づいてくる気配はない。


「あいつらこっち来たらやだなぁ」

「来ないのを願ってるよ。武器とか無いしさ」

「だな。最悪、学校ん時みたいに何か投げて注意をそらすとかしか出来ねぇもんなぁ」


 遼が段ボール箱から丸まった結束バンドを取り出し、ひょいと垂直に投げあげる。


「それじゃ大した音しないでしょ」

「だよなぁ。でもデカい音出したら、他からも集まりそー、て、またか!」


 投げてはキャッチして、を繰り返していたバンドが、遼の手に包まれる前に指に弾かれ、ころころと転がった。

 足元に転がり、運転席の下に入り込んだ結束バンドに手を伸ばす。


「んー、あり?」

「どうした?」

「さっき落としたやつが、まだあったっぽい」


 遼は落とした結束バンドを段ボールに戻し、その段ボールを座席に置くと、後部座席と運転席の間の隙間にしゃがみこみ、指を伸ばす。

 車の周りを警戒しつつ、孝志は首を傾げた。

 

「そんな奥まで転がってたの?」

「結構運転席の前の方にある感じ?あ、取れ、た……」


 半ば座席の下に突っ込んでいた上体を起こし、遼が固まった。

 その不自然な沈黙に疑問を覚え、孝志は振り返り、それから遼の手の中にあるものを見て、同じように固まる。

 

「それ……」


 艶消しをされた黒い金属のようなもの。筒状の排出口を持つそれは、大多数の日本人なら映画や漫画で一度は見た事があるだろうが、手にした事がある人は殆どいないものだ。


「銃、だよな……」


 自分の手の中にある物を、信じられないように遼は凝視する。孝志も同じように呆然と銃を見ながら、頷いた。

 

「なんで、そんなのが」

「分かんねぇ……先生の、私物?」

「日本にそんなの、持ち込めないでしょ……」


 呻くように孝志が言い、遼も「……だよなぁ」と同意する。

 二人とも法律には詳しくないが、銃刀法違反くらいは知っているし、外国人とはいっても一般人が銃を持ち込めるとは思えない。要人のSPや射撃のオリンピック選手ならともかく、ルイスは学校で英語を教えているただの教師だ。


「これ……本物、なのかな」

「分かんねぇ。本物の銃なんて見た事無いし……」


 恐々と銃を目の高さまであげてまじまじと見てみるが、遼も孝志も一般人だ。ゲームセンターでシューティングゲームをした事はあるが、あれはプラスチックの玩具でそこまで精巧に出来ていない。

 じっと見た所で、手の中の銃が弾を六発こめるタイプのリボルバーではなく、弾倉をグリップにセットするオートマチックだろう、という事しか分からなかった。

 詳しい種類も何もさっぱりだ。


「本物だったら―」

「本物だよ」

「うわっ!」


 カチャという音と共に遼の座っている側のドアが開き、ルイスが顔を覗かせた。

 驚いた遼が跳ね、手の中の銃が手から飛び出す。

 そのまま床へと落ちていく銃に、暴発する、と孝志と遼は固まったが、ゴ、という重い音をたてて床にぶつかっただけで、特に異常もなく銃は沈黙して転がった。

 

「二人ともそんなに怖がらなくても大丈夫だよ」


 硬直している遼と孝志にルイスは苦笑し、銃を拾い上げた。

 そのさっきと何も変わらない、穏やかな様子に遼と孝志は冷や汗をかきながら、恐る恐るルイスを見上げる。


「あの、」

「大丈夫。安全装置もかかってるし、これエアガンだし」

「え」

「エアガン。本物のね。えっとBB弾って分かるかな?小さいプラスチックの弾」


 こんな、と親指と人差し指で数ミリのサイズを作る。


「あれを装填して撃つやつなんだ」

「あ、ああ、はい。そういうの小さい頃に聞いた事あります」


 ほっとして孝志は頷いた。

 小学生の頃、縁日で玩具の銃を買って貰った事がある。それは弾はこめられず、引き金を引くとパンパン音がするだけのプラスチック製の玩具で孝志はすぐに飽きてしまったが、同級生の中にはもう少しちゃんとした、BB弾を込められるのを持っていた子がいた。

 あれをもっと精巧に作ったものなのだろう。見た目からしてルイスの持っているものは本格的だ。


「日本に来た時、知人から貰ったんだ。作るのがうまい人でね。何個か貰ったうちの一つだよ」

「へぇ。そういう人がいるんですね」

「ごめんね。びっくりさせて」

「いえ、こっちこそ勝手に漁っちゃってすみませんでした」


 ぺこ、と頭を下げると、遼も一緒に頭を下げた。

 

「いや、怪我も無かったみたいだし、別に良いよ。こっちこそ物騒な物置いててごめんね」

「あ、いえ。え、でもエアガンなんですよね?」


 物騒?と孝志が首を傾げると、後ろのトランクに荷物を入れていたらしい桐野が助手席のドアを開けつつ、答える。


「エアガンも結構威力はある。近距離で目に当たれば失明するな」

「ああ……聞いた事あるわ」


 ふぅん、と遼は呟き、運転席に乗り込むルイスをじっと見つめ、ふ、と目をそらす。

 その常とは違う様子に孝志は内心で首を傾げた。いつもの遼なら「すげぇ、かっけー!」と騒ぎそうなものなのに、随分大人しい。


「遼?」

「んー?」


 孝志の呼びかけに顔をあげて車内を見渡し、みんなに見られているのに気付いたのか、取り繕うに、ふへっと笑う。


「いやさ、なんか使えないかな、と思って。あいつらに」

「うん。僕もそう思ってね。部屋に置いてたのも持ってきちゃった」


 トランクに積んだから、おうちにお邪魔したら見せるね、とハンドルを握って前を向き直ったルイスに、遼はへらへら笑って「頼んまーす」と笑う。

 一見いつも通りの軽い調子に見えたが、一年ちょっと友人をやってきた孝志は違和感を覚えた。妙に軽い。

 まるで映画のレイトショーを見に行ったのを、教師に隠そうとした時のようだ。あと、うっかり同級生の批判をしたらすぐそばに相手がいた時。

 隠したい事や誤魔化したい事がある時、遼はわざと道化染みた調子を装う癖がある。

 今回は何だろう?と訝ったが、目を合わせた孝志が、同級生の時のようににやっと笑ったから追求するのはやめた。

 今も誤魔化すのが進行中なら、誤魔化している相手は桐野かルイスか、もしくは両方だ。こんな密室で藪を突いて蛇を出したくない。


 なので黙っていつものようにふるまう事にした。

 この友人なら後で説明してくれるだろう、と孝志は経験則で知っていたから。



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