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おきあがり  作者: 鳶鷹
二章
45/136

9



 言われた通り上野家の物置から台車を引っ張り出し、二人と一匹で中原家に戻った。

 玄関に台車を置き、一緒に見つけた段ボールを持って台所に向かう。

 

「えーと、まずはボンベ?」


 段ボールを広げて棚からカセットコンロとボンベを取り出すと、典子が受け取って詰めてくれる。

 予備のボンベを全部出し、詰めてもらう間に、咲良は棚の下段にある段ボールを引っ張り出した。

 中は小町の缶詰だ。父の会社の主力商品で、咲良の祖父や上野家の本家がある山の猟師さんが獲った獣肉で出来ている。

 少し高いが品質も父が検査していてお墨付きだし、社割がきくので大量に買い置きしてあるのだ。これに、こちらも父の会社のドライフードを加えて与えていた。


「何個持って行こう」


 夕べは上野家でドライフードを貰ったようだったが、きっとそれは試供品として卓己が置いて行ったものだろう。上野家には本来、犬の餌は無い。

 缶を一つ手に取って悩む。意外に一缶が多いので、中原家では一缶を朝と晩の二回に分けてあげていた。朝開けて夜まで常温に置いておくわけにはいかないので、残った半分は冷蔵庫に入れている。

 だが犬を飼っていない上野家の冷蔵庫に入れて貰うのは申し訳ない。

 かといって日が暮れてから半分の缶詰を冷蔵庫に入れるために戻ってくるのも、と悩んでいると、典子がひょい、と顔を覗かせた。


「どうしたのぉ?」

「うん。一回につき半分だから、どうしよかなぁ、て」

「何がぁ?」


 首を傾げる典子に説明すると、大丈夫だよぉ、と微笑まれた。


「卓ちゃん言ってたけど、これって人間でも食べられるんでしょう?」

「味はほとんど無いけどね。お肉の缶詰って感じ」

「じゃあ大丈夫大丈夫。お兄ちゃんが間違って食べそうだけどねぇ。一応お母さんにメールしてみよっかぁ?」

「ありがとう。お願い」


 さっそくメールを打ち始めた典子に感謝しつつ、咲良はひとまず缶を段ボールに戻し、横にある冷蔵庫に視線を移した。昨日の朝に開けた缶が半分残っているはずだ。

 がば、と冷蔵庫をあけると、手前に置いてあったジップロックに気づいた。


「あ、豚の生姜焼き」

「?」


 思わず出た言葉に典子が首を傾げる。


「えっと、昨日の夕飯、豚の生姜焼きにしようと思ってて。冷凍庫からおろしてた豚肉があったから」

「昨日、帰れなかったもんねぇ」


 解凍された豚肉はもう冷凍庫に戻す事は出来ないし、早めに使い切らないと悪くなってしまうだろう。


「これ、持って行ったらおばさん使ってくれるかな?」

「喜ぶと思うよぉ。ほら、明日スーパーの特売日だから、今うちの冷蔵庫ガラガラなんだぁ」

「あ、明日だっけ」


 近所のスーパーの特売日に合わせて上野家の冷蔵庫の中身は増減する、と前に典子が言っていたのを思い出す。

 頻繁に買い物に行かない中原家は週末にまとめて買い物に行くため、今はそこそこ物が詰まっている状態だ。


「お母さんから返事来たぁ。小町ちゃんのご飯、持って来て大丈夫よ、だってぇ」

「良かった。あ、あと牛乳とか野菜も良いかな?」

「良いと思うよぉ。先生たちも増えるしさぁ」

「そっか。なら色々持ってこう」


 冷蔵庫の中身を上の段から出していく。常備菜に漬物に、と冷蔵庫の中身を空にする勢いで出していけば、すぐに段ボールはいっぱいになってしまった。重たい段ボールを苦労しながら台車に乗せる。

 まだ冷凍庫の中身には手も付けられていないが、冷蔵庫から出した物を置きっぱなしにするのも嫌だったので、一度上野家に戻る事にした。


「ただいまぁ」

「おかえりなさい」


 台車を玄関に置いて、ひとまず牛乳などの水物を抱えて居間に入れば、ひょこっと悦子がキッチンから顔を出す。


「あれぇ?お母さんだけ?」

「お祖母ちゃん眠くなっちゃったみたいだから、お部屋に戻ったわ。二人とも、ひと段落ついたら朝ごはん作るの手伝ってくれる?」


 言われて見れば、時計はそろそろ七時だ。

 思い返せば最後にした食事は昨日の昼で、意識した途端に空腹感が沸き起こった。


「お腹空いたねぇ」

「だね」

「パンの賞味期限が今日までだからサンドイッチにしましょう。冷蔵庫にレタスとハムがあるからお願いね」

「はぁい」


 典子について一緒に台所に向かい、あれこれと材料を取り出す。

 その後ろでは悦子が大鍋に大量のお湯を沸かし、瓶を煮沸している。三口あるコンロの他の二口には鍋がのり、それぞれ茶色く煮しめられた佃煮らしきものが入っていた。和子が作ったものだろう。

 台所の作業台は、煮沸した瓶を取り出すために置かれた布巾でいっぱいなので、典子と二人で居間のテーブルへと移動する。

 

「お母さん、朝ご飯てお兄ちゃんたちのもあった方が良いかなぁ?」

「んー、食パン全部使っちゃって、残るようなら置いとけば良いわ。足りなきゃ後で作る感じで」

「はぁい」


 なら、と食パンを全部使ってサンドイッチを作る。

 具はレタスとハムだけだからすぐに出来た。パン切りナイフで食べやすいサイズに切れば完成だ。

 切れたサンドイッチを大きな皿に盛りながら、典子が首を傾げる。


「お父さんはぁ?」

「電話。前の職場の人からよ」


 勇は勤めていたタクシー会社を、勤務中の仕事で骨折したのに労災が降りなかった事で揉めて退職していた。経営者が変わってから経営方針が変わったせいで、従業員に対する補償が悪くなったらしく、他にも何人かの同僚が退職している。

 勇も足が治ったら別の会社に就職を希望していて、同僚たちの就職先を紹介してもらう予定だったらしい。彼らとは仲が良くて普段から連絡を取り合っていた。その中の誰かが心配して電話をくれたのだという。


「なら長くかかるかなぁ」

「出来たら二人とも食べ始めちゃって。あら、お父さん電話終わったの?」


 居間のドアが開いて顔を出した勇に、悦子が顔をあげる。


「あぁ、またかけるって……祖母ちゃんは?」

「お祖母ちゃん?ちょっとお部屋で休むって言ってたけど」

「あれ?さっき朝飯だって俺を呼びに来たんだけど」


 きょろきょろと居間を見るが、咲良も典子も和子の姿は見ていない。


「お部屋にもどったのかしら?」

「じゃあ、私見てくるよぉ」


 咲ちゃんよろしく、と典子は持っていたパン切りナイフを咲良に渡し、ぱっと居間を出て行った。和子の自室になっている和室を見に行くのだろう。

 咲良はまだ切っていないサンドイッチを切って盛り付け、俎板とパン切りナイフを台所に洗いに行く。

 ダイニングテーブルに移動する勇を手伝っていたら、典子が戻ってきた。


「典子?お祖母ちゃんは?」

「いなかったぁ。トイレかなぁ、とも思ったんだけど……」

「二階、はないな。階段は登らんだろ。いつもならこの時間は……」

「家の前の花壇のお手入れだわ。やだ、外に出ちゃったのかしら」


 いけない、と血相を変えて悦子はコンロの火を止めた。

 以前、和子が病院の帰りに道を忘れて迷子になりかけて以来、悦子は和子が外にいる時は目を離さないようにしている、と咲良は聞いた事があった。

 認知症ゆえに道を忘れて徘徊から行方不明になり、事故に巻き込まれたりして亡くなる人もいる、とニュースになる事もある昨今だ。悦子が心配するのも分かる。

 それに今の状況だ。

 さっき中原家に行った時は危険な事も人影も無かったが、いつどうなるか分からない。それに和子が予想以上に遠くに移動してしまう事だってあり得る。


 台所を飛び出した悦子の背中に不安を覚え、咲良も典子も後を追って居間を出た。

 玄関までの短い距離を走り過ぎ、悦子が玄関ドアに手をかける。

 閉めていたはずの鍵は開いていたらしく、悦子は靴下のまま、外へと飛び出した。


「お祖母ちゃん!」



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