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おきあがり  作者: 鳶鷹
二章
44/136

8



「お兄ちゃんはさぁ、無謀で猪だから、困っちゃう」

「遼ちゃん、突っ走るとこあるもんね」


 遼たちの車を見送り、典子はため息をついた。

 少し大げさなそれは、不安を誤魔化すためだろう。


「お兄ちゃん一人なら良いけどさぁ、孝ちゃんもいるから、心配」


 憎まれ口を叩くが、典子の心配は二人分だろう。咲良は、桐野くんも先生もいるし、と励ました。

 典子は桐野があの起き上がった死者たちに対峙している姿は見ていないはずなのだが、咲良を連れて無事に桐野が帰ってきた事で信頼を寄せているようだし、ルイスの方は一緒に行動してたから信頼度は高い。

 そうだよねぇ、と口調が少し軽くなった。


「桐野くん、すごかったんだよ、咲ちゃんが生徒会室に取り残されちゃった後。すっごいてきぱき指示して―」


 少しはしゃいだ典子の声だったが、それは居間の扉を開けるまでの事だった。

 開いた居間の扉の向こうから、焦ったようなやや早口の女性の声が飛び出してくる。


『―県放送局からの映像でした。皆さまどうか屋外に出ないようにしてください。特に人出が多い場所は危険な可能性があります。ご注意ください。繰り返します―』

 

「お祖母ちゃん?」

「典ちゃん、咲良ちゃん」


 上野家の大きなテレビの前に置かれたソファの前に、典子たちの祖母、上野 和子が座ってテレビを見ていた。映っているのは先程と同じような凄惨な現場だ。


「お祖母ちゃん、これ、」

「何かねぇ、どこをつけてもこんな感じなのよぉ」


 何かあったのかしら、と顔色を悪くしておろおろしている。

 和子は軽度の認知症で、軽くパニックを起こしやすい傾向があると診断されていた。特に災害などのニュース番組は見ているだけで不安になるらしく、上野家ではあまり凄惨な画面が映し出されるとチャンネルを変えるようにしていると咲良は聞いた事があった。

 いつもなら他の局に変えて誤魔化すのだが、こんな状況だ。どこに変えても似たり寄ったりだとさっき見て知っていた典子は慌てながら、祖母からリモコンを受け取る。


「えっと、えぇっと、」

「典ちゃん、データ画面にしたら」


 咲良はひやひやしながら典子に囁いた。さっき見た限り、データ連動している画面は文字ばかりのはずだ。


「あっお天気!お天気見よう、おばあちゃん!」


 急いでボタンを押して文字ばかりの画面に変える。

 和子はその画面に首を傾げたが、彼女が疑問を口にするより早く、戻ってきた悦子が優しく話しかけた。


「おばあちゃん、起きてきてたんですね。お腹空きました?朝ごはんにしましょうか?」

「あら、そうねぇ。一緒に支度しましょうか」


 誘われていそいそと和子はキッチンに向かう。

 パニックを起こさずに済んだ事に、咲良は典子と二人でほっと息をついてソファに座り込んだ。


「ありがとな、二人とも」

「お父さん」

 

 松葉杖をつきながら、勇がゆったりとリビングに入ってくる。

 咲良と典子は立ち上がって勇に手を貸した。


「ちょっと危なかったねぇ」

「うん。リモコン隠しちゃった方が良いかも……あ、でもそれだとテレビがつかないってびっくりしちゃうかな」

「じゃあ、DVDにしておくぅ?映画だねぇ、てするの」

「良いかもな。遼からもばあちゃんにパニック起こさせんな、て言われたし」

「えぇ?」


 一体いつそんな話を、と疑問符を浮かべた典子に、勇はポケットをぽんぽんと叩いた。


「昨日のメールでな。ほら、孝志君のアパートに籠ってただろう、あいつ。暇なのかメールをやたらと送ってきて」

「ああ」

「さっきの疎開の話もな、昨日の時点で聞いてたんだ」

「えぇえ?」


 驚いて大きな声をあげた典子に、勇がしーっというジェスチャーをする。視線の先はキッチンにいる和子だ。彼女は大きな声も苦手なのだ。


「パニックになっても救急車が呼べないからな」

「ごめん」

「うん。遼が言うには、病院も駄目になってる可能性が高いらしい。だからなるべく救急車を呼ぶような事態にならないように、て話だ」


 普段からそうだが、と勇はため息をついてソファに座った。


「父さんも母さんも実感が無いんだが、あいつはインターネットで色々見てるからな。インターネットでニュースがどうの、とか、俺と母さんにはさっぱりだが……」


 勇も悦子も、もちろん和子もネットに疎い。典子も興味が薄い中、上野家で唯一、長男の遼だけがパソコンに詳しい。

 何かあった時のネットでの調べものなどは、もっぱら遼の仕事だった。


「あ、でもスマホでもニュースくらいは見られるよぅ」


 ほら、と典子がスマホを取り出して画面をタップするが、すぐに「あれぇ?」と首を傾げた。


「なんか、つながりにくい、かもぉ」


 昨日からの回線の不調がまだ続いているのだろう。もしかしたらどこかの電波塔や中継基地でも異常が起きているのかもしれない。

 そう考えて咲良は不安になった。

 もし今、電気やガスや水道が止まったら、どうなってしまうのだろう?

 業者に依頼してすぐに修理に来てもらえる、とは考えられない。

 ニュースを見る限り外出を控えるように呼び掛けているし、ニュース画像を見た人間なら、修理依頼は断るだろう。自分の身が危ない。


「おばさん、ガスって大丈夫ですか?」


 思わずソファから立ち上がり、台所の奥の方に和子がいるのを確認してから、ガスコンロの前にいる悦子に声をかける。


「咲良ちゃん?いつも通りだけど」

「咲ちゃん?」


 突然の行動に典子と勇もついてきて、困惑した顔で咲良を見てきたので、不安に思ったことを話した。

 うんうん、と話を聞いていた勇がうなずく。


「咲良ちゃんの言いたい事はよく分かった。ガスはまだ携帯コンロとボンベがあるし、電気は手回し充電器が……どこだったかな」

「玄関のところですよ、お父さん。ほら、緊急時の持ち出し袋の中」

「ああ。あとは、じゃあ水の確保かな。断水になったら大変だ」


 じゃあお風呂に水をはって、と慌ただしくなり始めた中、何かの瓶を持ってきた和子が不安そうな顔になる。


「なぁに、何かあるの?」


 そわそわとしだした和子に、悦子がしいて笑顔で答える。


「ちょっと災害時の練習をしておこうかな、て思ってるんですよ、お義母さん」

「あら、いやだぁ。地震でもくるの?」

「いいえ。練習です。ほら、最近自然災害が多いから。練習しておけば、怖い事は無いでしょ?」

「そうねぇ」

「練習ですよ。避難訓練。お義母さんも町内会でやったでしょ?」


 結婚して以来ずっと隣りに住み、夫が亡くなってからは同居をしてきた悦子の言葉は、和子には覿面に効果があるようで、納得したように頷いた。


「あらあら。じゃあ、私佃煮を作るわ。ほら、持って逃げられるでしょ?」


 ニコニコと冷蔵庫を開ける和子に、悦子は複雑な笑みを向ける。


「戦争の時はね、お母さんがたくさん作ったのよぉ。防空壕に隠れるんだけど、お腹が空くでしょう?それでね、佃煮を持っていくのよぉ」


 勇と悦子は困ったように顔を見合わせたが、パニックになられるよりは良い、と判断したのだろう。悦子が手伝いますよ、と言いながら和子に寄り添った。


「ごめんな、お祖母ちゃん、戦争中のことなんて知らないはずなんだけど」

「戦後だっけぇ?お祖母ちゃんが生まれたの」


 後を悦子に任せ、松葉杖で歩く勇に促されて、一緒に居間を出る。


「終戦してすぐくらいだな。戦後の混乱期は覚えてるかもしれないが……。あれは誰かから、多分お祖母ちゃんのお母さん、お前たちの曾祖母さんから聞いた話だろうな、きっと」

「ふぅん」


 そのまま三人と後をついてきた小町とで上野家の風呂に向かう。

 風呂桶に水をはるためだ。


「あ、私、家に戻ってうちの緊急持ち出し袋とかガスのボンベとか持ってきます」


 三人がかりでやるほど大事でもないから、と咲良が言うと、風呂場のドアを開けながら、勇が頷く。


「じゃあ、典子と一緒に行くと良い。ついで、と言ったらなんだが、田舎に行く準備もしたらどうだろう。中原さんが帰ってきたらすぐ出発かもしれんし」

「あ、はい」


 言われて咲良は慌てて頷いた。

 遼は父が戻ってくるまで待ってくれそうだったが、帰ったら即移動、という事もあり得るのだ。


「典子、裏の物置に台車あったろ?あれ使うと良い」

「うん」

「ありがとうございます」

「まぁ、何もないと思うけど、何かあったら、二人とも逃げるんだぞ」

「はい」

「頼んだぞ、小町」


 念には念を、と小町にまで声をかけた勇に、小町も分かってるとばかりに胸をはり尻尾を振った。



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