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おきあがり  作者: 鳶鷹
二章
43/136

7


 遼の突然の提案に、え?と思わず声を漏らしたのは典子と咲良だった。

 孝志は遼が言うだろう事を察知していたのか、やっぱりね、といった顔だったし、上野夫妻はやや疑問を感じてはいそうだったが、静観している。

 提案された側のルイスと桐野は、一瞬きょとんとしていたが、ルイスはすぐに「なるほどね」と苦笑した。


「なんでお家に入れてくれたのか不思議だったんだけど、そうか。勧誘か」

「まぁ、平たく言うとそういう感じで。先生、ご結婚は?」

「うん?してないよ。恋人もいない。あっちにも、こっちにも」


 やたらにこやかに会話をする二人は、互いの言いたい事が分かっているのか妙に話がスムーズだ。

 

「過疎地なんで空き家も多いんすよ。ちょっとリフォームすれば十分住める感じの」

「持ち主はいないのかな?」

「んー、都会に出てきて放棄してる家もあるけど、亡くなって空き家、てのもあるんで、近所の人と話つければ文句は言われないと思うんですよねぇ」

 

 最悪、と遼は続ける。


「卓ちゃん、えっとうちの父親の従弟なんですけど、その人の持ってる工場があるんで、そこに住むって手もあるかな、と」

「遼。またお前は勝手に」


 はぁ、と勇が溜息をつく。


「大体お前、本家とは連絡ついてるのか」

「いや、おじさんともおばさんもまったく全然」

「由香子ちゃんともか?」


 勇の問いに、本家の一人娘です、とルイスたちに注釈しつつ、遼は首を振った。


「全然。由香子ちゃんのお店のサイトも動いてない。父さんたちは連絡は?」

「取れてない。ただ、あそこは元々、固定電話も風だ嵐だで通じづらいからな……」


 咲良も、ああ、と内心で頷く。

 上野家の本家は咲良の亡くなった祖父の家とはご近所さんなのだが、あたり一帯は電線が木々の間を縫うようにあるため、風が強く吹くと電線が枝に引っかかったり絡んだりして、時々電話が不通になるのだ。

 年に二度ほど墓参りに行き遺された家を掃除するのだが、電波事情が悪いのかスマホですら繋がりにくい時がある。


「あれはどうだ?スマホの、無料のなんとかいうやつ」

「なんとか……アプリ?由香子ちゃんのID知らないよ、俺」

「私も知らないよぅ」


 遼と勇の視線を受けて、典子が首を振る。

 

「……まぁ、でも人口はこっちより断然少ないから、ここらよりは安全だと思うんで」


 どうっすか?と遼がルイスに話を振るが、ルイスが答えるより先に桐野が口を開いた。


「咲良は?」

「もちろん一緒。咲ちゃんとこはうちの本家のそばに、亡くなったお祖父ちゃん家あるし。な、咲ちゃん」

「え、でも、お父さんが……」


 突然の事にうろたえてしまう。

 まだ父親が帰ってきていないのだ。もし上野家の車に同乗させて貰えたとしても、父がいないのに一人で祖父の家に行くのは躊躇われる。

 かといって頭から絶対に行かない、と言い張るのも、と口ごもっていると、遼がいやいや、と手を振った。


「すぐ移動ってわけじゃないよ。正直、外がどうなってるかよく分かんねぇしさ。いつも田舎行く時は高速道路っしょ?なんかあった時、高速で詰まっちゃったりしたら怖いしさ、なら下道はどうかっつうと、国道はしっちゃかめっちゃかみたいだし」

「あ、ラジオで言ってた」

「だしょ?国道、事故多発らしいからさ。まぁ、とりあえずちょっと下見して、準備してから、て感じかな、て」


 その間に中原さんと卓ちゃんが戻ってくるっしょ、と言う遼に躊躇いながら頷いた。

 不安はあるものの、すぐさま移動にならない事に少しほっとした咲良と違い、勇は遼の言葉に引っかかるところがあったらしい。

 怪訝そうにしながら息子に問いかける。


「下見とか準備ってお前、」

「準備大事だよなぁ。てわけで、ちょっと行ってくるわ」

「は?」

「いや、ほら、学校にちょっとね、準備っつうか、必要なものを取りに行こうかな、て」


 置き忘れた弁当箱を取りに行くかのような軽い調子を装った遼に、真っ先に声を上げたのは悦子だ。


「何言ってるの!孝志君のアパートから出る事も出来なかったでしょ、あんた。学校なんて一駅も先にあるのに、どうすんの!」

「いやぁ、それは、ねぇ」


 ちら、と遼が視線を送ったのはルイスと桐野だ。

 その視線を受けてルイスが苦笑する。


「護衛、かな?」

「来てくれたら助かるなぁ、なんて」

「馬鹿!また先生たちにご迷惑かけるつもりなの」


 怒り心頭の悦子が更に言い募ろうと口を開いたが、ルイスがそれを制する。


「テスト、でもあるのかな?僕たちがどれだけ戦力になるのか」

「いえ、俺たちよりは全然強いのは聞いてるんで、そこは心配してないっつうか。民兵だって聞きました、アメリカの」


 民兵、という聞きなれない言葉が漢字で変換できなかったのか、悦子と勇がきょとんとした顔をし、そばにいた孝志が小声で二人に説明をする。

 それを横目に、遼はどんどん話を進めていく。


「どっちかって言うと、新規加入のご挨拶っつうか、一緒に疎開するならもう一蓮托生なわけだし、初・共同作業的な」


 どうっすか、と聞く遼に、ルイスは桐野を仰ぎ見てから頷いた。


「一緒に避難させてもらえるのは、すごく助かる。僕たちは日本に縁故が無いからね」

「お、じゃあ決まりっすね」

「ぜひ、ご一緒させてください」


 ようやく民兵という言葉を理解したらしい上野夫妻に、ルイスと桐野が頭を下げる。

 勇と悦子は困惑気味だ。


「良いんですか?お家の方には……」

「僕たちは実家とはあまり良い関係ではないので。それに、帰国は難しい状況ですし」

「あー、ニュース見ました?」

「昨日ネットで少しね」


 ポケットからスマホを取り出したルイスに、遼がもう一度テレビをつけた。だが目当ては中継ではなかったらしく、公共放送にチャンネルを合わせてデータボタンを押す。

 ぱっと切り替わった画面から国際ニュースを選んだ。

 画像も動画もない文字だけの画面だが、大きな見出しだけでも息をのむのには十分だった。


 イギリスで暴動が起き、フランスで高速鉄道が脱線、アメリカでは飛行機が墜落。

 どれか一つでもトップニュースになりそうなものが、ずらっと並んでいる。

 そして見出しの下の内容を読めば、そのすべてが突然人が人を襲った事でパニックになったり運転の制御が効かなくなった結果、と書いてあった。


「ネットだと動画も上がってるんだわ。乗客が撮ったらしい」

「それって……」

「あの起き上がり系ゾンビ?のやつ。イタリアとかドイツとか、他のヨーロッパの各地でも似た感じ。あとアジア圏も。こっちも場所によってはネットに動画出てた」

「世界中がパニックになってるって事ぉ?」

「まぁ、まだ大丈夫なとこもあるみたいだけど、大体先進国の都心部はかなりキてる」


 それこそデカい飛行場があるようなところは軒並み駄目になってるっぽい、と遼が答える。

 だとすればたとえ日本から飛行機が飛べたとしても、無事に着陸が出来る可能性自体低いだろう。


「なので、僕たちとしては遼くんの申し出はすごく助かります。腕には多少ですが覚えもありますし」

「あ、はい」


 話の早さについていけないのだろう、上野夫妻は半ば反射的に頷いた。

 両親の反応の鈍さと反対に、遼は「よし!」と言うが早いか、居間を飛び出していく。


「ちょっと、遼!?」

「準備してくる!孝志来て!」


 孝志を浚うように連れて行ってしまった遼を見送り、残された面々は顔を見合わせた。

 とりあえず、と去り際にリモコンを託された勇がテレビを消す。


「落ち着かない息子で申し訳ない」

「いえ、本当にこちらとしてはありがたい限りなので」


 頭を下げ合う二人を咲良たちは困惑しながら見るしかできない。

 

「ねぇ咲ちゃん、どういう事ぉ?お兄ちゃん、学校ってぇ……」

「専門学校に、だと思うけど……何を取りに行くんだろう?」

 

 遼の通っている専門学校は咲良たちが普段使う最寄り駅から一駅先にある。

 情報処理が専門で広い校庭や体育館が必要ないため、見た目はごくごく普通の鉄筋コンクリートのビルだ。まるで中小企業が賃貸で入っていそうな小振りなビルで、科が増えたからと今では三つほどのビルに分散しているらしい。


「何取りに行くんだろぅ?」


 典子が不思議そうに首を傾げるが、咲良も分からない。

 ノートパソコンであれば、いつも遼は持ち帰っているはずなのだ。

 それに外は安全とは言えない状況でわざわざ取りに行くものだ、どうしても必要なのだろうとは思うが、予想もつかない。

 首を傾げていると、バタバタと遼と孝志が戻ってきた。手にはアウトドア用の丈夫な上着と、束になった軍手。


「ほい、一人一個取って。あ、母さんたちの上着借りた」

「ちょっとぉ!お兄ちゃん、私の上着!」

「借りただけだって。孝志に貸してやるから文句言うなや」


 抗議する妹を絶句させておき、遼は勇と悦子の物と思しき上着を抱え、さっさと玄関へと向かった。

 展開についていけず咲良たちもぞろぞろと後をついていくが、遼は説明する時間も惜しいらしい。


「じゃ、行ってくるから」

「遼!」

 

 咎める様な悦子の声に傘たてを物色しながら肩を竦めた。


「後で連絡っすから。今は時間との戦い」

「遼」


 松葉杖をついて追ってきた勇に名前を呼ばれ、顔をあげる。


「大丈夫なんだろうな」

「分かんね」

「お兄ちゃん!」

「でも、必要な事だから」


 じっと父親を見返したその表情はいつもと違い、笑いの欠片もない。真剣な表情をした息子を見つめ返し、勇ははぁ、とため息をついた。


「気をつけろ」

「お父さん」

「言ってもきかん」


 お前もよく知ってるだろ、と言われて悦子は諦めた様だ。


「……怪我しないでよ」

「うん」

「全員無事で帰ってきなさい」

「あいよ」


 返事と一緒にへらっと笑った遼にため息を吐いて、悦子はルイスに頭を下げた。


「本当に申し訳ないんですが、馬鹿な事したら殴ってやってください」

「はい」

「先生たちもどうかご無事で戻ってください」

「……ありがとうございます。なるべく早く戻れるようにしますね」


 お願いします、ともう一度深く頭を下げた悦子に居心地悪そうにしながら、遼は玄関のドアを開ける。


「んじゃぁ、まぁ、行ってきます。あ、母さんたちも気をつけろよ!変なの家にいれんなよ!」

「馬鹿言ってないの。……本当に気をつけてね」

「了解!鋭意努力しまっす!」

 

 そうふざけた調子で言いながら、遼は孝志とルイスと桐野をつれ、車へと駆けていった。



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