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おきあがり  作者: 鳶鷹
二章
41/136

5


 細い路地を抜けて、二台の車は住宅街の奥へと進んでいく。

 咲良たちの住んでいる住宅街は古い。道は辛うじて二台の車がすれ違えるか、というものが多く、場所によっては完全に一通になっている。

 遼は住宅街に入る前、ひどく緊張していた。起き上がる死者と遭遇しても、即座に迂回が出来るか分からないからだ。


「ま、やってみるっきゃ無いって、な」


 そう言って空笑いをする。

 だが実際に住宅街に入ってみると、意外なほど、不穏な影も何も無い。


「なんだろなぁ。ここらはまだ無事って事か?」

「かもね。ここって町内と国道との入り口狭いし入り組んでるから、外から入ってくる人間が少ないんじゃない?」

「あー、普段も地元民以外、滅多にいないわな。道古いし、滅茶苦茶ぐにゃぐにゃしてっから、救急車もすぐ来れないんだよ、うちの方」


 こう、と孝志が手の平を下にしてお椀の形を作る。


「小山を削って迷路作ったって感じだよね。前に衛星地図で見てびっくりした」

「ほんとはその小山を全部削って間っ平にする予定だったらしいぜ。硬い岩盤にあたって挫折したんだと。でももったいないから、削ったスペースだけでも売っちまおうってむりくり住宅街を作ったらしい」


 へぇ、と初耳らしい孝志が頷く。


「だもんで道が入り組んでるし、うちはその中でも奥の奥だから、あの変なサイズの敷地なんだわ」


 遼が言う通り、上野家は住宅地の奥、小さな崖を背にする形で建っている。

 削れるところまで削ろう、とした名残なのか、横長に長くて歪な形をしているため、当時の上野家の主人、典子たちの祖父が格安で買い取り、自分と妻のための小さな家と息子夫妻のための家を建てたのだ。

 咲良と父が借りて住んでいるのは、典子たちの祖父が住んでいた家だった。典子たちの祖父は数年前に亡くなっており、祖母は典子たちと同居している。二つの家は一つの敷地内に隣接して建っていた。


「典子、そろそろ着くから、母さんに電話」

「はぁい」


 スマホをタップし、お母さん、と嬉しそうに通話する典子の声を聞きながら、車が通りを曲がる。

 曲がった先の突き当りが、上野家と中原家だ。

 

「おー。大丈夫そう。ラッキー」


 遼の言葉に咲良はほっと息をついた。

 突き当りの家まで、左右にはそれぞれ二軒の家があるのだが、そこから人影が出てくる気配もなさそうだ。

 まっすぐ車は走っていく。

 と、それに合わせた様に、上野家から人が出て来た。


「あ、母さん」

「おばさん、大丈夫かな」


 孝志が心配そうに呟くのに、咲良も荷物をぎゅっと握りしめた。

 典子たちの母、上野 悦子は特に身構えるでもなく出てきて、アコーディオン型の門扉をカラカラと音をさせて開く。車を入れるために開けに来てくれたのだろう。

 敷地が歪ながら広いため、上野家と中原家の車は両家の前庭が駐車場になっている。咲良は開いた門の先に父の車が無いか目を走らせた。

 駐車場のスペースは空っぽだった。まだ帰宅していないらしい。

 落ち込みかけたが、悦子の後ろに茶色の塊を発見し、目を輝かせる。

 

「小町!」


 上野家の玄関口にいるのは、中原家の愛犬・小町だ。

 車に咲良がいるのに気付いているのか、ぶんぶんと千切れそうなほどくるんと巻いた尻尾を振っている。

 白い靴下をはいたような柄の足は、そわそわと玄関を行ったり来たりしている。散歩の前によくやる、待ちきれない、という動作だ。それでも躾けたとおりに玄関から飛び出さない愛犬に顔が緩む。

 母親を見つけた典子は今にも車から飛び降りそうな勢いだったが、悦子の方は後ろのルイスの車に少し歩み寄り、大きな手ぶりで誘導をはじめてしまった。


「こっちに入れてくださーい。遼、もっとそっちに詰めて」


 咲良の父が帰ってきた時に停める事を考えて、普段は二台のところに三台分が入れるようにしてくれているのだろう。

 結局、上野家の車は上野家側の奥に、ルイスの軽は中原家側の奥に誘導された。これで咲良の父が帰った来たら、真ん中にいれればスムーズに停められる。


「はい。オッケーでーす」

「お母さん!ただいまぁ」


 ようやく悦子の許可が下り、典子がドアを開けて母親に飛びついた。


「はい、お帰り。心配したんだよ。咲良ちゃんも」

「おばさん、小町の事、ありがとう。助かりました」

「ううん。おばさん心配で、ついつい連れてきちゃって。小町ちゃん、ずっと咲良ちゃんの事待ってたんだよ。ほら」


 指された先では、小町が玄関と外の境界線でうずうずしていた。

 行ってあげて、と言われて咲良はたまらず上野家へ駆け出す。


「小町!ただいま」


 膝をついてぎゅうっと抱きしめると、小町の鼻先にある首や耳を舐められた。日向で温まった犬の匂いが鼻をくすぐり、帰ってこられた、という思いがこみ上げてくる。

 小町の匂いは、咲良にとって自宅の匂いだ。犬が苦手な人には顔をしかめられそうだが、咲良には安心できる匂いでもあった。

 嬉しい嬉しいとばかりに興奮しきる小町に、咲良も嬉しくてわしゃわしゃと小町を撫でまくる。

 ひとしきり小町と興奮を分け合った後、門扉を閉め終わった悦子たちが戻ってきた。典子は「小町ちゃん!」と小町を撫で、小町も嬉しそうに鼻を鳴らす。


「さ、中に入ろう。先生たちもどうぞ入ってください。主人がお礼を言いたいらしいので」


 呼びかけられたルイスと桐野が、両手に荷物を持って車から降りる。

 その姿に首を傾げた悦子だったが、その中に見覚えのあるものがあったのか、遼!と息子を呼びつけた。


「あれ、あんたの荷物でしょ!自分で運びなさい」

「おばさん、ごめん!俺の荷物がいっぱいで」

「孝志君は良いのよ。そのために遼が行ったんだから。ほら、遼!」


 せっつかれて、自分の車から荷物を運び出していた遼が「差別だぁ」と大げさに嘆きながらルイスたちに走りよる。

 咲良は典子と目を見合わせ、ぷっと噴き出してから二人も遼たちの手伝いをしようと車へと駆け戻った。


 

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