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おきあがり  作者: 鳶鷹
一章
4/136

3

<3>


「失礼しまーす」


 飯尾がゴロゴロと図書室の木製の重い扉を開ける。

 旧館、と呼ばれるだけあって、建物自体が古く、こんな雨の日には扉が湿気を吸って更に重たくなるからだ。


「よっす」


 四組の委員の杉山 亮が箸を銜えて片手をあげて挨拶し返す。


「早いな、杉ちゃん」

「腹減ってたんだよ。代打の麻井はともかく、お前らなんでそんな遅いわけ?」

「ジュース買いに行ってたから」


 俺も買えば良かった!と悔しがる杉山の横に飯尾と橋田が座る。

 他に生徒の姿は無い。普通教室が四個は入りそうな図書室は静かだ。

 なんとなく咲良たちも杉山たちの対面の机につく。


「あと一人女子が足りなくない?」


 あれ?と麻井が言った直後、図書室のドアが開いた。


「なによ」


 思わず全員が振り返ったらしい。

 七人分の視線を集めて、ぎょっとしたように足を止めたのは一組の文化委員の皆川 直美だ。


「あ、皆川さんなんだ」

「そうだけど。麻井だっけ?上野と中原がいるって事は、勅使河原の代わり?」

「うん」


 ふーん、とビニール袋をがさがさいわせながら、自然に桐野の横に座る。


「いやそこは普通、俺の横だろ」

「はぁ?どこ座っても良いでしょ」

「俺ら三人、そっち五人とか変じゃね?」


 飯尾に言われて、咲良は隣の典子と正面の橋田を見る。

 奥から杉山・橋田・飯尾が並んでいて、その対面に麻井・典子・咲良・桐野で座っているわけだから、人数的にはもう一人向こうに行ったほうがバランスは良いだろう。だが他に生徒はいないから、狭いわけでもない。


「どうせ座るなら良い男の横のが良いに決まってるし」

「顔か!だが残念ながら、桐野の顔が真ん前にくる席は俺だし!てか、あれだろ、桐野って中原とつきあってんだろ」

「え!つきあってないよ?」


 いきなり自分に話を振られて、咲良は条件反射的に言い返す。

 斜め前の飯尾は「えー」と懐疑的な声をあげた。


「ほら、違うって言ってんじゃない」


 馬鹿じゃないの?と声を尖らせる皆川につい視線がいったが、その前に自分の横に座り無表情で鞄からコンビニのビニールを取り出している桐野が目に入った。

 桐野は自分が話題にあがっているのが気にならないらしい。淡々とコンビニのサンドイッチとペットボトルを机に並べている。


 こういうところがよく分からないんだよね、と咲良はいつものように困惑した。

 普通、好意がある相手から今の咲良のような態度をとられたら、傷つくとか悲しむとかそういうリアクションがありそうなものなのだが、動揺すら感じられない。

 そう考えると、咲良に対して好意なんてまるでないのかもしれないが、その割りにこうして積極的に隣の席を確保したりするのだから、混乱するばかりだ。

 なんなんだろうな、と思いながら、自分もお弁当を出そうと視線を移そうとして、視界の隅にこちらを睨んでいる皆川が映った。


 勘弁して、と弁当を探すフリをして、さっとリュックサックの中を覗き込む。

 皆川が桐野に憧れる女子の一人らしい、というのは、桐野が前の委員と交代してから知った。桐野が委員になる前からも皆川とは親しく話す事は無かったが、今では完全に敵意をもたれているようで、居心地が悪い。

 変な話を振った飯尾を恨めしく見れば、彼はとっくにその話に興味を失ったらしい。弁当のおにぎりをかじりながらスマホを弄り、誰に言うでもなく口を開く。


「今日のニュースランキング一位、すげぇぞ。カンちゃん豊胸疑惑だって」

「誰だよ、それ」

「杉ちゃん知らねぇの?金曜の夜にやってるテレビでさ、どこの局か忘れたけど、なんかセットがピンクでさ、三つ編みの超胸でかい子」

「あー、深夜枠のやつ?」

「それそれ!白いセーラー着て、こう、胸を寄せる決めポーズのやつ」


 いかにも男子高校生な話題で盛り上がる飯尾に麻井が軽蔑の眼差しを向ける。


「昼食時の話題じゃないわよね、それ」

「キモイんだけど」


 わざわざポーズまでとっている飯尾に、皆川も批判的だ。

 何も言わない咲良と典子も冷めた視線で自分を見ているのに気づいて、慌てて飯尾が話題を変える。


「あ、じゃあ二位。やべぇ、これ!アメリカでゾンビ発生だって!」

「どこのサイトのニュースランキングなのよ、それ……」


 頭痛い、とばかりの麻井に構わず、嬉々として飯尾は桐野に話題を振った。


「桐野、お前アメリカ出身だろ?知ってた?」

「……知らないな」


 てっきり無視するかと思いきや、しばらく沈黙してから硬い声で答えた桐野に、意外な思いを抱いたのは咲良だけではなかったらしい。


「桐野君、無視していいから、ああいうゴシップは」

「そうよ。馬っ鹿みたい」


 麻井と皆川の言葉に「ひでぇ!」と抗議する飯尾に「どのサイト?」と声をかけてまでいる。

 授業や課題以外で男子と話をする事自体が珍しい。意外な思いで二人を見ていると、飯尾に嬉々として教えられたサイトを鞄から出した自分のスマホで見ている。


「ゾンビとか怖ぇよな。だって死んでんだろ、あれ。俺、エクソシストで見た!首回って、ブリッジで階段下りてくんだぜ」

「飯尾、エクソシストは悪魔祓いの映画だよ」


 突っ込む橋田に「似たようなもんだろ」と返す。


「どっちにしても昼食時の会話じゃないわよ」


 心底嫌そうな麻井に、


「やめろよ、思い出しちゃっただろ、エクソシスト……」


 どうやら映画を見た事があるらしい杉山が、食欲が失せたような顔で同意する。


「えー?お前ら文句ばっかじゃんか。じゃあ三位な」

「まだあるの……」

「駅長犬、総取締役に就任」

「あるじゃない!普通の話題が!」


 犬の写真見たい、という麻井と犬好きらしい橋田。とにかく気分を変えたいらしい杉山と典子にスマホを見せている飯尾を他所に、咲良の隣では桐野が真剣な顔でスマホを弄っている。

 出身って事は友人知人もいるだろうし、ゴシップでも気になるのかな、と思いながら、飯尾の差し出してきた犬の写真に和みながら、咲良は止まっていた箸を進めた。



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