表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おきあがり  作者: 鳶鷹
二章
39/136

3


 予想は当たった。

 駅に近づくにつれ、ふらふらと歩く人影が増えていく。

 ルイスはうまく車を操って避けるものの、時にはぶつかりそうになってヒヤリとする。

 道路に転がった荷物を避け、人影を迂回すると、中々前に進まない。


「あー、まただ」

 

 ルイスがうんざりしながらハンドルを切り、何度目かの迂回で、これまた何度目か、駅近くの商店街の横道へと車を滑り込ませる。

 シャッターの下りた商店街は意外に人が少なかったからだ。

 ここ数年、隣りの駅に大きなスーパーが出来た事もあって、閉店してしまった店が増えていたからだろう。

 少し前から人通りが減り、何とか活性化をしないと、と時々イベントをしていたのは町内会の回覧板で知っていたが、予想していたより買い物客の減少が早かったらしい。

 

 商店街のメインストリートの手前、十字路になっていてどの方向かには逃げられそうなあたりに車をとめ、ルイスが溜息をつく。

 

「どうしようかな。他に裏道ってあるかな?」

「多分、さっきの横道は通れるかな、とは思うんですけど……」


 免許を持っていない咲良と典子は、確かに車が通れる、とは断言できなかった。

 ルイスもそれが分かっているのだろう。うぅん、と悩ましそうに首を振る。


「一通っぽかったからね。反対から車が来たらお互いに止まらざるを得ないしなぁ」

「ですよね……」

 

 ここまで人影を避けてきたが、停車中に接近されたらどうなるのか。車の背後につかれたら、バックして逃げられなくなってしまう。いくらあの人たちが一度死んで起き上がったものだとしても、車で轢くのは抵抗がある。

 それに、もしかしたら対向車が前方を見ずに突っ込んできて、こちらがバックするより早く追突してきて事故になる可能性だって、十分にあるのだ。

 さっきルイスが呟いたように、軽自動車は意外に脆い。咄嗟に逃げられない場所に行かないようにしているのは、ルイスの運転を見ていれば分かった。


「いっそ大通りまで戻って、大きく迂回したらどうだ」

「そうすると国道に出ちゃうんだよ」


 どこからか地図を引っ張りだした桐野にルイスが首を振る。

 ならこっちは、そこは一通だよ、とルートを探す二人に咲良も加わろうとして、ふと典子が外をじっと見ているのに気付いた。

 まさか誰か来た?と慌てて典子の視線の先を辿るが、人影も何も無い。じゃあ何が、と首を傾げ、あっとなった。

 典子が見ている先のずっと先、正確には見ている方向に典子の兄の友人であり、典子の想い人の槙田 孝志のアパートがあるのだ。

 夕べ典子の兄が孝志を迎えに行ったものの、死んで起き上がったというアパートの隣人に襲われかけ、二人でアパートに籠っているという話だった。

 二人の事を心配しているのだろう。


「典ちゃん」


 きっと二人とも大丈夫だよ、なんて無責任な事も言えず、名前だけ呼びかけたのが聞こえたのか、桐野が振り向いた。


「上野?咽喉でも乾いたのか?」


 同じように典子の視線を辿ったらしい桐野だったが、咲良と違いそちらの方に孝志のアパートがある事など知らない彼は、ちょうど典子の視線にあったらしい自販機を見ていると思ったらしい。


「何か買うか。ルイスは何にする?」

「コーヒーが良いな。蓋が出来るやつ」

「了解」


 車に置いてあるらしい小銭入れを掴み、無造作に桐野がドアを開いた。

 止める間もなく出て行った桐野にびっくりして固まった咲良と典子を、ルイスが促す。


「二人も行っておいで。奢ってあげる。何かあったらすぐに戻るんだよ」

「早く」


 急かす様に声をかけられ、恐る恐る典子と二人、車の外に出た。

 見る限り、人影は無い。商店街の名前入りの大きなゴミ箱がどんと置かれ、誰かが乗り捨てていったらしい自転車が道路脇に放置されている。

 普通に早朝の街角だ。

 その中を片手にモップを持った桐野がすたすたと歩いて行く。


「どれにする?」


 二人に尋ねながら、桐野が適当に蓋の閉まるコーヒーをいくつも買った。全部違う種類だから、ルイスに選ばせるのだろう。


「えっと、カフェオレにしようかな」

「わ、私もぉ」

「これか?」


 桐野は迷う事無くボタンを押して、カフェオレを取り出し、二人に手渡す。


「あ、ありがとう」

「ありがとぉ、わぁっ!」


 缶を受け取った途端、典子がびっくりしたように跳ねた。

 わたわたと脇にカフェオレを抱え込み、スカートのポケットにもう片方の手を突っ込む。カフェオレを抱えた方の手でスカートの裾を押さえ、焦りながら引っ張り出したのはスマートフォンだ。


「わ、わ、お兄ちゃんだぁ」

「遼ちゃん?」

「うん」


 もしもし、と通話に出る典子にカフェオレを持っていようか、と手を出すと、典子はカフェオレを咲良に渡そうと持ち替え、ぴた、と動きを止めた。

 

「典ちゃん?」

「え、え?」


 戸惑ったような困ったような顔になった典子に首を傾げると、電話の向こうから遼の大きな声が聞こえてくる。


『だから、早く車に戻れって!』

「遼ちゃん?」

『典子!ああ、もう!咲ちゃんに代われ!』

「え、えと、咲ちゃぁん」


 なんで電話の向こうの遼が典子と咲良が一緒にいるのを知ってるんだろう、と思いつつ、差し出されたスマホを受け取る。

 途端に電話の向こうから切羽詰まった遼の声が飛び出してきた。


『咲ちゃん、全員で車に戻れ!典子ともう一人、男の子いるだろ』

「う、うん。え、なんで遼ちゃん知ってるの?」

『男の子の後ろ、ゴミ箱の裏、あいつらいるぞ!』


 どうして、と問い返すより早く、桐野の背後にあるゴミ箱に目が吸い寄せられる。

 大きなゴミ箱は何事もないかのように道路脇にそびえる様に立っていたが、その底の方に白い何かが見え、ひゅっと息を飲み込んだ。


「桐野くん!後ろ!」

  

 ぱっと桐野が弾かれた様に振り返り、モップを構える。


「ゴミ箱の後ろ、下の方、手が……」


 まるでゴミ箱の後ろに誰かが寝転がっているかのように、手がのぞいていた。もがくように指先が泳ぐ。

 普段なら酔っ払いが倒れている、と思っただろうが、この状況だ。

 それにどういう理由か電話の向こうの遼はこちらの状況を知っているようで、明確にあいつら、と呼んだ。酔っ払い、ではなく。


「車に戻ろう」

「ああ」


 警戒しながら後退してきた桐野と典子と一緒に、車へと駆け戻る。

 バタン、と静かにドアを閉めると、どっと冷や汗が背中に伝った。


「どうしたの?」


 逃げ戻ってきた三人にルイスが首を傾げる。ルイスの位置からでは、ゴミ箱の陰までは見えなかったらしい。

 桐野がゴミ箱を指さしながら説明するのを見つつ、借りたままだったスマホを典子に返そうとし、通話相手からストップがかけられた。


『ちょい待ち。典子説明下手だから、咲ちゃんそのままで』


 困惑して典子を見れば、電話向こうの遼の声が大きかったせいで聞こえていたのか、典子がむっと口を尖らせた。


「お兄ちゃんの説明が下手なんですぅ」

『馬鹿、お前、孝志にチクるぞ。隣りにいるからな』

「や、やめてよぅ、お兄ちゃんの馬鹿ぁ」


 うろたえる典子の声に、向こうから二人分の笑い声が聞こえる。遼の言う通り、孝志もすぐそばにいるらしい。

 当然典子にも孝志のものらしい笑い声が聞こえて、赤面する。

 その仲の良い兄妹のやり取りに和みかけた咲良だったが、振り返った桐野と目が合い、背筋を伸ばした。


「えと、遼ちゃん?」

『お、説明な。それより運転手さんにいつでも移動できるよう、エンジンかけてって言ってくれる?』


 言われた通りにルイスに告げれば、すんなりとエンジンをかけてくれる。

 視線は外を警戒するように見ているが、耳はこちらに向いているらしい。


『んで、もし移動する事があったら、ちょっとバックしてから右手の路地に入って。それから線路のこっち側に来たいなら、ロータリー前の本屋の脇が通れるな、今なら』

「遼ちゃん?」


 まるで実況中継でも見ているかのような遼に声をかければ、何でもない事の様に遼は種明かしをした。


『今見てるんだわ、監視カメラで』

「監視カメラ?!」

『そ、商店街のやつ』


 ひっくり返った咲良の声に、ルイスも一瞬振り返る。

 すぐに前に向き直って警戒を続けたものの、桐野の方は身を乗り出してきた。


「監視カメラってどういう事だ?」

『お、えっと、さっきの男の子?運転手?やべぇ、不審人物じゃないって伝えて』


 低い桐野の声が聞こえたらしい遼がびびった、と言いながら説明を続ける。


『学校でさぁ、レポートの提出日ぶっちぎっちゃって、赤点とっちゃって。担当の教師が、自分が頼まれてた商店街の監視カメラの設置とプログラミング代わりにやったら丸くれるってんで、こないだまでやってたとこなんだわ、俺ら』

「えぇ?お兄ちゃん、赤点とったのぉ?!お母さん知ってるの?」

『母さんには秘密だ!』


 ぐぅ、と変な声を出した遼に典子が、何やってるの、と責めると、通話口の声が変わった。


『典ちゃん、ごめん。遼、俺と一緒に映画の試写会行ったんだ』

「た、孝ちゃんが謝る事ないよぉ!お兄ちゃんが行きたがってた映画でしょ」

『いや、俺も行きたかったやつだから』

「でもでも」


 あわあわする典子にスマホを渡す。しばらく謝罪合戦になりそうだ。

 予想通りスマホを持ったまま頭を下げたり振ったりする典子から前席に向き直り、咲良は桐野とルイスにさっきの遼の言葉を伝える。


「監視カメラ、ね」

「便利だな、それは」

「その映像はこっちでも見られるかな?」


 自分のものらしいスマホを片手に持ったルイスに尋ねられ、典子を見れば、なぜかスマホを手渡された。説明を任せられたらしい。


「遼ちゃん、その映像ってこっちでも見られるかな」

『んー、見られるとは思う。ネットワーク上にアップしてっから。管理者用のサイトとパスは教えられるし。ただ、スマホだと画面ちっちゃいからなぁ。画像もそんなに良くないし。俺らはノートパソコンとタブレットで見てるんだわ』


 遼の言葉を伝えつつ、咲良は自分のスマホを取り出す。

 確かにパソコンなんかと比べると、画面は小さい。それは咲良以外も同じようで、ルイスも桐野もさほど大きくはない自分たちのスマホを見て悩んでいる。


『まぁとりあえず、咲ちゃんのスマホにサイトのアドレスとパス送るから、見てみて。あ、そろそろその道まずいぞ。左手側から来てる。誘導するから右の道入って』


 遼の指示をルイスに伝えるのと同時に、咲良のスマホがぶぶぶ、と振動した。

 さっそくメールが着たらしい。

 典子のスマホを典子に返して自分のスマホを出そうと思ったが、典子に両手をぶんぶん振られた。


「お兄ちゃん、説明下手だもん」

『あ?こら、典子聞こえてんぞ。ちゃんと指示出しただろ、今』

「私相手だと、お兄ちゃん意地悪言うんだもん。やだぁ」


 わーわーと揉める上野兄妹の声はどちらも明るく、なんだかんだで仲が良い。

 遼が典子を弄くり回すのは、幼い頃からだ。それに昨日一日、直に話す機会が無かったから心配だった反動もあるのだろう。声も大きい。

 典子の方もメールで母親から近況を教えてもらってはいたが、不安だったのだろう。いつもより饒舌だ。


「どうせなら孝ちゃんと話したいもん」

『馬っ鹿、孝志はカメラの監視ですぅ』

「どうでも良いが、これからどっちに行けば?」


 楽しそうに言い合う二人の声に、冷静な桐野の声が割り込んだ。


『おっ。悪い。えーと、誰?運転手?変わって貰って良い?咲ちゃん』


 気が付けばルイスの運転する車は、次の十字路に差し掛かっている。

 典子の了解を得て桐野にスマホを渡し、咲良はようやく自分のスマホを取り出した。

 メールが一件。初めて見るアドレスのメールを開けば、丁寧な孝志らしいおはようの挨拶とどこかのサイトのアドレス、IDとパスワードらしいものが入力されている。

 さっそく書かれたサイトにアクセスして入力をしてみると、設置されているらしいカメラの番号がずらっと並んでいた。

 そのうちの一つを適当に選んでタップしてみる。


「えーと、これは駅前、かな?」


 覗き込んできた典子と一緒に画像を見る。

 少し粗い画面の中に、見覚えのある柱が二本立っていた。確か駅から出てすぐの、商店街入り口の柱だ。二本の間を渡すように商店街の看板がかかっている。

 わきに自販機が二台並んでいて、そのすぐそばをふらふらと歩く人影があった。

 人影の顔は見えないが、粗い画像の中ではただうろついている人にしか見えない。

 ただ、今の状況と時間帯的にこんな風にうろつく人間がいるとは思えないから、昨日の生徒たちと同じく、起き上がった死者なのだろう。


「よくこんなに粗い画像で私たちって分かったねぇ」


 典子が感心したようにスマホの画面を撫でる。

 確かに、と咲良も思う。人の判別が難しいくらい、画像は粗い。生まれた時から一緒にいる兄妹だから、典子の見分けがついたのだろう。遼はよく典子を揶揄うが、可愛がってもいる。

 なんだかんだと仲の良い上野兄妹を羨ましく思いながら、前席のルイスと桐野にもスマホの画面を見せた。

 ルイスは運転をしつつ、ちらりと画面を見て眉を下げ、桐野は遼と通話しながら確認する。


「これは……見づらいな」

『なんか下手なホラーみたいに見えるだろ?俺らも確認してびびったわ。あ、てか普通にホラーだな、これ』


 あはは、と明るい遼の笑い声がスマホから漏れてくる。

 

『まぁ、カメラがあるとこなら、こっちから誘導するから、言ってくれれば』

「ならそっちと合流したい。どこを通ればいい」

『マジで?あー、でも俺らアパートの部屋から出られねぇんだわ。隣りの会社員が廊下うろついてんの』

「外からおびき出してやるから、その隙に出てくればいいだろう」

『マジか。ラッキーなんだけど!』


 孝志、出られんぞ!と電話の向こうで喝さいが上がる。

 咲良たちにまで聞こえる大きな声に、桐野は顔もしかめず淡々と言った。


「で?どうやって行ったら良いんだ?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ