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おきあがり  作者: 鳶鷹
二章
38/136

2

 

 帰り支度と言われても、それほどの荷物は無い。

 それでも貰ったペットボトルを自分たちの鞄に入れ、桐野の鞄も抱え持つ。


「出るのは君たちかな。そろそろ車が来たらしいから、こっちへ」

「あ、はい」


 ありがとうございます、と彼に礼を言い、白鳥と渡瀬、話が聞こえたらしくこっちを見た杉山と篠原、片平に頭を下げる。


「色々ありがとうございました」

「お先に失礼しますぅ」


 アルバイトあがりのような典子の挨拶に、片平が噴き出しつつ「気をつけろよ」と言い、杉山や篠原、白鳥に渡瀬も「じゃあ」や「気をつけて」と挨拶を返してくれた。


「開けるよ」


 急いで、と正面の扉の前に立つ人に声をかけられ、もう一度みんなに会釈をし、典子と一緒にドアに駆け寄る。

 重たい鉄製のドアが自衛隊員の手によって軽々と開かれると、隙間から朝日が差し込んできた。

 眩しくて目を細める。

 このドアの先はどうなっているんだろう、安全なのか、と不安が足元から駆け上がってきたが、ドアが開き切った先は、いつもと変わらない風景だった。

 異常な人の姿もなければ、うめき声も聞こえない。

 ただ、見慣れない軽自動車が目の前に止まり、桐野が二人を待っていた。


「二人とも後ろだな」


 桐野が後部座席のドアを開けたので急いで体育館から小走りに出ると、背後でドアが閉まる重たい音が聞こえ、振り返る。

 閉まる寸前のドアの隙間からは、白鳥と渡瀬が笑顔で手を振ってくれていた。

 それに会釈で返して頭を上げると、もうドアは閉まっていた。


「行くぞ」

「うん。お邪魔します」

「どうぞ」


 運転席からルイスが柔らかく答える。

 初めて乗る車に少し緊張しながら典子と後部座席に乗ると、ドアを閉めた桐野が助手席に座った。

 シートベルト閉めて前を向くと、ルイスとバックミラー越しに目が合って微笑まれる。


「さて。帰ろうか?」

「お願いします」


 ぺこ、と頭を下げると、滑らかに車が走り出す。

 すぐにグラウンドが見えて来て目を凝らすと、遠くでふらふらと歩いている生徒らしき姿が見えたものの、エンジン音が静かだからか、寄ってくる様子は無い。

 ほっとして正面を見れば、沢山いるかもしれない、と危惧していた昇降口付近にも人影は無かった。ただ、道の端の方に上履きや鞄が落ち、所々にどす黒い血の跡のようなものがあり、思わず目をそらす。

 だがそらした先にも同じような風景が広がっていて、同じように車外を不安そうに見ていた典子と目を見合わせた。


「ひどいね」

「うん……」


 それでもつい目を外に向けてしまう。

 見ずにはいられないのだ。

 学校がどうなったのか、どれだけ犠牲者がいるのか、今から走る道は安全なのか。

 スカートを握りしめて外をじっと見る二人に、運転をしつつルイスが声をかけてくる。

 

「眠たかったら寝てていいからね。楽にしてて」

「ありがとうございます」


 まるでそこらにドライブに行くかのような気軽な口調に、少し肩の力が抜けたものの、外を警戒する気持ちは消えない。

 滑らかな運転に身を任せつつ、正門へ向かう道路を眺めていると、またルイスが声をかけてきた。


「ラジオつけてもいいかな」

「ネイト」


 咎めるように桐野が名を呼ぶが、咲良と典子が頷いたのをミラー越しに見て、ルイスの手がカーナビにのびる。

 いつもつけているのだろうチャンネルは地元の放送局らしい、とカーナビの液晶に表示された数字をぼんやりと見ていた咲良だったが、流れてきたパーソナリティの声に息をのんだ。


『―に気をつけてください。決して屋外に出ないようにしてください。えー、ただいま入ってきたニュースです。複数の国道沿いで事故が発生しました。これから言うナンバーの国道にはなるべく近づかないようにしてください。国道―』


 どんどん読み上げられる国道のナンバーに、咲良の顔が曇る。

 どこも大きい国道だ。父が帰ってくるのに使うだろう道もある。

 しかもパーソナリティが言うには、消防の出動が間に合っていない場所が圧倒的に多いらしい。事故が頻発していて、人手が追い付かないのだ。


「咲ちゃん」

 

 心配そうな典子にぎごちなく頷くと、座席に置いていた手を励ますようにぎゅっと握られた。咲良も握り返す。

 父は裏道にも結構詳しいから、きっと大丈夫、事故になんか巻き込まれていない、と自分に言い聞かせた。

 反面、いまだに連絡の無い事が不安を増長する。昨日体育館に入ってからはスマホをマナーモードにして電源はいれてあるから、連絡があればすぐに分かるのに、ずっと沈黙したままだ。


「きゃあっ」


 ガタン、と車が揺れて典子が悲鳴をあげ、咲良はぱっと顔をあげた。

 気が付けば車はとっくに学校を出て、住宅の間を走っている。


「ごめんね、何か踏んじゃったみたい」


 謝るルイスに典子と二人「大丈夫です」と答えながら、原因を探してリアウィンドウを振り返ると、丸まった布のようなものが落ちていた。

 あれを踏んだのかな、と思いつつ、流れていく景色に目を凝らす。

 昨日の雨の名残か朝靄のようなものが漂う道路には、車どころか人の姿もない。


 咲良たちの高校は小さな丘の上にある。

 高度成長期に人口の増加で近隣の学校では足りず、地主が善意で寄付したお屋敷を潰して建てたのだという。旧館はその名残だ。

 平地とは高低差があるためつい最近まで周りは空き地だらけだったが、最近はマンションや建売住宅が建ち始めた。

 だから普段咲良たちが通学する時間帯にはわりと人通りや車の往来があるのだが、今は気配すらない。


「誰もいないねぇ」


 典子が不安そうに呟く。

 カーナビの時計は五時少し前。


「まだ寝てる、とか……」


 口ごもりながら咲良は言ったが、自分でも無理があるな、と思う。

 昨日の今日だ。ラジオが伝えるように事故が多発していれば寝ていられる人間のが少ないだろう。


「みんな家でテレビでも見てるんじゃないかな?こんな状況だし。一応、この車もカーナビで見られるけど、映像が出ると目がそっちに行っちゃうから、運転に集中できなくてね」


 ごめんね、とルイスに言われて、咲良は慌てて頭を振る。

 家に送ってもらえるだけでもありがたいのだ。それに運転手の目が道から逸れるのは怖い。


「大丈夫です。テレビなんかは家に帰ってからでもっ………!」


 ぐわっと突然身体に負荷がかかり、咲良は舌を噛みそうになった。シートベルトが胸を圧迫する。


「ネイト!」

「ごめん!」

 

 一瞬目が回ったような錯覚に陥ったが、前席の二人の声で我に返りフロントガラスを見るが、特に何もない。

 何が、と混乱した咲良に気づいたのか、桐野が振り返ってリアウィンドウを指した。

 

「そろそろ出てきたぞ」


 指の先を目で追えば、リアウィンドウの向こうに、人影が遠くなっていくのが見えた。 ただの人にしか見えないが、普通なら車道をあんな風にふらふら歩かないだろう。


「路駐の車の陰から出て来たんだ。危うくぶつかるところだったよ。揺らしてごめんね」


 ルイスが苦笑するが、避けられただけすごい。


「軽自動車はぶつかったらすぐ大破しちゃうからね。気をつけないと」


 軽い口調ながら真剣な声で言うルイスの視線は、まっすぐ前を向いている。

 また不意に飛び出してこられた時に備えているのだろう。

 咲良も緊張して前を見る。

 家に帰るにはこの丘を降り、十五分ほど歩いた後にある駅を通過しなくてはならない。咲良たちの住む住宅街は駅を挟んで反対側にあるのだ。

 駅ビルのあるような立派な駅ではないが、そばには商店街や住宅街があるから、このあたりに比べれば人通りは格段に多い。きっとあの起き上がった死者たちも多いはずだ。

 

「もしかしたら運転が荒くなるかもだけど、よろしくね」

 

 そう言ったルイスに、咲良と典子はぎゅっと手を握りしめて頷いた。



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