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おきあがり  作者: 鳶鷹
二章
37/136

1

本日2話(0と1)を更新しています。ご注意ください。


 ぼす、という音と振動で咲良は目を覚ました。

 ぼんやりとした意識のまま音の発生源を探せば、顔のすぐ横に典子の手がある。

 昨日は典ちゃんとうちでお泊り会したんだっけ?と思いつつ寝返りをうち、びくっとした。


「目が覚めたか」

「桐野くん」


 なんで彼が家に、と思いかけ、すぐに「あぁ」とため息をついた。

 ここは学校だ。

 昨日のあの悪夢のような出来事の後、体育館で眠ってしまったのだった。眠気を追い払うように目を瞬かせて視線を巡らせれば、体育館のギャラリー部分の高い窓から弱弱しいけれど明るい朝の日が差し込んでいる。


「何時……」


 時計を求めて身を起こしつつ顔を巡らせると、仄明るい体育館の中、渡瀬や白鳥たちが毛布をかぶって寝ているのが見えた。


「朝の四時半、少し過ぎだ」


 ぼんやりと呟いた言葉に、腕時計を見ながら桐野が答える。


「そっか……おはよう。ごめん、もしかしてずっと寄りかかってた?」

「途中で落ちそうになったから横にした」

「お手数かけてごめんね……」


 夕べの自分の醜態―泣き疲れて寝てしまった子供のような姿を今更思い出して赤面するが、桐野の方は淡々としたものだ。

 ありがとう、と感謝すると、別に大丈夫だと淡々と返される。

 今までだったらその素っ気なさに怯んだだろうが、今はだいぶ慣れたせいか素直にそう思ってるんだな、と思えた。それと同時に、昨日の事は本当に気にしていないんだな、と感じられて、一人で赤面しているのが恥ずかしくなる。

 顔の赤さを冷ます様に顔を振り、あっという間にぼさぼさになった髪に決まり悪くなりながら手櫛で直した。


「桐野くんは少しは休めた?」

「ああ」


 気を取り直して、寝起きには見えない顔の桐野と他の人たちを起こさないように、ぼそぼそと話す。

 いつから起きていたのか、身体は痛くないのか、さっきの音は何だろう、自衛隊の人たちは寝てないのか。

 まだ残る眠気を振り払うように質問する咲良に、桐野は、細切れに寝ていた事、そのたび身体を動かしていたから痛いところは無い事、さっきの音は典子の寝返りの音で、周囲を見ていてくれる人たちは交代で休んでいるらしい、と答えてくれた。

 ぽつりぽつりと会話を交わしていると、後ろで誰かが身動きする音が聞こえ、振り返れば篠原が起き上がるところだった。


「会長、おはようございます」

「おはよう、中原さん、桐野くん」


 寝癖のついた髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる篠原の横で、うぅん、と言いながら白鳥が目を覚ます。


「あさ……」

「おはようございます、先輩」


 ぼーっとした顔の白鳥に声をかければ、うー、と呻きながら挨拶を返された。


「まだ眠いなら寝てたらどうだ?」

「起きるわ……」


 朝弱いのよ、と、言いつつ白鳥がマットから起き上がれば、それにつられるようにして渡瀬や片平たちも目を覚ました。みんな他人のかすかな動きで目が覚めるくらい、眠りが浅かったのだろう。

 咲良も寝ていた時間は長いはずだが、身体にはまだだるさが残っている。頭をスッキリさせたくて身体を伸ばすと、横で寝ていた典子がもぞもぞとみじろぎしてから起きた。


「おはよぉ」

「おはよう。大丈夫?」

「んぅ」


 うーと典子が伸びをしていると、いつから起きていたのか、ルイスが扉の方から段ボールを抱えてきた。


「おはよう。みんな起きたかな?」


 段ボールを足元に置き、中からペットボトルを出す。それを近くにいた桐野に渡せば、桐野は咲良に渡してきた。リレーの様に回していくらしい。咲良も後ろの篠原へと手渡した。

 

「今日の分の水だって」

「ありがとうございます」


 全員が受け取ったのを見て、ルイスが体育館の出入り口付近で何人かと話していた男性に視線を向けると、その人はこちらへとやってきた。


「脱水にならないように、定期的に水は取ってくれ」

「はい」

「それから色々と説明をしたいんだが、大丈夫かな」

「はい」

「まずは自己紹介を。私は――」


 名前と階級らしきものを言ったその人は、この分隊のリーダーを務めているらしい。

 てきぱきと話す内容は分かりやすく、それで彼らが自衛隊員の暴徒鎮圧部隊として各地に派遣されている、というのを咲良はようやく知った。

 彼らの任務は、あの起き上がる死者たちの鎮圧だと言う。


「暴徒の数はどんどん増えているらしい」


 死者では無くあくまで人として扱え、という指示でも出ているのか、リーダーは暴徒という単語を強調した。


「警察や救急などと連絡は取り合っているものの、こちらの手も多くはない。ゆえに、この体育館を避難所として構え、我々は防衛を主体にする」


 昨日篠原が予想した通り、ここは避難所になるらしい。

 

「すみません。質問よろしいですか?」

「なんだ?」


 今頭に思い浮かべたばかりの篠原が挙手する。


「林たちはどうなったでしょう?」


 その質問に、咲良は慌てて体育館を見回した。

 夕べは暗いのもあって気づかなかったが、知ってる顔が減っている。

 林を筆頭に、八坂や怪我をしていた三年生。彼らの姿がどこにもない。

 まさかあの死者たちと同じものになってしまったか、と青ざめた咲良だったが、その恐れはすぐに返答したリーダーにより霧散した。


「全員、救護施設に無事ついたと夜半に連絡を受けた。治療を受けている」


 力強い返答に、体育館の方々から安堵のため息がもれる。

 同じように息を漏らした咲良に、隣りの典子が顔を寄せてきた。


「先生ねぇ、保護者代わりについて行ったんだぁ」

「そうなんだ」


 だから人数が少なかったのか。

 一気にほっとした空気が流れる中、リーダーは注目を集めるように片手をあげた。


「それでここを避難所にするにあたり、あなた方には協力をして頂きたい」

「協力?」

「ここで避難所を開設・運営するための準備だ」

「それは……僕らはここに残って、という事ですか?」

「そうだ。ご家族が心配だとは思うが、我々が君たち一人一人を自宅に送り届け、またご家族を連れて戻ってくるのは困難だ。私たちはそう人数が多くない。申し訳ないがご家族の方には自主避難をして頂くか、無理なようならそのまま他の部隊が救助に行くのを待ってもらいたい」


 代表として質問した篠原への返答に、体育館がざわつく。

 咲良も典子と顔を見合わせた。


 彼の言い分も分かる。

 自衛隊員らしき人々は体育館の中の散らばり結構いるように見えるが、ここを守りながら動けるほどの人数で無いのだろう。防衛に専念する、というのはそういう事だ。

 それでも咲良には頷きがたかった。

 父親は家に帰って咲良がいなければ学校にきてくれるかもしれないがまだ帰っていないし、そうなると小町の避難が出来ない。いくら賢くても、犬が歩いて学校までくるのには無理がある。

 小町を保護してくれている上野家に頼むのも難しい。

 今現在、唯一車を動かせる典子の兄である遼は友人の家で籠城中らしいし、典子の祖母は軽度だが認知症で、見知らぬ人がひしめく中ではパニックを起こす可能性がある。

 典子もそのあたりを危惧しているのだろう。

 不安そうな顔でどうしよう、と呟いている。

 他の人々からも困惑と不安の声が漏れる中、隣にいた桐野が挙手をした。


「家に戻ります」

「君、」

「俺の保護者は学校に車を置いているので、それに乗って戻れるので」


 ちら、と桐野がルイスに視線をやれば、ルイスが頷く。


「運転には慣れているので大丈夫です。すべて僕の責任で行きますから」

「だが……」

「僕はアメリカ出身で、この子も一緒にあちらでそれなりに訓練を受けたので、大丈夫ですよ」


 笑顔のルイスにリーダーが、ああ、と納得しかけた顔をしたが、すぐに渋面になった。


「民兵、というやつかな。軍の予備兵だな。だが、銃も警棒もないだろう?」

「箒がありますから」


 ルイスはベルトに挟んだ箒を握り、軽く振る。


「この子、眞は夕べ、こっちのお嬢さんを無傷で守り抜いたでしょう?僕も同程度には実力はありますから」


 実績を示して言い募れば、リーダーは渋々だが頷いた。


「無茶はしないでくれ」

「分かってますよ。分が悪ければ全力で逃げるだけの分別はありますから。さ、行こうか」


 おいで、と言い、ルイスが手を差し出したのは、咲良と典子だ。


「え」

「おうちに送るよ」

「それは、」

「お願いします!」


 リーダーが引き留めようと口を開いたのを遮り、慌てて咲良は頭を下げた。

 行こう、と典子の腕を掴む。


「女の子たちは危ないだろう?」


 ルイスと桐野の二人なら認められたのだろうが、咲良たちも一緒と聞いて反対しかけたリーダーに、咲良は慌てて説明をする。

 家に犬がいる事、自主避難するための足が家族に無い事、認知症の人間がいる事。

 典子と一緒に言葉を尽くして説明すると、リーダーは迷ったようだったが了承してくれた。


「君たちの安全は保障できない。それでも彼らと行くか?」

「はい」


 脅すわけではない、真摯に心配をしてくれている口調に、咲良は頷く。


「うちの父も家に戻ってくると思うので……」

「そうか。早くお父さんが戻られると良いね」

「ありがとうございます」


 咲良が頭を下げるのを複雑そうにリーダーの男性は見てから、ルイスに向き直った。


「では、まずここまで車を持って来てくれ。彼女たちはここで待機で。車はどこに?」

「第一駐車場ですね。軽だけど電気自動車なので静かですよ」


 説明するルイスをちらりと見てから、桐野が咲良の横に来る。


「俺も一緒に車まで行ってくる。すぐに戻るからここで待っててくれ」


 桐野の言葉に、ルイスと二人だけで外に出て、ここまで車を持って来てくれるんだ、とようやくその事に気づいた。

 外がどうなっているのか分からないが、完全に安全ではないだろう。


「あ、ありがとう。あの、またお手数かけちゃって」


 桐野とルイスの二人だけなら、そのまま車に乗って帰れたのだろうが、咲良と典子を乗せるためにこちらまで車を回してくれるのだ。

 慌てて礼を言い、それから「気をつけて」と付け加える。

 喧嘩慣れしている様子の桐野とルイスだが、やはり心配だ。

 乗せてもらうだけの自分が何を出来るわけでもないが、何か言わずにはいられなくて言ったのだが、桐野は何を言われたのか理解できなかったのか、一拍置いてから「ああ」と答えた。

 そして持っていたペットボトルを差し出しくる。


「?」

「荷物になるから、持っててくれ」


 渡されて受け取ると、ペットボトルを離した桐野の手が咲良の頭をぐしゃっと撫でた。


「行ってくる」


 咲良が撫でられて変な方向に毛先が向いた髪をおさえている間に、桐野は返事も聞かずにルイスとリーダーと一緒に体育館の正面口へと歩いていく。


「またいちゃついてんな、お前ら」


 あきれたように片平に言われて咲良が否定するより早く、篠原が「上から見てくる」と体育館の舞台袖から二階になっているギャラリーへの階段を駆け上る。

 ギャラリーの窓から外を見るのだろう。

 篠原の行動を真似して、咲良たちも篠原の後を追った。


「急げ急げ」


 後ろにいる片平にせっつかれながら、咲良は正面入り口の上の窓に走りよる。


「結構明るいな」


 先に辿り着いた篠原が大きな窓をのぞき込み、呟く。

 その隣にすべりこんで下を見下ろせば、桐野とルイスがそれぞれモップと箒を持ちながら、特に構えるでもなくすんなりと歩いていくところだった。


「あれ、あいつらいないな」


 隣りに立った杉山の言う通り、パッと見、あの生徒たちの姿は無い。

 ルイスも桐野も普通に部室棟の向こうへ姿を消してしまった。気負ったところが無い様子に、生徒たちの間にもしかして外は安全かも、という雰囲気が漂う。


「今なら歩いて帰れるんじゃないか?」


 誰かがぽつりと呟いてざわつくが、すぐに窓のそばにいた自衛隊員に否定された。


「グラウンドには最低三人はいるよ。夜中にはこの辺もうろついている影があった。今は偶々だよ」


 危ないよ、と言った人は夕べからここで見張りをしているらしい。


「そうですか」


 未練の残る様子で頷く生徒の肩を、篠原が叩く。


「とりあえず彼らは大丈夫そうだから、俺たちは下に降りよう。避難所の準備をしないと」

「あ、はい」


 篠原が背を向けると、全員が後に続いた。

 咲良は窓から離れがたかったが、振り返った篠原に「二人は帰る準備を」と言われて、同様に足を止めていた典子と二人で慌てて彼らの後を追った。



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