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おきあがり  作者: 鳶鷹
二章
36/136

本日2話(0と1)を更新しています。ご注意ください。


 誰かが泣いている。

 ぼんやりとした頭で、咲良は思った。

 誰が泣いているんだろう。うぅ、と押し殺したような声は小さく、嗚咽に聞こえるが、もしかしたら溜息かもしれない。

 それとも食いしばった口から漏れてしまった、憎悪の声か。

 ふと、目の前に小学生の頃住んでいた家が出てきた。


 ならこれはきっと夢だ。

 今自分は夢を見ている、と理解すると同時に、さっきの声の主を知る。

 あの声の主を咲良は知っていた。実際に体験した出来事だからだ。

 咲良がまだ小学生だった頃。

 これは母が亡くなった直後の夢だ。

 そう意識すると同時に、夢は家の中へと場面を移した。

 母の遺品を整理する父の背中を、小さな咲良の視線で見る。

 父の背中は震えていた。その父の背を慰めるように叩くのは父の友人の早瀬だ。


『早まるなよ』


 早瀬が固い声で父に言う。

 会う度に『大きくなったなぁ』と抱き上げられ、朗らかに笑っていた早瀬のそんな声を、咲良はこの時初めて聞いた。


『分かってる』

『本当に分かってるのか。お前まで何かあったら、咲良ちゃんは一人だぞ』

『分かってる!』


 父の荒げた声に、咲良はドアの陰に隠れて飛び上がりそうになるのを堪えた。

 咲良が見ているのを知らない二人は、母の部屋の中で睨み合う。


『分かってる。だが……』

 怒りを無理に抑え込もうとしている父の声は震え、握りしめている手にまでそれは及んだ。

 ぴし、と父の手に握られている写真立てのガラスにヒビが入った。

 怪我をしちゃう、と咲良は思ったが、部屋に満ちる怒りが怖くて父に歩み寄ることが出来なかった。ただ戸口から息をひそめて二人を見つづけるしかない。

 早瀬は父が写真立てを握りしめている事に気づいていないのか、怒りに震える父を正面からじっと見返している。


『桃花を、桃花を殺した相手を……』

『浩史、まだ決まったわけじゃない。滅多な事を、』

『決まってる!あいつが殺したんだ!』

『あの日彼が日本に来ていた、という記録は無いんだ』

『嘘だ!あの日、桃花から電話があったんだ!あいつが、』

『浩史!』


 いつも仲の良い二人が声を荒げる姿を見続けるのに耐えられなくなり、咲良は階段下の収納に駆け込んだ。

 ちょっとした荷物を仕舞っておけるそこは小さな頃から咲良のお気に入りで、何かあるとそこに潜りこむのが常だった。

 だがそこは母の部屋に近く、二人の姿こそ見えなくなったが、声だけははっきり聞こえ続けた。


『あいつが殺したんだ!』

『落ち着け!』

『落ち着いてる!今すぐ殺しに行かないだけな!』

『馬鹿な事言うな!お前がそんなんじゃ咲良ちゃんは誰が守るんだ!』


 叱りつけるような早瀬の言葉に、父が言い返し、また早瀬が答え。

 咲良は膝を抱えながら、ずっと収納下にいた。

 そのうち段々と眠くなり、気が付いたら布団に寝かされていた。


『お父さん』

『咲良。起きたか。お腹空いてないか?』


 手に包帯を巻いた父がいつものように優しく話しかけてくる。


『早瀬が雑炊作ってくれたぞ』

『浩史がドジっちゃってな。俺の雑炊うまいぞ』


 食べるか?と父の後ろで早瀬がいつものように笑う。

 まるでいつも通りの二人を布団から見つめ、咲良は問うた。


『お母さんは―――に殺されたの?』



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