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おきあがり  作者: 鳶鷹
一章
34/136

33

<33>


「中原さん!桐野くん!」


 警戒しながら廊下に出た二人を迎えたのは、キナコと飼い主の渡瀬だった。


「先輩!?」


 怪我はない?と半泣きで駆け寄ってくる渡瀬の後ろには、カーキ色の揃いの上下に透明な盾を構えた男性たちがいて、咲良はぎょっとして足を止めた。心なしか横に立っている桐野も警戒しているように思える。

 だが渡瀬の方は頓着せず、一人で動かないで!と彼らが注意するのを振り切って駆け寄ってきた。


「無事で良かった!」


 ぎゅっと咲良に抱き着こうとし、寸前で桐野に腕で遮られて阻まれる。


「桐野くん?」

「先輩は怪我は?」

「無いよ。大丈夫。二人は?」


 思い切り再会を邪魔した桐野だったが、渡瀬は破顔して二人を気遣った。

 慌てて咲良が大丈夫です、と答える。


「良かった。心配してたんだ。私たちが、」

「済まないが、話はあとで」


 渡瀬が口を開きかけた時、いつの間にか歩み寄っていたカーキ色の服の男性が遮る。


「君たちが校舎に取り残された子たちか?怪我は?」

「はい。俺も彼女もありません。あなたは?」


 さっと桐野が咲良の前に割り込む。その姿に彼は目を丸くしてから苦笑し、謝罪するように軽く頭を下げた。


「自衛隊だ。分隊がこの学校に派遣されている。自分たちはその中の小隊で、君たちの救出にきた」

「自衛隊……」


 初めて見た、と咲良はびっくりしたが、ゆっくり驚いている暇は無いらしい。


「体育館に避難する。ついてきてくれ」

「あ、はい」


 誘導されて彼らの中へと守るように配置される。隣りに並んだ渡瀬を見れば、彼女はキナコを抱っこして咲良の視線に気づいたのか顔を寄せてきた。


「ごめんね」

「え?」

「あの時、私たち、逃げちゃったから……」

「いえっ!無事で良かったです!」

「この人たちは先輩が呼んできてくれたんですか?」


 咲良の反対隣りから、珍しく桐野が渡瀬へと声をかける。


「あ、うん。あの後ね、うちの家族と一緒に車で近くの警察署に行ったの」

「警察署?」

「うん」


 歩きながら声を潜めて渡瀬はあれからの説明をしてくれた。

 警察署で校舎に生徒が取り残されてると助けを求めた事、緊急事態で警察署に自衛隊がたくさんいた事、その中から分隊と一緒に学校に戻った事。

 放送を聞いて体育館へ行って皆と合流した事、咲良たちが取り残されていると聞いて救出作戦を立てた事。


「救出作戦?」

「うん。中原さんたちが取り残されてるって聞いて、キナコに中原さんの鞄の匂い嗅がせて、ここまで来たの」

「キナコちゃんが……」


 確かに鼻が良いとは言っていたけど、とびっくりしてキナコを見ると、心なしか自慢げにふん、と鼻を鳴らした。

 それが可愛くてありがたくて、笑顔になりながら礼を言う。

 

「ありがとうございます」

「ううん。あ、階段上るから気をつけて」

「え、あれ?」


 言われて誘導されるまま進んできた自分が立っている場所に気づいて、咲良は目を瞬かせた。

 気がつけば中央階段まで戻ってきている。

 さっきまで沢山いた生徒たちの姿は、と周囲を見回すが、囲まれているせいでよく分からなかった。

 大丈夫なのかときょろきょろしていると、渡瀬が階段に足をかけながら大丈夫だと小さく笑う。


「私持ってないけど、警察署で話をして、携帯用のラジオとか借りてきたんだ。それ使っておびき寄せたり、散らせたりしてきたの。それに校庭にでっかい車で乗り入れたらその音にひかれたみたい。校舎の中、もう大分減ってたんだよ」

「そうなんですか」


 音にひかれる、という片平の話が役に立ったらしい。

 感心しながら階段を昇れば、すぐに屋上に辿り着いた。

 頑丈そうな鉄扉が押し開けられ、慎重に外へと踏み出す。


「わ……」

 

 ひゅう、と風が足の間を吹き抜けていった。

 スカートがパタパタとはためくのを片手で押さえながら空を見上げれば、雨雲は風に流されていったのだろう、雨粒は落ちてこなかった。ただ、未だ雨を孕んだ雲は空を覆っていて薄暗い。

 

「……意外と静か」

「ああ。校舎内のが反響もあったんだろう」


 屋上はさぞリスニングCDの大きい音がするだろうと思っていたが、予想に反してあまりうるさくなくて驚きつつ呟けば、小さな声でも聞こえていたのだろう。桐野が答える。

 自衛隊員だという一人が周囲を確かめながら小走りに寄り、CDの電源を切った。

 

「行こう」


 プレイヤーを回収する隊員を眺めていたら、横から声をかけられ、慌ててそちらへ向き直る。

 見れば咲良たちがはじめに決めた通りに、屋上から体育館側の非常階段を伝って降りるルートをとるらしい。

 校舎が古いため、ところどころ水溜りがあるのを注意して避け、非常階段へと向かっていると、遠くで救急車のサイレンが鳴っているのが聞こえた。


「あれ……」


 足を止めずに顔をあげ、音の聞こえる方に耳を傾ける。

 ああ、と横を行く渡瀬が気づいて、咲良と同じ動作をした。


「救急車もパトカーもひっきりなしに呼ばれてるみたい」

「外も、こんな感じなんですか?」

「雨が降ってたからかな、学校みたいに外をうろついてる、その、ああいうのはあんまり見なかったよ。ただ、救急車とかはすごい行き交ってた」

「そうなんですか……」


 校舎の中にいる分には気づかなかったサイレンの音に、この異常事態は学校だけの問題では無かったんだ、と否が応でも気づかされる。

 父は大丈夫だろうか、とまた不安が湧いてきた咲良だったが、とん、と軽く肩を叩かれて我に返った。


「足元見ないと落ちるぞ」


 桐野が素っ気なく言う。が、肩を叩いた手はそのままで、まるで咲良が落ちないように支えてくれているかのようだ。


「ありがとう」


 力は強いけれど痛くないそれに礼を言うと、一度頭をぐしゃりと撫でられ、手はまた肩へと戻っていった。



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