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おきあがり  作者: 鳶鷹
一章
33/136

32

<32>


 切り終わったカーテンを桐野のそばへ置き、何か手伝えないかと腰を浮かせかけた時だった。

 バリケードの机と椅子のぶつかり合う音が、ガタガタから、ズズズ、に変わった。


「桐野くん」


 緩んだ空気が一気に張り詰める。


「ああ。くるぞ」


 とうとう教室の扉がレールから外れたのだ。もう彼らが教室に侵入し始めるだろう。

 出来ている即席のカーテンロープを掴み、桐野が窓へと走りよる。

 咲良も床に置きっぱなしでまだ結ばれていないカーテンを持ち、急いで桐野に続いた。


「ここを持っててくれ」


 持っていたカーテンを床に落とし、示された箇所を持つ。

 桐野は窓の内側にある転落防止の低い鉄製の柵にカーテンをくぐらせているのだが、あまりに長く、また結び目が多いため、中々うまく縛れないらしい。


「放して。次、こっち」


 桐野が素早く手を動かし複雑にロープを絡ませていく背後で、机や椅子が床を擦る音はどんどん大きくなる。

 振り返れば、床に置きっぱなしのランタンの明かりにロッカーがかすかに揺れ動く様子が目に入った。

 机や椅子は軽く、それぞれの間に空いた隙間分は簡単に動いたが、ロッカーは流石に重いらしい。揺れてはいるものの、まだ押し動かされてはいないようだった。


「次はここ」


 中々桐野の望む強度にならないのか、引っ張って確かめては、結び方を変えていく。

 咲良はいつロッカーのバリケードが破られるかと冷や汗をかきながら、次、次、と言われるままに手を動かす。自分の心臓の音が大きすぎて、耳に痛いくらい響く。


「一回下ろして高さを見よう」


 カチン、と窓の鍵を外して窓を開ければ、途端に英語が窓から飛び込んできた。

 屋上の放送はまだ続いているのだ。

 うるさいほどの音楽と英語を聞きながら、放れ、と言われてロープの端を窓の外に出して放すと、する、とロープが真下に落ちていく。

 窓から身を乗り出して、ロープの先を見ようとしたが、咲良の目には暗闇に消えていった事しかわからなかった。


「くそ、短い」


 舌打ちせんばかりの桐野には、ロープがどこまで落ちたか分かるらしい。


「あれって」

「二階半ばだ」


 落としたロープを引っ張り上げながら桐野が答える。


「二階じゃ飛び降りられない。落ち処が悪ければ骨折して動けなくなる。もう少しつなげないと」


 手繰り寄せたロープの先に、まだカーテンを繋げるのだろう。咲良は残っていたカーテン生地を慌てて拾い集めた。

 それを桐野に渡そうとし、桐野の動きが止まっているのに気づく。


「桐野くん?」

「なにか、様子がおかしい」


 じっとロッカーを見据える桐野につられて見れば、確かに先ほどとは何かが違う。


「静かになった気がする」

「え、あ、そうかも」


 窓からは相変わらず陽気な音楽と英語が聞こえてきているが、バリケードの机や椅子が動く音はしない。

 なんで、と桐野を見るが、桐野も理由は分からないらしい。緊張感に満ちた顔でバリケードを見つめている。


「何が――えっ?!」

「咲良!」


 目を凝らした先、バリケードの隙間から、何かが飛び出した。

 小さくて白っぽいその何かは、ものすごい速さで二人に駆け寄る。

 見覚えのあるそれに目を丸くしている咲良の横で、桐野は危険だと思ったのかモップを構えた。


「駄目!ストップ、桐野くん!」


 今にも殴り飛ばしそうな構えを横目で捉え、咲良は桐野に飛びついて動きを封じる。


「おい!」

「犬だよ!桐野くん!」

「だから――」


 なんだ、と続けようとした桐野にしがみついて、咲良は叫んだ。


「犬だよ、渡瀬先輩の家の、ダックスだってば!」


 ほら!と指差す先で、渡瀬に見せてもらった写真の犬が急停止し、はっはっと息をしながら二人を見上げている。


「はあ?!」

「写真、見せてもらった子にそっくりだよ。ね、キナコちゃんだよね?」


 振り向いて名前を呼べば、犬は嬉しそうに尻尾を振った。


「……なんで、渡瀬先輩の犬がいるんだ?」

「それは分かんないけど……」

「それでなんで渡瀬先輩の犬だって分かったんだ……?」


 桐野が呻くように聞く。

 とうに逃げたはずの渡瀬ならともかく、その愛犬がここにいる意味が分からないからだろう。当然咲良にも分からないが、


「何となく……?」

「なんだそれは」

「私も犬飼ってるから、かな。犬の顔を見分けるのは得意、かも」

「はぁ………」


 心底意味が分からない、という顔の桐野は、お行儀よく立ち止まって二人を見上げているダックスフンドを警戒するのは止めたらしい。

 構えていたモップを下ろしたのを見て、咲良は桐野から離れてしゃがみこんだ。


「キナコちゃん?おいでおいで」


 呼べばトコトコ近づいてくる。

 小さな頭を撫でると嬉しそうに尻尾を振るので、可愛さに思わず抱き上げた。


「渡瀬先輩はここにはいないんだよ。どうしてキナコちゃんはここにいるのかな?」


 まさか先輩を探しにきちゃったのかな、と尋ねてみるが、犬が返事をするわけもなく、べろべろと顔を舐められる。


「懐っこいなぁ」


 一頻り咲良の顔を舐めて満足したのか、いきなり腕の中から飛び降りた。


「わっ!え、どこ行くの?危ないよ!」


 そのまま、バリケードに向かおうとする小さい犬の背に咲良はあせり、手を伸ばすが犬の足のほうが断然速い。

 追いすがろうとする咲良を桐野が「危ないだろ」と引きとめている間に、バリケードの向こうに姿を消してしまった。


「キナコちゃん!」


 どうしよう、と右往左往する咲良だったが、桐野は落ち着いた表情だ。


「大丈夫だ」

「何言ってるの、危ないよ。あんな、廊下だって暗いのに……」


 ランタンを持って今にも犬の後を追いそうな咲良の肩を、桐野が掴む。


「大丈夫だ。ほら」


 ひょい、と指を指された先はロッカーだ。

 咲良は意味が分からずロッカーと桐野を見比べる。おろおろとしたその顔に、桐野が小さく笑う。


「ロッカーが動いていないだろ」

「え?」


 じゃあ、あれらはあそこにいないのだろうか。だとしたらどこに行ったんだ、と想像して咲良の顔から血の気がひく。


「キナコちゃんの事、追ってっちゃった?」


 あんな小さな犬が襲われたら、ひとたまりも無い、と今度こそ飛び出しそうになった咲良だったが、桐野に「聞いてみろ」と言われて耳を澄ませる。

 だが、相変わらず音楽と英語が聞こえるばかりだ。

 楽しそうな英語の会話は、昨日どこへ行った、明日はここに行きたい、と観光名所をあげている。複数人での会話、という設定らしいそれを何とか耳から追い出そうとじっと耳を凝らし、ふと会話に日本語が混じって聞こえるのに気づいた。


「?」


 英語のリスニング用なのだから、日本語は使わないはずなのに、とよく聞けば、その声は窓の外からではなく、教室の外から聞こえる声だった。


「桐野くん」

 

 あれって、と桐野を見ると、軽く頷かれた。


「警察か自衛隊か。上官が指示して、下が答えてるっぽいな」

「じゃあ」


 助けが来たのだ。

 明日の朝までは無理だろう、と思っていた助けが。


「良かった……」


 足の力が抜けて、へなへなと座り込んだ咲良に、桐野が軽く笑った。


「本当に。あのカーテンは、強度が弱すぎたからな」

「え」


 という事は、ものすごく危険な方法だったのか。

 ばっと顔を上げて桐野を見れば、肩をすくめてみせられた。


「まぁ、二階くらいまでなら無事に降りられただろううが」

「え、じゃああと一階分は……?」

「一階くらいなら落ちても捻挫くらいだ。死にはしない」


 淡々と言われて、開いた口が塞がらない。

 唖然として桐野を見つめていると、また小さく面白そうに笑われた。



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