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おきあがり  作者: 鳶鷹
一章
29/136

28

<28>


 非常梯子はこの数年の間につけられたのか、錆も無く綺麗だった。

 落下防止なのか、滑り止めらしいザラザラの材質が持ち手には使われていたが、それでも冷や汗で何度か手が滑りそうになりつつ、咲良は生温い風に煽られながら、必死で梯子を上っていく。

 あともう少しで三階、というあたりで、風に乗って穏やかな声が降ってきた。


『生徒会長の篠原だ』


 さすが普段から放送慣れしている篠原の言葉は聞きやすい。聞いた生徒はほっとするだろう。

 咲良も屋上組は大丈夫なんだ、とほっとしながら梯子を上っていく。


『今より五分後、六時半より屋上にて拡声器で放送を予定。校舎正面は危険なため、接近禁止。六時四十分から体育館、正面口を開放し、体育館を避難所にする。繰り返す―』


 事前に放送内容を知っていた咲良は内容の変更に驚いた。

 初めの予定では、拡声器での音楽の放送は七時の予定だった。三十分以上も早まっている。

 予定を繰り上げる何かがあったのだろうか。


 嫌な予感を覚えたが、今出来るのは無事に梯子を上りきることだけだ。

 何とかせっせと梯子を上り、自習室まで辿り着く。

 窓から中を覗くが誰もいない。

 机の並んだ自習室の中、窓近くの一つの机にぽつんと光量を絞ったランタンが置いてあるだけだ。

 それでも小さなその明かりにほっとして、窓枠を乗り越えた。


 教室に入ると、へたり込みそうになった。

 やっと梯子でも、下に誰かがいるスチール棚でもなく、普通の安全な床に立っているのだ。安心感がどっと溢れてくる。

 このまま座り込んでしまいたいくらいだが、篠原の放送内容が気になって落ち着かず、ランタンが置いてある机のまわりをうろついた。

 事情を記したメモでもないかと思ったのだが、何もない。


「咲良?」


 突然声をかけられて、咲良は飛び上がった。


「桐野くん。け、怪我とか無い?大丈夫?」

「いや。無いが」


 咲良の心配を他所に、桐野はいつも通りだ。

 まるで地続きの高さにいるかのように、ひょい、と窓枠を乗り越えてくる。


「相手が一人なら、普通の喧嘩と変わらないからな。それより、どうして一人なんだ?」

「え?」


 淡々とした喧嘩が得意らしい発言にぎょっとしたが、それ以上に後半の台詞に驚く。


「一人って……誰もいなかったよ?」


 どうして、と聞いたのだから、桐野の予定ではこの部屋に誰かもう一人はいたはずなのだろう。

 だが咲良が来た時点で、この教室には誰もいなかった。


「おかしいな……上野と八坂先生がいるはずなんだ」

「えっうぐ」


 思わずあげた叫び声だったが、即座に桐野に口をふさがれた。

 静かに、とジェスチャーをされて頷き、手を離してもらう。


「上野は咲良が来るまでここにいる、と言い張って。合流した八坂先生が残って、後は上に行ったんだ」

「典ちゃん……」


 きっと先に逃げたのを気にしていたのだろう。

 こんな状況でも変わらない典子の優しい性格に、咲良は頬が緩んだ。


「会長の放送が変わったのも気になるしな」

「あ、桐野くんも知らなかったんだ」

「ああ。とりあえず、屋上に行こう。ネイトたちと会わないと、」


 窓を閉めて出口に向かう桐野の背中を、咲良もランタンを持って追いかけたが、すぐに止まった背中にぶつかりそうになった。


「桐野くん?」

「……まずいかもしれない。聞こえるか?」


 ドアまであと数歩、という所で耳を澄ませる。

 桐野の真剣な表情にまさか、と青褪めながら同じように耳を澄ませると、廊下からかすかな衣擦れと吐息のような声が聞こえてきた。

 見上げれば桐野が頷く。


「三階まで来たか……」


 言われて、そういえば二階の中央階段からも上がってきていた、と思い出す。

 三階まで来ていてもおかしくは無い。


「八坂先生は廊下で見張ってたはずだ。それであいつらに気づいて、上野と一緒に屋上に避難した、か」


 なら典子たちは無事なのだろう。

 その事に咲良はほっとしたが、咲良たちが孤立しているのには変わりがない。


「ドアを開けての進入が無いのは、幸いだな。だが……」


 自習室のドアは生徒会室のドアと同じで、そんなに強度はないし、マスターキーが無いから鍵も閉められない。


「バリケード、作る?」

「いや。もうそろそろ屋上で音楽を流すから、この階に集まってくる連中の数も増えるだろう。机をかき集めても、固定するガムテープがもう無くなったから、数で押し寄せられたらまずい」


 ここは三階だ。追い詰められて飛び降りたら命に関わる。


「昇降口にいた人が集まってくるなら、一階まで非常梯子で降りる、とか」


 咲良の提案に桐野は一瞬考えて首を振る。


「外にいる連中が拡声器にひかれて昇降口あたりに寄ってくる。無理だ」


 非常梯子は使えない。

 そうなると普通に教室のドアから出るしかないだろう。

 二人の視線がドアに向かう。


「あの、私、廊下側の上の窓から覗いてみるよ。多分、机の上に椅子置いたら届くと思うから……」

「ああ。頼む。数が少ない方から出よう」


 顔を見合わせて、廊下側の机を二つ選んで運び、その上に椅子を乗せる。

 安定感があまり無いため桐野が椅子の足を押さえこんだ。スカートでその椅子の上に立つなんて普段なら絶対出来ないが、今はスカートの中がどうの、と言ってる余裕はない。

 ランタンを桐野に渡し、咲良は椅子によじ登った。

 さすがに光源のない廊下は真っ暗だ。桐野からランタンを受け取り、一番弱い光量にしてから窓に押し付けて、廊下を照らす。

 だが暗すぎてよく見えない。光量を上げようとボタンをまわそうとして、指が滑った。


「わっ」


 ボタンは滑らかに回り、最大光量まで達してしまった。

 途端に目の前が真っ白になって、何度も瞬きをする。

 残光を追い払い廊下を見れば、かなり広範囲に渡ってきちんと見えるようにはなったが、廊下にいた相手も強烈な明かりに気づいたらしい。

 のろのろとした歩みを止め、顔をあげている。

 虚ろな視線と眼があった気がして、ぞっとしながら急いで椅子を降りた。


「ごめん、桐野くん。気づかれたかも」

「そうか」


 桐野もその可能性に気づいていたのだろう。険しい顔でモップの柄を握り直している。


「中央階段側に、五人。脇階段の方に二人だった。脇階段の方は片方が女の子っぽい」

「ならそっちから出よう」


 言って指差したのは脇階段に近いほうのドアだ。


「二年の廊下を通って、非常階段から屋上だ」


 脇階段は屋上へは続いていない。

 屋上に行く場合、中央階段か非常階段を使うしかなかった。


「俺が合図をするから、咲良が横からドアを開けてくれ」

「うん」


 行くぞ、とドアの正面で桐野がモップを構える。

 その口から五、四、とカウントダウンが呟かれるのに合わせ、咲良はドアの取っ手に手をかけた。

 嫌に早くて大きい自分の鼓動に、その数字がかき消されないように耳を澄ませる。


 三、ニ、一


 ゼロ、という声が耳に届いた瞬間、咲良は勢いよくドアをあけ放った。



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