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おきあがり  作者: 鳶鷹
一章
28/136

27

<27>


 天板の上で咲良は膝を抱えて縮こまりながら、耳を澄ませる。誰かが近づいてきたら聞こえる様に。

 だが自分の心臓の音と息遣いが痛いほどうるさい。深呼吸をして自分を落ち着かせようとするが、かたかた震える身体のせいでままならず、一層強く自分の身体を抱きしめた。

 耳が駄目なら、と暗闇に視線を這わせるが、依然暗い生徒会室内は見づらい。

 ちらちら見えるシャツの白さで、なんとなくあの辺に誰かいる、とは思うものの、それが正解かは分からない。

 それに皆川がいるであろう場所は直視出来なかった。

 あの時聞こえた悲鳴と、その後の静寂。

 多分、もう無事ではない。少しの怪我程度なら、叫んで走って逃げているはずだ。


 なんでこんな事に、と理不尽さに涙が出そうになる。

 皆川には嫌味を言われたり振り回されたり散々な目にあったが、だからと言って死んで当然だとは思えなかった。

 遠藤だって一年生たちだってそうだ。ただ普通に学校に来てテストを受け、少し帰宅が遅れただけ。

 それだけなのに、なぜこんな悪夢のような目に合わなければならないのか。

 いっそ夢なら良いのに、と膝を引き寄せて丸くなった時だった。 


 きゅ、という小さな音を耳が拾った。息を殺して耳を凝らす。

 するとまた、きゅ、という音がした。咲良の座っている天板のすぐ横の端っこ、左手側だ。

 誰かが上ってきている?と総毛だつ。

 身を乗り出して確認しようか、と逡巡した直後、白い指先があらわれ天板にかかった。


「ぃっ」


 叫びそうになった自分の口を咄嗟に押さえる。

 背中にどっと汗が噴出したのが分かった。

 大丈夫、大丈夫、と心の中で呟く。

 さっき考えたとおり、並んだスチール棚のもう片方の端まで移動すれば良い。落ち着いて、と自分に言い聞かせながら、目の前でもう片方の指先が天板を掴むのを見る。

 次に出てくるのは頭か、と思ったとおり、遠藤の顔が現れた。


「っ」


 両手で懸垂のように自分の身体を引き上げたのだろう。

 叫びそうになった口を塞いでいた手を放し、天板について身体を後ろに進める。震える足の力だけでは、いざって逃げる自信が無い。

 後ろについた手の横まで浮かせた尻を引こうとし、だがスカートが何かにひっかかって止まった。

 こんな時に、と焦りを覚えつつひっかかった物をはがそうとスカートの裾を見て、ぎょっとする。

 手だ。誰かが正面にいる遠藤のように天板に上ろうと手を乗せ、そこに咲良のスカートが挟まっていた。

 まだ片手だけだが、確実に真横に誰かがいる。


 咲良は喘ぐように息を吸った。

 見覚えのある手だったからだ。綺麗に磨かれ、うっすらピンク色が塗られた爪。ほっそりとした指先は意外に力があると、さっき知った。

 皆川の手だ。

 なんでなんで、と疑問がぐるぐる頭を回る一方で、遠藤と同じだ、という囁きが満ちる。あれらに襲われて死んだから、あれになった。起き上がったのだ。


 その指先に全身が縫いとめられた様に動きを忘れた咲良だったが、皆川のもう片方の手と思しきものが視界の隅に入った途端、反射的に挟まれていたスカートを力いっぱい引っ張っていた。

 スカートは予想以上にあっけなく、咲良の手に戻ってきた。

 そして体重をかけていた布が引き抜かれた事により、手が宙に浮く。

 もう一度天板を掴もうと動く間もなく、ピンク色の爪先の手は視界から消え、すぐにバン!と床に何かが落下する音がした。

 ア、と落下の衝撃で漏れたような声は聞き覚えのある皆川のもので、咄嗟にごめん、と謝りそうになり、下唇を噛んで堪える。


 声を出すのは駄目だ。足元の方から手を伸ばしている遠藤には、もう咲良の居場所はバレているが、一年生たちの姿は無い。

 不用意に声を出して一年生たちまで集めたく無かった。


 心の中でごめんなさい、と謝りながら、今度は後ろや横に視線を走らせながら後ろに下がる。

 まだ遠藤は身体全体を天板にはのせていないらしい。棚と違って、両手をかけて身体を引き寄せる場所が無いからだろう。

 呻きながら手を伸ばしてくる遠藤を警戒しつつ、逆の端まで辿り着いた天板から下を覗き込んだ。

 目を凝らしたが、真下には誰の姿も無い。

 その事に少しほっとしつつ、先ほど皆川に捕まったあたりの下を見れば、のろのろと起き上がっているらしい輪郭が見えた。茶色っぽい髪だから多分、皆川だろう。

 起き上がり、またスチール棚に取り付こうとしているのか、ふらふらと白い手を正面に伸ばしている。

 また上ってくる気なのだ。


「!」


 だがその手が棚に触れるより早く。


「これ……」


 廊下から大音量で音楽が流れてきた。

 スマホの着信音だ。

 誰かがまた、あの子のスマホにかけたらしい。

 皆川らしき影が音にひかれるように、スチール棚から離れた。遠藤は、と見れば、手を伸ばしたまま、音を探すように頭を揺らしている。

 棚から降りて廊下へ行って、と祈る咲良だったが、先ほどより早く音は途切れた。留守電モードになってしまっているのだろう。

 それでも皆川の姿は近くから消えた。


 脱力しかけた咲良の耳に、コン、という小さな音が飛び込んできた。

 肩が跳ね、また高ぶる神経に鼓動が早くなり、耳の中で心臓の音がしているかのように大きく聞こえる。

 落ち着け、と自分に言い聞かせ、音を探して頭をめぐらせて目を見開いた。


 窓の外が光っている。

 一瞬、この異常なホラー染みた状況から人魂、とぞっとしたが、だがそこに見知った顔があることに気づいた。


 どうやっているのか、生徒会室の窓の外にランタンを持った桐野がいたのだ。

 驚くを通り越して唖然とした咲良だったが、目が合った桐野が片手で窓を開けろ、というジェスチャーをしているのに気づく。

 急かすようなその動きと、桐野の持つランタンの明かりの範囲に誰の姿も無いのを確認して、思い切ってスチール棚から飛び降りた。

 ダン、という着地音と痺れる足にその場に蹲るが、ここで立ち止まっている暇は無い。

 痺れる足を無理にも動かし、桐野がいる窓まで走り、急いで開けた。


「無事か」


 生ぬるい風が吹き込み、一緒に桐野のいつも通りの淡々とした声で尋ねられ、涙が出そうになった。

 答えようとしたが競りあがってくる嗚咽に、まともに言葉にならない。うんうんと必死に頷く。


「そうか。ちょっと退け」


 言われるがままに横にずれると、桐野が窓枠を乗り越えて生徒会室に入ってくる。


「非常梯子を二階まで下ろした。先に上ってろ」


 言われて慌てて外を見れば、桐野の指の先には確かに非常梯子があった。

 窓のすぐ横だ。簡単に掴める。桐野はそこに乗っていたのだろう。


「き、桐野くんは……」

「とりあえず、あれを殴る」


 予想外の言葉に、出かかっていた涙が引っ込んだ。


「え、殴るって……じゃなくて、一緒に逃げないの?」


 あれ、とは遠藤の事だろう。

 振り返って桐野の視線の先を見れば、遠藤もスチール棚から降りていた。動きは鈍いが咲良たちの方へとやってきている。


「でも……」

「ここまで梯子を下ろした以上、窓を開けっ放しでは逃げられない。だが、外から施錠は出来ない。ガムテープで外から留める時間を稼がないといけないからな」

「あ、あの、私も何か手伝えるなら、」

「先に上っててくれるのが一番助かる」


 淡々と言って、桐野はランタンをどこからか持ってきたらしいカラビナで、腰にくくりつける。

 そして代わりに腰の後ろから棒を引っ張り出した。

 ずっと持っていたモップだ。ズボンのベルトに挟んでいたらしい。


「行け。途中で上から会長の声が聞こえるとは思うが、驚いて手を離すなよ」

「う、うん」


 早く、と言われて慌てて窓から少し離れた梯子を掴んで、外へと上半身を乗り出す。

 窓に腰をかけて足を出そうとして下を見て、結構な高さがあるのに気づいた。

 途端に足が竦む。

 二階分の高さがあるのだ。落ちればただでは済まないだろう。命綱なんて無い状態なのだから、手を滑らせたらあっという間に落ちる。

 じわり、と咲良は自分の手の平が汗で湿るのが分かった。

 しかし怖いと止まってる場合ではない。咲良の後には桐野も梯子を上るのだ。ここで止まってはいられない。

 汗で湿る手の平をスカートで拭い、咲良は改めて梯子に取りつく。


「桐野くん」

「なんだ」

「ありがとう」


 たとえ桐野が高所恐怖症でなくても、三階からここまで降りてきてくれた。

 桐野が来なければ、咲良はあのまま遠藤に襲われていただろう。

 今度こそ忘れないように、とすぐに感謝の思いで告げれば、桐野は困ったような表情になった。


「……いや、良い。落ちるなよ」

「あ、うん……頑張る」


 上る前に不吉な事を言われて咲良は引きつったが、もう一度、行け、と言われて、深呼吸をして梯子に掴まり、完全に身体を外に出した。

 ぶわ、とぬるい風に全身が包まれる。

 恐怖で止まらないよう下を見ないようにしながら、咲良は震える足で一段づつ上り始めた。



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