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おきあがり  作者: 鳶鷹
一章
26/136

25

<25>


「っなにこれ、うるさい!」


 校舎中に響き渡るような大音量に驚く。

 最近よく有線で聞くポップスだが、音が大きすぎてまるでロックだ。暴力的に耳に飛び込んでくる。

 皆川が耳を押さえながら文句を言うのに内心で同意しつつ、化学室の入り口に陣取っている杉山の所へ駆けて行くと、彼も驚いた顔で中央階段の方を見ていた。


「杉山くん」

「うおっ!」


 声だけでは聞こえなさそうだったので軽く肩を叩くと、飛び上がって驚かれた。


「ご、ごめん」

「いや、悪ぃ。すげぇ音だから。これ、着音?」

「多分……」


 きっとこれが、生徒会室にいた一年生の子のスマホの着信音なのだろう。


「すごい音ぉ」


 びっくりした顔で典子が廊下の先を見つめていたが、突然音が消えた。片平が発信を止めたのか、留守電に切り替わったのか。

 一気に静まり返った廊下の先を見ると、ずっと先に白い明かりが見えた。

 桐野が持っているランタンだろう。林と一緒に鍵を開けた後、あそこで桐野が警戒しながら待っている段取りだった。


「生物室に行こう」

「お、おお」


 咲良たちより音の発信源に近かったせいか、杉山は「耳に来た」と顔を顰めながら歩き出す。その後ろに不機嫌な皆川が続く。


「咲ちゃん」


 杉山と皆川の後に続いて歩き出すと、典子が小さい声で呼んできた。


「どしたの?」

「さっき、お母さんからメールがきてね、小町ちゃん、うちに連れて来て良いかなぁって」

「え?」

「なんかほら、変な事になってるし、咲ちゃんもおじさんも帰ってこないから、代わりに夕ご飯あげた方が良いかなぁって」


 咲ちゃんにもメールしたみたいなんだけど、と申し訳なさそうに言われ、咲良は慌てて頷いた。


「ごめん!電源切ったままで……小町の事、すごい助かるよ。お願いして良いかな?あ、でもおばさん危ないんじゃ……」

「それは大丈夫っぽいよぉ。うちの方、あの変な人たちいないみたい」

「そっか」


 なら良かった、とほっと咲良は息をついた。幸い、小町は上野家の人々にはよく懐いているから大丈夫だろう。

 あとでおばさんにお礼のメールをしないと、と顔を上げた咲良に、典子が申し訳なさそうな顔で続ける。


「あとね、お兄ちゃん、来られそうにないって」

「え!?」


 そういえば典子の兄が車で迎えに来る、と言っていたのを思い出して、咲良は小さく声をあげた。


「何かあったの?大丈夫?」


 もしかして襲われたのだろうか。

 血の気がひきつつ小声で聞き返すと、うーんと典子は困ったように首を振った。


「考ちゃん家の前で、あの、勅使河原さんみたいになっちゃったお隣さんに追っかけられて、車の鍵落としちゃったんだってぇ。今は考ちゃん家に二人でこもってるってメールがきたんだぁ」

「怪我とかは無いの?」

「うん。でもお隣さんまだいるし、暗くて鍵探せないし、家から出られないーってメールきたのぉ」

「そっか」


 それなら一安心だ。

 ほっとして典子の方へ向けていた顔を前に向け、ぎょっとして立ちすくむ。

 皆川が立ち止まってこっちを睨んでいたからだ。


「今のなに?」

「え?」

「あんたたちだけ逃げるつもりだったわけ?」

「え、そういうんじゃ……」


 ない、と言いかけたが、皆川は聞く耳を持たなかった。


「あんたたち最低!先輩たちが成功したから、自分たちも、て思ったんでしょ!裏切り者!」

「み、皆川さん」

「大体、自分たちだけ荷物持ち出してるし、ひどくない!?普通、私らの荷物持って来るでしょ!頭おかしいんじゃないの!?」


 どんどん声が大きく高くなっていく。


「皆川!うるせぇよ!」

「なんですって!役立たず!」

「はあ?!」


 止めようとした杉山にもかみつく勢いだ。


「私が腕噛まれた時だって、あんた突っ立ってるだけで、全然役に立たなかったじゃない!」

「仕方ねえだろ!離れてたんだから!」

「走ってきなさいよ!」

「無茶言うなよ!それに噛まれたっていっても大した事無いだろ!」

「怪我は怪我でしょ!」


 ほとんど叫び声みたいな応酬に、咲良は焦る。

 幾らこの階の二つの廊下を封鎖していても、中央階段と脇階段は開いているのだ。さっき階段を降りる時に、下から声が聞こえていたくらいだから、下にもこちらの声は聞こえているに違いない。

 しかも今立っているのは生徒会室の壊れた扉の前で、ちょうど中央階段の真ん前だ。


「皆川さん、落ち着いて……」

「なに偉そうに言ってんのよ、裏切り者の癖に!」

「黙れって!あいつらが寄ってくんだろ!」

「杉山くんも声大きい……」


 つられて大声を出す杉山に、人差し指を口の前にたてて、し!とジェスチャーすると杉山は慌てて口を閉じるが、それがまた皆川の怒りに火をつけたらしい。


「なに可愛い子ぶってんのよ!ばっかじゃない!?」

「おい、なに騒いでるんだ」


 さほど大きくは無い桐野の声が飛んでくる。


「桐野くん」


 ちらっと生物室の方を見れば、ランタンの明かりが近づいてきていた。


「皆川!騒ぐなって」


 声を潜めながらも口調は強く杉山が咎めるが、皆川の勢いは止まらない。


「こいつら二人で逃げようとしてんのよ!信じられない!」


 感情的になった皆川は、きっと咲良を睨んだ。


「大体、中原はずるいのよ!」

「わっ」


 言うや皆川が咲良の胸倉を掴んだ。

 まさかこんな暴力的な行動に出るとは思わなかった咲良は皆川から逃げる事も出来ずに、そのまま前後にがくがくと揺さぶられた。

 典子が「やめてよぅ」と半泣きで皆川に訴えるが、返事は舌打ちで手は離れない。


「みっ、皆川さっ」

「やりすぎだろ!中原を放せよ」

「はぁ?ほら、ずるいじゃない!いっつも庇ってもらってばっかり!」

「庇うとかそういうんじゃないだろ?!」


 アホか!と杉山に一喝されたのに腹を立てて言い返そうとしたのか、咲良を掴んだまま皆川は勢いよく振り返る。


「ひっ!」


 咲良は揺れる視界にくらくらしていたが、唐突に皆川の怒声がやんで小さなひきつったような悲鳴が聞こえて、目をしばたいた。

 まわった目をなんとか正常に戻そうと瞬きをする。


「?」


 すぐ目の前に映るのは皆川の後ろ頭。すぐ横の視界の隅には典子がいて、皆川を挟んだ向こうに杉山と、桐野、と思ったら、もう一人いた。

 誰?と目を凝らす。

 と、その人物はふらふらと中央階段から向かってきた。

 汚れた制服を着ている。どうみても屋上組でも作法室組でもない。


「やだ………」


 尋常じゃない様子に、皆川が肩を震わせる。

 ひぅ、と典子が喉を引くつかせたのと同時に、横合いから「おい」と桐野の声が聞こえる。正面からではない。という事は、杉山の後ろにいるのは桐野ではないのだ。

 様子の変わった皆川をいぶかしんで、杉山が振り返る。


「うおっ」


 思わず、といった様子で杉山が叫んだ途端、二人組は標的を定めたのか、ゆらゆらと揺れながらこちらに向かってきた。


「や、やだっ!」


 咲良を掴んでいた手を解き、皆川が叫ぶ。

 そのまま後ずさって逃げようとしたのか、勢いよく後ろに下がった。

 咲良の立っている方に。


「!」


 どん、と皆川の背中があたり、咲良はよろけた。

 転ばないよう、なんとか踏ん張ろうと浮かなかった足に力をこめるが、そこに更に後退った皆川が後ろ向きに突っ込んでくる。


「きゃあ!」

「やっ!」


 皆川の足が咲良の足に絡まり、体勢を立て直せずに二人で縺れあいながら後ろに倒れこんだ。



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