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おきあがり  作者: 鳶鷹
一章
25/136

24

<24>


 新しい班を作ろう、となったが、結局はじめは全員で移動する事になった。

 マスターキーが一本しか無かったからだ。

 白鳥たちが脱出の時に、一本持って行ってしまったらしい。


「くそ、あいつら」


 白鳥たちの行動にさほど批判的ではなかった林だが、これには悪態をついた。

 だが文句を言っても鍵は戻らない。非常口を開けるのも、準備室を開けるのも絶対に鍵は必要になる。

 だからといって全員が一緒に動くのも、時間がもったいない。

 なので、まず食料調達班が行くすべての準備室の鍵を開けてしまう事にした。

 調達班が準備室を細かく探している間に、作法室班と屋上班は屋上に行き、そこで別れる。そこから作法室班は作法室へ、屋上班は屋上で告知をする手筈になった。


 本当なら全部の準備が出来てから逃げている生徒たちに屋上から拡声器で告知をした方が確実だ。

 だが、先が見えないまま閉じこもるのは精神的にそろそろ限界だろう、というルイスの意見があり、前倒しにする事になった。

 逃げたいけどどうしたらいいのか、誰か助けが来るのか、切羽詰った状態になって隠れているのに耐えられず、飛び出してしまう生徒がいないとも限らない。

 もしプレーヤーが見つからない場合、僕が校舎に残れば良いし、というルイスの提案には誰も頷けなかったが、だからと言ってこれ以上時間をかけるわけにもいかないのは皆分かっていた。


 空はどんどん暗くなる。わずかな薄闇が何も見えない暗闇になれば、体育館に移動するのだって困難だ。

 何より暗いのは怖い。真っ暗闇になれば、一人で逃げている生徒や怪我をしてる生徒の恐怖は、頂点に達するだろう。

 一刻も早く動かなくてはならない。

 班の編成も時間をかけている余裕は無く、ほとんど勢いで決めていった。


 告知班は一番危険が少ない。移動は作法室班と一緒で、あとは屋上で告知をしつつ待機だからだ。屋上の三箇所の鍵や自習室の鍵は開けて行くので、いざとなれば三箇所のどれかから逃げられるし、自習室に逃げ込める。

 しかし告知をするのだから、全校生徒や教師からの認知度が高い人間でなくてはならない。

 昼の放送や色んな意味で有名な林か、生徒会長として信頼度が高い篠原か。


 悩む暇も無く、林が自分は作法室班になると言い、告知は篠原の役目になった。

 だからといって一人というわけにもいかない。咲良たちの私物も含め、大きい荷物は全部告知半預かりにするので、何かあって移動する事になった時、篠原一人では持っていけないからだ。

 なので、体育館からの脱出時などに捻挫をして身軽に動けないが力はある三年の男子生徒たちが告知班になった。


 作法室へ行く班は林と彼の友人の三年男子が二人。それと片平だ。

 お目付け役として八坂かルイスの教師どちらかを、と言われて、林はルイスを指名した。さっきの話し合いからして、ルイスのが融通が利きやすいと踏んだのだろう。

 八坂は暴走しがちな林を危惧したが、食料調達班にも教員が必要だし、ルイスよりも八坂の方が準備室には詳しい。


 食料調達班は一・二年生の班で、そこに八坂だ。咲良たち文化委員と、落合ともう一人の一年生男子。それと料理部だったらしい女子の一年生が三人。

 時間がないため一年と二年とで別れ、一年と八坂は、八坂が言うには私物が山ほどある地歴の準備室を、二年は化学と生物の準備室へ向かう。一年グループは地歴室を確認後、生物準備室で合流する予定だ。

 ランタンやトランシーバーをそれぞれの班に振り分ける。


「よっしゃ。行くぞ」


 軽い口調で林が自習室のドアを開ける。

 片手には自習室の掃除用具入れから出したモップだ。


「気をつけろよ」

「分かってるっての」


 気楽に言う林だが、緊張感はあるのだろう。少し強張った声で暗い廊下に踏み出していく。

 その後ろに全員が続いて自習室を出た。

 林は段取り通りに八坂と一年生グループを連れて、地歴室へ向かう。

 咲良たちのグループと屋上班は、ここで林たち作法室班が鍵を持って戻ってくるまで待機だ。


 鍵がかかっていなかったらしい地歴室に緊張しながら入っていく八坂たちの背中を見送る。

 八坂と一年生の男子たちはモップや箒で武装していた。地歴室や準備室にあれらがいないとも限らないからだ。

 奴らがいたら速やかに逃げろ、無理なら殴れ、ボコボコにして体勢を崩させてから再度逃げろ、というのが林のアドバイスだった。

 そのやり方に八坂は躊躇いを感じたようだったが、代替案も浮かばなかったのだろう。黙って箒を手にしていた。


「オッケーだ」


 あっという間に戻ってきた林たちに、一同がほっと息をもらした。地歴室にはいなかったらしい。


「なら俺は下の鍵開けてくるから、お前らは待機な」


 頷く篠原たち屋上班と作法室班の三人を置いて、林は中央階段に踏み出した。

 咲良たちもその後に続く。

 非常灯がぼんやり光る踊り場へと、手にしたランタンをかざしながら階段を下りる。

 みんな無言だ。音をたてて、あのおかしくなってしまった生徒をおびき寄せてしまわないよう、息を殺している。

 咲良も不安で荒くなりそうな息を堪えながら足をおろし、ふと身を強張らせた。かすかに声が聞こえた気がしたからだ。

 はじめは空耳かと思ったが、隣の典子が不安そうに身を寄せてきたので、本当に誰かが声を出しているのだと分かった。

 林も顔をしかめて足を止める。

 三階と二階の踊り場を曲がったあたりだ。


「……くそ、下か」


 慎重に階段の手すり越しに下を覗き込んで、声を潜めて言う。


「下の連中の声が聞こえただけだ。上がってきてる風じゃねぇ」


 行くぞ、とまた足音を潜めて階段を降りる。

 呻くような、溜め息を漏らしたような声は、下にいるものらしい。つぅっと冷や汗が背中を流れた気がしたが、ここで止まってはいられない。

 典子と手を握りあい、なるべく静かに林の背を追いかける。

 二階まで降りきると、目の前は生徒会室だ。

 咲良はランタンにぼんやりと浮かび上がる、ガムテープの張られた生徒会室のドアを見て息をのんだ。


 ドアが壊れた、とは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。

 無機質な生成りのスチール扉は真ん中あたりが少し凹み、全体的にどこか歪んでいる。

 ガムテープで壁ともう片方の扉に固定してあるのは、歪んだためにレールから外れて戻せなくなったからか。

 テレビで見る事件現場に張られるキープアウトのテープよりも厳重に、人が中に入るのを拒んでいた。もしくは中から出てくるのを。

 中には遠藤と一年の女の子たちがいるはずだ。篠原は、遠藤は死んだ、と言った。林の言うように起き上がってきたのかどうかは分からないが、これだけ厳重に封鎖したのはその恐れがあるからだろう。

 ガムテープの扉の前で林は一瞬足を止めたが、すぐに化学室へと踏み出す。


「……開いてるな」


 ぽつりと呟き、林がモップと箒を持った桐野と杉山を呼ぶ。

 ぼそぼそとお互いに動きを確認して、林がドアを開けた。

 扉がレールを滑る音が、静かな廊下に響いてひやりとする。つい後ろを振り返るが、暗い廊下があるだけだ。誰の姿も無い。


「大丈夫そうだな。よしお前、えっと桐野だったか?お前一緒に来い」


 杉山?はここで女子と警戒しとけ、と言いおいて、林と桐野は化学室に入っていった。

 化学室の前から伸びる廊下は三年の教室へと続くが、今は篠原たちがやったのか、机や棚で塞がれている。もしこの向こうに生徒がいても、出てこられる隙間は無い。

 それでも気は抜けなかった。

 中央階段と脇階段は封鎖していないのだ。さっき聞こえた声の主が階段を上ってこないとも限らない。

 神経を尖らせながら林たちを待つ。


「良いぞ、入れ」


 化学室に背を向ける体勢になっていたため、林の声にびくっとするが、すぐに化学室に入る。と、入れ替わりに林と桐野が化学室を出てきた。


「俺らは生物室の方を見てくるから、杉山は出入り口見張っとけ。女子は食料探し。まぁ、ぱっと見、食えそうなもんはほとんど無かったけどな」


 潔癖症か、と呟きながら林は生物室へと歩いていく。

 桐野はちらりと咲良を見てから、すぐに後を追いかけて行った。


「えっと、じゃあ、探そうか」


 いつまでも二人を見送っているわけにはいかず典子と皆川に声をかける。

 緊張はするが林たちが確認した後だから、危険は無いだろう、と咲良はランタンを掲げて暗い化学室へ踏み込んだ。

 暗い教室の中に入るのは、正直足が竦む。

 薬品臭がいつもより鼻をつくのは、神経が昂っているからか。どことなくひんやりする空気に肌を震わせながら、ランタンで化学室の中を照らした。


「……ここは無いかな」


 化学室の中はいつもどおりだ。

 固定された机と椅子。壁際には鍵付きの棚が並んでいる。薬品や実験器具がずらっと並んだ棚に食品は無いだろう。


「準備室かなぁ」


 咲良の腕にしがみついている典子の言葉に頷き、教室の奥に進む。

 黒板横にあるドアが全開になっているのが準備室だ。ドアが開いているのは、林と桐野が確認してくれたからだろう。

 開いたドアから中を覗き込む。

 細長い準備室は壁沿いにスチール棚がずらっと並んでいるが、意外にすっきりしていた。これなら探すのは簡単そうだ。


「中原、一番奥。上野は真ん中。私は手前」

「あ、うん」


 尖った声の皆川に指定されて、慌てて奥へ走る。

 並んだスチール棚を覗き込むが、きちんと整理された棚にはよく分からない実験器具らしきものしかない。

 それでも上から下まで背伸びをしたり屈んだりして、何度も確かめる。


「無いなぁ」


 典子もがっかりした声を出している。


「こっちも無いよ。皆川さんは?」


 皆川が調べるといったスペースは机があって普段から教員が使っているだろうから、可能性は高そう、と期待して声をかけるが、返ってきたのは舌打ちと端的な答え。


「ガムだけ」

「そっか……」


 皆川の背中から覗き込めば、きちんと整理整頓された机の上には紙くず一つ無い。林が潔癖症、と言っていた理由がよく分かった。


「引き出しの中も、」


 つい呟くと、皆川が無言で引き出しを引く。

 中はカッターや紙束があるだけだ。

 がっかりしながらガムだけを持ってきたビニール袋に入れ、準備室を出た。


 化学室の棚は薬品しかないと分かっているが、あまりの準備室からの収穫の無さに何か無いかと思わず目を彷徨わせ、足が遅くなる。

 典子も皆川も咲良と同じらしく、文句を言われる事もなく、三人できょろきょろしながら入り口の杉山の所へ向かっていた時だった。


 廊下から爆発的な大音量が響いた。



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