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おきあがり  作者: 鳶鷹
一章
24/136

23

またしてもちょっと長いです。

<23>


 自習室にいる全員に、篠原が改めて逃げている生徒たちの話をした。

 部室棟に逃げている生徒たち、体育館倉庫に隠れている生徒たち、連絡こそ来ないがどこかに避難しているかもしれない生徒たち。

 彼らを集めて保護するつもりだった、と話すと、林は驚いたようだった。


「……無事に逃げられたやつらがいたのか」


 ほっとしたような響きが含まれた言葉に、篠原が頷く。


「ああ。渡瀬が何人かと連絡をとってくれた。ただ、もう皆スマホの電池が無くなってるらしくてな。スマホ以外で連絡をとるのに拡声器を、と思ってる」


 一方通行の連絡だが、と前置きし、生徒会室でたてた作戦を話す。

 拡声器で流す内容と非常階段と非常梯子について説明すると、林が待ったをかけた。


「梯子はやべぇだろ。奴らが登ってきたらどうすんだよ」

「……梯子に登れるのか、あいつら」


 そういえば、と言いたげに片平が呟く。

 梯子案を出した咲良は、二人のやり取りを聞いて血の気がひく思いがした。

 普通の階段でも上ったり降りたりしている姿を見なかったから何となく上れない気がしていたが、その可能性は無いでも無い。

 そういえば旧館の図書室は二階で、そこに勅使河原が来たのだから、普通の階段は上がれるのだろう。


「すみません……」


 イメージだけで言い出してしまったが、実行していたら呼び込んでしまっていたかもしれない。頭を下げると、篠原が困ったように首を振った。


「いや、俺たちもいけそうだと思ったんだ。君のせいじゃない」

「気にすんな。大体まだやってないんだから、問題なし」


 片平にも苦笑され、すごすごと半歩下がると、桐野が慰めるように頭を撫でてきた。


「本当、考え無しで、ごめん」

「あの場には俺もいた。お前の意見にも同意したから、謝られてもな」 

「そうだよぉ。咲ちゃんの案、良いと思ったもん」


 ありがとう、と二人に小声で感謝を伝えて顔をあげ、びくっとなる。生徒の間から皆川が睨んでいた。相当嫌われてしまったらしい。

 さり気無く視線を外しながら凹む咲良を他所に、作戦会議は進む。


「ったく、お前ら案外抜けてんな。大体、ここに集めてどうすんだよ。そりゃ教室の方にバリケードあっから、それは安心だけどよ」

「いや、初めは生徒会室に集まる予定だったんだ。あそこなら二階だし、最悪、部屋に突入されても窓から逃げられたからな」

「おいおいおい。二階って言っても結構高さあんぞ?足折るだろが」


 林の突っ込みに篠原が詰まる。


「ならどうするよ、林?」


 駄目だしするなら案だせよ、と片平が不満そうに言うと、林はうなった。


「良い案があったら、実行してる。無ぇから屋上なんかにいたんだろうが」


 くそっと言って黙り込む林。誰か案は無いか?と篠原が呼びかけ、生徒たちは顔を見合わせてざわめく。

 一階は駄目でしょ?じゃあ二階?旧館は?あ、駄目なの?

 大きな声で提案が出来るほどの意見は出ない。

 停滞しそうな嫌な雰囲気の中、不意に篠原が身じろぎし、ポケットから携帯を取り出した。


「メールだ。誰だ……?」

「こんなときに迷惑メールがくるか。んなわきゃねえだろ」


 さっさと見ろよ、と言われて、篠原が携帯を操作する。それから息をのんだ。


「体育館倉庫からだ」

「はっ?」

「渡瀬が連絡をしていた相手だ。渡瀬が俺のアドレスを教えたらしい」


 誰だ、と林が囁くように聞く。

 体育館倉庫にいるという事は、林と一緒にいた生徒の可能性が高い。友人かもしれない相手なのだろう。

 期待と不安がごちゃ混ぜになった林に篠原がメールを確認しながら答える。


「差出人は野上だ」

「!マジか!生きてたか、あいつ」


 やはり友人だったらしい。よし!とガッツポーズを取っている林の後ろで、やはり何人かが嬉しそうにしている。彼らの知り合いでもあったのだろう。


「そんで?何だって?」

「あれらに動きがあったらしい。体育館から出て行ったようだ。片平の声が聞こえてすぐだったから、それが原因じゃないか、と」

「は?あ、さっきの拡声器?」


 片平がびっくりしたように確認する。


「ああ。まだ残ってたり戻ってきたりする奴らもいるらしいが、同じ事があったら体育館から追い出せるかもしれない、と言っている」

「マジかー」


 俺すげぇ、という片平に、林がにやっと笑った。


「マジにな。これはいけんじゃね?体育館からあいつらを追い出して、俺らはそっちに移動すりゃ良い。基本一階だから、最悪追い詰められても外に飛び出す時に骨折はしねぇ。体育館の扉は相当重いから、閉じこもれるしな」


 実際、パニックになった生徒が開けるまでは大丈夫だった、と言われて篠原が表情を硬くした。


「それが怖いな。同じような状況になったら、どうする?」

「死んだらとりあえず縛る」

「は?」

「もしくはガムテでぐるぐる巻きか。そうすりゃ立てねぇから起き上がれねぇし」


 おいおい、と色々な生徒から突込みが入るが、なら他に案は?と言われて沈黙する。


「外に出す為に扉開ける方がやべぇからな。体育館のどっか一角にでも、安置所作って置いときゃいいだろ」


 気軽な口調だが、体育館から逃げてきてから、何がいけなかったのか、どうしたら良かったのか、ずっと考えていたのだろう。林の口調に迷いは無い。


「ここはガムテ多いからな。……下じゃ、もう起き上がってる奴がいたから落ち着いて対処できなかったけど、起き上がる前なら何とかなる」


 そっか……と呟く片平を沈痛な面持ちで見てから、篠原が言う。


「それで外部からの救援を待つ、という形か」

「ああ。もう俺らじゃどうにもできねぇだろ、これ。そら家に帰りたい奴はいるだろうけど、もう暗い帰り道を歩く方が危ねぇ。流石に朝になりゃ、警察だの自衛隊だのが来るだろ」


 林の言葉に篠原が頷く。


「うちの学校は避難所指定がされているからな。問題は移動か。体育館に行くには、誰かが校舎か屋上から叫んでひきつけるんだから、そいつが逃げられない」

「あー……」

「言っとくけど、結構喉にくるぜ、あれ。デカイ声ならなおさら」


 片平の実体験に基づいた台詞は説得力がある。誰も好んで置いていかれたくは無いし、大声を張り上げたくも無い。

 一歩進んで二歩下がったような状況に、うんうん生徒が悩む中、ふとルイスが言う。


「ねえ、人の声なら録音でも良いんじゃないかな?」

「先生?」

「自習室、リスニング用のCDがいっぱいあるから、オーディオがあれば代わりに流せると思うんだ」


 あっ!と何人かが叫んだ。

 自習室の机は、ヘッドフォンとCDプレーヤーがある。プレーヤーの方は机に内蔵されているので取り出せないが、白鳥たちのように英語の特訓をしたいという生徒の為に、CDが何枚か置いてあった。


「なるほど……屋上でプレーヤーを流して、その前にスイッチを入れっぱなしにした拡声器を置けば」

「いけるな、それ。問題はプレーヤーか。おい会長、プレーヤーがある場所は?」


 嬉々として質問した林とは裏腹に、篠原は暗い顔になる。


「……生徒会室」


 端的な言葉に自習室が静まり返った。

 生徒会室には遠藤たちがいる。林の言うとおりなら、死んで起き上がった彼らが。入る事は出来ない。


「………他には?」

「職員室。倉庫。体育館。音楽室。放送室」


 あげられた場所は、全部が全部、封鎖されてるかあれらがうろついている場所だった。危険を避けるために必要なのに、危険な場所に突っ込んでいくのでは意味が無い。


「くそっ。他には無いのか?誰か知ってる奴は?」


 言われて隣同士で顔を見合わせる。

 咲良は典子と桐野を見たが、二人とも知らないという。咲良も分からない。

 そんな中、三年らしき男子が恐る恐る手をあげた。


「確実じゃないんだけど……前に付き合ってた彼女が茶道部で、作法室にCDプレーヤーがあるって言ってた」

「マジか。てか、なんで作法室?」

「部活の時に、琴?三味線?とかそんな感じの音楽流すんだと」


 作法室は体育館側にある非常階段から入ってすぐの教室だ。その先の昇降口の方まで行くと危ないだろうが、作法室くらいまでなら大丈夫かもしれない。

 思案する篠原を後押しするように、林が言う。


「放送室はかなりやべぇけど、そっちの方は大丈夫だったぜ。あん時は体育館までの渡り廊下が使えなくて、調理室前の廊下の窓から脱出したんだ。作法室のある奥の方は全然大丈夫だった」

「廊下に入る前に、昇降口の方で音流せば良いしな」


 片平がぼそりと言う。


「あの子のスマホか……」


 辛そうに篠原が呟いた。

 遠藤と一緒に戻ってこなかった子のスマホの事だ、と事情を知る咲良たちは察する。

 あの子がいないのにあの子のスマホを使うのは、正直後ろめたい。助けられなかった子のものを、自分たちが助かるために使うのだから。

 だが、今は使える手は全部使わなくては身の安全を守る事が出来ない。反対をする人間はいなかった。


「……番号は分かる。俺が鳴らす」


 囁くように言う片平に、事情を知らないながら何かあったと察した林が静かに答える。


「ならお前は作法室に行く班だな。後は、どうする?」

「ここに待機か、屋上に待機か?」

「ちげーよ、会長。食料調達班が欲しい」

「は?」

「お前ら、腹減ってねえの?今は六時過ぎか?これから体育館篭もって救助待ちだぞ」


 予想外の班名に、教室中がきょとんとして林を見る。

 注目を集めた林は嫌そうに顔をしかめた。


「救助が何時に来るか分かんねぇんだ。朝まで来ない可能性が高ぇし、最悪、もっとかかるかも知んねぇ。空きっ腹かかえて待つのは、俺はゴメンだ」

「うん、一理あるね。人は空腹になるとイライラしやすくなるし」


 ルイスがにっこりと同意する。


「自販機とか購買まで行ければ色々買えるけど、それはちょっと難しそうかな」


 二つとも放送室よりもっと昇降口に近いから難しいだろう。

 だがここにいる人間プラスこれから集まるだろう生徒の分の食料、と考えると、出来るだけ量が欲しい。

 咲良は自分の鞄の中身を思い出す。


「あの、私、お菓子なら少しあります。あと飴と」


 長くなるだろう委員会の帰りに、典子と一緒に食べようと思っていたお菓子だ。飴はいつもいくつか鞄に入れている。


「私もありますぅ。チョコが少しと飴とぉ」


 あれとこれ、と言う典子の鞄は、咲良同様、いつも色々お菓子が入っている。一年の女の子たちも、飴ならポケットに少し、と申告した。


「すげぇな女子。あとは?食料持ってるやついるか?」


 俺はない、と林が両手を広げる。

 逃げる時に鞄を持っては来られなかったのだろう。他の生徒も同じらしい。


「栄養機能食品なら少しあるが」


 桐野が鞄をあさりながら言えば、僕も、とルイスも自分の鞄から手の平サイズのシリアルバーを出して見せるが、全員が食べるには量が足りないだろう。


「作法室には無ぇかな。ほら、和菓子食ったりするんだろ」

「彼女と別れたの去年だし、覚えてねえって。あ、調理室は?あそこ冷蔵庫あるだろ?」


 はっとして言う彼に、一年の女の子たちがおずおず答える。


「今日の部活で全部使っちゃったので……」

「だよなー。あああ、教室行ければ、ロッカーに箱買いした駄菓子があるのに」

「箱買いって……」


 なんでそんなに、という疑問を浮かべたのは咲良だけではなかったらしい。彼は慌てながら「バスケ部の伝統なんだよ」と周囲に弁解するように言う。


「部活の帰りにとりあえず摘まむ用なんだよ。そんな顔で見ないでよ、八坂ちゃん」

「まぁ、俺はバスケ部の顧問じゃないし……」

「太井は黙認してたから良いんじゃねぇの。なぁおい、それって三年だけか?二年は?二年なら入れる教室あんだろ?お前らの後輩のロッカーから漁れよ」

「林、それは駄目だろ」


 八坂が慌ててストップをかける。

 新任で若いからと林と篠原が場を仕切るのに任せていたが、流石に他の生徒の荷物を漁るのは見過ごせなかったらしい。


「じゃあどうすんだよ」


 不満そうな林に、眉を寄せてから思い切ったように言う。


「……準備室だ」

「お?」

「地歴の準備室は先生方の私物があるんだ。腹持ちの良い菓子も、少しだがある。生物室と化学室も同じだと思う」

「なに、生徒のは駄目だけど教師のは良いのか?」

「仕方ないだろ」


 溜め息をつく八坂と反対に林は楽しそうだ。


「よっしゃ。じゃあ徹底的に漁るぞ。職員室も探しゃあ色々ありそうだよなぁ」

「あそこも危ないだろう。保健室とか、それこそ倉庫に行ければ防災用の備蓄があるんだがな」


 篠原が苦く言う。

 防災用の備蓄がある倉庫こそ、昇降口の真ん前なので一番危ない。


「水が止まってないのが不幸中の幸いだな。体育館に行ければ、トイレもあるし水飲み場もある。何とか助け合って体育館に避難しよう」

「りょーかい」



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