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おきあがり  作者: 鳶鷹
一章
23/136

22

<22>


 ぐるりと見渡した自習室の中には、白鳥たちの姿が無かった。

 自習室にいる女子生徒は全部で六人。咲良と典子に皆川の二年が三人に、白鳥に対して敬語で話していた一年生らしい合流組が三人だ。


「まだトイレかなぁ?」


 典子が心配そうにきょろきょろする。

 もしかしたら生理だけでなく、本格的に体調を崩しているのかもしれない。

 不安になって屋上組の子達に白鳥先輩たちはまだトイレ?と尋ねると、きょとんとされた。


「え?私たちと入れ替わりに戻りましたけど……」


 だんだんと声が小さくなる。咲良に言われて自習室を見回し、白鳥たちの姿が無いのに気づいたのだろう。

 不安そうにお互いに「ねえ」「うん」と頷きあう。

 入れ替わり、という事は、もうとっくにトイレからは出ているのだ。

 咲良も不安に駆られて、自習室のドア付近にいる男子生徒に声をかけて白鳥を見たか尋ねるが、彼は知らない、という。隣の友人にも聞いてくれたが、同じ反応だ。


「先輩……」


 どこに行ってしまったのか。もしかしてあれらに襲われた、と考えてぞっとする。


「中原」

「八坂先生」

「なんか、白鳥と渡瀬がいないって?」

「はい……」


 気がつけば一年の子達も色んな人に聞いてまわったのだろう、自習室中が不安そうにざわめいている。


「探しに行かないと」


 篠原が焦ったように言うが、それを林が押しとどめた。


「どこにだよ。てか、何かあったんなら、どっちかが叫んだだろ」

「そう、だが……でも、だとしたら、」

「逃げた、とか」


 ぽつ、と片平が呟く。


「片平?」

「怖くなって逃げ出したとしても不思議じゃないだろ。あいつらやたらスマホいじってたし」

「だが、逃げるっていったって、どこに……」

「分かんないけど…………て、あれとか、か!」


 窓際に座っていた片平が、ばっと窓の外を見ながら叫んだ。

 自習室の中のほとんど全員がその声に顔をあげ、それから片平の視線の先にある窓に走り寄る。咲良たちも近くの窓から外を見た。

 目に入ったのは暗い中に走る一筋の光だ。細い光が、どんどん太くなる。近づいてきているらしい。


「あれ車じゃないか?」


 言われて見れば、正門から走ってくる車に見えた。すごい勢いだ。勢いがありすぎるのか、光は時折蛇行している。

 それでもなんとか校舎近くまで走ってきたのを見れば、予想通り自動車だった。薄闇の中に薄いパールピンクの車体が浮かび上がる。

 その可愛らしい軽自動車は校舎の前で止まるかと思いきや、ドリフト気味に曲がり、グラウンドへと突っ込んでいった。


「なにがしたいんだ?」

「運転手大丈夫か、あれ」


 グラウンドのトラックを回ろうとしているらしいのだが、なぜかふらふらしている。


「あいつらを避けてるんだ」


 言われてみれば、人を避けるような動きにも見えた。

 桐野が呟いた言葉が聞こえたのは咲良を含めた周囲二、三人だけだったが、隣同士で伝え合っているのか、少し離れたところの生徒も「なるほど」と納得している。

 よたつき、蛇行しながら何とか頭の向きを変えている車に視線が集まる中、端っこの窓にへばりついていた生徒が「あれ!」と叫ぶ。

 指差した先は咲良たちのいる校舎の斜め下、職員室と駐輪場のあたりだ。

 ぼぅっと暗闇に浮かび上がるランタンの明かりと、二つの人影。


「あれ白鳥と渡瀬じゃないか?」

「あ、本当だ!あれ、渡瀬の鞄だろ。さっき見た」


 最大の光量まで上げているのか、そうとう明るい光の中に、確かに渡瀬が持っていた鞄が浮かび上がる。 

 二人は車が近づくのを校舎の角に隠れて待っているらしい。


「最低!」


 皆川が叫んだ。

 甲高い声に、咲良はびくっとして彼女を見る。


「二人だけで逃げるとか、ずるいじゃない!自分たちだけ助かろうとか、最低!」


 ヒステリックに叫ぶ皆川に、その言い分を吟味するより前に表情や口調が怖くて咲良は腰が引けてしまったが、生徒の中には共感を覚えたものもいたらしい。

 ひそひそと「ずるいよね」「ひどい」という声が呟かれる。


 それを聞いて、ひやっとした。

 確かに誰にも言わずに出て行ったのはどうかと、咲良も思う。

 心配をかける行為だし、篠原のように心配して、もしかしたら探しに行って怪我をする人間も出たかもしれない。

 でもここから逃げたい、という気持ちは皆が持っているものだ。

 現にずるい、という人間は自分もここから逃げたいのにあの人だけ抜け駆けして、という気持ちがあるからだろう。

 しかし白鳥や渡瀬にしたって絶対の勝算があってしている行動ではないのだろうし、勝算があったとしても、軽自動車に乗れる人数は限られている。誰かに言えば「自分も連れて行って」と頼まれるのは想像がついた。

 だから二人は黙って行ったのだろう。


「あ、でも、先輩、何度も謝ってた」


 ふとトイレに行く前の二人を思い出して、口からぽろっと言葉が零れる。

 あの時はその時の行動について謝罪されていたのだと思ったが、それにしては随分何度も謝られたし、お礼も言われた。

 後ろめたい気持ちから、口をついて出たのかもしれない。


「そういえば、私たちも何回も謝られた、かも……」


 咲良の言葉に一年の子が気づいたように言う。


「あれって、この事だったのかな」

「ねえ」

「だったら何!?謝れば良いって事!?」


 二人への反感が少し緩んだ、と思ったが、皆川は反発を強めただけだった。


「最低!最上級生のくせに」


 苛立たしげな言葉に、生徒の半分くらいが居心地が悪そうな雰囲気になる。彼らは白鳥たちと同じ三年生だから、自分が責められているような気持ちになったのだろう。

 気まずい雰囲気の中、グラウンドを回った車が白鳥たちのいる校舎前に戻って来ようと走ってきた。

 だが、校舎の前は昇降口でもある。昇降口前はあの生徒たちがたくさんいるせいで、車は校舎に近づけない。

 車は行きたいのに行けない、というように迷うようにふらふら進み、仕方無さそうに正門へ続く道へと直角に曲がる。曲がる、という決断が遅れたためか、道の脇の植木に片側をこすり付けるような形で、ようやく止まった。


 白鳥たちと車の間は、まだ結構な距離がある。

 だが二人は意を決したように物陰から飛び出した。

 懸命に走る二人に、横合いや進行方向からあれらが集まっていくのが、薄闇の中でも分かる。

 自習室の中は誰もが息を殺すように二人を見ていた。さっきまで騒いでいた皆川や批判的だった生徒もだ。早く、早く、と小さく呟いている者もいる。


「あっ」


 もう少し、というあたりで、横合いから出てきた生徒らしき影がふらふらと車に取り付いた。

 急ブレーキをかけるように二人が止まる。

 影は二人が目指していた後部座席側のドアに張り付いている形だ。反対側のドアは植木で開かないだろう。

 運転手は車を少し前に出し、後ろに戻して振り払おうとしているが、白鳥たちと離れるのが躊躇われるのか、派手に動けないようで状況は変わらない。

 このままでは後ろからきた他の生徒たちに白鳥たちが追いつかれてしまう。

 白鳥たちもそれが分かっているのだろう。車に近づこうとしては躊躇い、車が動くのと一緒にわたわたしている。


 ここからでは助けたくても、どうしようも出来ない。

 焦燥感が募る自習室の中、カチン、と軽い音が響き、皆の視線が集まると同時に、ガラッと窓が開いた。

 雨上がり特有の少しむわっとした空気が自習室に流れ込む。何が、と思う間もなく、声が耳を圧倒した。


『あ――――――!!』


 咄嗟に咲良は耳を押さえる。隣の典子も、他の生徒もだ。

 思わず瞑ってしまった目を開けて音の発生源を見れば、窓を開けて半ば身を乗り出しているのは片平だった。

 全開にした窓を左手で押さえ、右手には拡声器。

 通りであんなに大きな声が、と納得しつつ、片平の視線の先を見ると、白鳥と渡瀬も驚いたようにこっちを振り返っていた。


『前見ろ、前!左に、避けろ!』


 片平の指示に、はっとしたように二人は前に向き直り、左に避ける。

 車に張り付いていた影は、片平の声にひかれたらしく、車から離れてふらふらと校舎へと向かってきていた。


『さっさと行け!逃げろ!そこの死にぞこないはこっち来ーい!おらぁー!』


 叫ぶ片平に白鳥たちに向かっていた影も、学校に戻ってくる。

 よろよろと自分たちの眼前を通り過ぎた影を見送り、白鳥と渡瀬は大きく手を振ると、さっと車に乗り込んだ。


 ドアが閉まると同時に、車のエンジンをかけたのだろう。

 エンジンがふかされた音が聞こえ、ハザードランプがチカチカと点滅する。

 それから勢いよく走り出した。


 車のテールライトが暗闇の中を遠ざかって行く。

 光はどんどん小さくなり、点になって、そして見えなくなった。


 片平は脱力したように窓枠にへたり込んだ。

 その片平に近寄り、八坂が小さく笑う。


「ありがとう、だって」

「あー、あのランプですか」

「そう。道とか譲ってもらった時にする合図だよ」

「はは……まぁ、良かったですよ……」


 逃げたんじゃないか、と疑い出したのは片平だったが、最終的に逃げる手助けをしたのも片平だ。

 どういう顔をしたら良いのか分かないようで、片平は微妙な顔で八坂に笑い返す。


「やさしーじゃん、片平」


 にやにやと林がからかうように言うと、むっとした顔で言い返そうとし、だが眉を寄せて口をふるわせた。


「遠藤、時みたいに、後悔は、したくねえから」


 思わぬ言葉だったのだろう。林は目を見開き、決まり悪そうに頭をかいた。


「まぁ、良かったんじゃねえの。あいつら的には」

「そうだな」


 答えたのは篠原だ。

 暗かった顔が少し明るくなっている。まだその顔に陰りはあるものの、それでも二人を逃がせた事にほっとしたのだろう。

 片平、と呼びかけ、頭を下げる。


「俺のミスで……すまん。謝って許される事じゃないが……」


 遠藤が死んだ作戦の事、渡瀬たちが黙って行ってしまった事、色々な思いが篠原の頭の中にあったのだろう。真面目で実直な生徒会長は全部自分に責任がある、と思っているのか。

 下げられた頭を片平はじっと見て、それからぺしんと叩いた。


「馬鹿。俺だって、遠藤、だって、賛成したんだ。お前だけのせいじゃない」

「だが、」

「それに、謝る相手が違う。謝るんなら、遠藤と、遠藤の家族だろ」

「……ああ」

「全部、終わったら、謝りに行こう。許してもらえないとは、思うけど……」

「………ああ」


 黙って気持ちの整理をしている二人に、林がふん、とわざとらしく鼻を鳴らす。


「生き残れたらな」


 ひょい、と窓の下を指差し、林は続けた。


「とりあえず、近寄ってきた奴らをどうにかすんのが先だろ」


 大きく開いた窓の下、片平の声にひかれて集まってきた者たちがうろうろしているのが見える。


「いや、あれはあれで良い」

「はあ?」

「拡声器であれらが呼び寄せられる、と分かって良かった。でもきっと俺の作戦は穴だらけだから、もう一度考え直したい」

「作戦?」


 訝しそうな林に、篠原は頷いた。


「逃げている生徒の救出作戦だ」



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