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おきあがり  作者: 鳶鷹
一章
22/136

21

<21>


 放たれた言葉は無常で、咲良は手を握り締める。

 あのトランシーバーでの交信と、篠原の言葉、ここにいない三人の一年女子、全部を合わせれば分かる答えだが、それでもショックは大きかった。


「生徒会室は……」


 白鳥の先の続かない問いに、今度は篠原が絞り出すように答える。


「……使えないだろう。ドアが壊れてな……外から何とか閉じてきたが、鍵も閉められない。彼女たちが纏めていた荷物を持ってきて、封鎖した」


 遠藤もあそこに、と小さく篠原は呟く。

 死んだ、と篠原は言っていた。そして死んだ生徒は起き上がってあの様子のおかしいものの仲間になる、と林が言っていた。

 だから遠藤も三人の女子生徒も生徒会室に置いてきたのだ。もしも彼らが起き上がってきた時に表に出てこられないよう、ドアを封鎖して。

 ず、と鼻をすする音がする。片平か篠原か、それとも屋上から合流した誰かか。遠藤、と聞いて走り出していった彼らは、遠藤の友人だったり知り合いだったのかもしれない。

 生徒会室から持ってきたランタンで自習室は明るくなったが、流れる空気は重い。


「白鳥、渡瀬、桐野に中原さん、上野さん」


 静まりきった沈黙の中、篠原に名前を呼ばれて慌てて返事をすると、これ、と男子生徒たちが持っていた物を渡された。咲良たちの私物のリュックサックだ。


「あ、ありがとうございます」


 咲良たちの荷物の他、色々な物がダンボールに入っていた。一年生の女の子たちがまとめていた荷物だろう。残っていたトランシーバーや拡声器もある。

 自習室の片隅に荷物を置く彼らを横目で見て、林が乱暴に椅子に座った。


「救急箱くれ」 


 言われてダンボールを持っていた男子がびくっとしながら、一抱えもある救急箱を運んでくる。生徒会室にあったものだろう。

 おそるおそるといった様子で林の前の机に置くと、林が舌打ちをした。


「噛まれたけどまだ死んでねぇから、噛みつきゃしねえよ」


 林の言葉で、彼の怖がるような素振りの理由が自習室中に知れ渡る。

 タオルでぐるぐる巻きにしてある怪我は、噛まれた傷なのだ。

 思わず林の腕を凝視してしまったのは咲良だけではなかったらしく、視線を集めた林は苛立たしげに乱暴にタオルを剥ぎ取った。


「ゴミ箱!」


 タオルの下から現れた腕は、赤かった。

 麻井と同じように噛みつかれて振り払おうとしたのか、赤い腕は凸凹している。肉が抉れているのだろう。

 生徒たちが恐怖や想像した痛みに固まる中、ルイスがビニール袋を差し出した。


「見せてご覧。ああ、これはひどいね。水で洗った方がよさそうだ」


 恐れ気もなく林の腕を掴むルイスに、びっくりしたような空気が漂うが、ルイスは淡々と怪我を検分して言う。


「他にも怪我をしている子がいたら、洗って処置しよう」


 いるかな?と言われて何人かが恐る恐る手をあげた。


「林君だっけ?立てる?じゃあ行こう。タオルを何枚かもらえるかな?」

「あ、はい」


 びっくりした顔の男子生徒が、ダンボールの中からビニールに包まれたタオルを出す。林と幾人かはルイスに従って自習室を出て行った。

 後に残ったメンバーは無言だ。

 篠原と片平は両手で顔を覆って俯いている。白鳥と渡瀬は自習室の隅で何か話しているようだが、咲良たちには聞こえない。屋上から来た生徒たちや八坂は疲れたように椅子や机に座り込んでいる。

 そんな中、典子がおずおずと咲良を呼んだ。


「典ちゃん?」

「おトイレ行きたいんだけどぉ……」


 どうしよぉと言われて、そういえばずっと行ってなかったな、と気づく。

 昼食の後に行ったきりだから、もう四時間は行っていない。

 逃げ回る事に気を張っていたからか、これまで頭に浮かぶ事さえなかったが、言われると行きたくなった。


「私も行きたいかも。あの、桐野くん、トイレ行ってくるね」


 トイレは自習室の前にある。

 自習室を出ると真ん前が中央階段で、右に水場、左にトイレだ。今なら水場に男子生徒がいるし、二年一組と一年の廊下は封鎖されているから、危険も少ないだろう。

 だからちょっと行ってくる、という意味で言ったのだが、桐野は「俺も行く」と腰を上げた。


「え、でも」

「もちろん男子トイレだ。行けるうちに行った方が良いだろう。他にトイレに行きたい人間がいたら、まとめて行った方が良いんじゃないか」

「あ、私も行くわ」


 後半大きくなった声に、白鳥が手を上げる。

 続いて渡瀬や他の女子も行きたいと言う。

 結局、水場で怪我を洗ってきた男子たちも含め、交代で順繰りにトイレに行く事になった。


「お先に」


 女子は前半組と後半組で、咲良と典子、白鳥と渡瀬は前半だ。

 自習室から出る時は少し緊張したが、まだ水場にも人がいる。廊下が暗いだけでいつも通りの放課後のような錯覚を起こしながら、自習室を出た。

 先に出て男子トイレと女子トイレの安全の確認をしてくれていた生徒と扉前でかち合いそうになり、慌てて脇によける。


「あれ、白鳥なんで鞄?渡瀬も」


 ぶつかりそうになった男子生徒の一人が、訝しそうに言うと、渡瀬がいきなりキレた。


「トイレに行く女子に、なんでそういう事聞くわけ?!」

「あ、悪ぃ……」


 名前を呼んだのだから同じ三年生なのだろう。だが、渡瀬のいきおいに素直に謝ってひくあたり、力関係は渡瀬の方が上のようだ。

 これだから男子って嫌よ、とぶつぶつ言う渡瀬に、彼らは文句を言うでもなく、回避するように迂回して逃げるように自習室に入っていってしまった。

 その様子をぽかんと見ていた咲良と典子に、白鳥が苦笑する。


「びっくりしたわよね。……ごめんね、二人とも」

「あ、いえ、」


 咲良は鞄を持っている時点で生理なのかな、と思ったのだが、男子生徒が咄嗟にそこまで思い至ることは少ないだろう。それでも男子に指摘されるのが恥ずかしいのは分かるし、この異常事態で神経が高ぶっていてつい怒鳴ってしまったのだろう。

 ただ突然だったのでびっくりしてしまったのだが、白鳥にひどく申し訳無さそうにされてしまった。渡瀬の方はまだぴりぴりしていたが、咲良たちの様子に気づくと「ごめん」と小さく謝る。


「いえ、ちょっと気がたっちゃうのは分かりますから」


 と言うと、またもう一度渡瀬は「ごめん」と謝り、俯いたまま先頭に立ってトイレに入った。気まずいのだろう。

 何となく四人とも無言で五つある個室に入った。

 用を足して水を流してから、音が響くかもとひやっとしたが、もう流してしまった後だ。どきどきしながら個室から出るが、特に異常は無く、ほっとする。水の音くらいなら大丈夫なのかもしれない。

 先に出て手を洗っていた典子が、やはりもう出ていた白鳥と、並んで手を洗いだした咲良を見て、まだドアの閉まっている個室に心配そうに声をかける。


「渡瀬先輩、大丈夫ですかぁ?」

「ありがとう。先戻っててー」


 扉越しに返事をされ、良いのかな?と咲良と典子は顔を見合わせたが、白鳥に同意するように頷かれた。


「私が残るから。後半組の子達に交代を言ってきてもらえるかしら?」


 待ってるだろうし、と言われて、三人と皆川を思い浮かべる。トイレの個室は五個だから、一つに渡瀬が入っていても大丈夫だ。

 それにあまり待たせると、また皆川が怒鳴るかもしれない。


「はい。じゃあ先に戻りますね」

「ありがとう。ごめんね、本当に」


 ものすごく申し訳無さそうに言われ、咲良と典子は恐縮しながら自習室へと戻った。

 交代、と皆川たちに声をかけると、皆川に睨まれる。遅い、と言われたのでまた曖昧な返事でお茶を濁し、自習室の奥にいる桐野のところへそそくさと逃げ込んだ。

 逃げ込んだが、そこで繰り広げられていた光景に、また逃げたくなった。


 ルイスが林の腕の手当てをしていたのだ。

 腕はやはり麻井と同じように所々がえぐれ、肉が露出している。きれいに水で洗ったからか、ぐちゃぐちゃになった肉の様子がよく見えてしまって、隣の典子が半泣きになって咲良の肩にすがりついた。痛さを想像したのか、貧血を起こしかけたのだろう。

 咲良も見ているだけで痛くなる傷に血の気がひいたが、逃げるのも凝視するのも気まずい。どうしよう、と思いながら、ルイスに声をかけた。


「あの、何か手伝う事ありますか?」

「うん?」


 床に片膝をついていたルイスが咲良をチラッと見て、何故かふふっと笑う。


「特にはないかな。眞、何かある?」

「いや……」


 ガーゼを持って待機している桐野は、少し驚いた顔だ。咲良が手伝いを申し出るとは思っていなかったらしい。

 手当てをされている林は、ふん、と鼻を鳴らしてルイスを急かした。


「早くしてくれよ、先生。空気があたると痛ぇ」

「異物が残ってたら化膿しちゃうからね。ちゃんと見ないと」


 ランタンに近づけて一頻り傷を確認すると、桐野に合図する。


「眞。貼って」


 ここ、と言われたとおりに桐野がガーゼをあてがい、ルイスが机の上に乗せておいた包帯を手に取って、くるくると巻いていく。

 綺麗に巻かれていく包帯に、林がへぇ、と呟く。


「先生、手馴れてんなぁ」

「怪我が多い子がそばにいたからね」

「何だお前、問題児?」


 すぐそばに立っている桐野を指したのだろう台詞に、林がかすかに笑う。桐野は肩をすくめて返事にした。

 そんなやり取りがあまりに普通で、咲良は少しだけ肩の力が抜けた。

 異常な状況下だが、緊張感は長く続けられるものでは無いのだろう。顔をあげれば自習室のそこここで、疲れたように脱力している姿が見られた。

 椅子に座り込んだり、机に寄りかかったり。教室の片隅では、後から合流した女の子たちが心細そうにかたまっている。

 その姿に咲良は違和感を覚えた。


「あれ?白鳥先輩たちは?」



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