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おきあがり  作者: 鳶鷹
一章
21/136

20

<20>


 言葉に迷い、何度もつっかえながら、八坂は話し終えた。


「……申し訳ないけれど、信じられないです」


 一番に口を開いたのは白鳥だ。


「死んだ人間が起き上がって人を襲った、だなんて」

「だが、本当に見たんだ」


 悲しそうに八坂が顔を歪める。

 八坂はこんな状況で嘘をつくような人間では無い、と咲良は文化委員の会議を通じて知っていたが、俄かには信じがたい話だ。

 渡瀬も同感らしく、眉をしかめて言う。


「そもそも死んだ、ていうのが間違いだったとか、そういう可能性は?確認したのは調理部の先生だったんでしょ?あの先生、すごく気が小さいし、呼吸が浅くなったのを早とちりしたんじゃないかな」


 うんうん、と白鳥や自習室にいた面々も頷く。


「体育館だって暗かったんだろうし、パニックになってたら無くは無いでしょ?」

「いや……太井先生も俺も確認したんだ。一分は、息が止まっていたと思う」


 苦しそうに八坂が言うと、それまで静かだった落合がポツリと呟く、


「そんな、死人が起き上がるなんて、B級のゾンビ映画じゃあるまいし……」

「え?」


 聞こえた単語に、咲良は思わず声を出してしまった。

 全員が何となく潜めた声で話していた中、予想以上に声が響いて全員の注目を浴びる。


「中原さん?」

「あの、ゾンビって……」


 つい落合を見ると、それを追うようにみんなの視線が落合に向く。

 落合はそれにびっくりしたらしく、赤くなって俯いてしまった。


「その、え、映画みたいだなって思って……べ、別に、ゾンビとか、その、フィクションだし、真面目に言ったんじゃ……」


 しどろもどろに言い訳する落合に、咲良は慌てて口を開く。


「昼間に聞いたんです。アメリカでゾンビが発生してる、てニュース」


 今度は落合や白鳥たちが「え?」と声をあげて咲良を見た。


「し、真実かどうかは知らないんですけど、同じ委員の子が、ニュースサイトのランキングにあがってるって……」

「本当?」

「はい」


 白鳥はアメリカ、と呟いて桐野を見る。


「あなた、ルイス先生の親戚よね?アメリカ出身の。知っていた?」

「いや。俺もその時初めて聞いた」

「そう……他に知ってる人はいないかしら?」


 見回す白鳥に屋上で会った女子の一人が小さく手をあげた。


「私も、見ました。ゴシップサイトだから、悪乗りしたネタだと思ったけど……」

「そのサイトのアドレスは?」

「分かりますけど、多分、つなぐのは難しいんじゃないかなって思います」

「そうね……どちらにしても今は見られないわよね」


 そう言って白鳥はポケットのスマホを叩く。


「電池が勿体無いもの。無駄には使えないし……と」


 突然白鳥の手の中から、ザーという音が流れた。トランシーバーの音だ。


『白鳥か?』


 どうぞ、と言う声は幾分強張っているが、篠原だった。


「ええ。皆ここにいるわ。屋上の子達も一緒」

『そうか……こっちは、さっき片付いた。これからそっちに移動する』

「了解よ」


 素っ気なく途切れた通信を機に、それぞれが近しい人間と話し始める。

 咲良は何となく桐野を見た。桐野が気づいて咲良を見下してくる。


「どうした」

「え、いや、特に用というわけでもないんだけど……」


 視線を逸らせて典子を見れば、八坂と何か話している。どうやら咲良たちが旧館を出た後の話をしているようだ。そばに杉山もいて、典子においていってしまった事を謝っているらしい。頭を下げる杉山に、典子が慌てて首を振っている。

 自習室を見渡せば、白鳥は渡瀬と端の方で話しているし、落合は二班になった同級生と、屋上の子達は一塊になっていた。


「中原」


 いきなり呼ばれて咲良はびくっとする。どこからの声か分からなかったからだ。

 慌てて声のした方を見れば、桐野の後ろから皆川が顔を覗かせていた。


「皆川さん」

「私の鞄は?」


 あ、と咲良は手ぶらの皆川を見る。


「ごめん、旧館にあるんだ。あっちに戻るかと思って……」

「はぁ?戻るわけ無いでしょ、あんなとこ」


 舌打ちしそうな機嫌の悪さに腰がひける。

 さっきも廊下で大声を出していたし、そうとう苛立っているのだろう。そんな素振りは見せないが、もしかしたらハンカチが巻かれた腕の傷が痛むのかもしれない。


「気が利かないよね、中原。普通持って来るでしょ」


 皆川は桐野に好意があるらしいが、だからといって猫かぶりをするタイプでもないらしい。イライラと爪を噛みながら、咲良に文句を言う。

 でも、と反論したらまたキレられそうで、咲良は「あぁ、うん……」と無難に相槌を打った。


「大体、あんた何してたわけ?ずっと桐野に守ってでももらってたんでしょ」


 私たちは大変だったのに、と睨みつけられるが、おおむねその通りだったから反論は出来ない。

 桐野がいなかったら、無事にこうしていられなかっただろう。咲良一人だったら、校長室の前では八坂たちに合流しようと無理をして誰かが怪我をしただろうし、非常階段まで辿り着けず、どこかの教室で縮こまっていたかもしれない。

 感謝しなきゃな、と隣を見上げると、黙って二人の会話を聞いていた桐野が咲良の頭に手をやってぐしゃぐしゃと撫でてきた。


 何でこのタイミングで?と混乱していると、舌打ちが飛んできた。皆川だ。

 きつく睨みつけられ、思わず一歩下がりそうになる。だが桐野の手が後頭部にあるから下がれない。

 何この状況、と逃げ出したい思いでいっぱいなのだが、蛇に睨まれた蛙のように棒立ちになるしかない。皆川が大きく息を吸ったのを見て、あ、怒鳴られるかも、と背中にどっと汗が吹き出た時だった。


 トントン、と自習室のドアがノックされた。

 しん、と自習室が静まり返る。全員が息を止めて扉に注目をしたが、


「篠原だ」


 聞きなれたその声に空気が緩んだ。


「開いてるわ」


 渡瀬と話し込んでいた白鳥が言うと、すぐにドアが開いてランタンや荷物を持った男子生徒たちとルイスが入ってきた。


「鍵かけとけよ」


 無用心だろ、と最後に入ってきた林が鍵をかける。

 全員が男子で、一年生の三人の女子の姿も、遠藤の姿も無い。篠原と片平は今にも倒れそうなほど、ひどい顔色をしている。


「下は……」


 白鳥が躊躇いながら尋ねた。

 自習室にいた全員を代表したような問いに、篠原が答えようとして口を開き、だが言葉にならない。

 それでも何とか話そうとする篠原を制し、林が答えた。


「全滅だ」



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