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おきあがり  作者: 鳶鷹
一章
2/136

1

初めての投稿になります。楽しんで頂けたら幸いです。

<学校見取り図>


挿絵(By みてみん)



<1>


 ざあっという雨の音に、中原 咲良は窓の外を見た。

 教室の電灯を照り返す窓の外は、今朝から降り続いている雨のせいで薄暗い。朝よりも強い雨脚は、時間がたてばたつほど激しくなりそうだ。

 中間試験が終わって帰宅するクラスメイトたちも雨脚が強くなるのを気にしてか、みんな急ぎ足に見える。

 テストの出来を話しながら教室を出て行く彼らを見ながら、咲良は溜め息をついた。


 今日はこれから文化委員がある。

 十月の文化祭に向けて二年生のみの委員会が開かれるのは、これで六回目だ。

 二年生の文化委員担当の教員の秋山は会議が好きらしく、四月に委員が決まって以来、ほとんど毎週開かれている。全学年が揃う本会議はまだ二回しか開かれておらず、その時に一年生たちから自分たちは一年だけの会議なんてしてないです、と言われてお互いにびっくりした。


 せめて中身のある会議なら良かったのだが、半分以上が秋山の去年は俺がこうした、という自慢だったり、それに伴う説教だったりだ。咲良を含めて委員のほとんどがうんざりしていた。

 秋山は普段の授業などもそういう感じなので生徒からは好かれていないのだが、校長や一部の保護者からは評判が良いらしく、毎年なにかしらの委員会を受け持っている。

 あまりに回数が多すぎる会議に文句を言った委員もいたが、逆に長時間の説教をされ、今では皆、好きなだけ喋らせて早く終わらせよう、という空気が漂っていた。下手に反抗をして内申書に難をつけられたら堪らない。

 来年には受験を控えてるし、文化祭は十月だから終わるまで我慢、と友人で同じ文化委員の上野 典子と溜め息をつきながら帰宅するのが、委員会のある日の定番だった。


 だが今日はこの雨だ。のんびり愚痴を言い合いながらの帰宅にはならないだろう。

 せめて父親がいてくれたら車で迎えに来てくれたのだろうが、生憎今朝早くから仕事で東京だ。典子の父親は二か月ほど前に足を骨折しており、車の運転は出来ない。


 試験があって、委員会があって、雨は土砂降りで、と朝から憂鬱な気分で登校した二人だった。

 だからと言って何時までも教室でうじうじしていても仕方が無い。

 帰っていくクラスメイトの背中を羨ましく見送り、席を立って教室後ろのロッカーを開く。


「咲良」


 リュックサックを引っ張り出した時、急に横から声をかけられて肩が跳ねた。


「桐野くん」


 振り向くと同じクラスの文化委員の桐野 眞が立っていた。


「あの、前にも言ったけど、名字で呼んで欲しいんだけど……」


 無表情で見下してくる桐野に、ついつい声が小さくなる。

 咲良は桐野が苦手だった。

 高身長で整った顔立ちをした桐野は、五月という中途半端な時期に転校してきた帰国子女だ。親戚だという英語講師と一緒にこの学校にやってきた。

 変わった時期の転校生というだけで噂になりやすかった上に、見た目が良いから転校初日から積極的な女の子たちが声をかけたのだが、あまり表情も変わらないし受け答えも素っ気ない。

 すぐに、反応が無いし冷たい、と彼女たちの大半が声をかけるのをやめるくらい口数も少なかったのだが、なぜだか咲良には話しかけてくる。


 それが優しい声だったりしたら、好かれてるのかな、と咲良も自惚れただろう。

 だが、素っ気ない感じなのは他の女の子たちと対した時と同じで、場合によっては嫌われてるのか、と思える態度だったりするので、意味が分からず困惑するばかりだ。

 クラスメイトや友人は好かれてるんだよ、とか、口下手なだけだよ、と言うが、そんな風にはとても思えない。

 しかも気がつけば名前で呼ばれていて、これで桐野に憧れる女の子たちの反感を一気に買ってしまう羽目になった。


 咲良としては、父親でもない男性に名前で呼ばれるのは居心地が悪い。

 なので事あるごとに名字で呼んで欲しいと伝えているものの、自分の事も名前で呼んでいい、と素っ気なく頭一つ分高い位置から無表情で見下され、その迫力にいつも強く言えないまま終わってしまう。

 もちろん咲良は眞、と呼び捨てには出来ずに桐野くん、と名字で呼んでいるのだが、そちらは特に修正されるでもないから、自分の呼ばれ方に拘りはないらしい。

 出来たらあんまり関わりたくない相手なのだが、先月に同じ文化委員の男の子が転校し、その後に桐野が相方に立候補したため、関わる頻度が増した。


 その距離の縮め方に若干恐怖すら感じたが、変に迫ってきたり手を出したりしてこようとする素振りはちらりとも見せないので、咲良も強く拒否するのも自意識過剰っぽいし、と態度を決めかねていて、なんとなく苦手な相手、というポジションに落ち着いていた。


「教室変更だと」

「え?」


 いつものように名前の呼び方についてはあっさりと流されたらしい。

 無表情のまま、自分のロッカーからショルダーバッグを取り出し、リュックを片手に固まっている咲良をちらりと見る。


「文化委員の会議が、視聴覚室から旧館の図書室に変更になった」

「え?なんでだろう」


 突然の話に咲良は首を傾げた。

 前回、次は視聴覚室のスクリーンで例年の資料を見る、という話だったのに。


「さっき副顧問の八坂先生に言われた」

「でも図書室って食事禁止だよね?」

「許可が出たらしい」


 珍しい事だ。普段、図書室での飲食は図書委員だけ、と決まっている。

 多分秋山が司書の先生から許可を貰ったのだろうが、なぜそこまでして図書室なんだろう、と咲良が首をかしげていると、ひょいっと教室の入り口から見知った顔がのぞいた。


「視聴覚室、男子テニスで使うんだってぇ」

「典ちゃん、と、麻井さん?」


 やっほーと教室に入ってきたのは、友人の典子と去年同じクラスだった麻井 里美だ。


「一緒に行こうと思ってぇ」


 典子のクラスもホームルームが終わっていたらしい。

 桐野と二人での移動に気まずさを感じていたので、ほっとして頷く。


「うん。あ、麻井さんは?」


 確か麻井のクラスの文化委員の女子は勅使河原だったはず、と疑問を覚えると、麻井も咲良が不思議に思ったのを分かったのだろう。少し困った顔で肩をすくめた。


「勅使河原さん、急に叔父さんが亡くなったんだって。それで今日がお通夜らしくて、欠席なの」

「そうなんだ……」

「私に代打で出ろって、担任が」


 勅使河原とは同じ委員というぐらいで特に親しくは無かったが、身内を亡くしたという話に何となく空気が沈む。

 去年は図書委員で今年は文化委員、と二年連続で勅使河原と同じ委員になった典子は咲良たちより勅使河原と交流があったのだろう。困ったような気まずい顔だ。

 かと言って麻井にお悔やみを言うのも違う気がして、咲良は手持ち無沙汰でもぞもぞとブレザーの袖を引っ張る。


「あ」

「どしたのぉ?」


 突然声をあげた咲良に、典子が首を傾げる。


「ブレザー、ボタンが取れかけてたの忘れてた」


 袖口の少し小さめのボタンが、ぶらぶらしているのを見せる。

 月の初めに衣替えで仕舞ったのだが、今日の急な大雨にカーディガンだけでは寒くなる予感がして慌てて引っ張り出した時に、袖口のボタンをハンガーに引っ掛けてしまったのだ。


「私、これ直してから行かなきゃ」


 秋山に見つかれば「だらしが無い」とうるさく言われるだろう。

 ロッカーから裁縫道具を出しながら、先に行ってて、と言いかけたが、それより先に典子が「私も」と言うのが早かった。


「寒いからカーディガンの裾ひっぱってたら、一番下が取れちゃってさぁ」

「あ、じゃあ針使う?」

「使う!ありがとー」


 裁縫道具を開きながら残る二人に少し時間がかかるかも、と言えば、麻井も桐野も待っている、と返事をする。


「私裁縫って苦手。中原さん器用だよね」


 空いている隣の席の椅子を引き寄せながら、感心したように咲良の手元を覗き込む麻井に苦笑する。


「別に器用じゃないよ。ただうちの父親こういうの苦手だから、私の担当なの」

「あー」


 咲良の返答に少し気まずげにする麻井に、自分の家が父子家庭だと知ってるんだな、と気づく。

 母親が亡くなっている、と聞くと、ほとんどの人が申し訳なさそうな顔をして謝ってくれるのだが、母が亡くなったのは小学生の頃で、話題に上ると泣きたくなるほど悲しい、という時期はもう過ぎた。


「料理は父親のがうまいんだよ。特に凝った料理とかすごくって」


 だから場を和ますように笑いながら言うと、麻井もほっとしたように笑う。


「おじさん料理うまいよねぇ。クリスマスとかミートパイ持ってきてくれてさぁ。私生まれて初めて食べたよぉ、ミートパイって」


 典子がニコニコと言うと、麻井はミートパイ!?と驚いた声をあげた。

 咲良が今住んでいる家は借家で、大家さんは典子の両親だ。咲良が小学生の時に越してきた中原親子に、上野夫婦は何くれと無く良くしてくれて、折々のイベント事に招いてくれる。お礼に父親が作った一品料理を持って行く関係だ。


 あの年のクリスマスはパイ、ホワイトデーはチョコケーキで、桃の節句は、と話す典子に、麻井が驚きながら相槌をうっている。

 それを聞きながら、急いでボタンをつける。窓の外はどしゃぶりの雨で、人のいなくなった教室は寒かった。

 今日は早く終わるといいな、と思いながら、玉留めをして糸を切る。


「できた」

「私もぉ」


 典子の方も留め終わったらしく、ほっとしたようにカーディガンの裾を延ばしている。


「じゃあ行こっか」

「待たせてごめんね、麻井さん。あ、そういえばお弁当大丈夫?」


 今日は中間試験で通常なら殆どの生徒は、昼食を持ってきていない。

 弁当を持ってきているのは、咲良たちのように委員会があったり部活がある、と最初から決まっている生徒ぐらいだろう。


「大丈夫。園芸部がある予定だったから、お弁当持ってきてたんだ」


 だから代打に指名されたんだけど、とぼやいた。


「ああ、この雨だから」

「そ、中止」

「じゃあ本当は早く帰れたんだ」


 典子が気の毒そうに言うと、うんうんと頷く。


「うちの担任が園芸部の顧問だから、私がお弁当持ってるの知ってたんだよね」


 肩をすくめて大げさに嘆く振りをする麻井に笑いながら裁縫道具を片付け、教室を出て階段に向かった。


 咲良たち二年の教室は、凹の字になった中央塔の左側三階だ。旧館の図書室に行くには、面倒だが一階まで下り、左側奥にある渡り廊下を使わなくてはならない。

 旧館自体が二階建てなため三階から行けないのは仕方がないが、せめて二階から渡り廊下を、という生徒の声が結構あるのに対し、旧館には図書室と美術室しかないため不要、というのが学校サイドの言い分だった。


「面倒だよね、下りるの。一階の渡り廊下って腰のとこまでしか壁ないから、雨吹き込んでくるし」


 愚痴りながら階段を下りる麻井に、あー、と咲良も眉を顰める。


「今日雨すごいから、絶対濡れてるよね……」


 下駄箱に寄って靴履き替える?と提案するが、それも面倒だよね、と女子三人で悩んでいると、それまで黙って一緒に移動していた桐野が、ふと足を止めた。


「桐野くん?」

「何か聞こえなかったか?」



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