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おきあがり  作者: 鳶鷹
一章
19/136

18

<18>


「遠藤!」


 篠原の持つトランシーバーに齧りつくようにして林が叫ぶ。

 だが返ってくるのはツー………という雑音だけ。

 遠藤が通信を切ってしまったのだ。

 屋上に一瞬、沈黙が満ちる。

 トランシーバーの音は大きい。少し離れて立っていた咲良たちも、反対側にいる皆川たちにも聞こえていたのだろう。全員が棒立ちになる。

 そこから一番はじめに脱却したのは林だった。


「くそっ!生徒会室だな!」


 篠原にトランシーバーを押し付け、咲良たちの使った非常階段へ向かって走る。


「先輩!」


 慌てて咲良も追いかける。

 転がるように林を追って階段をおりるが、段を飛ばしながら下りているらしい林のが圧倒的に早い。


「咲良!一人で動くな!」


 追ってくる桐野と、非常階段を二階まで下りようとしている林に向かって叫ぶ。


「三階です!二階は駄目です!それに鍵が無いと開きません!」

「もっと早く言え!」


 怒鳴りながら戻ってくる林と三階のドアの前でかち合う。

 鍵穴に鍵を差し込む間ももどかしく、焦りながら開錠すると、警戒を、と言う間もなく、林はドアを全開にして飛び込んでいってしまった。


「先輩!」


 つられるように背中を追いかけようとして、桐野に後ろから腹に腕を回され捕まる。


「桐野く、」


 振り返って言おうとしたのは文句だったか抗議だったか、咲良の口から言葉が出るより先に端に引き寄せられ、眼前を何人かが走り抜けて行った。

 誰、と認識するより早く廊下へ消えていった人の一人は、どうやら生徒会長だったらしい。バタバタと非常階段を下りてきた八坂が「待て、篠原」とぜーぜーいっている。


「先生、休んだ方が……」


 あんまりしんどそうな様子についそう言うと、八坂の後ろから降りてきた白鳥が蒼白な顔で頷く。


「篠原君以外にも、何人か向かってますから、先生は自習室に来てください」

「自習室?」


 不思議そうに聞き返した八坂に、白鳥は後ろの生徒たちを呼び寄せてから、咲良に振り返る。


「マスターキー、預かるわ。屋上を閉めてきちゃう」

「あ、はい。でも先輩は……?」

「すぐ戻るから、中で待ってて」


 止める間もなく非常階段を上がっていってしまった白鳥に、とりあえず全員が二年の廊下に移動した。

 咲良たち以外は、林と一緒に移動してきたらしい生徒が五人。

 そのうち二人は皆川と杉山だ。後の三人は見た事が無い顔の女子だから、一年か三年だろう。不安そうに二年一組のドアの前に作られたバリケードを見ている。

 彼女たちに何と声をかけたら良いか分からず、まごまごしていると、やっと呼吸の整ったらしい八坂が声をかけてきた。


「これはお前たちが?」

「はい。一組、中に二人、その、あの人たちがいて……」

「他のクラスは大丈夫なのか?」

「そうらしいです。全部は見てないんですが、二組は大丈夫でした」

「最悪!」


 皆川が苛立たしげにバリケードを睨む。


「落ち着け、皆川」

「私のロッカーに充電器があったのに!」


 言われて皆川は一組だったな、と気づいた。

 なら中にいる二人は皆川のクラスメイトかもしれない。


「入れないわけ?」


 イライラとバリケードに手をかけた皆川を、咲良は慌てて止める。


「中の二人、すごく体格が良いの。危ないよ」


 だが、それが余計に皆川を苛立たせたらしい。


「分かってるわよ!」


 ヒステリックに叫ぶ皆川に他の女子生徒が肩を縮ませ、杉山がうんざりした顔で耳を塞ぐ。


「でかい声出すなよ。あいつら寄ってくんぞ」

「はぁ?!これがあるから入れないんでしょ!どっから寄ってくんのよ!」


 更に高くなる声にハラハラするが、また自分が声をかけると苛立たせてしまうかもしれず、咲良は口をつぐむ。


「皆川、落ち着いてくれ」

「落ち着けるわけないでしょ!馬鹿じゃないの!」


 ほぼ叫び声になっている皆川を八坂がなだめようと必死で声をかけるが、勢いは止まらない。

 文句を並び立てる皆川におろおろしていた咲良たちだったが、そこでようやく白鳥が戻ってきた。


「……なにかしら、この騒ぎ」


 皆川の言葉が途切れた瞬間に、白鳥が割り込む。


「先輩」

「中原さん、行きましょう」


 あえて皆川に触れず、さっさと歩き出す。

 皆川が何か言おうと口を開きかけたが、白鳥は無視してどんどん進むため、全員が早足になってしゃべる余裕がなくなった。この速度で口を開いたら舌を噛むだろう、という早さだ。

 行きに来た時のように少しづつ警戒しながら進む、というスタイルじゃないので少しひやっとしたが、一年の方の廊下は二班が封鎖しているだろうし、先ほど生徒会長たちが駆けて行っても大丈夫だったのだから、安全なのだろう、と思って足を進める。

 それでも桐野は不安があるのか、モップを片手に少し駆け足になって先頭に立ってくれた。


 バタバタ、と足音を殺すことなく二年の教室の前を通過し、自習室の前に辿り着くと、白鳥がトントン、とノックする。

 中からの返事は無い。ただ外から音を立てられたことに警戒している空気が伝わってきた。


「ルイス先生、渡瀬ちゃん、私、白鳥です」

「えっ!白ちゃん?」


 待て、と扉の向こうで誰かの小さく制止する声がしたが、すぐに自習室のドアは開いた。渡瀬が立っている。


「どうしたの?」


 予定に無かった行動にひどく混乱した顔だ。


「屋上で林たちに会ったの。それでちょっと」


 とりあえず入れて、と言われて渡瀬が退くと、ルイスが箒を持ったまま警戒してこちらを見ていた。


「君たちか……もしかして何かあった?さっきも誰かが廊下を走って行ったよね?」

「はい」

「下から何か騒がしい音もしてるし。とりあえず全員入って?説明してもらえるかな?」


 ルイスの言葉に耳を澄ませると、確かに下の方から微かにガタガタいう音や、人の声っぽいものが聞こえてくる。

 同じようにその音が聞こえたらしい白鳥が顔を曇らせながら、手早く屋上での出来事を話す。


「遠藤……」


 話が進むにつれ顔色が悪くなっていった片平が、腰をかけていた机から立ち上がった。

 それと同時に、バタン!ガタン!というひときわ大きい音がくぐもって響く。


「え?え?」


 ガン!というひときわ大きい音と共に、軽く床が振動した。

 明らかに生徒会室で誰かが暴れている。


「おいおいおい」


 青ざめた顔で片平は自習室から出ようとしたが、はっと気づいてトランシーバーを手に取った。


「篠原、聞こえるか?おい」


 電源を入れて問いかける。

 だが相手が電源ごと切っているのか返事が無い。


「篠原!おい、返事しろ。篠原」


 もう一度呼びかけて返事も返事は無く、片平はトランシーバーを渡瀬に放り投げた。


「ちょっと下見てくる」

「片平!」


 待ってよ、と慌てた渡瀬の手の中から、突然ザー、という音が響く。

 遠藤が持っていたものか、篠原が持っていたものか、二台のうちどちらかから送信されてきた音だ。


『片平、聞こえるか?どうぞ』


 篠原の声だった。

 慌てて渡瀬が戻ってきた片平に渡すと、噛み付くように片平が問う。


「どうなった!?」

『……遠藤が、死んだ』

「っ」


 耳を済ませていた全員が息をのむ。


『……詳しい事情は、後でする。全員、そっちにいてくれ』

「っ今から俺もそっちに行く!これは白鳥に渡しておくから!」


 頼んだ、とトランシーバーを近くにいた白鳥に渡し、片平は自習室から飛び出していこうとし、ルイスに腕を掴まれた。


「先生っ!」

「一人じゃ危ない。一緒に行くよ。後は頼んだ」


 ルイスが振り返って言い、二人で出て行く。

 白鳥が無言でトランシーバーの受信ボタンを押すが、篠原は電源を切った後らしく、誰の声も聞こえてこない。


「咲ちゃん」


 不安そうに自習室の奥から典子が咲良に駆け寄り、俯いていた八坂が弾かれたように顔をあげた。


「上野!無事だったのか。良かった……本当に良かった。皆川たちと合流した後、てっきり上野もいると思ってたんだが、体育館に着いてみたらいなかったから、すごく心配したんだ」

「大丈夫でしたぁ。咲ちゃんたちが来てくれたんですぅ」


 にこにこと咲良を見つめる典子に、八坂はホッとした様子でもう一度、良かった、と泣きそうな声で呟いた。


「中原たちは旧館に戻れたんだな」

「はい。先生たちのスマホとかは置きっ放しできちゃったんですけど……」


 良いから気にするな、と言われ、その後どうしていたのかを尋ねられたので、八坂たちと別れてからの動きをかいつまんで話す。

 静かな自習室の中、ぽつぽつと話す咲良たちの会話だけが響く。他の生徒たちは友人同士では無かったらしく、何となく彼らの話に耳を済ませているようだった。


「それで、先生たちはどうしてたんだ?」


 ふ、と桐野が尋ねる声は大きくは無いのに、良く通る。八坂はまた少し俯き、苦悩しながら話し出した。


「体育館に逃げた後、だな……」



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