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おきあがり  作者: 鳶鷹
一章
18/136

17

また人名が増え(?)ます。そして長い…。

<17>


 篠原は班を三つ作った。

 それぞれの班長に生徒会室にあったトランシーバーを配る。


「分かっているとは思うが、十分に気をつけてくれ」


 一班の班長は生徒会長の篠原。他に白鳥、桐野、咲良、一年の落合という男子だ。

 一班は二-一の封鎖をしてから、屋上から拡声器を使って非常梯子と階段の使用時刻の告知をし、おかしくなった生徒の誘導をする。 


「十分分かってるって」


 ぶつぶつ言う渡瀬は二班だ。

 こちらの班長は片平で、他にルイスと一年生の男子がいる。

 自習室から机や椅子を運び出し、三階の一年生側の廊下にバリケードを作って封鎖後、時間を合わせて自習室の非常梯子を落とす。


 三班の班長は遠藤。

 こちらは時間になったら昇降口前の階段あたりに落ちている一年生のスマホを鳴らす役だ。

 寝込んでいる一人はそのまま寝かせておいて、残った二人の一年女子は生徒会室の収容人数を増やすため、机や椅子、棚の荷物を片づける手はずになっている。


「何かあったらすぐ連絡してくれ」


 遠藤が校内地図を見ながら、トランシーバーを振る。


「ああ。そっちも何かあったら、連絡を」


 篠原が答え、生徒会室のドアに手をかけた。


「さて。行くぞ」


 少し緊張した背中を追いかけ、咲良たちも生徒会室から踏み出す。

 廊下はさっきよりも暗く感じられた。

 雨は降っていないのに厚い雲がまだ空を覆い、暮れていく太陽の欠片すら窓からは差し込まないせいだろう。

 手に持ったランタンを掲げて、廊下を照らす。

 続いて出てきた二班と一緒に、静かに脇階段を使って三階に上る。誰も喋らない。

 一階から誰かが登ってくる事もなく、一、二班は三階の情報処理室の前で分かれた。


「それじゃあ、ね」


 ルイスを先頭に、また自習室に戻る事になった渡瀬が乾いた笑いをこぼしながら手を振るのに振り返し、咲良たちは二年の廊下を進んだ。

 今日だけで何回ここを通ってるだろう、と思いながら、打ち合わせどおり、二組のドアについている窓から中をランタンで照らす。

 薄暗い教室内に、怪しい人影は無い。


「良し。開けよう」


 篠原が確認し、静かに二組のドアをあける。ここから二年一組のドアを封鎖するための椅子や机を運びだすのだ。

 廊下の両サイドを警戒する篠原と桐野の間にランタンを置き、咲良は白鳥と落合と一緒に廊下近くの机や椅子を運び出す。


 咲良にとっては自分のクラスでもあるから、誰が使っている机なのか分かってしまって複雑な気持ちだった。つい数時間前まで、クラスメイトが座ってテストをしていた机や椅子なのだ。それをバリケードに使う事になるとは。

 なんだか申し訳ない気持ちになりながら、必要だろうと思われる椅子を運び出し終えると、今度は二組の前まで運ぶ。

 ここで一組から彼らが出てきていたら、見つからない位置まで下がる予定だったが、幸い出てきていなかった。

 無言で進む篠原に続いて一組の後ろのドアのそばで止まる。


「良い?照らすわよ」


 白鳥が持っていた箒の先にランタンをひっかけて、一組のドアに近づけた。箒を構えて警戒しながら篠原が進む。


「もっとこっちを照らしてくれ。ああ、ドア付近にはいない。落合」


 名前を呼ばれて、落合がそろそろとドアを閉めていく。

 一気に閉めてしまいたいところだが、大きな音をたてるのは厳禁だ。二班の方にまで聞こえて、あちらの廊下で何かあったら困る。


「ゆっくりだ。大丈夫、そのまま、ゆっくり」


 カタン、とドアが閉まったのを見計らい、咲良は持っていた机を急いでドアの前に置いた。

 これで片側は机にひっかかるから開かない。机を置いた方の側のドアは開くが、机があるから出ては来られないだろう。

 それでも念には念を入れて、持ってきていた机と椅子の半分を使い、一組の後ろのドアを封鎖する。残りは前のドアに運んで封鎖した。

 仕上げにガムテープで壁ごと貼り付けると、生徒会室から持ってきたコピー用紙にサインペンで『二人』と書いてこちらも貼る。

 誰かがドアを開けてしまわないようにだ。


「次は屋上か」


 篠原が胸ポケットから、ルイスに借りたマスターキーを取り出す。

 ルイスは当初自分が屋上に行くと言ったのだが、まだ学校に不慣れな彼が避難指示を間違えると困るので、篠原が借り受けたのだ。


 そのマスターキーで非常階段のドアを開ける。

 篠原は緊張しているが、咲良たちはそれほどでもなかった。

 非常階段は先ほどから二度使っているし、マスターキーが無いと開けられないから、ある程度安全が確保されている。

 それでも開いたドアの外は先ほどより全然暗く、一組を封鎖した事で薄れていた緊張感が高まった。

 また白鳥に箒につけたランタンを後ろから伸ばしてもらい確認し、篠原が非常階段に踏み出す。


「大丈夫そうだな。行くぞ」


 篠原の後に白鳥が続き、怯えながら落合が後を追う。

 咲良は落合の気の毒なほど震える背中を追いかけながら、背後で警戒役を務める桐野のジャケットを引いて進もうと合図をした。

 桐野が踊り場に出ると、マスターキーを預かってきた白鳥が施錠をする。白鳥はそのまま取って返し、先頭の篠原の元へ戻った。


 そのまま静かに全員で階段を登る。

 吹く風が冷たい。咲良は軽く身震いしてから、落合が震えているのはジャケットを着てないせいもあるのかも、と気づいた。

 そういえば遠藤も片平も篠原も、ジャケットを着ていなかった。

 この寒さだからジャケットを着ていた人は多そうだったけど、と思い、寝込んでいた一年女子にかけられていた何枚もの上着を思い出す。落合や三年生たちは体調の悪い彼女に貸したのかもしれない。


 彼女は初めの挨拶以降は、ずっと壁側を向いて丸くなって毛布や上着に埋もれていた。

 恋人に、それも得体の知れないものになってしまった恋人に襲われる恐怖とショックは大きかっただろう。

 早く病院や家族のところに行けると良いんだけど、と思いながら非常階段を上りきると、篠原が屋上の鍵を開くところだった。


 ビュウ、と風が勢いよく吹いてくる。

 きしむ鉄製の扉が風に負けて戻ってこないようにしつつ、全員が屋上に出た。

 風で飛ばされそうなランタンを持つ白鳥から鍵を渡されて、咲良は非常階段を施錠しようとしたが、桐野に肩を掴まれた。


「桐野くん?」

「誰か来る」


 篠原も気づいたようで、警戒しながら下がってきた。


「中原さん、すぐ開けられるようにしておいて」

「はい」


 緊張しながらやってくる人影を持つ。

 バタバタ、という足音と共に、「待った!」と声が飛んできた。

 その様子に落合がほっと緊張を解く。明らかに相手は人だ。ちゃんと言葉の通じる相手なら危険は無い、と判断したのだろう。

 だが篠原は警戒を解かないまま、走り寄ってくる相手を誰何した。


「止まれ!誰だ?」

「林だ!」


 え?と呟いたのは誰だったか。

 篠原を含めて全員が驚きをこめて声のあたりに視線を集中させる。

 白鳥がランタンを伸ばすと、その白い光の中に駆け込んできたのは、名乗ったとおり、有名人の林だった。


「林、無事だった、の、か……」

「おいおい、会長、それはねえだろ」


 ぶはっと笑う林の声はいつもどおり陽気だったが、肩から手にかけて、タオルがぐるぐる巻きになっていた。しかもタオルは赤い。


「お前……」


 明らかな負傷に絶句している篠原に、林は構わず続ける。


「体育館は駄目んなったわ。クソ太井が馬鹿な真似しやがって、逃げ出す羽目になった。俺らは八坂がいたから屋上に逃げてきた」

「八坂先生!」


 林の後ろから現れた姿に、咲良がびっくりして声をあげると、八坂も驚いた顔で駆け寄ってきた。


「中原!桐野も無事か!」


 大分疲れた表情だったが、ぱっと見にも怪我はない。


「無事で良かったです」

「ああ、杉山と皆川も一緒にいる。あっちだ」


 言って指差した方から、数人の生徒と一緒に疲れきった顔の皆川と杉山が歩いてきた。

 皆川は腕にハンカチを巻いており、怪我をしているようだったが、ちゃんと自分の足で歩けているから、重症ではないのだろう。

 だが、麻井と飯尾と橋田の姿が無い。

 三人の姿を探すような咲良の仕草に、八坂の表情が翳った。


「……三人とははぐれた」

「え」

「麻井は旧館の渡り廊下から門の方に走っていってしまって……追いかけようとしたんだが、旧館から飛び出してきた皆川たちと衝突してな。飯尾が受け止めてくれたんだが、その拍子に頭と頭をぶつけて……軽い脳震盪を起こしたのか、お互いに一瞬意識がとんだらしい。気がついたら姿が見えなくて……追いつけなかった」

「麻井さん……」


 なら彼女は家に帰れたのだろうか?

 彼女の家の場所は知らないが、近くは無いだろう。スマホも置いていってしまっているだろうに。

 不安になりながら、八坂の話を聞く。


「意識がはっきりした頃、旧館の方から、あの、おかしいのが来て、校舎裏を通って全員で体育館に逃げたんだ」


 林の放送があったから、と続ける。


「無事に体育館にはたどりつけて、しばらく休んでたんだが、その、林と太井先生が揉め始めて……」


 太井は体育の男性教諭だ。正義感が強くて、だが四角四面ではないので生徒からの人気は高い。

 バスケ部の顧問を務めていたはずだから、今日も早々に部活でもしていたのか。


「太井先生は?」

「知らねぇ。やられたんじゃねえ?」


 篠原の疑問に林が吐き捨てるように言う。


「あいつのせいで死んだやつもいるんだ。知ったことじゃねぇよ」

「死……どういう、事だ」


 篠原が喘ぐように尋ねる。

 咲良たちも凍りついたように立ち竦んだ。

 校内で散々おかしくなった生徒や校長たちを見てきたが、死んだ人間はいなかった。

 いや、そういえば校長室で秋山が倒れていたんだった、と咲良は思い出す。薄情な話だが、自分たちが逃げるのに精一杯で、今まで秋山の事をすっかり忘れていた。

 まさか、と早くなる心臓に、ぎゅっとブレザーの胸元を掴んで、続く林の言葉を待つ。

 林は篠原の問いに訝しげな顔になった。


「どういうって……おまえらだってあれ見てんだろ」

「あれ、とは、あの様子のおかしい生徒たち、だよな?」

「そうだよ。死んだのに起き上がってくる奴らだよ」


 死んだのに?

 では彼らは全部死んだ人間?

 咲良は混乱した。死んだ人間が歩くはずが無い。確かに見た目は異常だし、行動もおかしかった。だが、ちゃんと二本の足で歩きまわっていたのだ。

 そばにいる白鳥や落合も驚いた様子が感じられる。

 だが、思わず見た林や八坂に驚きの表情は無かった。

 八坂は苦しげな表情で地面を睨みつけていて、林は呻いている。


「知らねぇのか……」

「すまない……俺たちはほとんどずっと生徒会室にいたんだ。今は班に分かれてこうして動いてるが……」

「いや、俺に謝られても……って、待て!会長!じゃあ、お前ら奴らがどうしてああなるのか全然知らないんだな!?」

「あ、ああ……」


 急にしがみつく様に迫る林に、篠原が驚いたように頷く。


「マジかよ!やべえだろ!くそっ!怪我人は!?」

「は?」

「お前らだけじゃないんだろ?班ってことは!怪我人はいなかったのか!?」


 すごい剣幕に白鳥が横から答える。


「一人、いたけど……」

「どこだ!?」

「生徒会室よ。調子が悪くて寝てるの」


 寝てる、という言葉に林が悪態をつく。


「くそ!他に生徒は!?」

「一年の女子が二人と、遠藤が一緒に、」

「遠藤の番号は!スマホの番号!」

「電池が切れてるって……」

「くそっ」


 答えた途端に走り出そうとする林を、篠原が慌てて止める。


「何を焦ってるんだ!」

「すぐに教えてやんなきゃ駄目だろうが!」

「ならトランシーバーがある!」

「早く言えよ!」


 差し出されたトランシーバーを、林がひったくるようにして取り、電源を入れようとして篠原に戻した。


「やり方が分かんねぇ!急いで遠藤に繋げ!」


 篠原も林が何に焦っているのか分からないが、緊急事態なのは理解していたので、急いで決めていたチャンネルで遠藤に通信をする。


「もしもし、遠藤か?篠原だ。どうぞ」


 ピ、と軽い音がして、通信から受信にモードを切り替える。


『おお。屋上についたのか?』


 どうぞ、とさきほどと代わりの無い落ち着いた声が聞こえてきて、篠原がほっとしたように肩の力を抜くが、林はそののんびりしたやりとりに苛立ったらしい。


「貸せ!遠藤!聞こえるか!」


 篠原の手ごと鷲掴みにして怒鳴る林の言葉に合わせて、篠原がチャンネルを受信に切り替える。


『林!?びっくりした。無事だったんだな』

「アホか!だべってる暇はねぇんだよ!お前、そっちに怪我人いるんだろ。そいつどうしてる!」


 林の問いに、一拍おいてから遠藤が答える。


『寝てるな。えーと』

『先輩?寝てるはずですけど、私―』


 遠藤の声の向こうから、小さく女の子の声が聞こえてきた。生徒会室に残った二人のうちの一人だろう。


「待て待て待て!近寄るな!」


 遠ざかる彼女の声に、寝ている子を見に行ったのだろう、と咲良が予想したように、林も思ったのだろう。何故か止めようと大声をあげるが、チャンネルが受信状態では、こちらの声はあちらに届かない。


「林、切り替えてない!替えたぞ!」

「くそが!遠藤、近寄るな!そいつはアレになるぞ!」

『は?なに?うまく聞こえてないかも。なるって、なに?』

「アレになるんだよ!アレに襲われて死んだやつは、アレになるんだ!」

『え?な『キャ―――――!!』』

「遠藤!」

『おい!大丈―』

「遠藤!おい!返事しろ!遠藤!」



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