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おきあがり  作者: 鳶鷹
一章
17/136

16

またしても少し長めです。

<16>


 咲良と典子がぽつぽつと話していた間、渡瀬たちの方は体育館倉庫に逃げ込んだ人たちの話をしていたらしい。


「だから!無謀だって!」


 いきなり叫んだ渡瀬に、ぎょっとして咲良たちは振り返った。


「渡瀬、大声出すなよ。寄ってくるだろ」


 嫌そうな顔をした片平に、渡瀬が食ってかかる。


「視聴覚室の廊下も三年の廊下も封鎖してるなら大丈夫じゃない」

「脇と中央階段はしてないんだよ。危ねぇだろ、声聞きつけて登ってきたら」

「何で封鎖しないのよ」

「他の生徒と合流するためだよ」


 口を尖らせた渡瀬に、やんわりと篠原が注意する。


「非常階段は教員の鍵が無いと開けられないから、普通なら使えないルートだ。だから二階の廊下は封鎖した。中央階段や脇階段は普通に使うから、そのままなんだ。現に今も使う予定だ。だろ?」


 使う、という言葉に、自分たちのような生き残りがいるのかな、と生徒会長たちの話を聞いていなかった咲良は横にいた桐野を見上げる。


「何の話か聞いてた?」

「体育館の連中の救助の事で揉めてる」

「え?」

「体育館で何かあったらしい。それで避難してた連中はバラバラに逃げたんだが、さっきの渡瀬先輩のクラスメイトは体育館倉庫に逃げた一人で、他はそれぞれ隠れていると」

「その隠れてる人たちを?」

「ああ。連絡が取れる連中が倉庫の連中を経由して、渡瀬先輩宛に救助要請が入った」


 体育館も無事では無くなっていたのか。

 ぎゅっと手を握り締めて、先輩たちのやり取りを見る。


「だって昇降口の前を通るんでしょ?あそこはすごいいっぱいいるよ。私たちも自販にジュース買いに行って追っかけられて、自習室に逃げ戻ったんだから」

「気を逸らせれば大丈夫だ。タイマーはあと三個ある。脇階段は一階から外に出られるから、そこから外に出て、部室棟や体育館倉庫に逃げてる連中を集めて戻る」

「一旦外に出るって事でしょ!旧館の昇降口の辺りにはあいつらがいたわよ!」

「……そうか」


 新しい情報に篠原は顔をしかめ、片平たちを呼び寄せた。


「何か策はあるか?」

「浮かば無ぇな。遠藤のスマホをプレーヤーにして釣るとか?」

「おい、ふざけんな。大体、そろそろ電池切れるっつっただろ」


 片平の提案に遠藤が嫌そうに顔をしかめる。


「他に何か……誰か意見があったら言ってくれ」


 自分たちだけでは手詰まりを感じたのか、篠原は咲良たちや座り込んでいる生徒たちに意見を求める。

 うーん、と悩む典子と無言で考え込んでいる桐野に挟まれ、咲良も頭を悩ませた。


 話を聞いていた桐野によると、散り散りになっている生徒や教師は、体育館とグラウンドの間にあるプレハブの部室棟や、体育館倉庫にいるらしい。

 部室棟は本館とはどこも繋がっていない独立した作りだから、彼らがここに来るには、どうしても一度外へ出なくてはならない。

 窓の外を見れば、雨は止んだものの、雲はいまだ上空に留まっているらしく薄暗いままだ。

 生徒会室の時計はもう四時半過ぎをさし、そろそろ五時、という時間だった。天気も悪いし、急がないと真っ暗闇になってしまう。


「ねぇ、咲ちゃん」


 こそっと小声で典子に声をかけられて振り返ると、典子は困ったように続ける。


「昇降口ってそんなにひどいのぉ?」


 尋ねられて、そういえば典子は昇降口は見てないな、と思い、それから自分も昇降口自体は見てないな、と気づいた。昇降口の方からやってくるのを見ただけだ。


「多分。私はじかに見てないし……」


 言いながら、そういえば生徒会質は昇降口の真上だった、と窓に近づく。

 典子も桐野も一緒にくっついてきて、三人で閉まったままの窓から下を見下すと、薄暗い中を、ニ、三人がうろうろしているのがかろうじて見えた。


「あれ?」

「うん」


 薄闇の中を目的が感じられない動きでふらふらとしているから、間違いないだろう。

 彼らの動きを眺め、ふと気づく。


「昇降口から離れない……?」

「ああ。ずっとあそこを右往左往してる」


 頭上から降ってきた桐野の声に少しびっくりしていると、背後から手が伸びてきて下を指す。


「両脇の職員室と保健室には向かわず、昇降口の前を回遊したり、出たり入ったりだ」

「うん……」


 ほぼ囲い込まれた姿勢にぎょっとするが、桐野の方は特に意識もしていないらしく、淡々と説明を続ける。


「グラウンドに向かうやつはいない。ただ、あっちはあっちでふらふらしてる連中がいるな」

「よく見えるね」


 あっち、と指をさされ、咲良もグラウンドに視線を飛ばすが、薄暗くて見えない。

 どれだけ視力が良いんだろう、と桐野を振り仰ぐと予想以上に近くで視線が合って、びっくりした。慌てて目を逸らそうとして、それも失礼かな、と泳いだ目が、ふと上空にあるものに気づいた。


「あれ?」


 それが見えやすいように身体をずらす。

 目立つ黄色の箱状のものが、三階の壁にぺったりくっついていた。

 そういえば白鳥が生徒会室に生徒会長がいるなら、自習室の非常梯子で降りれば良かった、と言っていたのを思い出す。

 非常訓練では使った事が無いが、確かあれは真っ直ぐ真下に金属製の梯子が下りてくるタイプのものだったはずだ。


「咲良、あれは何なんだ?」


 熱心に見上げていた咲良が不思議だったのか、同じように非常梯子を見上げる桐野に尋ねられて「梯子だよ」と答える。


「梯子?ああ、スイッチで垂直に落ちるやつか」

「多分。ねえあれ使えないかな?」

「どうやってぇ?」

「昇降口にいるのを、何かで校長室の方に集めて、その間に登る、とか……」

「いけるんじゃないか?提案してみろ」

「え、私?」


 桐野に促されてひるむ。


「お前の案だろう?ついて行ってやるから説明してみろ」

「でも、どうやって移動させるとか考えてない……」


 こんな詰めの甘い状態で、と躊躇していると「おーい」と片平の声が飛んできた。


「いちゃいちゃすんな。聞こえてるぞ」

「そんなんじゃ―」

「どっちでも良いけど、その案は使えると思うぞ、俺」


 否定するより先に被せて言われて振り返ると、篠原たちもずっと話を聞いていたらしい。真面目な顔で検討しているようだった。


「そうだな……。あいつらをおびき寄せる何か、となると音源かな。それが必要だし、校内に散らばっている生徒たちに連絡をしてから、になるが」

「音源はともかく、連絡は今までどおり携帯で良いだろ?」


 片平が今更何を、と問い返すと、遠藤が渋い顔で篠原の言葉を補足した。


「スマホの電池切れたっぽいやつらが出てきたんだよ。連絡が来ない」

「あー……使いすぎか」


 あちゃーと顔を覆った片平に、あの!と避難していた一年の一人が声をあげる。


「私のスマホ、昇降口にあります!」

「ん?いや、取りに行くのは難しいよ?」

「あの、そうじゃなくて、まだ充電残ってると思うんで、スマホにかけたら着信音が結構すると思うんです」


 うん?と首を傾げた片平に対して、篠原は言いたい事を理解したらしい。


「音源か」

「はい。中央階段のあたりで落としたから、あそこで鳴ったら、昇降口あたりの人たち、中に入って近寄ってくると思うんです」


 隣にいた友人らしく女の子が「あんたのスマホ、すっごい音だもんね」と頷いている。


「後は外をうろついてる奴らと、逃げてる人たちへの連絡方法だな。こちらと連絡をとらずに逃げている人たちもいるだろうから、校内放送が使えたら良かったんだが……」


 篠原の呟きは苦い。

 校内放送を復活させるには、電気をどうにかしなくてはならない。停電かブレーカーが落ちてるだけなのかが分からないし、そもそもブレーカーだとしても校長室あたりは危険地帯だ。


「広範囲に聞かせるなら、拡声器しかないだろ」


 片平が壁際のスチール棚を顎で指す。そこにはいくつもの拡声器が置いてあった。拡声器なら電気は必要ない。


「そうだが……そうすると、そこにあいつらが寄って来るからな」

「ならいっそ屋上はどうかな?」


 悩む生徒たちにルイスが提案する。


「屋上、ですか?」

「うん。どうせ非常梯子を下ろすのに三階に行くでしょ?だったらその時に屋上に上って、屋上から呼びかけたらどうかな。マスターキーはあるからね」

「地上まで聞こえるかなぁ?」


 典子が言うと、片平が頷く。


「それはばっちり。俺らが一年の時、三年の先輩が文化祭で『屋上から愛をこめて』って屋上から拡声器で叫ぶ企画やったんだ。あれはすごかったね」

「あったなぁ、そんなの。俺、グラウンドの模擬店で遊んでたけど、よく聞こえた」


 遠藤が懐かしい、と笑う。


「確か体育館にも聞こえたらしいぜ。バンドやってた先輩が、ちょうどサビのとこに被さったってキレてた」


 笑いあう三年生たちに、場の空気が軽くなる。

 特に一年生たちは顕著だ。ずっと気を張り詰めていたのが、ここにきてようやく少し力が抜けたのだろう。つられて小さく笑っている。

 一年生はまだ入学してから三か月くらいしかたっていない。ようやく高校に馴染み始め、初めてのテストが終わったばかりで、この異常事態だ。

 どう逃げればいいかも分からない校舎の中、こうして逃げ込む先があったのは幸いだったのだろうが、片平たちは二つも年上の先輩だし、うち一人は生徒会長だ。

 一年生にとっては「すごく偉い人」だから余計に気を張っていたに違いない。

 その「偉い人」で、自然と場を仕切っている篠原も苦笑しながら、真面目に考えていたらしい意見を言う。


「そうすると、屋外の奴らを上からおびき寄せるのも可能だろうな」

「ああ。わざと旧館側に誘導するとかなら、出来そうじゃね?」

「あとは、非常梯子一つに殺到すると、登れる人数が限られてくる。ルイス先生たちがとった、非常階段のルートも使おう」

「おう。それも要・告知だな。原稿作ろうぜ」


 気安く片平が応じ、遠藤がノートを持ってくる。

 その姿を確認し、篠原が咲良たち全員に向き直った。


「移動を含め、連絡には全員に手伝ってもらう」


 一年生たちは笑うのをやめて、困惑した顔で篠原を見返す。

 篠原は彼らを見つめ返して安心させるように頷いた。


「不安な事は多いだろう。だが、数人で組んで動いてもらうから、お互いに助け合ってくれ」


 ぐるりと一同を見回し、真剣な表情になる。


「今逃げている彼らは、ほとんどが明かりも持っていない。暗い中で恐怖に怯えているだろう」


 暗い中を逃げ回る恐怖は、ここにいる全員が知っている。早い段階で停電した本館はもちろん、旧館も咲良たちが脱出する時には停電した。

 あれは本当に怖い、と咲良は思い出して手を握り締める。この明かりのたくさんある、安全地帯から出たくない、という思いも、正直あるくらいだ。

 だが、


「彼らの中には、君たちの友人もいるかもしれない」


 篠原の言葉に頷く。

 まだ麻井たちと合流できていないのだ。電話にも連絡は来ないから、図書室に辿り着けずにどこかに身を潜めている可能性も高い。

 一年生たちもこの場にいる友人以外にも仲良くなった相手はいるのだろう。篠原の言葉に、はっとしたようだった。


「彼らを助けよう」


 よろしく頼む、と頭を下げた篠原に、室内の全員がそれぞれに肯定の返事を返した。



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