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おきあがり  作者: 鳶鷹
一章
16/136

15

ルイス先生は非常勤なので。

<15>


「えーと、ごめん、確認良いかな?君が生徒会長くん?」


 咲良たちがどう説明しようかと眼を見合わせているとルイスが代表して口を開いたが、他の教師や生徒と違って学校にいる時間が圧倒的に短い彼は、生徒会長を務める生徒の顔を覚えていなかったらしい。


「ああ、はい。生徒会長の篠原と言います」


 苦笑する篠原に「ごめんね」と返し、ルイスは自分と渡瀬と白鳥がどうしていたか、どうやって咲良たちと合流してここまで来たかを端的に話した。


「……なるほど。よく無事でしたね」

「運が良かったんだよ。いや、ヘッドホンをしてリスニングしてたせいで事態に気づくのが遅れて逃げそびれたわけだから、悪かったのかな。それで君たちは?」

「はい――」


 篠原たちがどうしていたかを問い返すと、篠原は生徒会室で秋の次期生徒会選挙のための資料の雛形を作っていたと答える。

 選挙自体はまだ先のことだが、受験に備えて早めに手をつけ始めたらしい。ただ、急ぎでは無いから用事のある副会長たち他の役員は帰宅していた。

 一人で黙々と作業をしていたが、ある程度目処が立った所で、篠原は隣の科学部に顔を出しに行った。


 元々篠原は生徒会長になる前は科学部に所属しており、片平と遠藤とも仲が良く、今日も二人が試験前からやっていた実験のために残るのを知っていたから、息抜きについでに顔を出したらしい。

 片平たち二人はといえば時間が空いたのが良かったのか結果が出ていたので、遠藤のスマホをスピーカー代わりに音楽を聴きながらレポートを書いていた所、篠原が来たので雑談していたのだという。


「俺の携帯はマナーモードで鞄の中に置きっぱなしで、遠藤のはプレイヤーにしていたし、片平はそもそも家に忘れていたから、外からの情報に気づかなくて」

「なるほどね」


 咲良たちと同じようにスマホから情報を得る事が出来ず、学校に取り残されてしまったらしい。


「気がついたら外から異様な声が聞こえて。出てみたら彼らに遭遇したわけだ」


 彼ら、という単語と共に廊下に視線を向ける。


「……クラスメイトに襲われかけるとは思わなかったな。咄嗟に持っていた金属性の定規を投げたらそっちに寄っていったんで、なんとか化学室に戻れたんだ」

「怪我はなかったのかな?」


 ルイスが尋ねると、遠藤が、と答える。


「肩を掴まれて痣になりました。そのまま噛みつかれそうになったんですが、片平が持ってた本を口に突っ込んだので、大事には至りませんでした」

「俺の漫画が死んだけどね」


 片平が肩をすくめながら「あれ」とゴミ箱を指差す。

 偶々足元にあったので咲良は覗き込んで息をのんだ。


「……食いちぎられてる」


 小町がまた子犬で加減が出来なかった頃、本気で噛み付いて破壊した本みたいになっていた。紙がボロボロになり、ページがごっそり減っている。


「そうとうな顎の力だね。手加減無しだ」


 近寄ってきたルイスが眉をひそめた。


「で、これはヤバイってんで、化学室で対策練ってたら、林の放送があったってわけ」

「林と連絡をとろうにも、俺はあいつのアドレスは知らないし、遠藤も同様で。そうこうしているうちに、停電してしまったんです」


 片平と篠原の言葉に、ルイスが頷く。


「暗闇は危険だしね。それで君たちはどうして隣の化学室からこっちの生徒会室に?」

「生徒会室にはランタンがたくさんあったので。片平に持たせたタイマーもいくつか置いてありましたし」

「あ、あれ、タイマーだったんだ」

「はい。定規を投げた時といい、放送が流れた時といい、どうも音がする方に寄って行っている様子だったので、色々試してみたんです」

「実験は得意だしね」


 得意げな片平の後ろ頭を窘める様に軽くはたき、篠原は続ける。


「それでとりあえず生徒会室に移動しつつ、男子テニス部を視聴覚室前の廊下に誘導して封鎖しました。三年の廊下も同様です。あとは居残っている生徒や教師がいないか、自分の携帯と遠藤のスマホで探しているところです」


 目線で示された先には、遠藤が片手に自分のスマホを、もう片手に篠原のものらしい携帯を弄っている姿だ。彼が連絡を一手に担っているらしい。

 と、その遠藤が「あー」と呻いた。


「どうしたんだ?」

「俺のスマホ、そろそろ電池切れる」

「充電器は無いの?」


 渡瀬が首を傾げる。


「ランタンがあるなら、防犯グッズあるんでしょ?」

「いや、防犯グッズは基本倉庫に置いてあるんだ。ここに充電器は無い。ランタンはそろそろ電池が切れるから、補充をしろと言われて運び込んであった」

「そういうの業者がやるんだと思ってた……」

「生徒会は雑務係なんでね」


 意外な事実に咲良も横にいた典子も、へぇと顔を見合わせる。もっと華々しい活動を想像していた。


「しかしまだ林に連絡が取れてないのが痛いな……」


 篠原の呟きに座っていた一年生たちが項垂れる。


「私のスマホがあれば……」

「仕方ないよ、落としちゃったんだから。電池減るの早いし……」


 ひそひそと交わされる会話に、どうやら逃げる途中に落としたり、遠藤同様に電池が切れてしまったらしい、と分かった。

 この緊急事態に驚いて、ニュースサイトを探したり、家族に連絡をとろうとしたり、いつも以上にハイペースに使用した結果、電池がすごい勢いで減っていったのだろう。

 咲良や典子たちは会議中は電源を落としていたし、移動中も音が鳴らないように電源を落としていたから、まだ電池はある。

 自分たちのスマホを使って連絡をとれば、と提案しようとしたところで、渡瀬が手をあげた。


「連絡きた!」

「?」

「林の連絡先知らないか、もしくは体育館にいる子知らないか、友達に連絡しまくってたの。一人、体育館にクラスメイトがいるっぽいって連絡が来たのよ」

「本当か!」

「うん。今、その子に連絡してみた。っと、返事来た!」


 わっと渡瀬の周りに人が集まる。


「えーと、『体育館倉庫にいます。こっちの人数は十人―』」


 続けて名前を言えば、逃げてきた子たちが「うちのクラスの子だ」や「部活の先輩だ」と嬉しそうに囁きあう。

 咲良も文化委員の名前が呼ばれるかもしれない、と期待してじっと渡瀬の言葉を聞く。旧館から体育館までは間に本館があって遠いが、全員あの林の放送を聞いていたから、もしかしたら体育館まで逃げているかもしれない。


 だが、渡瀬の言い終わった名前の中に、文化委員の名前も副顧問の八坂の名前も無かった。

 気落ちして隣の典子を見ると、典子も俯いて落ち込んでいる。八坂たちはどこに行ってしまったんだろう。もしかしてとっくに学校を脱出して、自宅に帰っているのだろうか。いや、麻井たちはスマホが図書室に置きっぱなしだ。置いて帰るだろうか。


「って、スマホ!」


 咲良は慌ててスマホを取り出す。

 もし八坂や麻井たちが図書室であの手紙を見たら、こちらに連絡を送ってきているかもしれない。

 逸る気持ちで電源を入れる。

 どきどきして待ったが、メールも着信もゼロだった。父親からの連絡も無い。


「お父さん……」


 もしかして何かあったのだろうか。それで連絡が出来ないのだろうか。嫌な想像が頭をよぎったが、すぐに大丈夫、と思いなおす。

 片平が得意げに「実験は得意」と言っていたが、咲良の父親も普段はペットフードの会社で成分などの研究をしている理数系の人だ。きっと父親もあの人たちが音に反応する事に気づいて、連絡を控えているに違いない。

 そう思って自分を励ます。父は常日頃から咲良に護身術を習わせたり、身の安全には熱を入れていて防犯意識も高いから、大丈夫。

 祈るようにスマホを握り締める。


「お母さんから返事だぁ」


 遅れて電源を入れていた典子が、ほっとしたように声を漏らした。


「おばさん?大丈夫?」

「うん。なんかニュースで色々言ってるから、迎えに行きたいけどお兄ちゃん帰るまで待ってて、て。お父さん、骨折してて運転出来ないからさぁ」

「そっか」


 典子の兄は免許を持っている。タクシードライバーの父に似たのか車の運転がうまいため、兄妹の父が骨折してからは、時々彼が買い出しの足になっているらしい。


「お兄ちゃん来たら、咲ちゃんも一緒に帰ろう?」

「ありがとう」


 少しほっとして、嬉しい申し出に頷く。


「桐野君はぁ?」


 ふと、いつも通り咲良のすぐそばに黙って立っている桐野に典子が声をかけた。


「お兄ちゃんに言って、おうちに送らせようかぁ?ルイス先生とおうち一緒だったよねぇ」


 桐野は予想外の申し出だったのか、少し驚いた顔で典子を見た後、いや、と手を振る。


「多分ルイスが車で来てるから大丈夫だ」

「そっかぁ」


 免許あると良いよねぇ、と典子がいつもと変わらない調子で言うのに何だかほっとして、咲良は少し頬が緩んだ。

 典子の喋り方は癖があってそれで小さい頃から苛められたり揶揄われたりしてきたが、咲良は典子の喋り方も、さほど仲が良いわけでも無い相手にも態度を変えないところも好きだった。小さい頃から家族構成で色々言われてきた咲良にとって、典子は一緒にいてホッとできる一番の親友だ。


「遼ちゃんは大丈夫?帰るまでって、学校とか行ってるの?」

「ううん。今日は学校休みだぁって寝てたよぉ、私が家出る時は」


 遼は典子より三歳上の兄で、専門学校に通っている。その学校が休みなのにどこに?と首を傾げると、典子が少し照れたような顔で笑う。


「なんかお兄ちゃん、考ちゃんのところに行ってるみたいなんだよねぇ」


 考ちゃん、と典子が呼ぶのは遼の専門学校の友人で槙田 孝志という。遼とは映画やゲームの趣味が合って仲良くなったらしく、時々上野家に遊びに来ているので、咲良も何回か会った事があった。


「考ちゃん一人暮らしだから、うちに連れて来るって、迎えに行っちゃったんだってぇ」

「その方が良いね」

「うん」


 孝志に片思いをしている典子は嬉しそうにはにかむ。

 孝志も典子が好きだと丸分かりなので、付き合えば良いのに、と咲良は二人を見るたび思うのだが、典子も孝志も恥ずかしいのか、いつも微笑ましくもじれったいやり取りを交わしていた。


「あれ、でも確か槙田さんが借りてるアパートって駅の近くじゃなかった?」


 そのままついでに妹を迎えに来ないのかな、と首を傾げると、


「いつまでいるか分からないから、考ちゃんの荷物運ぶんだってぇ。それで車いっぱいになっちゃうだろうから、一回帰るみたい」

「あ、そっか」


 この騒ぎは外にまで広がっている、と渡瀬が言っていたのを思い出す。

 すでに学校内だけでこれだけ混乱に陥っているのだから、学校周辺も同じ様に混乱している可能性は高い。最寄りの駅は近くに商店街があり住宅街も多いから、人も多く混乱も酷いかもしれない。

 いつもの駅の当たりを行き交う人の数を思い出し、咲良は小さくため息をついた。



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