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おきあがり  作者: 鳶鷹
一章
15/136

14

<14>


 典子を加えて元きたルートを戻る。

 ついさっき通ったばかりの道だったが、その道程は先ほどより厳しかった。

 旧館全体の明かりが消えていたからだ。

 非常用の誘導灯はあるものの、二階の図書室前の物はともかく階段の物は古さからか煤けてぼやけ、豆電球よりも暗かった。

 悪い事に本校舎より旧館は窓も少ないため、外からのわずかな薄明りすら望めない。おかげで暗闇からいつ誰が飛び出してくるか分からない、という恐怖が付きまとった。

 ルイスが持つランタンの明かりだけが頼りなのだが、それもそれほど遠くまでは照らしてくれないため、必然的に全員が身を寄せ合って、神経を尖らせながら進む事になった。


 それでも何とか階段を下りれば、昇降口付近にぼんやりと佇む人影と、そのそばをふらふらと歩く人影がある。

 雨の吹き込む出入り口付近でそんな風に過ごす人間なんて、尋常ではない。全員が声に出さずとも、あの様子のおかしい生徒なのだと理解した。

 相手に気取られぬよう、上げそうになった悲鳴を押し殺して静かに進んだ。

 美術室の横を抜け、旧館から出て、渡り廊下を小走りで抜ける。

 非常階段を音をさせないように注意しながら上った頃には、緊張による疲労で膝ががくがくしていた。

 

「一息つけた?そろそろ大丈夫かな」


 ルイスの言葉で咲良は深呼吸し、気を引き締め直す。

 目の前の非常ドアを開ければ、二年一組の教室の前だ。一組にいたあの体格の良い生徒がいるかもしれない。

一度遭遇している白鳥と渡瀬はもちろん、話に聞いた典子も不安なのだろう、咲良の手を握りしめてきた。その手をぎゅっと握りしめ返し、彼女たちをうかがうルイスに小さく頷く。


「開けるよ」


 女子は全員ドアの陰に隠れて、桐野が廊下に対峙する形で立ち、ルイスが静かにドアを開く。


「……大丈夫。ちょうど教室に入っていったところだ」


 モップを握った桐野が言い、皆がほっと息を漏らした。それならしばらくは出てこないだろう。

 カンテラを持ったルイスがそっと廊下に滑り込み、全員が後に続く。


「生徒会長から続報は?」

「特に無いです。階段で待ってるってままです」


 小声で尋ねるルイスに、スマホを確認しながら渡瀬が囁き返す。

 

「ならこのまま行くよ。眞」


 さっと指で何か合図をすると、桐野が前に出て一組のドアの脇に立つ。

 中から見えそうで危ないんじゃないか、と不安になったが動じた様子も無く、指示したルイスも冷静そのままに桐野の横を通過して二組の方へと進む。桐野が見張り役なのだろう。

 ルイスにおいでおいで、と手招きされ、咲良たちも急いで桐野の横を通り過ぎれば、最後尾になった桐野が後ろを警戒しつつついてきた。

 そのまま二組から三組の前に差し掛かった時だった。


「出てきたぞ」


 急いで後退してきた桐野に、ルイスが確認する。


「気づかれたか?」

「ああ。着いてきている」


 その言葉に振り返った典子が「ひっ」と小さく悲鳴をもらし、咲良の腕にしがみついた。咲良もちらりと振り返って確認すると、後ろにいる相手はそうとう体格が良い。桐野より背が高いかもしれない。


「急ぐよ」


 スピードを上げるルイスに、白鳥と渡瀬が続き、咲良も竦んでしまった典子を引っ張るように続く。桐野も警戒しつつ足を速めた。

 ほぼ後ろ向きに進む桐野に、前方の異常を知らせるのは咲良の役目だった。

 今にも衝突しそうなほど近づいた桐野の背中に触れて、止まるように指示する。


「どうしたんだ」


 小声で尋ねてくる桐野に冷や汗をかきながら伝える。


「特別教室の前、二人出て来たみたい」


 進行方向にある特別教室前の廊下を、ゆらゆらと左手から出てきた二つの人影に、ルイスは苦々しげに呟く。


「気づかれては無いと思うけど……後ろは?」

「来てる。あと八メートル」


 予想外に近かったのか、ルイスが日本語以外で小さく悪態をついた。

 優しげな見掛けといつものおっとりとした話し方とのギャップに、咲良はもちろん白鳥と渡瀬も驚いたようだったが、ルイスは口調も言葉もそのままに桐野に声をかける。

 小さな声でのやりとりは数秒。

 ルイスが日本語に戻して四人に伝える。


「僕が出て彼らを何とかするから、君たちは先に階段を下りてね。くれぐれも前に注意して」

「先生っ」

「しー。静かに。大丈夫。君たちが早く移動してくれたら、僕たちもすぐに向かうよ。だから、なるべく早くお願いね」


 ね?といつも通りの優しい言葉に、渡瀬が反対しようとしかけた口を閉じた。言い合ってる時間は無い、と判断したのだろう。この間にも後ろからは、誰かがのろのろと近づいてきているのだ。

 四組の教室の半ばまできて、女子四人で身を寄せあい、一気に走れるように身構える。

 用意は良いか、と問うようにルイスがちらりと振り返り、箒を構えた。


 その瞬間、右手の階段からいきなり何かが横切った。

 小さくて白っぽい。手の平に乗りそうな小さなそれが、右から左に飛んでいき、ルイスが踏み出しかけた足をとめる。

 前をのろのろと歩いている二人の生徒らしきものは飛んでいった物に気づいた様子は無い。

 だが、次の瞬間、ピピピ!と電子音が鳴り響いて、その音にひかれるように、のろのろと向きを変えた。

 一体何?と顔を見合わせていると、右手から押し殺した声が飛んでくる。


「早く!」


 階段脇の非常扉の角から男子生徒が顔を覗かせていた。あの虚ろな表情とは違い、焦りを浮かべた顔で早く早く、と手招きをしている。

 躊躇った白鳥だったが、渡瀬が腕をひいて彼の元へと走った。咲良たちも後に続き、最後まで警戒していた桐野とルイスも走る彼らを追って階段を下りる。

 三階と二階の間の踊り場まで来て、呼んでいた男子生徒ともう一人いるのに気付いた。

 

「怪我人は?」

「いないわ。あなた、確か科学部の部長?」

「そう。白鳥とは一年の時、同じクラスだったんだけどね」


 苦笑した彼は、三-一の片平と名乗った。もう一人は遠藤。同じく科学部で同じクラスだという。


「ここでゆっくりもしてられない。早く生徒会室に行こう」


 片手に箒を持った彼らに先導され、咲良たちは二階へと降りた。

 廊下には誰もいない。桐野と見た時同様に薄暗かったが、右手の視聴覚室側の廊下の入り口にどうやったのか壁が出来ていた。

 ちらちらと気にする面々に「後で」と言って、片平は生徒会室の前に立つと妙にリズミカルにドアをノックする。


「片平?」

「と、遠藤だよ」


 扉の向こうからの問いかけに片平が答えると、生徒会室の扉が開いた。


「中に」


 扉を開いてくれたのは、生徒会長の篠原だ。

 見た事のある顔に咲良たちはほっとした。

 促されて生徒会室に入り、目を見張る。

 生徒会室は、明るかった。何で、と見渡せば、教室の至る所にランタンが置いてある。ルイスが持っているのと同じものだ。

 その明かりで教室の一、五倍ほどの広さがある生徒会室が見渡せた。

 部屋の中心には長机や椅子があり、壁際には頑丈そうなスチールの棚が並び、イベントで使う拡声器やトランシーバーなどが置かれている。大きな模造紙や旗らしきものがいくつも丸まった状態で壁に立てかけてあるが、意外に物が少なく簡素だ。


「ランタンは自習室にあった非常用と一緒ね」


 同じように生徒会室を見渡していた白鳥が言い、「あら」と呟く。

 彼女の視線の先をたどれば、生徒会室の端っこに数人の生徒がいた。


「一年生だ。ちょっと前に合流した」


 白鳥の声に片平が告げる。

 女子が三人、男子が二人。女の子の一人は体調が悪いのか、毛布や上着に包まって横になっている。


「大丈夫なの?」


 白鳥が心配そうに声をかけると、横になっている子は「すみません……」と、そのまま

小さく会釈をした。

 友人らしい一人が「無理しないで寝てな」となだめ、もう一人が咲良たちに顔を寄せて事情を説明してくれる。

 

「あの子、腕を噛まれちゃって……」

「!大変じゃない」


 治療は、と白鳥が尋ねると、応急処置は済んでいる、と言う。


「あんまり深い傷じゃなかったんです。ただ、その、相手が………」

「?」

「あの子の、彼氏、だったんです。相手」

「それは……」


 絶句した咲良たちに、一年生は辛そうに顔を歪めながら続ける。


「あたしたち、彼の部活が終わるまで、て一緒にゲームして待ってて……」


 途中で自販機にジュースを買いに行ったところ、彼女の恋人に遭遇し、その時にはもうあの異常な状態だったのだという。

 それだけでもショックだったろうに、相手は彼女の事を分からず噛みついた。傷の深さや痛みよりそちらの衝撃の方が強かったのだろう。生徒会室に辿り着いてからは、ああして寝込んでしまっているらしい。


「それにテスト中だからって徹夜とかもしてたみたいで……」

「そっか。無理しないで寝ていて良いからね」


 気の毒そうに渡瀬が言うと、また力無く「すみません」ともぞもぞとしんどそうに、かけられている布の中に潜っていった。鼻声気味だったから、中で泣いているのかもしれない。その姿を痛ましく思うが、咲良にはかける言葉が見つからなかった。


「麻井さんたちは大丈夫かなぁ」


 典子がぽつりと呟く。

 怪我をした子と麻井を重ね合わせているのだろう。一年生たちはこうしてここに避難できているが、見渡した生徒会室に文化委員たちはいなかった。

 どこかに避難できていると良いけど、と咲良は祈るように思う。

 怪我をしてる麻井はもちろん心配だが、他のメンバーもこの二ヶ月ずっと一緒に活動をしてきた委員仲間だ。皆川にはツンケンした態度をとられていたが、それでもお互いに秋山のやり方に反発する事で仲間意識はあった。

 安全地帯があればいいんだけど、と思っていると、とん、と肩を叩かれた。桐野だ。

 なんだろう、と見上げれば、視線で生徒会長を示された。

 生徒会長は一通り挨拶が済むのを待っていてくれたのだろう。新たに避難してきた全員が自分に注目しているのに気付き、小さく微笑んだ。


「それで、君たちの状況を聞いても?」



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