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おきあがり  作者: 鳶鷹
一章
13/136

12

<12>


 煌々と明かりの照らす旧館に、ほっと息をついた。

 本館と違って廊下にも明かりが点いているから、どこかに人がいれば目で見てすぐに分かる。暗闇から何かが飛び出してくるかもしれない恐怖が薄れて、少しだけ気が緩んだ。


 旧館の一階には美術室があるが、どうやら美術部は活動をしていなかったらしく中に明かりは無い。

 それでも警戒しつつ美術室の角まで走るように抜け、ルイスの指示で足を止めた。

 軽く息を弾ませる咲良や渡瀬に白鳥を桐野のそばに残し、ルイスが慎重な動作で角まで行って前方を確認する。


「大丈夫。特に姿は見えないよ」


 その言葉にほっとして、全員で階段を上る。


「あれ?」


 階段を上った先はすぐ図書室前の廊下で、廊下の中ほどに図書室の扉があり、奥にトイレがある。

 その図書室のドアが開いていた。

 寒いからきちんと閉めて出たはずなのにだ。咲良と同じ事を桐野も思ったのか「おかしい」と呟く。

 二人の様子にルイスも警戒心を持ったらしい。


「……下がってて。アレがいたら教える」


 階段を上がってすぐに四人を残して進み、図書室を覗き込む。

 そのまま中を見回し、一歩前に出ると図書室の床に持っていた箒を、がぁん!と叩きつけた。


「きゃあ!」

「典ちゃん!?」


 聞こえた友人の悲鳴に咲良は桐野の制止よりも早く、図書室に飛びこむ。

 図書室の中は白々とした蛍光灯の明かりが照らし、残っていたはずの誰の姿も無い。

 どこに、と頭をめぐらせると、「咲ちゃん!」と小さな泣きそうな声と共に、典子が机の下から這い出てきた。


「典ちゃん!どうしたの?!」


 走り寄ろうとした咲良だったが、それより先に腕を引かれて後ろに倒れこむ。

 ぼすん、とぶつかった先は桐野だ。


「咲良!先に行くな」

「ご、ごめん」


 怒鳴られて条件反射のように謝る。掴まれた腕が痛いが、見上げた顔に焦燥感が浮かんでいて、相当桐野を慌てさせてしまった事に気づいて文句を飲み込んだ。


「ごめん」


 代わりにもう一度零れた謝罪に、桐野は深く息を吐き出して腕の力を弱めた。


「大丈夫?」


 ルイスの声にはっとして振り返ると、ルイスが典子を立たせているところだった。

 足がガクガクしているせいで、一人で立てないらしい。


「だ、大丈夫ですぅ」


 泣きそうな表情の典子が心配でそばに行こうと足を踏み出すが、桐野が掴んだ腕を離してくれない。


「あの、腕、」

「上野、怪我は無いのか?」


 咲良が離してくれと訴える声にかぶせて桐野が聞くと、典子は何度も頷く。


「だ、大丈夫ぅ。私、ずっと、ここにいたから」


 ここ、と指差した先は、先ほどの机の下。


「さ、咲ちゃんたちが出て行った後、卒アル探したの。すぐに見つかって、それで、金庫開けて、」


 桐野が手を離してくれたので、咲良は急いで走りよる。

 励ますように肩を撫でると、典子はしゃくりあげながら続けた。


「皆川さんが、スマホの充電切れてて、充電器が、て。わ、私、その前に杉山君が落としたスマホ拾おうって、机の下にいて、」


 途切れ途切れで、あっちこっちに飛ぶ話をまとめると、どうやらスマホの充電器を取りに教室に行こうと皆川が図書室のドアを開けたところ、目の前に血まみれの生徒がいたらしい。

 学年が違うからか誰だか分からなかったのだが、それに驚いた皆川が叫びながら横をすり抜けて逃げ、杉山と橋田も後を追って出て行ってしまったようだ。


「わ、私、怖くて、動けなくて、じっとしてたら、気づかなかったみたいで、出て行ったのぉ」


 まだ図書室周辺にいるのか、と緊張した咲良たちはほっとする。

 下の階でもぱっと見た限り見当たらなかったから、美術室の中か、トイレの中、もしかしたら昇降口から出て行ったのかもしれない。


「皆川さんたち大丈夫かな……」

「八坂先生たちもな」


 八坂は図書室で、と言っていたが、彼らの姿は無い。

 途中で逃げた皆川たちと合流したのか、その前に様子のおかしい生徒と遭遇してどこかに逃げたのか。

 典子の手の中にはスマホが二つ、机の上には四つ。典子が持っているのは典子本人のものと咲良のスマホ。机の上のは桐野、戻っていない八坂に飯尾、麻井のものだろう。


「これ、咲ちゃんのぉ」

「ありがとう」


 片手に持っていたスマホを渡されて、咲良は急いで電源を入れる。

 ポーン、という軽い音がして起動するが、まだ動かせない。読み込み中、というその一分ほどの待ち時間がひどく長い。

 じりじりしながら待つ咲良の横で、典子はルイスたちと自己紹介をしあっている。


「!ついた」


 急いで画面をタップすると、父親からのメールが四通きていた。

 一通目は『テストどうだった?お土産はロールケーキとサブレ、どっちが良い?』といつも通りののんびりしたメールだ。時間的に図書室への移動中にきていたらしい。


「お父さん……」


 だが二通目からは文章ががらっと変わる。


『どこにいる?家に帰っていたら鍵をかけて出ないように』

『小町の散歩は行かない事。小町をそばから離さないように』

『テレビは見たか?まだだったらニュースサイトを見なさい。絶対家から出ない事。出来たら雨戸を閉めなさい。可能なら上野さんを頼りなさい』


 リンクの張られたニュースサイトを見ようとするが、回線が混み合っているのか異常でもあるのか、中々繋がらない。充電が切れたら困るので、諦めて閉じる。

 着信履歴を見れば、父親の名前が表示されていた。

 リダイヤルをタッチしようとし、肩を掴まれて手がぶれる。


「桐野くん」

「やめておいた方が良い。相手の近くにあいつらがいたらマズイ」

「あ……」


 そういえば校長たちは静かにしていれば向かってはこなかった。典子も静かに隠れていたら気づかれなかったようだから、音はなるべくたてない方が良いのだろう。

 父親に連絡がとりたい。無事を確認したい。でも、そう思って咲良がかけた電話の音で、父親を危険にさらすかもしれない。スマホはマナーモードにしていても、何かに接触しているとバイブ状態でも意外とうるさいのだ。

 それに父親はマナーモードにするのすら忘れる時がある。着信音が鳴ってしまう可能性は高かった。


「災害用伝言版は……」


 通信会社が伝言を預かってくれるサービスなら、相手に直接電話をかけることなくそれぞれが伝言を聞ける、という話を思い出して運用がはじまっているか調べようとしたが、公式サイトすらに繋がらない。

 もどかしい気持ちを飲み込み、諦めてもう一度メールを読み返していると、横に立っている桐野が呟いた。


「ところで、小町ってなんだ?」

「え、見てたの?」


 メールに出てきた名前を聞かれて、びっくりして桐野を見上げると、決まり悪そうに顔を逸らされた。


「悪い。目に入った」

「はぁ……あ、えっと、うちで飼ってる柴犬だよ」


 こちらに引っ越してきた後、犬が大丈夫な借家だったので、父親が伝手のある柴犬のブリーダーから貰い受けてきた。母親を亡くして寂しいだろう娘の気持ちを慰めるためと、仕事に出ている父親の代わりに家と咲良を守るために、と。

 柴犬らしく忠誠心が強いし、小さな頃から躾けてきたから指示もきちんと身についていて、頼もしい番犬だ。


「これ、うちの小町」


 スマホのデータフォルダから、よく撮れた一枚を表示する。

 居間のお気に入りの座布団の上に座りこっちを見ている写真だ。待ち受け画面にも使っている。


「ちょうど学校で百人一首を習ってた時で、小町って可愛いとか綺麗な子って意味だってきいたばっかりだったからつけたの」


 茶色の柴犬は咲良の大事な家族だ。

 今も家で咲良の帰りを待っているだろう。

 早く家に帰りたい、と思いながら、桐野に写真を見せる。


「賢そうな犬だな」

「!すごい頭良いんだよ!待ても伏せもちゃんと出来るし」


 愛犬を褒められて、嬉しくて思わず自慢してしまった。


「中原さん、犬飼ってるんだ」


 ひょい、と渡瀬がスマホを覗き込んできたので見せる。


「可愛いね、柴だ。うちも犬飼ってるよ。キナコっていうの。すごい鼻が良いから、最近親はハナコとか呼んでるけどさ」

「わっ可愛い!ミニチュアダックスですか?」

 

 これ、と差し出されたスマホの画面には、名前の由来なのか、キナコのような淡い薄茶色をしたダックスフンドが、黒い鼻をつんと上に向けて澄ました顔で写っている。


「うん。小さいから室内で飼えるのが魅力で。中原さん家も?」

「はい。室内のが長生きするし、今日みたいに雨だと可哀相だから」

「だよね。でもうちの親共働きで、昼間は家に一匹になっちゃってるから、心配」

「うちもです。散歩も行かないと、なのに」


 思わぬところで同じ気持ちの相手がいて、二人で顔を見合わせて溜め息をついた。


「まあまあ。犬の方がすばしっこいし、屋内なら安全だよ。僕らが無事に帰れるかのが問題だ」


 図書室の扉をしっかり施錠しながら、ルイスが苦笑する。

 その直後。いきなり電気が消えた。


「きゃあ!」

「やだ!」

「静かに!」


 真っ暗になった図書室に女子の悲鳴と、ルイスの鋭い声が響く。

 図書室は出入り口が一つしかない。そのせいか非常口の明かりすらなかった。

 完全に闇に包まれた室内に、ぽっと明かりがともる。


「全員、こっちに」


 ルイスが自習室から持ってきたランタンだ。

 暗闇に灯る明かりにホッとしたように、すぐに全員がルイスのそばに集まった。


「本館はブレーカーが落ちてたようだけど、こっちもかな」

「分からん。こっちはこっちで専用のブレーカーがあるらしいが、場所は知らない」

「そっか。誰か知ってる人はいるかな?」


 知らないと言った桐野以外にルイスが尋ねるが、全員首を振る。


「参ったな。ここら一帯の停電なら良いんだけど」

「え、良いんですか?」


 びっくりした渡瀬が聞くと、うん、とルイスは頷く。


「停電なら仕方ないからね。怖いのは、アレが何かしてブレーカーが落ちた可能性かな。ブレーカーの場所は分からないけど、ここの設備って事はこの旧館のどこかにあるわけだから、アレが近くにいる可能性も高い」


 ああ、と呻く渡瀬に白鳥が呟く。


「危ないって事ですね。ここにいたら追い込まれた時、逃げ場が無い」

「そうだね。せめてベランダがあれば良かったんだけど」

「図書室、避難訓練でもそこのドアから逃げろって言われてましたぁ」


 半べその典子が答える。


「……どうする?ここから出て移動するか?」


 桐野の問いに沈黙が落ちた。

 暗闇での移動は精神的にキツイ、と典子以外の全員が体感していたが、ここに留まるのも怖い。

 答えも発言も出ない状況に「とりあえず」と桐野がランタンを指差す。


「脱出の準備だけはしておこう。明かりを貸してくれ。咲良、上野、鞄は?」

「あ、あっち」


 どう動くか分からないが、ルイスたちのように貴重品は身に着けておいた方が良いだろう。

 窓際の本棚の上に置いたリュックサックを手に取る。

 その横に並んでいるのは飯尾の鞄だろうか。まだ戻ってきていない彼らの鞄に、なんともいない気持ちがこみ上げる。


 どこにいるんだろう、みんな無事だろうか、麻井さんの傷は大丈夫だろうか。

 ぐるぐる渦巻く不安に答えてくれる人はいない。

 無事に鞄とスマホを取りにきますように、と祈るようにぽつぽつと置かれた鞄を見つめた後、リュックを背負った典子と桐野と共にルイスたちのところへ戻った。



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