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おきあがり  作者: 鳶鷹
四章
122/136

19


 

 勇たちの出した案に、理絵は意外な程すんなり頷いた。


「やっぱり別々にお休みする方が気持ちが楽ですもんね。あ、おトイレはさっきの応接室についてるの使って良いですよ。なんだったら夜までは応接室で休んでてくださいね。足も伸ばせるし」


 ニコニコと言われてしまうと、変に警戒しているこちらが悪い気持ちになる。

 後ろめたさは覚えたが、理絵のその明るさが腑に落ちない、とは流石に誰も言えなくてパラパラと頭を下げてお礼を言った。


「じゃあ、山下さんはそのソファで休んでください」

「すみません」


 母屋に戻っていった理絵を見送り、軽く発熱してきた山下を、応接室の二人掛けのソファに寝かせる。

 恵美は心配そうな顔で夫を見ているが、看病は浩史に任せられた。

 浩史が保菌者だから、というのもあるが、恵美は悠馬の面倒を見ないといけないし、看護婦だった悦子も莉子の世話がある。

 二人の赤ん坊はやはり異常な状況を感じ取っているのか、誰かが抱っこしていないとすぐにぐずりだしてしまうのだ。


「んじゃ、俺らはギプスな」


 遼が言い、応接室の端っこの壁を指さす。

 どうやらこの辺りはまだ電気が通っているらしく、ギプスを外す機械を使わせてもらえるよう、長山に交渉していたのだ。

 音が大きいようだから応接室からコードが可能な限り離れてやるらしいが、悦子もそばにいられるから安心だろう。悦子は以前遼が骨折した時に病院で外し方を見たらしいし、孝志がネットから落としていた動画もある。

 医師も経験者もいないがなんとかなるだろう、と電動ノコギリの様な道具に顔を蒼褪めさせながらも、当事者の勇がゴーサインを出した。

 

「じゃあ俺は車を見学させて貰ってくるから」


 田原は、長山に頼んで修理を見せてもらう手筈を整えていた。

 死者にぶつかられてドアが凹んだ車とは別に、ルイスがぶつけまくった郷田の車も追加で見てもらう様お願いしたのだ。この先、そうそう修理工場があるとは思えないから、と後学のために見学を頼み込んだらしい。

 ルイスと桐野はすでに外へ出て、警戒に当たっていた。


「私も外に行こうかな」


 咲良は小町を見下ろし、父に告げた。

 小町は山下に対して警戒をしっぱなしなのだ。それほど広くない応接室だから距離をとって落ち着かせる事も出来ず、気まずい。

 

「……小町と一緒なら大丈夫か」


 浩史は悩んだようだったが、頷いてくれた。


「せっかくだから少し走らせてやったら良い」


 散歩もろくに行けていないから、あの広い駐車場を走らせられたら小町も少しすっきりするだろう。

 父の提案に「うん」と即答すると、またしばらく悩むような間をあけてから、浩史は顔をあげた。


「あの子、桐野くんだったか」

「?外にいるよ」

「ああ。あの子に小町のコマンドを教えてやったらどうだ」

「え?」


 意外な言葉に驚く。

 小町への指示出しを認めるという事は、家族とまではいかなくても上野家の人たちと同じくらいに信頼して認めているというのと同じだ。

 ずっと桐野の事を警戒していたはずなのに、と咲良の驚きを感じたのか、とん、と浩史は自分の頭の包帯を指先で叩いた。その下にある怪我を負った時、桐野が咲良を身を挺して守ろうとしていたのを思い出せ、という様に。

 

「あ……」


 咲良があれで桐野を信じると決めた様に、浩史の気持ちも動いたのだろう。胸の奥が温かくなる。咲良は笑って頷いた。


「桐野くんにやってみるか聞いてみるよ。じゃあ、外行ってくるね」

「ああ。くれぐれも気をつけなさい」


 父に手を振りドアを潜ろうとする。

 と、典子が「待ってぇ」と追いかけてきた。


「典ちゃん?」

「私とお母さんも一緒に行くよぉ」

「気分転換ですか?」


 莉子を抱っこしたままついてきた悦子に聞くと、苦笑された。


「うちの古着を持って来て、莉子ちゃんの服にリメイクしようと思って」

「あ、着替え、無いですもんね」

「ええ。今着てるのは悠馬君に借りた予備なのよ」

 

 恵美がお下がりで貰った大きめの物を借りているらしい。


「赤ちゃんはすぐ汚すから、何枚か洗い替えが無いとね」

「大変ですね。縫うの手伝いますか?」


 応接室に残ってるメンバーの内、浩史は縫いものはそれほど得意じゃないし、恵美は悠馬の面倒を見ないといけない。


「久佳さんが手伝ってくれるって話だから大丈夫。お礼の話し合いもしないとだし」

「お礼、ですか?あ、車の修理」

「そうそう。お金より食材のが良いって言われたらしくって。それぞれ持ってる食材を照らし合わせるつもりなの。中原さんも残ってるし、そっちの話はお父さんから聞いておくわ」

「先生たちにはこれから聞くつもりぃ」

「そっか。何かお手伝いする事あったら言ってください。すぐ戻ります」

「その時はお願いね。あ、ルイスさん」


 工場から出てすぐの前庭でルイスと桐野が話しているのを見つけ、悦子が声をかける。

 呼ばれたルイスが悦子と典子の方へ向かうのと入れ違いに、咲良は桐野の所へ駆け寄った。


「咲良?」

「桐野くん、小町のコマンド覚える?」

「コマンド?指示の事か?」

「そう。お父さんが桐野くんに教えたらどうだろうって」

「……咲良の父親が?」


 思い切り怪訝そうな顔になる。ずっと当たりが強かったから当然だろう。

 だが咲良が浩史がしたように頭を指先で叩くと、あ、という顔になった。珍しい無防備な顔に思わず笑みがこぼれる。


「うん」

「………そうか」


 桐野の顔が、何とも言えない表情になった。困った様な少し嬉しそうな、ちょっと途方に暮れた様な微妙な顔だ。思わずまじまじと見ていると、嫌そうにそっぽを向かれた。

 それもまた珍しくて吹き出すのを堪えていると、桐野は呆れた表情で振り返り、小町を見下ろした。

 

「……小町は良いのか?俺が指示を出しても」

「それは大丈夫だと思う。えーと、嫌だと聞かないから」

「おい」


 思わず、といったように突っ込む桐野に、咲良は苦笑した。

 小町は柴犬の特性なのか、主人以外の言葉はあまり聞かない。上野家の人たちが相手でも、自分が気に入らない指示だと相手の顔を舐めたりボールを銜えて遊びに誘ったりして、誤魔化してしまうのだ。


「ごめん。でも私が出す指示も百回に一回くらいは聞かないんだよ。典ちゃんだと半々か、もうちょっと少ないくらい」

「……頑固な犬なんだな」

「お父さんの指示だけは、完璧に聞くんだけどね」


 見下ろすと、当然だとばかりに、ふん、と鼻を鳴らされた。

 それから、ふいっと横を向く。なんでだと直前に小町が見ていた方を見れば、桐野が小町を見下ろしていた。

 そっぽを向かれた桐野は疑わし気な顔で、咲良に向き直る。


「……本当に言う事聞くのか、この犬は」

「き、気が向いたら……?」


 多分、きっと、と答えると、桐野は盛大に溜息をついた。


「まぁ、やってみる。聞くか聞かないかは、その時だ」



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