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おきあがり  作者: 鳶鷹
四章
118/136

15



 典ちゃん、と囁くように言えば、典子も小町の様子に気づいたのか、顔を青くして後退った。

 そのままレジの前に集まっている人たちの所へ下がる。


「わ、なんだ?典子」


 背中からぶつかってきた妹に遼が怪訝そうに振り返り、咲良たちの顔色に何かあったと悟ったらしい。硬い声で「どうした」と聞いてきた。


「小町が、唸ったの。外に、あの、起き上がった人たちがいるかもしれない」


 咲良が小声で告げると、遼はすぐに反応し、雑誌の棚で地図を見ていた卓己たちを呼び寄せた。

 

「どうした?」

「小町が反応したって。外にゾンビいるかも」


 駆け寄ってきた卓己が忌々しそうな顔になりつつ、店内で調達したのかモップを持ってドアへと向かう。すぐに桐野が後を追い、外を確認して戻ってきた。


「道路の方にそれっぽいのが見えた。さっさと移動するぞ」


 車に、と言われ、咲良たちは急いで店内を出た。

 悦子が山下から莉子を受け取り、恵美が悠馬を、手の空いた山下が美優を抱える。咲良も小町を抱えて車へと辿り着く。

 今にも雨が降りそうな空の下、焦りながら後部座席のドアに手をかけた時だった。


「うわっ!!」


 男性の叫び声に振り返ると、山下が車のそばで尻もちをついていた。横に美優が転がっている。山下が転んだ時に投げ出されたらしい。


「美優!怪我は?!あなた!ちょっと、」 

「や、やめろ!離せ!」


 いやだ!と叫び、山下が足を振り回した。

 娘を心配して駆け寄った恵美は、夫への抗議の声を詰まらせ、それから大きな悲鳴をあげる。


「やだ!誰か!!」


 異様な様子に咲良も思わず車から離れて見て、悲鳴を飲み込んだ。

 山下の足首を、誰かが掴んでいる。

 その手は山下の車の下から伸びていた。山下が足を振るたび、つられて手が引っ張られ、徐々に手に繋がった腕、肩が車の下から引きずりだされていく。

 ついに頭が出てきて、山下が引きつった声で叫んだ。

 

「やめろ!噛むなあ!」


 ぐわ、と大きく開いた口は、掴んだ山下の靴先に迫っていた。

 

「クソがっ」


 走り寄った卓己がその勢いのまま、顔を横合いから蹴り上げる。

 と、山下の足首から手が離れ、死者がアスファルトに転がっていった。


「い、いやあああぁ!」

「きゃー!!」


 恵美と美優の叫び声が重なる。

 死者は、上半身だけだった。

 何が起きたのか分からないが、腹から下が無い。だというのに、上半身だけで山下の車の下に潜り込んでいたのだ。

 アスファルトに転がったまま蠢いている死者に、山下が吐き気を抑えるように口元に手をやり、恵美は腰が抜けたのか膝から駐車場にへたり込む。

 卓己は顔を強張らせながらも、死者を遠くにやろうとモップを振ろうとして背後を振り返り、叫んだ。


「美優ちゃん!」


 まさかそっちにも死者が、と全員が振り返ると、怯えた美優が上野家の車の下に潜り込む所だった。

 

「美優!そこはおうちのベッドの下じゃ無いのよ!隠れてないで出てきて!」


 恵美が悠馬を抱えたまま這っていって車の下を覗き込むが、出てこない。

 

「おい!早くしろ!あいつらが来るぞ!」


 駐車場の入り口を見張っていた桐野が叫ぶ。

 

「美優!ママのとこいらっしゃい!」


 恵美は車の下に懸命に呼びかけるが、悠馬を抱いているため地面に寝そべって手を伸ばす事が出来ない。

 車に乗っていた悦子と典子が慌てて降り、恵美とは反対側へと屈みこむ。


「美優ちゃん、危ないよぉ!」

「こっちおいで、美優ちゃん!」


 悦子が大きな声を出した途端、車の中で莉子が泣きだす。悦子が迷いつつ車に戻ると、桐野が「くそっ」と叫ぶのが聞こえた。


「来たぞ!」

「今そっちに……こっちもだ!浩さん!」


 上半身だけの死者を駐車場の端に転がしていた卓己が助けを求めて叫ぶ。

 振り返ると、植込みをかき分けて入ってくる死者がいた。フェンスが壊れて隙間があったらしい。

 駐車場の入り口と、植込みからと、死者に挟まれる形に背筋が冷える。


「咲良!車に乗ってなさい!」


 叫ぶように言い、浩史はコンビニから持ってきたモップを持って、卓己の元へと走る。

 咲良は迷ったが唸る小町だけを後部座席に入れ、典子の所へと走った。

 

「典ちゃん!美優ちゃんは」

「あそこぉ!」


 典子は地面に這いつくばって手を伸ばしているが、美優にはあと少し届かない。名前を呼んで、おいで、と必死に呼びかけるが、ぶるぶると頭を振って拒否される。怖くて動けないのだろう。

 

「車動かすか?!」


 運転席の窓から顔を出した遼に尋ねられ、恵美や典子が「駄目!」と叫んだ。


「車動いたら、美優ちゃんが危ない!」

「ああっくそ!じゃあどうすんだよ!?」


 兄妹が言い合ってる間に、咲良は車の下に目いっぱい腕を突っ込んだが、どうしても美優まで届かない。美優が自分で出てくるしか無いのだ。


「遼!あれ持って来てくれ!」

「マジか!?」


 駐車場の出入り口にいる桐野に呼ばれ、遼は慌てて車から降りてトランクから何かを出し、出入り口の方へ駆けていく。

 

「美優!早く出て、っいやだ!」


 恵美の悲鳴に慌てて車を回り込めば、フェンスから身を乗り出して駐車場側に落ちてくる死者がいた。

 受け身も取らずにアスファルトに叩きつけれた死者は、血をたらしつつ立ち上がる。

 誰か、と咲良は周りを見回したが、浩史と卓己は植込みから侵入してくる死者に相対しているし、桐野と遼は駐車場の入り口を封鎖したり寄ってきた死者を倒している。


「典ちゃん!何か無い?箒とか……っ恵美さん!」


 死者が恵美に向かって駆け出した。走るタイプだったのだ。

 恵美との間は、五メートルも無い。自分をめがけてくる死者に、甲高い恵美の悲鳴が響き渡る。

 

「恵美!」

 

 死者の大きく開けた口が恵美の眼前に迫った瞬間、横から手が伸びて死者を突き飛ばした。

 そのまま飛び出してきた手の持ち主が、死者と団子になって転がっていく。


「あなた!あなた!!っ誰か!!」


 恵美の悲鳴に、咲良はそれが山下だと初めて分かった。

 気弱そうな表情ばかりしていた山下が、険しい顔で必死になって死者を押さえつけている。

 だが死者の力が強いのか、今にも押し負けそうだ。

 手伝わないと、と咲良は使えそうなものを探して振り返り、小さな背が見えて叫ぶ。


「美優ちゃん?!」


 いつの間に車の下から出たのか、美優がコンビニに向かって駆けていく。

 咲良の声で恵美も振り返り、「美優!」と叫んで後を追おうとし、たたらを踏んだ。焦った顔で山下を振り返る。


「い、行って!」


 山下が叫んだ瞬間、手の力が弱まったのか死者に形勢を逆転されそうになった。恵美は危なくなった夫に向かって足を踏み出しかけて、美優を振り返る。どっちに行くべきか迷ったのだろう。

 その背を押す様に、山下が「美優!」と叫び、弾かれた様に恵美は美優を追って駆けだす。

 途端にまた押されつつある山下に、咲良は上着を脱ぎつつ駆け寄った。


「これ!これで口塞ぎます!抑えててください!」


 噛みつこうとする死者の額と首を抑え込んでいる山下に声をかけ、上着を畳んで幅広の布の様にし、慎重に山下の手と手の間に服の端を持った手を通す。

 万が一にも山下の手が滑って死者が解放されれば、咲良の手が噛まれるだろう。

 緊張と恐怖で汗をかきながら、死者の口の前を通過する。

 それから端と端を結ぼうとし、焦った。

 死者はアスファルトに押さえつけられているから、頭の後ろを通して結ぶ事が出来ない。少し考えれば分かったはずなのに。

 パニックになりそうになった瞬間、反対側から手が伸びてきて、服の端を握った。

 

「の、典ちゃん」

「こ、こっち、こっち私が持って、下回せば……」

「危ないよ!」


 死者の頭を浮かせるために山下が力を緩めれば、横にいる咲良と典子に襲い掛かる恐れがある、と山下は首を振る。


「じゃあ、どうすれば……」


 硬直状態に三人で黙り込むと、誰かが駆けてくる気配がして、咲良は顔をあげた。

 

「お父さん!あっちは?」

「一応、落ち着いた。社長は美優ちゃんたちの方だ。遼くん!手が空いたら手伝ってくれ!」

「今っ行きます!」


 浩史の呼びかけに、駐車場の出入り口の方も何とかなったのか、あわあわと転びそうになりながら遼が駆け寄ってきた。

 その遼に死者の頭側から額を抑える様に言い、山下には下肢にずれるように浩史は指示を出す。


「で、でもすごい暴れますよ?」

「一瞬だけ耐えてください」


 三人も、と言われ、咲良は遼と典子と一緒に頷く。山下も浩史のきっぱりとした態度におずおずと頷き、じゃあ、と首と額から手を離した。


「っ」


 途端に首が自由になった死者が、噛みつこうと暴れ出す。

 口を前につき出そうとして頭が浮きかけ、遼が慌てて額を押さえ直した。上着も同様に引っ張られて動き、咲良はアスファルトに縫い付けるように力一杯裾を引きながら抑え込む。

 その上着に包まれた喉を掠める様に、すごい勢いで浩史の靴が振り下ろされた。

 死者の喉仏を浩史の靴底が直撃する。

 少し浮きかけていた後頭部をアスファルトに打ち付けられて、ガッ!と重い音がした。遼が狼狽えた様に「うわっ」と声を漏らしたが、浩史は構わず足に体重をかけていく。


 みし、と何かが軋む音がした。

 咄嗟に掴んでいる上着ではなく浩史の足を見れば、徐々に靴底が喉元に食い込み、沈んでいく。

 息を飲んで見守る先で、ぼき、と何かが折れる鈍い音がした。

 同時に、バタバタと暴れていた死者の身体が動きを止めた。



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