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おきあがり  作者: 鳶鷹
四章
117/136

14



 郊外型らしいコンビニの駐車場は、少し古びたフェンスに囲われていた。

 フェンスの内側にも外側にも木が植わっているが、手入れをされていないのか敷地内の木でも背が高かったり低かったりとまちまちだ。根元は伸びた雑草が茂っているし、コンビニの裏手に至っては、雑木林なのか森なのか判別がつかないくらい、木が立ち並んでいる。

 駐車場には従業員のものなのか、誰かが乗り捨てていったものなのか、三台ほど車が停まっていた。

 一番初めに駐車場に入った卓己の車が、三台の車の周りをぐるりと回ってから停まる。上野家、山下家、と続いて、咲良たちの車も駐車場に入った。


 こちらが停まるのと同時に、卓己が自分の車から降りてきた。手には先ほど見た大きな銃を下げ、軽い足取りでコンビニに向かっていく。

 一人で大丈夫なのか、と咲良は不安に思ったが、桐野も同感だったらしい。小さく舌打ちして「待っていろ」と言い置き、卓己へと駆け寄った。

 二人は揃ってコンビニのドアを潜っていく。

 何事もありませんように、と祈る様に二人が消えたドアを見ていると、数分で戻ってきた。卓己が両手で大きく丸を作る。

 ほっとして助手席のドアを開け、咲良は外に出た。


 雨あがりのアスファルトの匂いがする。

 小町を下ろしながら、その独特な匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。なんだか久しぶりに普通の空気を嗅いだような気がする。


「咲良、着替えはあるか?」

「あ、うん」


 びしょびしょの自分の服を見下ろし、それから山下の車から降りてきた浩史に気づいて駆け寄りかけ、止まる。

 浩史は頭にタオルを押し付けてはいるが、足取りはしっかりしていた。今必要なのは、咲良と同じく乾いた服だろう。

 桐野に車の鍵を渡してもらい、トランクに向かう。鞄から浩史と自分の着替え一式を引っ張り出した。


「持つか?」


 律儀に待っていてくれた桐野に言われたが、咲良は慌てて首を振った。流石に下着が入っている物を渡せない。

 代わりにトランクを閉めて貰い、一緒にみんなの後を追った。


「お父さん」


 入ってすぐのレジの前に、誰が探してきたのかパイプ椅子が置かれて浩史が座っていた。手袋をした悦子が、髪をかき分けて傷を見ている。もう血は流れていない。


「……縫うほどじゃないわ、大丈夫。ガーゼ当ててテーピングして、包帯巻いておきましょう。ちょっと髪切りますね」

「お願いします」

「ただ頭だからなるべく安静にして、要観察です。後から調子悪くなることもありますから」


 言って車から持ってきたらしい救急セットで処置をしていった。

 

「あと怖いのは風邪ね。濡れた人は着替えるか拭くかした方が良いわ。着替える場所はあるかしら?」

「店の奥の棚の影かな。咲良ちゃん、着替えてきたらどうだ?」

「待って。咲良ちゃんの怪我も見たいから、着替えるなら一緒に行くわ」


 包帯を巻き終えた悦子がストップをかけ、立ち上がる。服の下に怪我がないか気にしてくれたのだろう。


「じゃあ咲良ちゃん、一番奥に……行けるの?これ」


 救急箱を持って悦子は顔を顰めた。

 改めて店内を見渡せば、棚からは商品が通路に落下し、場所によっては棚自体が倒されている。誰かが物資を求めて来て、急いでいたか逃げようとして引っかけたのだろう。

 前面がガラス張りだから、外から差し込む微かな明かりでも、荒れた店内の様子がよく分かった。


「ああ。さっき一回りしたから大丈夫だ。ちょうどよく影になる棚も出来てた」


 あそこだ、と卓己がバックヤードらしきあたりを指さす。

 こっちから行ってぐるっと回りこむ、と言われて、咲良と悦子は小町を連れて向かった。言われた通りに入ると、確かに棚が衝立の様になって、ちょっとしたスペースが出来ている。屈めば人に見えずに着替えられるだろう。

 悦子には見られるがそれは仕方がない。咲良はぱぱっと服を脱いでいった。


「咲良ちゃん、ストップ。腰のとこ痣が出来てるわ」

「えっ気づかなかったです」

「後ろだからね。ああ、太腿の横も」

「うわぁ……」


 鬱血して変な色になっている自分の足に、咲良は呻いた。車から引きずり降ろされた時のものだろう。ちょん、と押してみるとたんこぶと一緒で痛い。

 

「ああ、たんこぶもあるの?どっちも冷やした方が良いんだけど、氷とか無いわよねぇ……」

 

 悦子がアイスの入っているケースを探して覗き込むが、手を突っ込んでから首を振って戻ってきた。


「停電してるみたい。アイスが液体になってたわ」

「そういえばドア開きっぱなしでしたね」

「うーん。吐き気とか変な痛みはある?」

「無いです。押すと痛いですけど……」

「じゃあ要観察ね」


 悩まし気にため息をついた悦子が背を向けてくれたので、咲良は急いで下着から全部着替えた。

 髪はまだ湿っているが、乾いた服は温かい。気づかなかったが雨で大分体温を奪われていたのだろう。念のために持って来ていた薄手の上着も羽織ると、温かさにほっとした。

 

「着替え終わりました」

「じゃあ男性陣と交代ね。卓己さん!」


 入り口付近に陣取っていた浩史たちを呼ぶと、卓己や桐野も自分の着替えを持ってきたらしく、三人揃ってこっちに来る。


「お父さん、これ着替え」

「中原さんも桐野くんも、着替えの時に傷とか怪我があったら教えてね。手当てに来るから」

「ありがとうございます」


 礼を言う浩史に続いて桐野もぺこりと頭を下げ、三人は棚の影へと入って行った。

 入れ違いに出入り口付近に戻ると、典子が棚を物色している。


「典ちゃん?」

「咲ちゃん、お腹空かない?」

「あんまり……あ、でももうお昼過ぎてる?」


 コンビニの時計を探して壁を見上げるが、落下でもしたのか見当たらない。

 典子が腕に巻いた時計を見せてくれて、それですでに午後の二時近いと分かった。

 

「霊園でお菓子食べたし、感覚がおかしくなってるのかも。あ、それ」

「地域限定だってぇ。買う?」

 

 よく食べていた飴の見た事の無い味に声をあげると、差し出されて尋ねられる。首を傾げて「買う?」と聞き返すと、典子にレジを指さされた。

 レジには美優が座り、膝にお金がのったトレーをのせている。目が合うと恥ずかしそうにはにかんで下を向いてしまった。


「お店屋さんごっこしてるんだぁ。美優ちゃん、元気なかったからさぁ」


 こそりと典子に囁かれ、納得した。

 美優はまだ三歳だ。なんでこんな風に逃げ回っているのかも分かっていないだろう。母親は弟の悠馬にかかりっきりだし、時によっては授乳で莉子にも取られる。

 保育士になりたかった典子は、わけもわからず怖い思いしかしていない美優が気になって、遊びに誘ったのだろう。

 

「じゃあ、これください」


 はい、とお菓子を美優に渡すと、横に移動した典子にごにょごにょと値段を聞き、咲良に向き直る。


「ひゃくななえんです」

「これで足りますか?」


 脱いだズボンのポケットから小銭を出して渡すと、また典子に聞き、うんうんと頷いてトレーから一円玉を拾った。


「おつりです」


 はい、と小さい手でおつりを渡され、お礼を言って受け取ると、典子に向き直って小さな声で「できたよ」と報告する。

 にこにこと笑い合っている二人に、悠馬を抱っこした恵美がやってきて、手に持っていた花火のセットを出して「いくらですか?」とお店屋さんごっこに参加した。もうすぐ夏だからと仕入れていた商品なのだろう。莉子を任されていた山下も寄ってくる。

 咲良は濡れた髪を乾かそうと、その輪から少し離れた。


「乾いたか?」

「わっ」


 突然かけられた声に驚いて振り返ると、着替えた浩史たちが立っていた。


「まだだよ。ドライヤーがあれば早いんだけどさ」

「停電してるらしいからな。どれ、お父さんが拭いてやろう」

「ええ?たんこぶあるから良いよ」

「たんこぶ?どこだ」


 髪をかき分けてくる浩史に観念して頭を見せていると、横で悦子が桐野に怪我の有無について聞きはじめ、卓己にスマホを手にした遼が近づいてきた。

 

「電話、勇兄さんか?何かあったか?」

「あったっつうか、やってるっつうか」

「やる?」

「車。修理中だって」


 そういえば田原たちの乗っていた車が死者にぶつかられていた。

 あれから随分時間が経っているはずだが、まだ修理が終わっていないのか、と咲良は不安になった。二台を置き去りにしてきてしまっている形なのだ。

 田原の運転していた車の本来の所有者の卓己が渋い顔になる。


「大破したって話じゃなかっただろう?」

「走れる事は走れるけど、ドアがガタガタなんだって。いつ取れるか分かんないから、修理工場探してたらしい」

「……営業してる修理屋あったのか?」


 こんな状況で?と聞けば、うん、と頷く。


「営業っつうか、籠城してた人?みたい。よく分からんけど」

「場所は?」

「意外と近いんだよ。こっから車だと五分から十分くらいかな」

「じゃあこの後いったん合流するか?」

「かなぁ、て思ってる。山下さんにも説明しないと」


 そう言って遼がレジ前でお店屋ごっこをしている人たちの所へ向かうのを見て、咲良は浩史に断ってドアへと向かう。

 

「咲ちゃぁん?」

「典ちゃん。もうすぐ出るみたいだから、小町のトイレ行ってくるよ」

「あ、じゃあ私も行くぅ」


 遼の話を聞かなくて良いのかな、と聞くが、良いよぉ、と手を振られた。


「お兄ちゃんの話長いんだもん。車の中で聞けば良いよぉ。もうずっと座ってるから腰が痛くってさぁ、ちょっと身体動かしたいんだぁ」

「分かる。エコノミークラス症候群だっけ?あれって足を……小町?」


 ピタ、と止まった愛犬に戸惑いながら一緒に足を止め、顔を覗きこんで息を飲んだ。

 外の空気を吸った小町は、威嚇するように鼻に皺を寄せて唸っていた。



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