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おきあがり  作者: 鳶鷹
四章
116/136

13


 

「浩さん!」

「お父さん!」


 地面に膝をついた浩史に卓己が駆け寄ろうとし、手の中の銃を見て車に戻る。 

 その間に桐野が咲良を抱き上げたまま、浩史に駆け寄った。

 

「おい、大丈夫か?」


 腕の中から降りようとした咲良を押さえ、桐野は浩史の顔を覗き込んだ。


「ちょっと眩暈がしてるだけだ。思いっきり窓に頭をぶつけたらしい。ガラス割れてないか?」

「……車の窓は割れてないな。あんたの頭は割れてそうだが」

 

 浩史の手の下から垂れてくる血に顔を顰めた桐野に、はは、と力なく笑う。


「側頭部が裂けただけだ。咲良を離すなよ」

「お父さん!」

「血に触られたくない。君も、社長も」

「だが浩さん、手当をしないと」


 銃を置いて代わりにタオルを持って走り寄ってきた卓己からタオルを受け取り、浩史は自分の足で立ち上がった。

 片手にタオルを持って頭を押さえ、もう片手を膝につき、深呼吸をする。


「……大丈夫です。血は雨が流してくれるでしょうし、移動しましょう」

「駄目だ。今の浩さんには運転させられない」

「うちの車と奴らの車がぶつかった時、結構な音がしたから、うかうかしてると死者が寄ってきます。幸い、車は動けそうですし」


 浩史の視線を追い、車のそばに落ちている色とりどりの布の様なものに気づく。

 くしゃくしゃになったそれには「ようこそ!」の文字があった。あの車にぶつけられる前に見た、空気入りのアーチだ。

 

「あの車と接触した後、路面のせいでかなり滑ってな。アーチとか空気入りの動物とかの方に吹っ飛んでぶつかったんだよ。跳ね返されて弾んで、ピンボールみたいになったんだと思う」


 だから衝撃の割には車は壊れていないし、周りに空気入りの成れの果てが散乱しているのだろう。ただし中の人間は硬い窓に頭をぶつける羽目になった。


「クラッシュしなかったのはラッキーだがな。浩さんにはダメージが入ってるだろ?」


 心配そうに浩史の顔を覗き込む卓己に、桐野が「そういえば」と向き直る。


「あんた、銃持ってたんだな」

「ああ、いや、高校にいた自衛隊の装備らしい。遼がかっぱらってきたんだ。望月さんと一緒だな。遼は猟銃なんて持った事も無いが、俺がライフル撃てるのを知ってたから」

「あれで奴らが寄ってきたら撃って時間稼ぎをするのは?」

「無理だ。さっきも聞いただろ?音がデカすぎる。もっと寄ってくるぞ。桐野くん、君が浩さんの車を運転してくれ。山下さん、浩さんを乗せて貰えないか?俺は荒っぽい運転になるかもしれんから」

「あ、ああ、はい」


 今まで気づかなかったが、どこかに隠れていたのか傘を差した山下が立っていた。そういえば桐野は山下家の車に乗っていたのだ。

 卓己の提案に浩史は迷う素振りを見せたが、考える時間が惜しいらしい桐野が咲良を抱えあげたまま車の助手席に向かうと諦めたらしい。


「山下さん、すみませんが、乗せてください」

「はっはい!」


 先導しようとする山下を制し、咲良たちを振り返った。


「桐野くん、すまないが咲良を頼む」


 頷いた桐野と咲良に手を振り、山下と一緒に遠ざかっていく背中を見送る。

 

「咲良、乗せるぞ」

「ありがとう。小町!大丈夫だった?」


 きゅんきゅんと鼻を鳴らす音に、咲良はハッとした。小町の事を忘れていた。

 慌てて後部座席のキャリーを開けて確認すると、怪我をした様子は無い。ケース自体がメッシュ地の柔らかいものだったのと、周りの荷物がクッションになって小町の身体を受け止めてくれたのだろう。


「良かった、小町」


 べろべろと顔を舐められながら呟けば、車を回り込んで運転席に乗ってきた桐野が咲良と小町の様子を見て、腕に持っていた物を渡してきた。

 

「タオル?」

「さっきの強盗が持って行こうとしてたやつの一部だ。トランクを開けてすぐの山を取り出したんだろうな」

「あ、荷物」

「これ以外はトランクに戻しておいた」

「ありがとう」


 何から何まで、と改めて礼を言うと、なぜか居心地の悪そうな顔をされてしまった。


「……気にするな。それより拭いた方が良い。風邪ひくぞ」

「あ……シートが濡れちゃってる……」


 ずぶ濡れのまま助手席に乗り込んだのだから仕方ないが、シートも足元もびちゃびちゃだ。この服を着ている以上、濡らさないのは無理だろう。

 座面と身体の間にタオルを挟もうか、と悩んでいると、シートベルト、と言われて慌ててベルトを締める。


「この車、サイドブレーキどこだ?」

「それだよ」


 卓己や山下の車と位置が違ったのだろう。色々と確認されて答えていると、ブブブ、とバイブレーションの振動音がして気づく。

 スマホが無い。刺しておいたドリンクホルダーは空で、トランシーバーともども、さっきの衝撃でどこかに飛んでいったのだろう。

 音を頼りに探せば、二つ仲良く足元に転がっていた。


「あ!カバーに傷……」

「動いてるならマシだろう。誰からだ?」

「典ちゃんだ」


 急いで通話を押せば、典子の泣きそうな声が飛び出してきた。


『咲ちゃぁん!大丈夫ぅ?!』


 スピーカーモードじゃないのに桐野にも小町にも聞こえたらしい。桐野は驚いたように肩を揺らし、小町がきゅん、と鼻を鳴らした。

 声の直撃した咲良は耳を押さえつつ、半泣きの典子を宥める。

 大丈夫、泣かないで、どうしたの?という問いに、鼻をすすりながらも答えが返ってきた。


『怪我してないぃ?頭打ったって卓ちゃんが言っててそれでどっかでちょっと休もうって、お兄ちゃんが言ってて、お兄ちゃん、場所ぉ!』

『典子うるせー!あああ、ほら、莉子ちゃんつられて泣きだした!』


 電話の向こうで一頻り揉める上野兄妹に、桐野がため息をついた。


「……ついて行くから場所は良い。さっさと出発してくれ」




 四台の車で逃げる様に走る。

 雨はまだ降っていたが、地面を打つ雨音は死者の耳にエンジンを誤魔化させる作用でもあるらしく、お陰で多くの死者はこちらがそばに寄らない限りは気づかなかった。

 稀にこちらに気づく死者は卓己が撥ね飛ばし、撥ね飛ばされた死者は雨で足を取られてすぐに起き上がれない。

 車の方も雨による視界の悪さに煩わされたが、雨の恩恵は大きかった。

 

「タオル足りるか?」


 全身を拭いていた咲良に、運転をしながら桐野が尋ねる。


「今のところは、かな。頭はこれからだから……痛……」


 髪を拭こう、とタオルを被って両手で頭を覆い、咲良は呻いた。左側の側頭部が膨らんでいる。


「どうした?」

「たんこぶが出来たっぽい」


 これのせいで気を失ったのだろう。

 そろりと手を外し、こぶを避けながら頭を拭いていると、桐野に訝し気に聞かれた。


「たんこぶ?」

「あ、えーと、ぶつけた所が腫れるやつ」


 英語で何というか分からず、とりあえずの説明をしてみれば通じたらしい。


「冷やした方がいいな。吐き気や頭痛は無いか?」

「無い、と思う。触ると痛いけど……」

「早く休めるところにつくと良いんだが……」


 呟いた桐野の声が聞こえたかのように、前の車が方向転換し、横道へと入っていく。

 二車線の道路を走り続けていると、大きな道路と道が繋がった。

 幹線道路なのか、単に広い国道なのか咲良には区別がつかなかったが、道の両脇にはまとまった住宅街は無く、代わりに車通勤が主なのだろうマンションやアパートが所々にぽつぽつと建っている。一つ一つの土地が大きいのは、土地に余裕があるからだろう。緑も多く、雑木林やちょっとした山の様になっている場所もある。

 見覚えのある景色では無いが、大分田舎に近いところまでは来ていたらしい。


「うわ……」


 その広い道路が、多分郊外に荷物を運ぶトラックが主要に使っていた道なのだ、とは咲良にも分かった。

 見晴らしの良かっただろう道路に、数台の壊れた車や横転したバスやトラックが転がっていたからだ。

 歩道に乗り上げたり、街灯に突っ込んでいたり、炎上したのか黒焦げになっているものもある。車の中に動かない人影が見え、咲良は直視できなくてすぐに目を逸らした。

 焼けた車だ、そういう事なのだろう。 

 時折車の影から出てくる死者を避けつつ走り抜け、雨が小降りになった頃だった。

 前の車のスピードがゆるゆると落ちていく。

  

「ついた、か?」


 先頭の車が伺う様に入って行ったのは、周囲を緑に囲まれたコンビニエンスストアの広い駐車場だった。



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