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「ちょっと落ち着いたかな?」
外を見張るという卓己と桐野を除いた全員が車座になり、腰を落ち着けた。
遼は相当腹が減っていたのか、ポテトチップを三~四枚いっぺんに掴んでは口に放り込んでいる。食べられなかったうっ憤を晴らす勢いだ。
あっという間に一箱を空けた遼に悦子がペットボトルを差し出せば、勢いよく煽る。
田原も孝志も同じように軽く一袋を空けたところで問うたルイスに、全員が頷いた。
「じゃあ作戦会議しよう。勇さん」
促された勇がお茶を飲み、口を開く。
「皆さんも気づいてると思いますが、ここまであまり進めていません。移動距離は長いけど、実質的には進めていない」
「今日中につくのは無理じゃね?てペースだよな」
ペットボトルの蓋をしめつつ、遼が嘆くと、勇も渋い顔で頷き返した。
「タイムロスがすごい。六台で走ってるとどうしても離散して合流、に時間がかかりすぎる。それに衝突の危険性だな。列の前後は良いが、間の車は前から後ろから押し潰される可能性があっただろ?」
「あー、まぁちょっと怖かったな、衝突されそうで。なら、真ん中の車が出来ない様に、二台づつの三班に別れる?」
「それは難しいよ」
遼の提案にルイスが首を振る。
「ぶつけて大丈夫な車は二台でしょ?三台だと、一つの班は死者を撥ねての正面突破が出来なくなる」
「そっか。じゃあ三台づつで二班?これでも間の車は潰される可能性あるけど、さっきよかマシだ」
「どう分けるんだ?」
「今の感じだと、先生と桐野くん、俺と父さんは別だよな。っつうと、先生と父さんのとこに、孝志と田原と吉田さんの車と山下さん一家とか?」
「それだとお前の方に桐野くんと卓己の車と中原さん家か」
「うーん。それだと、僕らの方の戦力が弱いんですよね」
難を示したルイスに遼がチョコ菓子の袋を開けながら、場を囲む面々を確認するように見る。
「戦力を均すとすると……」
「まず戦力になるのは僕と眞と中原さん?えっと躊躇う?事無くやれる人って意味で」
やれる、という言葉に浩史が嫌そうに顔を顰めたが、異論は無いらしい。
「俺も一回やっちまえば躊躇は無くなると思うが」
「ゾンビは撥ねてますもんね。じゃあ卓己さんもかな」
「なら、うちの車がルイスさんと勇さんたちの班に入れば良いんじゃないか?」
浩史が手をあげて意見を言うと、ルイスが難しい顔になった。
「それはすごく有り難いんですけど、今度はそっちの戦力が気になるんですよね。眞と卓己さんは同じ車でしょう?後の二台は無防備だ」
「あー、運転出来る人間が限られてますもんね。じゃあ桐野くんに別の車に移動して貰うとか?」
遼の言葉に桐野に視線が集まる。
「運転かあ。眞、運転出来るようになった?」
「彼に教えては貰ったが、まだ無理だろ」
桐野の方も咲良と同じで、運転の仕方を習っていたらしい。
彼、と視線を向けられた卓己が頷く。
「おおよそを教えはしたが、基本の動かし方だけだ。ボンネットの中なんかは教えてないから、危なくて運転はさせられない」
「なら今、基礎を教えたらどうでしょう?幸い、ここは死者もいなさそうだし、うちの咲良にも見せてやりたいですし。出来たら、数メートルだけでも走らせてやりたいんです」
おや、という視線が今度は咲良に集まった。
居心地の悪さを足元の小町を撫でて誤魔化していると、典子が「良いなぁ」と声を上げる。
「私も運転したいよぅ」
「お前はもっとも向いてない人種だろ。前にチャリンコで電柱にぶつかったの忘れたか?」
呆れた様に、だが先程の苛立ちは欠片も無い調子で遼が言うと、典子も兄の様子が良くなったのに気付いたのか、ホッとしたように言い返した。
「あれは電柱の場所が工事で変わってたからですぅ」
「馬っ鹿、普通は電柱が移動しても気づくわ。目視で避けるわ」
いつもの調子で言い合う子供たちに、悦子がやれやれと頭を振り、注目を集める様に手をあげる。
「私からもお願いが。遼を休ませて欲しいの」
「はぁ?!母さん、何言ってんの!母さんは免許無いっしょ?」
「あんた色々限界でしょ?食事は多少お菓子で何とかなったかもしれないけど、寝てないし」
「いやそれはさぁ、」
「莉子ちゃんの事。車内でオムツ変えたり、いきなり泣いたりするの、結構きてるでしょ?」
「………いや、それは、さぁ……」
むごむごと口篭もる遼に、当然よ、と悦子が手を振る。
「慣れてない人間に赤ちゃんの突拍子もない高い声はキツイだけだもの」
悦子の言葉に咲良も内心で頷いた。
夕べは何度も赤ちゃんたちの夜泣きで目が覚めてしまった。こちらの神経がたっていたのもあるのだろうが、なぜか赤ちゃんの声がすると起きなくちゃ、と思ってしまうのだ。
それでも咲良は車が別だったから夜中以降は悩まされなかったが、上野家の車には莉子がいた。運転中も泣いただろうし、オムツを交換だってしただろう。
ちらりと遼を伺えば、バツが悪そうにもごもごしている。優しい性格だから、うるさかった、とは言えないのだろう。
逆に二人を育てた経験のある悦子は遠慮無く続ける。
「私も久しぶりに聞いてびっくりしたわ。寝不足だと殆ど凶器よね、あれは。お父さんもあんた達が小さくて夜泣きが酷い時は、別の部屋に一人で寝てたのよ」
「へ?そうなの?」
驚いた遼と典子が勇を見ると、今度は勇が後ろめたそうな表情になった。
「……母さんほど夜泣きに反応して起きれないんで、一緒に寝てても無意味でな。それでも睡眠が浅くなるくらいはあったのか、寝不足になって仕事中に事故りかけた事があるんだよ」
「一緒に寝てても手伝って貰えないなら、一緒に寝てる意味が無いからね。それならきちんと寝て貰う事を優先したの。遼を生んで専業主婦だったし、昼間ならおばあちゃんが見てくれたから、昼寝が出来たし」
それが同居の良いところよ、と言った悦子は、和子の事を思い出したのか目を伏せた。
しんみりとした雰囲気が漂いそうになったのを察したのか、ひょい、と孝志が手をあげて注目を集める。
「俺、車の中で多少寝られたので、そっちの車運転しましょうか?」
「でも多少だろ?あのへたっぴな運転でそうそう寝られるかよ」
田原がムッとした顔になったが、口の中にスナック菓子が入っていて反論出来ない。
バリバリかみ砕きながら遼を睨んだが、当の遼は「こら」と悦子にひっぱたかれており、それで溜飲が下がったらしい。まぁ良いか、という顔でまた菓子を口に放り込んだ。
「遼の言い方はあれだが、車の中だから、足も伸ばせてないだろう?孝志くんももう少し休んだ方が良い」
「でもおじさん、」
「遼もな。運転手組は休憩したら良い。その間に、桐野くんだったか、君と咲良ちゃんに運転の基礎を教える。一、二時間くらいしかとれないだろうが」
「私はぁ?」
なるほど、と納得した遼たちは逆に、不満そうに訴える典子に勇は苦笑した。
「お前はなぁ……うん、まぁ一応、教えとこうか」
「やったぁ!」
「父さん?!」
両手をあげて喜ぶ典子と、そんな妹と父親を見比べて目をむく遼に、勇は落ち着けと手を振る。
「知らないよりは知ってた方が良い」
運転させるかは別として、な、と典子には聞こえないように小さく言い、それでようやく遼も納得したようだった。
「……まぁ、操作方法の多さに辟易してくれたら、こっちのもんだしな……」




