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おきあがり  作者: 鳶鷹
四章
110/136

7



 三台になってしまってから数分後、曲がった角の先を走る車が見え、ほっと息をつく。別れてしまった前の三台がいたのだ。

 そのまま追いかける様に後を追い、途中で卓己の運転する車がライトを点滅させ、道の端に寄って失速する。

 止まるわけにもいかずゆっくりと横を追い越せば、運転席から行け行け、と手振りをされた。また殿につくのだろう。

 浩史の運転する車は山下家の車の後ろにつき、また六台で走り出す。


 しばらくし、また前の車が急ブレーキをかけた。かと思うと、バックしてくる。またか、と浩史が毒づきながら車をバックさせると、後ろになっていた田原も慌てて車をバックし始めた。

 さっきと同じように途中でUターンして車列を離れて迂回し、同じように合流する。

 前の車にぶつからないように車間距離を取っていたら、不意にそこに死者が飛び込んできた。


「っこういう事か!」


 先頭車両に撥ね飛ばされた死者だろう。走るタイプの死者のようだが、撥ねられたはずみで足が折れたのか、きちんと立つことが出来ていない。

 だというのに、こちらに気づいてすぐ、車の前に飛び出してきたのだ。


 慌てて浩史が車をバックさせたために空いたスペースに、死者が飛び込んだ姿勢で倒れこむ。

 生身の人間なら痛みで起き上がれないだろうに、すぐに顔をあげた死者に浩史が悪態をつきつつ、車をさらにバックさせた。慌てた様に後ろの車も下がる。

 逃げをうった車を後ろから死者が追いかけるが、足が折れている、という自覚が無いからかすぐに転倒した。

 遠ざかっていく姿に、咲良はほっと息を漏らす。


「逃げきれそうだね」

「ああ。だが……」

「お父さん?」


 口篭もった父を促せば、苦虫を噛み潰したような顔になった。


「……この調子じゃ、いつまでたっても前に進めない。本来なら、とっくにここらは抜けてるはずなんだ」


 言われて見れば、まだ周りは市街地、と言えるほど賑やかな場所ではない。やや住宅が増えてきたな、という程度だ。

 

「午前のうちに隣りの市まで行けるかも怪しいな」


 前方を見据えながら呟いた浩史の言葉は、不吉で、だが残念ながら現実になった。




 車列に死者が寄ってくる。

 さっきと同じように先頭車両が撥ね飛ばすが、やはり同じように立ち上がり向かってくる死者が意外と多かった。

 六台はその都度、前後に別れて逃げざるを得ない。中原家はもちろん、上野家も他の車も死者を撥ねて車が無事だと言えるほど強度が無いのだ。当たり所が悪ければ、普通の交通事故と一緒で一発で走れなくなるだろう。

 そんな危険は冒せない。だから逃げに徹するしかなかった。


 二手に別れた後はさっきと同じで、迂回しては合流するを繰り返す。

 遅々として車は進めず、突っ切るはずだった市街地の縁を、死者を避けてちまちまと進むしかない。その上、事故で壊れた車が道を塞いでいて通れない箇所があって迂回せざるを得ない事もある。

 空は変わらず曇天のままだったが、時計の針はもう八時近かった。タクシーの営業所を出たのは五時過ぎだったから、すでに三時間近くたっている。

 天気が悪いからか浩史は視界がかすむらしいが、咲良は少し頭痛がしていた。天気が悪いと時々なるのだが、今は寝不足やストレスも関係しているのかもしれない。

 前に進めない、一歩進んで二歩下がる様な状況が、ストレスになっているのだ。

 浩史も咲良も苛立ちを表に出さないようにしていたが、車の中の空気は確実に悪くなっていた。


「咲良、今どこらへんだ?」

「まだ市内だよ。この辺はあんまり来た事無いから、地図を見る限り、だけど」

「先は長いな……」


 呻いた浩史に同意するようにため息を漏らす。

 と、前の車がテールランプを点滅させるのに気付いた。浩史が怪訝そうな顔になる。


「どこに行くんだ?」

「え?道、こっちじゃないの?」

「今までの感じだと方角が逸れてないか?」


 前の前の車がランプを出した方向へ曲がっているらしい事に気づき、浩史もテールランプで最後尾の車に合図し、車の向きを変える。


「どこ向かってるか分かるか?」


 咲良は手元の地図を指で辿り、辿った先にある文字に硬直した。


「咲良?」

「この先、霊園って書いてある……」


 霊園?と眉を顰める浩史の気持ちはよく分かる。

 起き上がる死者のいる現状で、なんで霊園に行くのか。死者たちが墓から蘇るわけでは無いと知ってはいるが、墓参りでも無いのに進んで行こうとは思えない場所だ。

 それでも迷いなく進む車列について行けば、大きく『霊園入り口』と書かれた看板が見えた。看板の横にある坂道を登っていく。

 高台にあるのか、ぐねぐねと曲がる坂を数分登れば、駐車場らしきだだっ広いスペースが現れた。

 すぐ横に管理事務所と書かれた小振りな建物があり、その奥には斎場らしき建物が見える。

 

「他の車は無いな」

「この状況でお墓参りに来る人はいないと思う……」


 発生当時に墓参りに来てた人間がいたとしても、普通は墓場に留まりはしないだろう。

 だったら逆に安全なのかもしれない、と呟きながら、浩史も他の車に習って、広い駐車場に車を止める。

 一応気をつけて静かにドアを開けた咲良だったが、バン!と叩きつける様にドアを閉める音がして飛びあがった。

 音の発生源を見れば、遼だ。

 後部座席から降りてきた典子が、大きな音をたてた遼に不満げな顔を向けるが、睨みつけられ、ムッとした顔で口を噤む。

 珍しい兄妹の様子に、咲良は心配になった。

 遼があそこまであからさまに典子に怒っている姿は初めて見る。喧嘩をしても、何だかんだで遼が典子に折れるのが、常だったのに。

 

 不安を覚えたのは咲良だけでは無いらしく、浩史も訝し気に兄妹を見やっている。勇もだ。松葉杖で器用に移動し、息子のそばへとやってくる。

 が、遼の方が、声をかけようとした勇を避ける様に俯いてしまった。

 

「遼?疲れたか?」

「……別に。それよか、なんでここ来たの?」


 分かりやすく話を変えて来た遼に、話す気が無いと悟ったのか勇は管理事務所を指さした。


「中に入ろう。話はそれからだ」

「でも鍵が、って先生?」


 管理事務所のガラス張りの向こうに見えた人影に、遼がぎょっとした声を上げる。咲良もびっくりした。

 どうやったのかルイスが事務所の中にいるのだ。

 入り口の鍵を弄り、内側からドアを開けてしまう。


「入って。雨が降ってきたら厄介だ」


 手招かれて入った管理事務所は平屋で、建物の半分は事務机が並び、もう半分は参拝者用なのかいくつものベンチがあり、壁際には自販機が三台ほど設置されていた。

 

「先生、どっから入ったんですか?」

「うん?トイレの窓。勇さんがこういうとこのトイレの窓は開いてるとこが多いって言うんで、見たら開いてたから」


 あそこ、と指さした先に、恵美が娘の美優を片手で抱えあげ、小走りで駆けていく。美優はぷらんと下がった足をもじもじとさせていた。

 ずっと車に乗りっぱなしだったから、トイレを我慢していたのだろう。小町も車から出した途端、用を足していた。

 

「全員入ったかな。じゃあ彼女たちが戻ったら作戦会議だ」

「作戦?」

「ずっと行ったり来たりだったでしょ?それについて話し合わないと」


 中々進まない道程やきもきしていたのは咲良たちだけでは無かったらしい。ルイスの言葉に幾人もが頷いた。


「天気が悪いのは辛いな。足が痛む」


 勇がぼやきながらベンチに座るのを見て他の人が続く中、卓己がふらっと自販機の方へと歩いて行く。

 ガシャン、と大きな音がして振り向けば、卓己が自販機から何かを取り出す所だった。


「遼、良いものがあった」

「わっ!卓ちゃん!あ」


 突然投げられたものを反射的に受け取って文句を言いかけ、ポカンとした顔になる。

 遼の手の中には、お菓子があった。筒状の入れ物に入ったポテトチップ。


「参拝に来る子供用だろうな。一台まるまる菓子の自販だ。それなら食えそうか?」

「あ……うん」

「孝志くんは?これなら食えるか?」

「あ、はい。大丈夫だと思います」

「ならまず腹を満たせ。腹が減るからイラつくんだ」

「…………」


 だからか、と咲良は思わず遼を見てしまった。言われてみれば咲良より遼のがよほどストレスが溜まっている状態だ。

 遼は図星をつかれたのか決まり悪そうな顔になったが、すぐに次から次へと投げられる菓子をキャッチする作業に追われて慌てだす。


「ちょ、卓ちゃん、中身割れる!」

「頑張れ。腹が膨れる物とか栄養価が高そうなのは金が続く限り全部買うからな」

「マジかよ!」


 孝志!と応援を叫ぶ遼をしり目に、勇は松葉杖をつきながら卓己に近寄り、無言で財布を取り出した。

 ついでトイレから出て来て状況を見て取ったらしい恵美につつかれた山下が、慌てて財布を出しながら自販機に駆け寄る。美優もお菓子が食べられると分かったのか、父親の後ろをチョコチョコとついて行った。

 

「……うちも何か買うか」


 あー、と緊張の抜けた声で言ったのは浩史だ。

 一人が立てば、後の人間も気が緩んだのだろう。財布やスマホを手に、ぞろぞろと全員が腰を下ろしたばかりのベンチから立ち、自販機へと向かった。



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