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おきあがり  作者: 鳶鷹
一章
11/136

10

今回、ちょっと長いです。うまく切れなかった…。

<10>


 階段の踊り場には、非常口への誘導灯がぼんやりと光っていた。

 非常用だからか、他の明かりが消えてもこれだけはきちんとついていたらしい。

 窓からの光が当てに出来ず、懐中電灯もない状況では、たとえ緑色の明かりでもありがたい。


 一階と二階の踊り場につき、咲良は少しだけほっとした。

 下にいる校長や生徒たちは咲良たちの動きに気づいていないらしく、階段へ向かってくる者は見えない。

 少し距離が開いた事に安心したのだが、桐野の方は逆に気を張っていた。


 上から下から押し寄せられたら、階段の踊り場では逃げ道が無い。じりじりとしながら、前方に何もいないか確認しつつ、二階への折り返しの一歩を踏み出す。

 特に上から現れる人物も見えず順調に階段を登っていくが、二階の廊下が見通せる段まで来て足を止めた。


 どうしたのかと咲良も下に向けていた視線をちらっと動かすと、二階の廊下を生徒が歩いていた。見覚えのあるジャージを着ている。

 見える範囲には二人いて、一人がまっすぐ伸びる廊下をうろうろし、もう一人は視聴覚室前の廊下へとふらふら歩いていく。


 桐野は廊下から姿が見えないぎりぎりの段まで上ってしゃがみ、同様にした咲良を引き寄せた。

 顔のすぐ横に相手の顔、という状況に驚いて咄嗟に頭をひこうとする咲良の後頭部を押さえ込み、耳元で囁く。


「もしかして視聴覚室を使ってた男子テニスか?」

「た、多分……」


 桐野の囁きで耳元の髪が微かに動いてくすぐったいが、何とか堪えて答える。


「あのジャージ、見覚えあるから」

「そうか……何人いるか分かるか?」


 咲良はテニスにはさほど興味がないから、ちゃんとした部員数は知らなかった。

 ただ一クラスに二人は小池の追っかけがいる計算になる、と誰かが言っていたから、四クラス×二で一学年八人。三学年分合わせれば、八×三で二十四人だ。


「多分、テニス部の総数は二十人ちょっとくらいだと思う。今日どれくらい出席してるかは分からないけど……」

「そうか」


 ちらちらと廊下を行ったり来たりしている姿を観察し、桐野はまた咲良を引き寄せる。


「二階はやめよう」

「え」

「三階まで行く。三階は特別教室が少ないから、残ってた生徒も少ないだろう」


 桐野の言葉に、残ってた生徒=あの普通じゃない生徒、という図式が頭に浮かんだ。

 居残っていた生徒はみんなああなっているの?と、ぞっとしたが、咲良たちは無事にこうして動いている。


「なんで……」


 つい零れた言葉に桐野が微かに首を傾げる。


「あの人たち、なんなんだろう……」


 今更の疑問が湧き出てくる。

 彼らはなんでああなったのか、意識はちゃんとあるのか、どうしたら元の通りになるのか。


「……さあ」

「桐野くん」

「なんでこんな事になってるのか、分からない」


 顔の横にあった桐野の頭が僅かにうつむく。とん、と咲良の肩に顎をのせて、小さく溜め息をこぼした。


「……分からないが、逃げ切らないと」

「うん」


 桐野の言うとおりだった。なぜ、どうして、という疑問よりも、今は無事に図書室に戻る事を考えないと、と咲良は自分に言い聞かせる。

 余計な事を考えるな、というのは、護身術を習う時にも散々言われた。悩んだり迷ったりすれば、躊躇いが生まれる。躊躇った分、怪我をしやすくなるんだから、と。

 麻井の腕のひどい傷を思い出して、身震いする。

 咲良の震えを感じたのか、桐野は励ますように咲良の頭を撫でてくれた。


「行こう」

「うん」






 二階を歩いていたジャージ姿の生徒の一人が視聴覚室の方へ消えるのを待ち、もう一人が背を向けた瞬間に、すばやく静かに駆け上がり、二階の非常扉に隠れてやり過ごしてから、三階へと足を進めた。


 二階と三階の間の踊り場に辿り着いた時には、咲良の息は上がっていた。移動距離は大した事がないのだから、緊張のせいだろう。 

 二階の時のように慎重に廊下をうかがう桐野の横で、咲良は二階から登ってくる人間がいないか警戒する。

 軽く腕を叩かれて顔をあげると、視線で進むと促された。

 頷いて、階段を這うように上ると、見える範囲の三階の廊下に人影はなかった。


 三階は二年と一年の各教室と、情報処理室に自習室、地歴公民室があるだけだ。

 テスト最終日とこの天気で各教室に残っている生徒はほとんどいなかっただろうし、テストが終わったばかりの今日、自習室を使っていた生徒もいないだろう。

 地歴の特別教室は地図やら年表やらが山積みだから、どこかの部活が使っているという話もきかないし、情報処理室はパソコンがあるから運動部は雨天でも使用禁止だ。

 以前は情報処理部という部活があったらしいが、近くの大きい高校が情報処理専門学科を作ってから廃部になったらしいので、誰かが部活で使ってる可能性は低い。


 それでも用心して、桐野はそっと階段を登りきった。

 前方に伸びた特別教室側の廊下には誰もいない。階段前のスペースをすぎて直角に角を曲がると、咲良たちが普段使っている二年生の各教室があり、その突き当りが目指すべき非常階段だ。

 行くぞ、と桐野がジェスチャーで示す。頷いて桐野のジャケットの裾を握り締めなおした。

 そろそろと進み、角まで辿り着く。


 角の向こう、教室の前の廊下ががどうなっているのか、まるで検討がつかない。二階のようにそちらの廊下から誰かが歩いてくる気配は無いが、顔を覗かせた瞬間に出てくる可能性だって無いわけでは無い。

 桐野はモップを握りなおし、覚悟を決めて角から顔を覗かせた。


 誰もいない。

 突き当たりにある誘導灯の緑色と廊下の半ばの壁にある消火栓の赤色だけが、薄闇の中ぼんやりと光っている。


 深呼吸して歩き出す桐野に続いて、咲良も自分たちの学年の廊下へと足を踏み出した。

 一番初めに前を通過する教室は四組だ。次に三組、二組、一組と奥に行くにつれ、数字が小さくなっていく。


 四組の教室の後ろの扉に差し掛かる。

 暗い中、近くに行くまでドアが開いているのか閉まっているのか区別がつかない。

 ドアが開いていたら、中からあの状態になった誰かが飛び出してきたら、と嫌な想像が頭をよぎり、咲良はうるさい自分の心臓の音に冷や汗をかいた。

 桐野のほうも緊張しているのだろう。握ったモップを身体の前に構えながら、じりじりと歩を進める。

 ドアは閉まっていた。

 ほっと息をつくが、まだ四組の後ろのドアに辿り着いただけだ。まだあと三つ教室はある。

 咲良は緩みかけた気を引き締め、そういえば後ろの警戒を忘れていた、と慌てて振り返った。


「っ」


 ぎゅうっと桐野のジャケットを握りしめる。

 異常に気づいた桐野が振り返り、咲良と同じものに気づいた。

 特別教室の前の廊下から、誰かが顔を覗かせていたのだ。


 ぱっと桐野が咲良の前に出てモップを構える。

 今までに遭遇したものと同じようにこちらにやってくる、と桐野も咲良も身構えたが、予想に反してその人影は慌てたように引っ込んだ。


「?」


 もしかして、と桐野のジャケットを軽く引くと、桐野も咲良を見下して小さく頷く。

 そのまま待っていると、ぼんやりと白い明かりが角から現れた。

 久しぶりの明かりに目を細めると、まぶしそうな顔をしたのに気づいたのか、それを手にした人物が光量を絞る。


「やあ」

「ネイト!」


 抑えた声だが、驚いたように桐野が相手の名前を叫ぶように呼んだ。

 ネイト・ルイス、桐野の親戚の男性だ。英語の補助講師として週に何日か学校で働いている。

 手に持っているのはランタンのような物らしい。懐中電灯と違って、まわりもぼんやりと明るく見える。


「何でお前がいるんだ?」

「部活だよ。インターナショナル部。今年受験の子たちの希望で、自習室でリスニングの特訓をしてたんだ」


 ほら、と小声で示された先には、二人の女子生徒がいた。今年受験という事は、彼女たちは三年生の先輩だろう。

 お互いにぺこ、と頭を下げあうと、そそくさと咲良たちのそばへ寄ってきた。


「眞は?メールしたんだけど」

「委員会でスマホは没収されてる」

「なるほど」


 そんな事言ってたね、と納得したように呟き、「それより」と続ける。


「どうする?」

「……アレは見たか?」

「ああ」


 頷いて、日本語以外で何かを呟くと眞も同じ言葉で返す。背の高い二人の、頭上で行なわれる会話に入っていけず耳を澄ます咲良に、先輩の一人が声をかけてきた。


「大丈夫?」

「はい。先輩たちは……?」

「なんとかね……」


 疲れたように頷く先輩に、もう一人の先輩が「あ」と言う。


「私、三-ニの渡瀬。こっちは同じクラスの白ちゃん、えと、白鳥さん」

「私は二-二の中原です。彼はクラスメイトの桐野くんです」

「ルイス先生の親戚よね。聞いた事あるわ」


 うん、と白鳥が頷く。

 と、会話が終わったのか、ルイスが「いいかな」と声をかけてきた。


「ここ、特別教室の前の廊下は安全なんだけど、二年の一組がちょっと面倒でね」


 ね、と声をかけられて白鳥と渡瀬が頷いて続ける。


「私たち、二年の非常階段を使って帰ろうと思ったんだけど、一組の教室からあの、なんていうのかな、様子のおかしい生徒が出てきて……中央と脇階段は最終的に昇降口使うでしょ?」

「昇降口はもっと人数多くて駄目だし……一年の方の廊下もこっちより多いのよ、変な生徒が」

「そうなんですか……」


 一年の教室は中庭を挟んで反対に見えるのだが、今は暗くて見えない。


「一組にいるのは、バスケ部とかバレー部とかの男子らしくてね。体格が良い上に一人じゃない。多分二人だと思うんだけど、僕一人じゃ抑えきれないし、この雨だから脱出は諦めて自習室にいたんだよ」


 一時期よりは大分雨脚も弱まったが、視界は悪い。

 それならどこかに立てこもって救助を待った方がいいのかもしれない、と納得しかけて咲良は「あ」と先輩たちを見た。


「警察とかは……?」


 考えてみればこの異常事態だ。警察や救急に助けを求めるのが普通だろう。

 咲良たちはスマホという連絡手段が手元に無いために無理だったが、彼女たちなら、と希望を持ったのだが。

 渡瀬が残念そうに首を振る。


「……通じないの。回線が混み合ってるみたい。友達からアプリで教えてもらったんだけど、外もあのおかしい人がいるみたいで、色んな所でパニックになってるって」

「そんな……」


 咲良の胸に不安が満ちる。

 首都圏だが少し外れた地域のここでこの状況では、父のいる東京はどうなってしまっているのか。

 人口が多い分、東京のが混乱はひどいだろう。父は無事だろうか?もしかしてあの着信履歴はこれに関する事だったんじゃないのか?

 焦れる咲良の肩に、ふいに手が置かれた。桐野の手だ。


「とりあえず、図書室に戻ろう」


 言われてはっとする。

 図書室に戻ればスマホで父に連絡がとれるだろうし、それに残った典子たちの事も心配だ。八坂たちと合流する約束もある。


「僕たちも一緒に行っていいかな?」

「先生?」


 突然の申し出に首を傾げると、先輩たちはルイスに同意するように頷いている。


「ここ三階だろう?あの生徒たちが押し寄せてきた場合、窓から飛び降りたら大怪我だからね。なるべく下の階に移動しておきたいんだ」

「あ、はい」

「今なら眞がいるから、一組の子たちを制して非常口が使えるからね」

「お前、武器になるものあるのか?」


 桐野は自分の持つモップを示す。


「自習室から持ってくるよ。渡瀬さんと白鳥さんも鞄取りに行こう」


 小声で言うと、三人は自習室に足早に走り、すぐに戻ってきた。脱出する準備はしていたのだろう。


「お待たせ」


 長い柄の箒を持ったルイスは、落ち着いた口調を崩さず二年の廊下を指差した。


「じゃあ、行こうか」



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