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おきあがり  作者: 鳶鷹
四章
108/136

5



 ポトフはあまり売れなかった。

 卓己の言った通り、孝志と遼はウィンナーの浮かぶ様にまた顔色を悪くし、それは田原と山下も同様だったのだ。

 二人はスーパーの冷蔵庫の中で、六川が郷田に食われる様を見ている。そのためか、どうしてもウィンナーを口に運べなかった。

 一緒にいた卓己は、こちらは猟師という生業をする上で生き物の生死に対して多少耐性があるからな、と平気で残った分までお代わりまでしていたが。

 結局、孝志と遼、田原と山下は持ち寄られたクラッカーとお湯を多少口にしただけだった。

 

「今日はもう寝ちゃいましょうか。あと少しで日も沈むし。下でお鍋洗うから、ランタンを頂戴」

「あ、ランタンは……」


 口ごもった遼の視線がルイスへと向かう。

 当然つられて悦子や咲良たちが視線を送ると、ルイスが答えた。


「ここだけ明るくなると、外から目立つと思うんですよ。人目を集める可能性がある。死者の目も」

「人目って……」


 悦子が戸惑ったのも分かるほど、周囲に人影はない。窓の外を覗いても、家一軒無いのだ。

 だがルイスは首を振った。


「死者はわりと目が見えてるらしいですよ。さっき孝志くんに聞いたんですけど、ネット上にもそういう書き込み?があったみたいです。懐中電灯向けたら襲われたとか」


 そういえば、と咲良は学校での事を思い出す。


「高校でランタンの明かりを強にしたら、反応して振り返ってた」

「じゃあ明かりはつけない方が良いって事?」

 

 だが明かりが無ければ夜は真っ暗だ。道路によくある街灯も無かった。


「でもここに来るまで人の姿有りませんでしたよね?絶対明かりつけたら駄目ですか?」


 恵美が食い下がる。


「うちの子、暗いところ怖がるんです。せめて小っちゃい明かりだけでも」

「貴方がついてても駄目ですか?」

「家でも寝る時は一番小さい明かりをつけてたので、無理です」


 どうしても譲れないラインなのだろう、きっぱりと言う恵美に、ルイスが首を傾げる。


「今夜一晩寝なくても死ぬ事は無いですよ?」


 さらりと告げられた言葉に、恵美を含めた殆どが絶句した。

 確かにルイスの言う通りかもしれないが、相手は小さな子供だ。


「……それは、そう、かもしれませんけど、でも、上の娘はまだ三歳なんです。言って分かる年じゃ無いんです」


 恵美が言い募るが、ルイスは何が問題なのか分からないと言いたげに、苦笑した。


「眠いのに耐え切れなくなったら眠りますよ」

「そ……それまで泣かせておけって事ですか?」

「ああ、泣かれるのは困りますよね」


 納得した風だが、ルイスの言っている内容と恵美の言いたい事とは、全然違うだろう。恵美は娘が可哀想だと思っているのだろうが、ルイスは騒音を気にしている。

 ニュアンスの違いは明らかで、恵美の顔が徐々に怒りへと変わっていくのを見て、咲良はハラハラした。

 多分、ルイスは感情的に喚かれるのが嫌いだ。

 久佳が新條に食ってかかった時、窓の外に落とそうとしたぐらいだ。ここで恵美が声を荒げて抗議したら、どうなるか分からない。


「困るとか、そういう話じゃ、」

「ねぇ!」


 怒りにか震える声に、被せるように大きな声が響いた。

 振り返ると、久佳が注目を集めるように手を挙げている。 


「ちょっと、良い?真っ暗だと、何かあった時が怖いと思うんだけど。夜中トイレに行くのにも不便だし」


 その言葉に、あ、と殆ど全員が声を漏らした。

 自宅の使い慣れたトイレならともかく、勇以外は初めて来る場所だ。暗い中では座る事すらままならないだろう。

 それに水を流すには、バケツの水を勢いよく便器の中にいれる必要がある、とネットで調べた孝志が言っていた。暗闇では無理だ。


「確かに、ね。トイレ、窓はどうだったかしら?」


 賛同するように声をあげた悦子に、勇が思い出す様にトイレを振り返る。


「確か小さめの窓があったな。新聞紙かなんかで塞げる程度だったと思うが……」

「ならトイレの窓は塞いでおいて、ランタンを置きますか?」

「バケツ置いたから、置けるスペースがあるか……ちょっと見てこよう」


 勇に誘われてルイスがトイレへと歩を進めるのを見て、咲良はほっと息をつき、同じ様に肩の力を抜いた人たちに気づいた。

 あの時の当事者だった久佳はもちろん、久佳をフォローするように口を開いた悦子も、典子や他の人たちも浮かしかけた腰を落ち着け直している。

 恵美は久佳が落とされかけたあの場にいなかったから、いきなり大きな声を出した久佳や悦子の態度に怪訝そうだが、説明をするのも難しい。ルイスに対する批判になりかねない。

 久佳たちも同様なのか、何か聞きたげな恵美に対して曖昧な表情をするばかりだ。

 その態度に恵美は不審そうにしていたが、目の前からルイスがいなくなった事で少し冷静になったらしい。莉子を抱いて近寄ってきた悦子に話しかけられ、落ち着いた声で何か返している。

 

「何とかランタン吊るせそうだ」


 トイレに行っていた二人が戻ってきて報告する。


「トイレに一個置くとして、こっちはどうする?」


 勇の問いかけに真っ先に悦子が手をあげた。


「今、恵美さんと話してたんだけど、テントを置いたらどうかしら?」

「テント?」


 室内に?と咲良は首を傾げた。他の人たちも不思議そうにしている。

 それに答えるように恵美が両手を広げた。


「これくらいの、小さいテントを持ってるんです。悦子さんと話してて思い出したんですけど、前に日帰りで海に行った時に授乳とオムツ替え用に、て買ったやつを車に積んだままにしているはずなので」

「その中にランタンを入れたら良いんじゃないかしらって。明かりが透けそうなら、上からレジャーシートでも被せればいけると思うのよ」


 補足するように悦子が言う。


「恵美さんと子供たちだけならそれで充分でしょうし、莉子ちゃんがおっぱい欲しがったら入れて貰えば良いし。どうかしら?」

「試してみたら良いんじゃないか?どれくらい明かりが透けるか、とか」


 勇が同意し、周りを見回すと、何人もが頷く。ルイスも異論は無いらしい。

 ほっとしたように悦子が恵美の肩を撫でると、恵美もようやく肩の力を抜き、良かった、と小さく呟いた。安心したのだろう。


「じゃあテントを持ってきましょう。恵美さんは子供たちがいるから、山下さん」

「あっえ、あ、はい」

「……置いてある場所分かりますか?」

「た、多分」


 少し頼りなく請け負う夫に恵美が眉を吊り上げる。

 今にも始まりそうな夫婦喧嘩、というより恵美の怒りから目を逸らしながら咲良は浩史に耳打ちし、一人で小町の所へと向かった。


「咲良」


 小町のリードを拾おうと身を屈め、かけられた声に一瞬硬直する。

 これじゃ怪しまれる、と何でもない風を装って振り返れば、予想通りに桐野が立っていた。

 なに、と言おうとして、声が上ずって掠れる。誤魔化す様に咳ばらいをすれば、「大丈夫か?」と聞かれてしまった。


「ん、大丈夫、だけど。えっと……?」

「どこに行くんだ?」

「下だよ。小町にご飯あげて、トイレをさせないと」

「一人でか?」

「山下さん降りるし、一緒にお父さんも行くから……」


 山下夫妻の横で話し合いを待っている浩史を指せば、桐野の視線が三人に向く。

 視線が逸れたのにほっとして、咲良はちらりと桐野を見上げた。

 背が高いな、と改めて思う。

 多分、同じ歳の高校生の平均より高い。それでもひょろひょろに見えないのは、骨格がしっかりしていて体格が良いからだろう。

 咲良は平均身長より低いし、スタイルも並だ。顔にしたって、お世辞に可愛いと言われた事はあるものの、美人と言われた事は無い。だが桐野は鼻筋が通っているし、整った綺麗な顔をしている。

 髪の毛は二人ともストレートだが、髪質は明らかに違う。咲良の方が―


「何だ?」

「なっ何でもない」

 

 知らず内に似ている個所を探そうと凝視してしまっていた事に気づいて、唇を噛み締める。

 

「調子が悪いとかじゃ、」

「無いよ。全然、そんなんじゃない」


 表情はいつも通りあまり変わらないが心配そうに言われるのを、遮る様に否定してしまって、すぐに今のは感じが悪かった、と後悔する。


「……色々あったから、疲れてるんだろう」


 謝る事も出来ないまま労わられてしまい、どうしていいか分からなくて俯いた。

 どうして優しくしてくれるのか、桐野が分からない。異母きょうだいじゃないから、なのか、異母きょうだいだから、優しくしてくれるのか。


「咲良?どうした?」


 かけられた声に慌てて顔を上げると、父が立っていた。


「大丈夫か?」

「な、なんでもないよ。えぇっと下に行く?」


 父の後ろにいる山下と目が合い、ペコ、と会釈をすると、慌てて会釈を返される。

 浩史の方は桐野をじろりと睨めつけ、桐野に嫌そうな顔をされている。咲良が変な態度をとっていたのを、桐野のせいだと疑っているのかもしれない。

 確かにそうだが、そうではない。直接的に桐野に嫌がらせをされていたわけではないのだ。

 慌てて態度の悪い父の腕を引き、下に行こう、と促すが、浩史は桐野を睨むように見ている。


「……まぁ、良い。うちの娘にちょっかいは出すなよ」


 言い捨てる様な台詞は、完璧に過保護な父親だった。

 娘のボーイフレンドに釘を刺すような言い方に山下が微笑ましそうな表情になるのを見て、咲良は顔から火が出そうになった。完全に勘違いされている。

 何言ってるの、と文句を言いながら父を引きずるようにして、階下に向かった。



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