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おきあがり  作者: 鳶鷹
四章
105/136

2



 なんで?!と誰かが咄嗟に零し、誰かが嘘だろ、と呻く。

 咲良も白鳥から聞いた時、うそ、と反射的に返してしまったから彼らの気持ちは分かった。

 政府は国を動かす機関だ。そこが機能していないはずがない。

 無条件にそう思い込んでしまっていた。思い返せば、すでにニュースでも国からの公式な通達は無かったのに。

 

「詳しく言える?」


 ショックを受けてる人たちに罪悪感を覚えて黙ってしまった咲良に、ルイスが声をかけてくる。こちらは日本が母国ではないからか、あまり動揺はしていないようだった。


「聞いた話しか伝えられないんですけど……この騒動が始まった日、」


 話しはじめた咲良に、声を上げていた人たちも口を噤み、話を聞く体制になる。


「あの日は、通常国会をやってたそうです。それで都内で事件があった時、すぐに緊急対策本部がたって、主要な人たちはすでにその場に集まっていて」


 大規模災害があった時ならそれは良い事だっただろう。迅速に事が進められる。

 だがこの時はそれが仇になったのだ。


「集められた大臣か、国会で来ていた議員か、誰かが感染していたみたいで……議事堂の内部に感染が広がったそうです。対策本部以外の人たちもこの件で各々の所属先とかの会議で部屋に籠っていたせいで、気づくのが遅れたとか」

「マジか……」


 遼が頭を押さえて呟く。


「まさかそれで全滅?」

「それはよく分からないみたい」

「みたい?」

「はい。防衛省の大臣も襲われたらしいんですけど、なんとか逃げてどこかに立て籠もった後、死者になる前に辛うじて自衛隊の幹部に今の話を伝えたって話なんです。その後、大臣からの連絡はないらしくて……」


 議事堂の内部の様子は自衛隊も分からないらしい。

 彼らも部隊を数隊、議事堂に向かわせて制圧を試みたらしいが、うまくいかなかったという。議事堂に辿り着くよりも前に、襲われている民間人を助けるために動かざるを得なかったからだ。

 他の隊を向かわせようにも、後の隊は警察と連携して国民の救助に当たっている。時間も人数も、圧倒的に足りず、議事堂の方まで手が回せないらしい。


「政府と連絡が取れなくなった後に自衛隊を動かしていたのは、自衛隊の幹部だって話でした。でも今はその幹部とか上層部とかとも連絡が取れないみたいで、バラバラに動いてる隊員が殆どじゃないかって。警察も同じみたいです」


 絶望的な話に、あちこちで呻き声が漏れた。


「……じゃあ国は頼れないって事か」


 暗くなる人々と同じように、咲良も俯いて口を引き結ぶ。

 だが咲良のそれは、彼らとは違い、この後に白鳥と交わした会話のせいだった。




『最後に……中原さんて名前、サクラ、よね?きょうだいはいるかしら?』

「え?」


 白鳥の問いに、咲良の脳裏に母の従妹が浮かんだ。

 母の結婚披露宴で、ふくらみはじめたお腹を見せびらかす様にやってきたという人。彼女のお腹の子の父親は、咲良の実父だ。

 母は婚約者の浮気にすぐに破談を決め、招待客だった浩史とその親の手を借りてアメリカから日本へと帰国した、と咲良は母から聞いて知っていた。

 会った事も無いきょうだいが男か女かも知らない。年齢は、咲良より数か月か数日か早いかだろう、と母は言っていた。


 きょうだいと言われ、一瞬その相手を想像し、咲良は口籠った。

 その空白をどうとったのか、白鳥が慌てた様に言葉を繋ぐ。


『中学生くらいの男の子らしいんだけど』


 中学生、と言われ、咲良はほっと息をついた。

 なら咲良と同時期に生まれた異母きょうだいではありえない。


「知らないです」


 思わず安堵の息を漏らした咲良だったが、白鳥は強張った声のまま続けた。


『じゃあ……桐野くんの弟、て事はあるかしら?』

「え……?と?」

『……相手の子、中原サクラって名前の人を姉って呼んで、そのあと桐野くんの名前を挙げて兄が、て言ったらしいのよ。桐野くんの名前ってシン、だったわよね?』

「は、い」


 頭が真っ白になりそうだった。

 咲良の事を姉と呼ぶ人間は、日本にはいない。母と父―浩史の間には、子供は生まれなかったからだ。

 だがアメリカには、咲良の実父がいる。そして彼と結婚したはずの、母の従妹が。

 二人の間に生まれた子ならば、咲良を異母だが姉と呼んでもおかしくはない。


 ―なら、桐野は?


 浮かんだ問いに、手が震える。

 咲良の事を姉と呼び、桐野の事を兄と呼ぶ。そこから導き出される答えに、咲良は自分の血の気が引いていくのが分かった。


 ―桐野が咲良と同時期に生まれた異母きょうだい?

 

 嘘だ、と咄嗟に思い、ありえない話じゃない、と胸の中で呟く。

 桐野はアメリカからの帰国子女だ。誕生日までは知らないが、年齢は同じ。顔が似ている、と指摘された事は無いが、男女ならそれもありえるだろう。

 でも、桐野の名字は坂井じゃない。咲良の実父は坂井満、桐野なんて名字、どこにも掠らない。

 だがそんなのは偽名の可能性だってある。パスポートを見たわけじゃない。学校は、特に海外からの転入生なら、融通を聞かせて通称で通す事だってあるだろう。

 ぐるぐる回る思考の中で、一番大きく咲良を問うのは、なんで、だった。


 もし桐野が本当に異母きょうだいなら、咲良に何を言わないのは何でなのか?本当に異母なら何か言ってておかしくない間柄だ。

 咲良が混乱しているのが伝わったのか、白鳥が慌てた様に口を開いた。


『篠原は中原さんと桐野くんがつきあってるから、桐野くんの弟が中原さんの事を姉って呼んだのかと思ったらしいけど、片平は中原さんの接し方から恋人じゃないらしいって思ってたみたいで、誤魔化したって』

「片平先輩が?」


 一番二人が一緒にいるのを茶化していたのが片平だった気がしたが、本当は分かっていたのか。


『ええ。大体、桐野くんの弟なら先に桐野くんの行方を聞くだろうし、桐野くんとルイス先生だって弟さんがいるなら、心配して何か言ってるはずでしょう?助けに行かなきゃ、とか』

「あ……です、よね」

『でもそういうの無かったし、おかしいって感じたから、篠原の事遮って、やっぱり自分たちが言ってる中原さんと桐野くんは彼らが言ってる人とは別人じゃないかな、て話を逸らしたらしいわ』

「別人、ですか?」

『片平は恋愛関係のトラブルかな、て思ったみたい。桐野くん、モテるでしょ?あの顔だから。それで元カノとかそういう人の関係者が身分詐称して桐野くん探してるんだったら、中原さんがとばっちりを食うと思ったらしくて』

「は、あ」


 確かに桐野は転校当初、すごく人気があった。

 だがこんな状況下で、恋愛がどうの、と動く人がどれだけいるだろう?可能性は無くはないが、すごく低い、と思う。

 白鳥も言っていて半信半疑なのか、困った様な口調で続ける。


『まぁ、変な話よね。片平も違和感あったみたいで、とりあえず名前の字を書かせて見て、やっぱ別人だわ、字が違う、て言い張ったんですって。片平は二人の名前の漢字知らないから適当に言ったらしいけど……』

「あ、ありがとうございます」

『お礼は片平に、て言いたいけど、片平はその弟って人が何か察するかもしれないから、お互い番号も居場所も知らない方が良いかも、て言うんで、電話番号は教えられないの。ごめんね』

「いっいえ!助かります!本当、心当たりも、無いし、意味が分からないので……」

『ただでさえこんな状況だもの。変なの抱え込まない方が良いわ。元カノがどうの、とかはともかく、同姓同名の赤の他人、て可能性が高いし。中原さんも忘れちゃって良いと思う』

「はい」

『あ、じゃあそろそろ電池が切れるから……』

「はい、また」


 じゃあ、と言い、ぷつ、と通話は切れた。




 咲良はその話を浩史にも言わず黙っていた。

 もちろん桐野にもルイスにも言っていない。白鳥との通話を切った後、ずっと考えていたのだ。


 桐野が異母きょうだいだったら―

 正直、咲良は母の違うきょうだいに対して、良い感情は持っていない。

 会った事も無ければ話した事も無い相手だが、咲良は母の子だ。どうしても裏切られた母の側の気持ちで考えてしまう。

 母を傷つけた、母の従妹と咲良の実父の子供なのだ、咲良の異母きょうだいは。

 相手には相手の言い分があるだろうし、そもそも親同士の確執で当時生まれてもいなかった咲良や相手がいがみ合うのはおかしい、と頭では分かっている。

 それでも、感覚として相手の存在を受け入れがたかった。

 その相手が桐野だったら。


 はじめの頃の、やたらと押しの強かった接触や、そのくせ咲良を嫌っていそうな素振りを思い出す。

 それから、初めて起き上がる死者と遭遇したあの日の、ルイスと桐野の会話を。

 咲良が白鳥や渡瀬と自己紹介をしていた時、二人は早口の英語で会話をしていた。まるで人に聞かれるのを嫌う様な、耳が慣れていないと聞き取れないくらいの速さと訛りだったが、小さい頃から英会話教室に行かされていた咲良には何とか聞き取れた。


 ルイスは桐野に、彼女は無事か、と尋ね、桐野は、彼女はマミと違って素直にこちらの指示を聞くから大丈夫だ、と答えていた。

 咲良はそのマミ、を女性名だと思った。真美とか麻実とか、そういう感じの。誰だろう?とは思ったが、二人の共通の知り合いかな、と思う程度でその時は聞き流していた。


 だが、それが母親を指すMommyだったら?

 普通、マミーは小さい子供が使う言葉だが、桐野とルイスは親族だというから、子供の時の癖が出たのかもしれないし、マミーと伸ばさなかったのも、途中で気づいてやめたからかもしれない。

 それに、素直、という言葉がひっかかった。

 咲良の母は浮気をしていたくせに母と結婚する、と言い張った実父を騙す様にして、日本に逃げ帰った。お腹に子供がいるのだからこのまま結婚しなさい、と言った母の両親とは絶縁している。咲良は母方・実父方、どちらの祖父母とも会った事が無い。

 母の周囲には実の祖父母なのだから会わせてあげなさい、と言う人もいたが、母は全てはねのけた。

 母は、人の言いつけに唯々諾々と従う様な、ある意味決して素直では無い人だった。

 その母と違って、という意味だったなら。


 そう思ってしまったら、そうとしか考えられなくなってしまった。

 けれど桐野を問い詰めるのも怖い。そうだ、とはっきり言葉に出して認められてしまったら、どうしていいか分からなくなる。

 これから一緒に田舎に行って、多分、そこで暫くか、ずっとか暮らす事になる仲間なのだ。変にごたつきたくない。

 

 だから咲良は沈黙を選んだ。



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