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おきあがり  作者: 鳶鷹
四章
104/136

1



 曇天の下を、七台の車が連なり走っていく。

 今にも雨の雫が落ちてきそうな中、先頭の車は新興住宅地の奥、まだ土地の整備すらされていない一角へと頭を向けた。後ろの六台も続く。

 草がぼうぼうに茂っている区画を見ながら進むと、急に開けた土地が現れた。


「お父さん、ここ……?」


 咲良はカーナビの画面を見て、空白扱いになっている土地にある建物に首を捻った。

 ぱっと見は中古車販売店に似ている。建物の前は何も無いアスファルトの広場で、敷地の奥にある二階建ては、一階部分が丸々車庫のようだった。一台だけ車が止まっている。

 建物の二階部分の壁に目を凝らして見て、辛うじて残った文字でタクシー会社の営業所だったのが分かった。


「タクシー?お父さん、ここって」

「勇さんの知り合いの所かな。ああ、そうっぽい」


 咲良が浩史の視線の先を追うと、その営業所らしい建物に一台だけとまった車の影から一人の男性が駆けてくる。

 浩史も咲良も警戒したが、彼は敷地と道路を隔てるアコーディオン型の門扉の前で止まると、上野家の車に向かって何か手振りをし始めた。

 咲良たちの車からは見えないが、上野家の車が答えたのだろう。男性はアコーディオン型の門扉を大きく開け、身振りで車を入れる様に招いてくれた。


「助かったな」

 

 敷地内へと車を入れながら、浩史がほっと息をつく。

 

「これで一息つける」


 車をそれぞれ空いていたスペース、浩史が言うには自社のタクシーを止めていただろう場所に止め、降りる。

 先にいた車は勇と何か話した後、入れ違う様に出て行ってしまった。


「追い出す形になっちゃいましたか?」


 浩史が先に降りていた勇に聞くと、勇は苦笑した。


「冬用タイヤをノーマルタイヤに替えに来ただけらしいんで、大丈夫ですよ。自家用車なんて滅多に使わないんで、忘れてたらしい」

「なるほど。会社で預かって貰ってたんですか」

「いや、会社っていうか、ここ前の営業所なんですよ。ここらが開発されるってなった時に前の社長が作ったんですけど、結局開発が頓挫したんで短期間で移転しまして。俺みたいな古参の連中は前の社長から許可貰って、倉庫みたいに使わせて貰ってたんです」


 ちゃら、と勇が手の平で鍵を遊ばせる。さっきの人から預かった鍵だろう。


「前の社長と新しい社長は折り合いが悪かったから、ここの鍵も古参の連中だけで使えって、前の社長が隠し場所こっそり教えてくれてたんです」

「その社長さんは?」


 ひょい、と車の影から顔を出したルイスに尋ねられ、勇は首を振った。


「去年亡くなりました。だもんで、本当はここも新しい社長のものなんですけど、場所が場所なんで放っておかれて、て感じです」


 悦子がこのあたりは再開発地区だと言っていたから、ここも一度は開発地区になったが放置されていた土地なのだろう。

 来るまでの道の整備されていない感じからして、再開発の手はここまで伸びず、売っても値がつかないからと放置されていた土地なのかもしれない。

 

「まぁ僕たちは助かりますね。ここなら人も少なさそうだし」


 門の向こうを見回したルイスが、ふと気づいたように顔をあげた。

 唐突な動きになんだ、と咲良も顔を仰向け、頬に当たったものに気づく。

 雨だ。


「降ってきましたね。中入りましょう」



 

 勇に促されて、ガレージの奥にあった階段を上った先には、以前は事務所として使われていた広い部屋があった。

 三分の二が事務スペースだったらしくコンクリート打ちっぱなしで、今は机も棚も無いからがらんとしている。

 残った三分の一は運転手の待機スペースで、一段高くなった上に畳が敷かれていた。遅番や体調の悪い運転手がここで仮眠している事もあったらしい。

 日焼けして毛羽だった畳のスペースに悦子が松井の子を抱っこして座り、手招かれた山下の妻も子供を連れて座った。山下家の上の娘はさっそく靴を脱いで上がり、畳の上を端から端まで駆けている。

 他の面々も疲れたのだろう、各々畳に上がったり、コンクリートに座り込んだ。

 咲良も典子に呼ばれ、悦子のそばに腰かけた。

 

「さて。どうしましょうか?」


 立ったままのルイスが口火を切る。

 いつも通りの柔らかい微笑みで見回すのに、窓際に寄りかかっていた卓己が片手をあげて口を開いた。


「……まずは情報の確認と共有、じゃないか」

「ですね。じゃあ僕らの方の行動は……中原さん、説明して貰えますか?」


 突然の指名に浩史は驚いたようだったが、一緒に行動していた人間の中で自分が最年長だと気づいたのだろう。

 足りないところはあるが、と躊躇いながら説明し始めた。

 ドラッグストアでの事、スーパーでの事、典子と遼にひどい体験をさせてしまった事を詫びつつ、告げていく。

 途中途中で上野家の両親や典子と遼から謝罪を受けたりし返したりをしながら、ざっと話し終えると、今度は勇が重い口を開いた。


「こっちは俺も全部は把握していないんだが……」


 特養で勇はずっと孝志と一緒に事務室にいたという。

 松葉杖での移動は大変だし、タクシー運転手仲間と連絡を取り合っていたためだ。

 他の面々は入居者を見舞ったり、空き部屋や松高や加納のいるレクリエーション室にいたらしい。

 そのうち昼が近くなり、悦子と久佳は何とか昼食が作れないか厨房に降り、そこに腹を空かせた娘を宥めるために山下家の妻子が来た、と悦子が補足する。


「私たち、厨房に残っている食材を使わせて貰おうと思ったんだけど、あまり無くてね。車から食材を出そうか、てお父さんに鍵を貰いに行ったのよ。そしたら……」

「気づかないうちに、誰かが発症していたらしい。その誰かが入居者さんや介護士さんを襲って、増えたようだった」


 勇はため息をついて頭を抱える。


「ひどい有様だった。悲鳴が聞こえて事務室から出たら、入居者らしい人が介護士さんに襲い掛かってて。誰がどこにいるのか、誰が人で、誰が死者なのか。分からなくて右往左往している時に、母さんたちの悲鳴が聞こえてな」

「私たちは階段を上がってすぐに介護士さんに会ったんだけど、彼女がパニック状態でわけが分からなくて。お父さんの所に行こうとしたら、その、襲われかかったのよ」


 死者に、と呟いた悦子に、遼と典子がぎょっとした顔を向けると、悦子は安心させるように小さく笑い、首を振った。


「襲われては無いわ。助けてもらったから」 

「……俺は殆ど動けなくて、負担は孝志くんが負ってくれた。感謝しているよ」

「いえ、俺は、全然、役に立たなくて……結局、他の人は、助けられなかったですから……」


 俯いた孝志の手を、悦子が身を乗り出して握った。


「でも私たちは孝志くんがいなかったら、本当に危なかった」

「………」


 黙り込んでしまった孝志に、ふ、と遼が顔を上げる。


「死体」


 ぽつり、と言った言葉に、孝志の肩が大きく揺れる。頑なに顔を上げない友人に、遼は歩み寄った。


「事務室の前、ゾンビの死体があったよな」

「…………」

「……孝志、俺、ゾンビ撃った。先生の銃で。吐くかと思った。今も、ちょっと思い出して吐きそう」

「……事務室に脚立があったんだ。多分、電球変えるのに使ってたんだと思う。軽くて、持ちやすかった。から、それで、な、殴った………」


 その時の事を思い出しているのか、きゅ、と孝志が両手を握る。


「そしたら、脚立の角が、相手の頭にあたって……肉を抉る感触があった。でもそいつ逃げないから、何度も殴ったんだ。それで……殺した」

「元から死者だよ。あるべき姿に戻っただけ」


 罪悪感からか懺悔をするように吐き出した孝志だったが、ルイスはあっけらかんと「殺した」事を否定した。

 気にするな、とばかりに手を振る姿に、孝志は呆然とした後、泣きそうな顔で笑った。


「そう、ですね。元に、戻っただけ、だ」


 無理して強がるような笑顔だったが、踏ん切りはついたのか、両手を開いて顔をごしごし擦ってから、気合をいれるように頬を叩く。

 その様子にルイスは笑って頷いた。


「そうそう。遼くんも気にする事無いよ。死んでるんだから」

「あー……そう思える様に、努力します」


 まだ全然思えていなさそうな顔で、それでも口の端をあげて遼は笑顔を作った。


「うん。じゃあ後は……」

 

 ぐるっと一同を見回したルイスに、咲良は小さく挙手する。


「咲良ちゃん?」

「あの、実はさっき、白鳥先輩から電話を貰って……」

「え?先輩からぁ?」


 驚いた顔になった典子に、咲良は頷いてメモ帳を開いた。


「先輩たち、充電器でスマホの充電したんだって。それで片平先輩たちと連絡がとれたそうなんです」

「片平先輩と篠原先輩、無事だったんだぁ!」


 良かった、と典子が胸を撫で下ろす。

 他の面々も高校で白鳥と渡瀬が口に出した名前だと気づいたのだろう。おや、という顔になる。


「無事だったんだね、彼ら。なら自衛隊と?」


 ルイスの質問に、咲良は少し悩んだ。

 自衛隊員と一緒にいるのは確からしいが、人数がルイスの想像とは違うだろうからだ。


「……全員では無いそうです。遼ちゃんたちが見た後、色々あって散り散りになってしまったみたいで」

「自衛隊が?」

「はい」


 頷くと、ルイス以外のこちらを見ている人たちが顔色を悪くした。

 窓の外を見張っている桐野や卓己の顔色は分からないが、卓己は一瞬だけぱっと振り返ったから、驚きはしたのだろう。

 

「他の避難してる人たちともはぐれちゃったみたいで、今は一緒にいる自衛隊の人と他の隊と合流しようと動いてるらしいです」

「合流……そこって場所は?」


 突然山下の妻に話しかけられ、咲良は驚きつつ首を振った。


「分からないです。近場の隊とは連絡が取れないみたいで、心当たりに移動してみて、て感じみたいで」

「うーん、じゃあ僕らとはあんまり関係ないかな」


 さらっと言ったルイスに驚きの視線が集まるが、彼は肩を竦めて返した。


「僕たちが彼らの『心当たり』に行ったところで、そこが無事とは限らないでしょう?むしろ高校の時みたいに壊滅してる可能性だってあるわけですし。無理にそこに移動する方が危険だと思いますよ」

「はぁ」

「でもまぁ、行ってみたいなら止めませんけど」


 山下一家や田原や久佳にちらりと視線を送る。彼らは元々一緒に行動する予定じゃなかった人々だ。

 ルイスはこの後の事を示唆しているのだろう。

 こちらは田舎に行くが、そちらはご自由に、と。


「その『心当たり』って場所も分からないんでしょ?そんなの目指して移動なんて出来ないわよ」


 口を開きかけた山下の妻より早く、久佳が苛立たし気にルイスを睨んだ。

 ルイスと久佳の関係は良くない。自分を二階の窓の外に放り出そうとした相手に対して睨める久佳の胆力はすごいと思うが、ここで喧嘩を始められたら困る。

 咲良は急いで口を挟んだ。


「それで片平先輩たちが移動の時に自衛隊の人から聞いた話なんですけど」

「うん?」

「政府の事です」


 突然出て来た名称に、文句を言いたげだった久佳がぽかんと口を開く。


「政府?って、日本の?」


 これは流石にルイスにも予想外だったのか、確かめる様に問われて頷いた。


「自衛隊の人がその上の人から聞いた話なので、又聞きになるんですけど……」

「それでも良いよ」


 即座に返され、他の面々も同じように頷く。

 期待の様な不安の様な目で見つめられ、咲良は躊躇いながら告げた。


「壊滅状態らしいです」



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