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おきあがり  作者: 鳶鷹
三章
101/136

30



 咲良も典子も、浩史たちもルイスと桐野の腕は疑っていなかった。

 だから郷田を仕留めようと近寄っていく二人に対して、危機感は持っていなかった。

 なのに、ルイスの撃った一発は、外れた。


「嘘だろ?!」


 咲良には興味を示さなかった郷田は、自分に近づいてくるルイスには反応し、構えられた銃口を見るや獣じみた動きで飛び退って逃げた。

 すかさず桐野が郷田の着地点に向けて発砲する。

 それも身を捻って避けたが、ギン、と耳障りな音をたてて床を穿った弾は、郷田の体勢を崩させる事に成功した。

 傾く身体は、おかしな方向に曲がった足首のせいで、立て直す事が出来ない。

 すぐさま次弾を装填したルイスが、郷田の眉間を撃ち抜いた。

 

「……仕留めた、かな?」


 どっと仰向けに倒れた郷田に、ルイスは銃を構えながら近づいていく。

 その背を、咲良たちは後方で一塊になりながら見ていた。

 両手で口を押さえながら震える典子を、咲良も同じように震えながら抱きしめる。

 「なんで」という小さな声に顔を向ければ、五十嵐がぼろぼろと涙を零しながら、卓己の腕にしがみついていた。


「なんで、あんな、あんな事に……」

「いがちゃん」


 そっと遼が肩を叩くと、五十嵐が嗚咽を漏らす。


「ご、郷田さん、すごい静かで、普通だったのに。でも、さっき、ドアが開くちょっと前、六川が………」

「六川?」


 そういえば冷蔵庫の中にはもう一人いたはずだ。

 きょろきょろと顔を知らない相手を探す様な仕草を見せた遼に、五十嵐は緩く首を振った。


「六川、死んだ。郷田さんに、食われたんだ」

「え?」

「冷蔵庫の中、電気無くて、真っ暗な中、それぞれ座ってたんだ。けど、遼っちたちがドア開けるちょっと前、六川が、郷田さんの様子がおかしいって、そばに寄ってって。そしたら、そしたら……」


 先を続けられなくなった五十嵐の肩を、もういいよと撫で、それから遼は不審げな顔になった。


「って事は、郷田さん、保菌者だったって話?」

「俺はそういう話は聞かなかったが」


 卓己が首を振ると、他も同様にそれぞれが否定の言葉を上げていく。


「郷田さんの事だから、保菌者ならそう言っていたと思うんだが……」

「ですね。俺っていう保菌者がすでにいるんだ。何かあったら対策はとる人でしょう」

「っつうと、知らない間に感染とか?」


 げ、と遼が顔を顰めた。


「まさか空気感染じゃないよな?」

「だとしたら一緒に冷蔵庫にいた俺も、ここにいる全員も感染してるだろ。でもそんな感じは無い。他に感染経路は?」


 冷静な卓己の言葉に、浩史が自分の腕を摩りながら答える。


「血液以外だと、唾液とかの体液からの感染が確認されてますね」

「あ」

「田原?あ、そういやお前、同じ車だったよな。新條も。おい、まさか新條、郷田さんに無理矢理迫ったり、」

「ちっ、違うっ!瞳じゃなくて……ご、後藤さんが」

「?」

「特養つく前の車ん中で、郷田さん、後藤さんの飲みかけのペットボトルを、間違えて飲んだ」

「じゃあ、後藤さんが保菌者?でもあのおっさん、そんな感じ……田原!新條とあのおっさん、まさかヤってないよな?!」

「し、知らない!」

「嘘こけ!あの二人とずっと一緒にいたのお前だろ!なんか見てんじゃないのか!」


 掴みかからんばかりの遼に、田原が顔色を悪くして後退り、怒鳴り返す。


「知らないって言ってんだろ!ずっと一緒にいたわけじゃない!夜だって、俺だけ郷田さん家に泊まったんだ!あいつら望月さん家に泊まった!」

「馬っ鹿野郎!なんでそういう重大な事、先に言わないんだよ!」

「言う必要無いだろ?!後藤さんだって、昨日、お前ん家で吉田さんが瞳の事言及するの見てたんだから!」

「でも今日は新條の事庇ってたじゃねぇか!吉田さんの発言無視して!」

「なるほど。後藤さんが感染源かあ」

「先生」


 ぱっと顔を上げて、歩いてくるルイスの背後に視線を走らせた遼に、ルイスが頷く。


「多分、もう大丈夫だと思う」

「え、多分、て……」

「首を落としたから。身体だけで追っかけてくるって事は、流石に無いと思うよ」

「く、首………」

「うん。作業台っぽいとこに大きな包丁あったから借りたんだ」


 平然と言うルイスに、全員が顔をひきつらせた。五十嵐もショックで涙が止まったらしい。

 桐野だけが呆れた様に顔を顰めて、ため息をついた。


「……とりあえず外に出た方が良いんじゃないか?急いで戻った方が良いんだろう?」

「あ!」


 そうだった!と遼がスマホを取り出す。


「遼?」

「特養で……」


 言いかけて五十嵐を見て、顔を歪ませる。それだけで只事じゃないのを察したのだろう、五十嵐が「まさか」と唇を震わせた。


「松高先生……」

「……起き上がったって。孝志たちは事務室に籠城してる」


 悲鳴を飲み込んだ五十嵐が走り出すのを止め、宥め、全員でルイスたちが見つけていた出口へと向かう。

 外に出ればまだ盗難防止ブザーとプレイヤーの音がし、死者たちを釘付けにしていてくれるのが分かった。

 前方にルイス、後方に桐野で警戒はしながら無人のスーパー脇を走り抜ける。

 車まで辿り着くと、ルイスが卓己に何かを投げた。


「これは……」

「郷田さんのポケットに入ってた車のキーです。どれかがその車ので、どれかは自家用車だと思うんですけど」

「……預かろう」


 鍵を検分してから一本を山下に渡すと、卓己は五十嵐をつれて特養の軽自動車に乗り込んだ。山下は一瞬悩んだものの、田原を手招いてもう一台に乗り込む。

 咲良は父の車に小町と桐野と乗り込み、空いた助手席に違和感を覚えて、つい数十分前までそこに座っていた安西を探している自分に気づいた。

 

「咲良?」

「……大丈夫」


 思わず顔を覆ってしまった咲良を気づかう様に、浩史が声をかけ、小町がシートに飛び乗って鼻を寄せてくる。

 条件反射の様に大丈夫だと答えてしまったが、顔を上げる気にはなれなかった。


 安西は良い人だった。薬局ではすぐに移動できるようにカゴを運んでくれていたし、スーパーで女の子が襲ってきた時は浩史を助けてくれた。自分だって怪我をして痛みがあっただろうに。

 あんな、一瞬でわけもわからず殺されるなんて、理不尽すぎる。

 だからと言って郷田に対して怒りは沸かない。

 郷田だって被害者だ。感染源がなにであれ、彼が進んで感染したわけじゃない。あれだけ皆を守ろうとしていた人なのだから。


 どこに向けたら良いのか分からない怒りと悲しみで、胸がぐるぐるする。怒りで腹の底が燃えたかと思うと、喪失感で胸が冷え、気持ちが悪かった。

 だからといって、いつまでもこうしているわけにはいかないのは、咲良にも分かっていた。特養の方では上野家のおじさんおばさんや槙田が救援を求めているのだ。

 顔を起こしてシートベルトをし、小町を抱えてやらないと。

 分かっているのに動けなくて、気持ちを吐き出す様に荒い息をつくしか出来ない。


「咲良」


 低い声が耳元で聞こえ、すぐ近くに暖かい体温を感じて指の間から見れば、目の前に桐野が着ていたシャツがあった。


「そのままで良い。シートベルトをするぞ」


 覆いかぶさるように手を伸ばした桐野が、咲良のシートベルトをゆっくりと引き、腕の下を通して金具に嵌める。

 

「苦しくないか?……なら良い」


 首を振って大丈夫だと示すと、最後にそっと暖かい手の平が肩を撫でて離れていった。

 その温かさに胸の中に巣くっていた悲しみがほんの少し溶けた気がして、その箇所の熱を逃さないように、手を伸ばして自分で自分の肩を抱きしめる。

 少しだけ、息が楽になった気がした。 


「……出すぞ」


 後部座席の様子を伺っていた浩史が静かに言い、車をスタートさせる。


「ああ。小町は………俺が押さえておく」


 すぐ横にいる小町にはシートベルトなんて無い。

 桐野の言葉にそう気づいて顔を上げると、咲良と桐野の間に陣取った小町の身体を、桐野が片腕で押さえていた。

 ぎゅっと座席の背もたれに押し付けられて、小町は迷惑そうな顔で桐野を振り返っていたが、咲良が顔を上げたのに気付いてぶんぶんと尻尾を振る。


「痛っ。おい、やめろ」


 意外に硬い尻尾が当たったらしい桐野が嫌そうな声をあげる。

 それでも止まらない尻尾を桐野が掴むと、わふっと小町が不満そうに鳴いた。むっとしたような顔で、双方が睨み合う。

 コントみたいなやりとりに、ふ、と思わず声が漏れる。と、また小町が高速で尻尾を振ろうとし、たまらず桐野が小町を放した。

 すぐに小町は咲良にくっつき、こちらの機嫌を伺う様に鼻面を押し当ててくる。

 そのもふもふした身体を抱きしめて顔を埋めれば、いつも通りの愛犬の匂いがして、ほっと息が漏れた。


「ありがとう。もう大丈夫」

 

 誰にともなく呟いた声に返事は無かったが、微かに緩んだ車内の空気に、二人にきちんと聞こえたのが分かった。尻尾を振って鼻を押し付けてくる小町にも。

 湿った黒い鼻をぺた、とくっつけてくる小町をもう一度強く抱きしめ、膝の上に抱えあげると、見計らったように車の速度が上がる。


「道が決まったみたいだ。飛ばすみたいだから、二人とも気をつけろ」



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