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おきあがり  作者: 鳶鷹
三章
100/136

29

今回かなりグロテスクな描写が含まれます。ご注意ください。



 真っ先に反応したのは、意外にも安西だった。


「松高、先生?」


 ぼんやりした口調ながら、自身と関わりの深い老医師の名前が出て来たことに思うところがあったのだろう。「先生に、なにが……」と座り込んだまま遼を見上げた。

 遼は蒼褪めた顔のまま、メールを読み上げる。


「孝志からです『松高先生が起き上がった。他にも多数の死者。俺はおじさんとおばさんたちと事務室に立て籠もっている。なるべく早く戻って』って」

「どういう事だ」

「分かんねぇ。ただ、あっちがヤバい事になってるのは確かだと思う。孝志のメール、普段はもっと文章が柔らかいから」


 咲良の隣りにいた典子が「孝ちゃん」と呟いて咲良の腕を掴んだ。微かに震えている。手を握ると、ぎゅっと握り返された。不安なのだ。

 

「……急いで社長たちを助けよう。社長たちの方も時間はあまり無い」

「ええ。そろそろタイムリミットが近い。安西さん、歩けますか?」

「歩きます」


 即答した安西は頭をはっきりさせようというのか、無事な方の手で自分の頭を押さえながら振る。

 壁に背中をつけて立ち上がるが、足がふらついたのを見て、浩史が肩を貸した。


「ここのスイングドアは、カーゴをドアと対面の壁の間に突っ込んで通路ごと閉鎖しちゃおう」


 切羽詰まった状況下に、ショックを引きずる事すら出来なかった遼がてきぱきと指示をしていく。


「ここのシャッターが使えない状態って事は、奥の、冷蔵庫がある方に搬入口とか通用口があるってことだと思うから、帰りはそっちを使えば良いでしょ。典子、咲ちゃん、手伝って」

「分かった」

「じゃあ僕と眞は、先行して安全を確保するよ。後からゆっくり来て」

「ああ」


 遼から残りの発煙筒を受け取り、ルイスと桐野が歩き出す。

 彼らを見送ることなく、咲良たちはカーゴへと手を伸ばした。典子と遼は動く事で不安を紛らわせようとしているのか、どんどんバリケードが出来ていく。

 スイングドアが向こう側に引かれて開かれたとしても、カーゴで入り口が塞がれて入れなくなるようになるまで、そう時間はかからなかった。

 

「これで最後、と」


 並べたカーゴと壁の間に、パズルの様に最後の一台を入れ込む。

 

「行こう。安西さん、行けますか?」

「はい」


 意識をはっきりさせようというのか自分の頬を叩きつつ、安西が歩き出す。横に浩史が並び、咲良と小町、典子と遼が続いた。

 通路は暗い。頼りになるのは先行しているルイスたちが置いて行った発煙筒の明かりだけだ。壁際には作業台や品出し途中だったのか段ボールやカーゴがあり、視界を遮っている。

 それでもルイスと桐野が先行しているから、死者が飛び出てくるかも、という不安は無かった。浩史も遼も同じ気持ちなのだろう。安西のペースに合わせてはいるが、躊躇う事無くどんどん奥へと向かっていく。

 咲良も遅れないように彼らに続けば、先頭にいる浩史の姿が消えた。

 一瞬動揺したが、角を曲がったと気づき、後を追う。

 

「早かったね」


 少し開けたスペースに発煙筒が転がり、ルイスがいた。桐野はその向こうで新しい発煙筒をつけている。警戒しながら進んだ二人に追いついてしまったのだろう。

 

「先生、冷蔵庫は?」

「多分あれじゃないかな?」


 ルイスが指した先に、タイミングよく桐野が発煙筒を投げた。

 その発煙筒の火に、銀色のドアが浮かび上がる。卓己が言っていた通り、かなり大きな冷蔵庫らしく、発煙筒では端まで見えない。冷蔵庫というより、冷蔵室だ。


「僕らはこの先の確認をしてくるから、遼くんは卓己さんに電話して、開け方教えてもらってくれる?」

「あ、はい」


 遼がスマホを取り出しコールをする間に、ルイスは桐野に合図をしながら歩いて行く。


「ん?あー……」

「お兄ちゃん?」

「電池切れたっぽい。俺のじゃなくて卓ちゃんの方な。電波が届かない場所にいるか~てアナウンス流れた」

「五十嵐くんは?」

「あ、そか。えーと………出ないっす」

「逃げる時に落としちゃったとかかなぁ」

「有り得るな。エントランス色々落ちてたし」


 そう言って遼はスマホを見て眉をしかめた。


「十二時四十五分過ぎた。もう何とかしてこっちから開けてみるっきゃねぇな」


 大きな銀色の扉の前に立ち、取っ手らしきものを観察する。

 横向きのハンドルタイプだ。だが掴んで横にスライドさせれば良い感じではない。多分、ハンドルを一度垂直に立ててロックを外すタイプだろう。


「こうか?あ?」


 咲良の予想と同じようにハンドルを動かそうとした遼が手を止める。


「動かない。おかしいな。多分この向きで合ってると思うんだけど……」

「どれ?」


 安西と浩史がドアに近寄り、ドアを眺めまわす。安西は立っているのがしんどいのかドアの横に置いてあった荷物置きの様な小さな机に寄りかかり、浩史は遼の背後からハンドルを覗き込む。


「これじゃないか?このボタン押しながらハンドルを引いて……動かないな」


 あれ?と浩史と遼がハンドルを弄くり回す横で、安西が「あ」と声をあげた。


「ここ、斜めに噛んでます」

「あ、本当だ。じゃあちょっとこっち向きに押して……」


 よっ!と遼がハンドルをやや傾けながら押すが力が足りないらしく、後ろから浩史が補助する。ガチン、と重い金属が噛みあう音がしてハンドルが回った。

 パコン、とドアと本体のパッキンが剥がれる音がする。


「開いた!卓ちゃ―」

「逃げろっ!!」


 え、と聞き返そうとした遼に、勢いよくあちらから開かれたドアがぶつかる。


「っ?!」


 ガツっと金属製のドアが遼と浩史に直撃し、二人はドアに弾き飛ばされて後ろ向きに転がる。

 同時にドアの隙間か滑るように出て来た人影が、安西に飛びついた。


 一瞬の事で誰も声を上げる事が出来なかった。

 ドアに撥ね飛ばされて何が起こったか分からなかった遼と浩史はもちろん、横で見ていた咲良と典子も、飛びかかられた安西自身も。


 悲鳴をあげる暇も無く、安西は男に伸し掛かられて机から滑り落ちる。

 つられたように机が倒れ、ガターン!と激しい音をたてた。


「どうした?!」


 音が聞こえたのだろうルイスの声が聞こえ、安西の上に乗っていた人物が顔を上げる。


「ご、うださん?」


 顔面を真っ赤に染めた相手の、微かに見覚えのある顔に咲良が思わず呟くと、男はこちらを向いた。

 確かに郷田だった。だが静かだが威圧感のあった視線は無く、ぎらぎらと獲物を見る動物の様に異様な光を放ち、咲良を見ている。

 ぞっとして足を一歩引きかけると、郷田は興味を失ったように顔を戻した。

 横たわる安西の、首元あたりに顔を埋める。


「あ……」


 グチャ、ベチャ、ゴクン、という音と微かに上下する頭に、ぐっと胃からせりあがってくるものを感じ、咲良は口元を押さえた。


 食べている。 

 郷田は、安西を食べているのだ。

 安西の腕は無造作に床に転がり、郷田の動き合わせて動くだけで、生きている感じがまるでしない。悲鳴も、逃げようともがく動きも、無い。

 ついさっきまで、生きていたのに。


「あ、あ………」


 恐怖なのか、嘔吐感からなのか、震える喉から声が漏れる。

 郷田と安西から目が離せず、ガタガタと震え出した肩に、ふ、と触れたものに跳ね上がりながら振り返ると、同じように震えて真っ青な顔の典子の手がそこにあった。

 思わず手を取り握ると、握り返される。


「郷田、さん?安西さ、んは……!」


 ようやく立ち上がった遼がドア越しに郷田を認め、絶句し、浩史に後ろから抱き留められた。浩史の顔も蒼白だ。

 凍り付いたように郷田と安西を見ている。

 ガタ、という音に開いたばかりのドアを見れば、浩史と同じように卓己が五十嵐を拘束していた。遼と違い、五十嵐の方は安西の名前を叫んでいるのだろう。卓己の手の下から、くぐもった声が漏れている。

 二人の背後には、今にも倒れそうな顔色をした山下と田原もいた。

 

「これは……」

 

 呟いたのは、いつの間にか戻ってきていたルイスだ。

 慎重に銃を構えながら歩み寄り、郷田を見て眉を寄せている。

 

「なんで、襲ってこないんだ?」

 

 ぼそ、と呟く声に返ってくる言葉は無い。

 ルイスも期待はしていなかったのか問いを重ねる事は無く、手振りで全員に離れるようにジェスチャーしながら、自分は郷田に近づいていく。

 咲良と典子は郷田から目を離さないまま、威嚇する小町のリードを引きつつ浩史たちの所へと退避した。

 卓己も五十嵐を抱えあげるようにしながら、連れてくる。山下と田原も転びそうになりながら後に続いた。

 

「まさか食ってるのか?」


 ぽそり、と独り言の様に囁かれた言葉に弾かれた様に振り返ると、桐野が険しい顔で銃を構えていた。

 

「わ、分かんない、けど、でも……」

 

 咀嚼音を思い出し、咲良は口を押さえた。


「……悪い。とりあえず離れてろ」


 言われるがままに六人で壁際まで下がると、代わりの様に桐野が前に出て、ルイスと目配せをしあう。

 照準の先は、未だ安西から離れない、郷田だ。



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