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逆境ストラグル  作者: 沢渡 夜深
ストラグルの鐘
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織元唯希:不幸の烈火





 こめかみから流れる血液が、彼女の白い肌を汚していく。血色のない肌がさらに汚れていく。頬まで流れてきた血を手で乱暴に拭えば、たちまち手が赤色に染まった。

 足元には、血痕が付着している手のひらサイズの石が転がっている。それだけを見れば、今自分の身に何が起こっているのか、さすがに理解出来た。

 彼女は投石がされた方に視線を向けた。そして、炎のバージンロードの先にいる、見目麗しい男女を発見する。男のほうは痩せこけ傷だらけで少々物足りないような気もするが、女の方は欠点がないという程に完璧な美少女であった。美女の長く美しい銀髪が、炎と相俟ってさらに美しく彩っている。


 「…………織、元……雨宮……?」


 今さっきトドメを刺そうとした少年の呟きが、彼女の耳に入った。

 どうやら、彼らの名は「おりもと」と「あめみや」らしい。どちらがそうなのかは知らないが、今のこの現状では、名前を覚えても意味無いであろう。

 女性は未だに流れる血をまた乱暴に拭って、彼らを睨んだ。


 「随分可愛げのない攻撃ね」


 「母校を奇襲してる犯罪者に可愛げもクソもあるか」


 「正論」


 寧ろ、可愛げがあったら完膚なきまでにぶっ倒す所だ。

 女性は先程痛めつけていた少年から視線を外し、彼らの方へ一歩歩み寄った。それに彼らが臆する様子はない。

 成程、襲撃者が近寄ったというのに依然冷静とは。中々肝が据わっている彼らに、自然と女性の口角も上がった。


 「愚問だけれど、どうして私を攻撃したのかしら。人間の一人くらい見捨ててもよくて?」


 「………………」


 その問いに少年は目を細める。すると、すっと女性の足元に倒れている少年……君崎の方を見た。

 君崎と少年の視線が交差する。君崎の怯えと動揺、希望がひしひしと漏れ、少年に突き刺していく。

 助けに来てくれたのか、お前を虐げてきた自分を。ああ、何とも幸運なことか、と君崎は笑みを零した。

 ーーーだが。



 「ーーーーああ、いたんか」



 その希望は、あっさりと崩れ去る。

 まるで今、初めて君崎のそんざいに気づいたかのような反応。そこに焦りや動揺もなく、ただ軽く、小並感のような感想を零した彼に、君崎の目が震えた。

 何を意味するのか、それは君崎にも分かっている。

 つまり、彼は君崎を助けるために投石を放った訳では無いのだ。何の理由も無しに、彼女に投石を行ったのだ。

 淡い期待が崩れ去り、ふるふると力を失う。その様子を、女性は面白おかしく見ていた。


 「あら、今気づいたのかしら。貴方達が来るまでこの子と遊んでいたの。てっきりこの子を助けるために攻撃してきたのかと思ったけれど……」


 「生憎、そいつにはいい思い出がないんでね」


 「じゃあ、殺しちゃってもいい?」


 ドクリ、と女性の殺気が君崎に当たる。フルッ、とその殺気に当てられた君崎はその時、死の恐怖に蝕まれた。

 死ぬのか、ここで死んでしまうのか。嫌だ、誰か助けて。お願いだから。先程の恐怖がまた舞い戻ってきて、情けない顔を晒してしまう。

 彼は助けない。美女もこちらの様子を窺うだけ。

 君崎に希望は、もう無いに等しかった。

 しかし、そんな君崎を救うかのように、少年は女性の問いかけに首を振る。


 「そんな奴でも、一応人間なんだ。それに、目の前で死体が転がるのは何かと目覚めが悪い」


 「……じゃあーーーー死ね」


 目の前に死体が転がるのが嫌なら、それを見せればいい。そして彼女が結論づけた答えは、目の前の少年達を殺す事であった。

 膝まづいていた炎獣が立ち上がる。轟々とした火炎を吐き、彼らに威嚇する。


 「【火炎(フレイム)】!」


 女性に命じられた炎獣は、直ぐ様行動に移した。大きく開けた熱が溜まった灼熱の口内から、赤く燃え上がる火の玉を吐き出す。触れれば一瞬で溶かされるであろう。


 「!逃げ、」


 君崎が叫ぶも時遅し。その灼熱の炎は、彼らにぶち当たる。

 避ける暇もなく、呆気なく散っていった。灼熱の炎は廊下の外壁までも、全てを焦がしていく。炎との距離は遠いはずなのに、そのマグマのような温度はじわじわと君崎の方まで伝わってきた。

 ーーー肌が焼けると思える程の威力を受けて、あの二人が無事だと思えるのか?

 答えは、否。君崎の顔が、絶望に染まる。吐く息が浅くなる。


 「……………………」


 しかし、絶対的勝利を前にして、女性は警戒を解かなかった。寧ろ、次なる魔法を撃とうと構えていた。

 可笑しい。と、女性は察知した。それには根本的な理由があった。それはーーー人の気配がしないということ。

 死体になったら気配諸共消滅するのだろうか。否、これまでの経験を持ってして、それは有り得ないと豪語する。なら、何故気配がしないのか。

 ぐっと思考に陥りそうになるーー刹那、背後から尋常でない程の殺気を感じた。


 「ッ!?」


 バッ!と振り返れば、女性の背後には、銀髪の美少女が佇んでいた。ーーーその右手に魔力を集約させて。

 女性が驚愕する暇もなくーーーその魔力は、解き放たれる。


 「【ライジング!】」


 解き放たれた魔力の名は、電撃。

 多少威力は劣るものの、怯ませるには十分な魔法である。バチリッ!と火花を散らしながら向かってくる電光石火の如き電撃に、不意打ちを食らった女性が即座に反応出来る訳がなかった。


 「ぐっ……!チッ!」


 まともに受けたがふらつくだけなのは、今までの経験の賜物であろう。直ぐ様電撃を取り払い、構えながら前を見据えた。


 「……何?」


 しかし、そこに美少女はいなかった。

 存在していたのは、無様に倒れ伏せていたであろう名も知らぬ少年の血痕と、無残に破壊された廊下であった。





****





 「襲撃者は?」


 「取り敢えず撒けたわよ」


 唯希の問いに答えた希美だが、「でも」と言葉を紡ぐ。


 「魔力の痕跡を辿ってくるかもしれないわね。彼女、結構な腕前だし」


 「じゃあ早い内にここから出ちまおう。力は残ってるか?」


 「残ってるけど、コップ一杯分の魔力じゃ、貴方達を安全に外に出す事は出来ないわ。本当、人間の魔力って不憫ね。本来の力も全然出せないし、制御に時間がかかるしーーー私と契約してくれたらそれが全部出来るんだけど」


 「やらねぇ黙れ」


 「……おい」


 軽快に言葉を交わす彼らの間に、掠れ掠れの君崎の声が割って入る。

 彼らがいたのは、襲撃犯がいた場所から随分遠のいた資料室であった。様々なファイルが陳列する灰色の世界のその中心に、君崎は乱暴に転がされていた。先程、希美に物でも投げるかのように扱われたのだ。普通なら激怒するところだが、今その事はどうでもいい。

 色々と聞きたいことがある。それは一つ二つだけでは収まらない。頭の片隅で「早く逃げろ」と正常な自分が叫ぶが、彼はそれを聞き流す。

 唯希達が返事するのを待たずに、君崎は問うた。


 「お前、どうして俺を、助けたんだよ」


 「俺がいつお前を助けた?」


 そしてその問いに、唯希は直ぐ様返す。


 「お前を助けたのはそこの女だ。俺は何もしちゃいねぇ」


 「……でも、お前、あいつに石投げて……」


 「ハァ?ンなもん、自分が助かるためにやったに決まってるだろうが」


 ーーーなら、攻撃しない方が良かったのでは?

 あの様子だと女性は攻撃させられるまで唯希達の存在は気づいていないようだった。なら、攻撃せずに悟られないようにあの場を去るのが、一番の逃げの一手ではないのだろうか。

 わからない。彼の考えがわからない。長年見てきたはずだというのに、君崎には唯希の事が理解出来なかった。


 「その事は一度置いておきましょう。今はここから脱出するのが先決よ」


 ドア付近で見張っていた希美が、軌道修正に入る。その言葉にハッとした君崎は、今抱えている疑問を振り払って彼女の言葉に集中した。


 「そこの窓から飛び降りるのが1番いいのでしょうけど、三階の高さは下手すれば足を怪我する場合もあるわ。しかも、そこにいる彼は魔法の使用とあの襲撃犯の攻撃で外も中もズタボロ。あまり、窓から飛び降りることは得策ではないわね」


 「お前の残り少ない魔力で何とかならないのか?」


 「衝撃を緩和させる魔法だと少々時間がかかるわ。遅くても三分はかかる。でも、正直言ってそれだと時間がかかりすぎるわ。その間に襲撃犯が来る確率は高いわよ」


 「ないに越したことはねぇ。頼む」


 唯希の頼みにぐっと俯いた希美は、やがて「わかったわ」と了承した。

 両手を翳せば、たちまち複数の魔法陣が希美の腕に纏う。それらは使用者にしか解読できない魔法文字の円盤。他者から見れば未知なる魔法陣だ。それが、オリジナルであるなら尚更である。


 「……衝撃の緩和をした後は、そこの彼の手当てもするわ。さすがにその状態じゃあ、外に出たとしても辛いでしょう?」


 「……そうだな。お前もそれでいいだろ?」


 「……ぇ、あ、おう……」


 イマイチ状況が飲み込めていない君崎はそれに頷くしかない。いや、一切の異論すら認めない唯希の眼光に怯んで頷いたとでも言うべきか。

 希美の周囲を粒子が舞う。仄かな赤色の光が彼女を包み込み、魔力の底上げを図る。


 「……【聖なる鎧纏いし力よ、我が魂を守らんと誓う】」


 鈴のような音色を運び、魔法は唯希と君崎に纏う。ふわり、と体に纏った赤色の霧状のようなものが光り、拡散する。

 これで衝撃を緩和させる事が出来た。後は、君崎の治療である。治癒の印である緑色の魔法陣が君崎の体を覆う。そして魔法陣が全身についた時、希美は応急処置程度の治癒を施そうとした。



 刹那、彼らがいた資料室に、灼熱の炎が襲いかかる。



 「ッ!逃げて!」


 それに逸早く気づいたのは、治癒魔法を施そうとした希美であった。

 異常に気づいた希美は魔法を止め、側にいた君崎を抱え端に転がるように避難する。唯希も希美の聞いたことのない声を聞いた瞬間、紐にでも引っ張られるかのように壁に向かって転がり込んだ。

 一瞬で燃え上がる、資料室に束ねられていた紙束。一気に塵と化したそれが竜巻のように渦巻く。そしてその中から、薄らと人影が映る。


 「あはははははははははははははははははははははははッッ!!バレバレなのよぉ!!貴方みたいな素人同然の垂れ流し魔力なんてぇ!!」


 それは襲撃犯の女性であった。後に炎獣を従えている彼女は、狂気的な笑みを浮かべ、希美を嘲笑った。

 彼女はずっと前から、希美の魔力を感知していた。魔法に優れている彼女は技術は勿論、感知能力に関しても群を抜いていたのだ。それはとうの昔に葬られたものであったが、この場面ではそれが彼女の助力となってしまったのだ。


 「ふふ、ふふふふふふ!!!!追い込んだ、追い込んでやったわ!!あは、ははははははははははははッ!はははははははは、ひゃははははははーーーーッッ!!」


 希美は面倒臭い事になったことを実感し、下唇を噛んだ。こちらには動けない君崎に法によって魔法を使う事が許されない唯希がいる。本来の力も今は出せない彼女に残っているのは、もはや手に汲み取る程にしか残っていないちっぽけな魔力のみ。

 誰から見ても、絶体絶命であった。

 恐らく彼女は自分達を原型も留めぬような火力で焼き尽くすに違いない。なら、と希美はこの世界の魔力ーーーではなく、本来の力の制御に入った。たったの数秒だが、それだけの猶予なら本来の力で唯希だけは守る事は出来る。

 唯希だけは守る、それだけを心に入れた希美は、本来の力を出来る限り制御出来るように集中し始めた。


 「ーーーーあぁ、そうだわ。殺す前に聞きたいことがあるんだった」


 しかし、希美の予想とは反して、女性は先程までの殺気をしまってそう零した。

 これには希美も拍子抜けするも束の間、直ぐに射殺すような視線が希美だけを貫く。

 その冷徹な雰囲気のまま、女性は問うた。


 「貴方、何故魔法を使う事が出来るの?普通は貴方程じゃあ、優秀な指導者がいなければ魔法を扱うことは不可能な筈。……いえ、それ以前に魔法の影響で体にガタが来る。だけど今の貴方を見る限り、それが見当たらないわ」


 「………………」


 「違法で優秀な指導者を雇って魔法の訓練を行ったとしても、最低でも齢14までは魔法の使用で死亡する確率が高いって、医学的に結論付けられている。そうなると、指導者をつけてもあそこまで魔法を上手く使えるわけがないのよ」


 一呼吸置いて、彼女は希美に確信を持った問いかけをしてきた。


 「ーーーー貴方、人間?」


 「………………そうじゃないって、言ったら?」


 だから希美は彼女の推測を汲み取って、敢えて乗っかった。

 不敵な笑みを浮かべ答えた希美に、女性の笑みが深くなる。しかしそれは一瞬の事で、また直ぐに表情を歪める。


 「…………なら、服従生物(サブヴェール)?」


 「それ以上答える気はないわ」


 「…………そう。まぁ、別に知っても何の得にもならないし」


 直ぐに興味を失った女性は、「じゃあ、やっちゃって」と至極あっさりに仕えていた炎獣に命令を下す。

 野太い咆哮を上げ、真っ直ぐにこちらに突っ込んでくる炎獣。あれを受けたら、彼らは先程の紙束のように塵と化してしまうのであろう。

 君崎は死に怯え、唯希は何かを待つかのように澄まし顔でそれに直面する中ーーーー彼女は動いた。


 「馬鹿ねーーーー尋問に時間をかけすぎなのよ!」


 刹那、展開が一変する。

 彼女がそう不敵に笑った瞬間、部屋に強烈な風が生み出された。それはまるで突風、いやそれ以上の風力。チリチリと燃える炎を掻き消す程のその威力は、女性の一瞬の隙を突くには十分なものであった。


 「ッ何……!?」


 目も開けられない瞬間、女性が恐る恐る警戒しながら目を開ける。

 そして、目の前の光景に言葉を失った。


 「ーーーーーーまた、いなくなった……?」


 そこはもぬけの殻であった。先程まで自分を怯えたように見つめるその姿達は、跡形もなく消えていた。燃え広がった炎も消え去り、突風によって動きを止められていた炎獣は、呆然としている主を窘めるかのように寄り添う。

 しかし、そんな事よりも。


 (また、逃げられたーーー?)


 二度も、自分の前から逃げおおせた彼らに、女性は苛立った。

 逃げられるはずないのに。自分は最強の魔導士なのに。これでは、まるで。

 ーーー弱い自分など余裕で撒ける、と嘲笑っているかのようだ。


 「……あい、つらぁ……!!」


 もう人間ではないとか、普通じゃないとかどうでもいい。

 彼女はただ、自分の欲の為に動く事を決意した。




 いつしか彼女は、この学校を襲撃した理由を忘れてしまっていた。






 書き溜めてきたので、ゆっくり投稿して行こうと思います。

 恐らくこの書き溜めで第一章は終わると思います。

 この第一章で、この物語の世界観を粗方掴んで貰えるよう、皆様に評価して頂けるよう、精一杯頑張らさせていただきます。


2018/10/27 00:00

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