織元唯希:独立不羈
動揺とざわめき、そして悲鳴が木霊した。それら全てを覆い尽くす火炎の大波は、依然勢いは変わらず学校に襲いかかる。生き物のように動く火炎は、いやでも「魔法」だと分かってしまう。
君崎はその瞬間をたまたま目にしていた。ふらふらと足取りが掴めないボサボサ頭の女性が敷地に入り、そして突然魔法を唱えこの学校を襲った瞬間を全て。
廊下で逃げ惑う同級生、先生の怒号らしきものが窓越しから響く。予想しなくとも、先生が自分達の為に戦っていることは明白であった。
「【流水よ、激流に身を委ね、激しく踊れ!】」
「【閃光の鉄槌、我が名において下されるべし!】」
「【轟け雷鳴、一太刀の裁きを!】」
先生の魔法が炸裂する。水、光、雷と、様々な属性の魔法が襲撃者の女に降りかかる。どれも高度な魔法で、模範通りの魔法ではない。あれが当たれば、いやでも彼女の動きは止まるはずだ。
しかしーーー彼女は予想を遥かに超える動きをした。
「ーーーーーー【壊せ!!壊せ!!全部壊せ!!!私を冒涜するものも、私を蔑むものも、私が惨めになるものも!!全部!!全部全部全部全部っっ!!ぶっ壊せぇ!!!!!!】」
彼女が叫ぶように言葉を紡いだ瞬間ーーー紅蓮が勢いを増した。それはぐるぐると彼女の周りを螺旋状に渦巻き、炎獣を生み出す。燃え盛る業火の中で生まれる炎獣は、正に地獄の番犬を思わせる程恐ろしい。
炎獣がゆっくりと目を見開く。炎の獣は、先生達を視界に収めた瞬間ーーー咆哮を放った。
『ーーーーグオオオオオオオオッッ!!!』
「な、にーーーーッ!?」
それに同調するかのように、炎の勢いも増す。轟轟と燃える獣は先生達に襲いかかり、先生達を蹂躙した。
全く歯が立たなかった。先生達は赤子を捻るかのようにあっさりと倒れ、襲撃者の侵入を許してしまった。
獣は散り散りとなって消え去るも炎は未だに健在である。彼女がゆっくりと歩を進める度に鳴く炎は、正に彼女専用のバージンロードであった。
「……まず、い」
襲撃者が、侵入してくる。
今、自分達を護ってくれる騎士はーーーいない。
「ころ、される……!?」
ガクガクと足の震えが止まらない君崎は、見てしまった。
彼女が校内に入る前に、こちらを見たことに。こちらを見て悪魔のように笑った瞬間を、見てしまった。
死は直ぐそこにあると実感した、瞬間であった。
「炎……?火事かッ?」
突如襲ってきた火炎に驚愕した唯希は、弾かれるように屋上の鉄網から黒煙の先を見下し、そして目を疑った。
地上では炎獣が暴れだし、水や雷の魔法を跳ね除けている光景が広がっている。その獣の姿は、正に地獄の番犬というに相応しく、醜い波旬のようであった。
『ーーーーグオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!』
炎獣の咆哮がこちらにも届き、思わず足が竦みそうになる。それくらい、あの咆哮による波動は激しかった。
唯希はその咆哮に何とか耐えるも、驚愕は隠せない。
「何だ、あれ……魔法にしてはすげぇ力だぞ……!」
「魔力量が多いのね。だとしても、あれは酷いわ。魔力が乱れ過ぎている。一体、どんなめちゃくちゃな詠唱をしたのかしら……」
隣でその光景を見た希美はそう批評した。そう、あの炎獣は確かに凄まじい魔力量で、普通の魔法なら敵うことのない強力な魔法だ。しかし、あの炎獣の魔法は安定どころか、所々散っていく様子が伺える。それは、あの魔法が安定していないことを意味している。
魔法を安定させるには、「詠唱」というものが必要になってくる。この詠唱というものは、一節一節が魔法の威力、創造、属性、魔力量など、色々な要因に関わってくる大事な部分だ。この詠唱が無ければ今の世界はないと言っても過言ではない。高校に上がれば初心者でも扱える定例文の魔法が記載された教科書が渡されるが、自分で改変し、自分だけの魔法を作ることも可能なのだ。
本来なら、魔導士の命を守るために存在する詠唱。その詠唱のせいで、あんな危険な魔法が作り出されている。あの魔法を作り出した魔導士は、まず命の保証がないと言っても過言ではない。
「……そもそも、あいつは何で学校を突然襲撃して来たんだ……?」
「元々、この学校に対して強い憎しみがあった。或いは……社会に絶望して八つ当たり?」
「どっちにしろ最悪だな……」
苦笑しか出てこない。つまり、自分達は彼女の鬱憤を晴らすための道具に成り下がっているということだ。何という傍迷惑な事であろう。先程の君崎の奇行といいこの犯行といい、今日は不運な事ばかりだ。
ーーーいや、いつもの事か。これよりもっと酷いものは手で数えられる程度だが、このようなレベルのものなら、何度も同じ目に遭っている。今更なんだ、こんなものに怯えるなんて。
そう、今更なのだ。だから自分は、この場で「最善の選択」をする他ない。
「どこに行くつもり?」
屋上の出入口に向かおうとする唯希を呼び止める。振り返ると、希美は全てを悟ったかのようにこちらを見ていた。その表情が、とても腹立たしい。その先の先を読んで、自分の掌で踊らそうとしている魂胆を匂わすその表情が、今じゃとてつもなく腹立たしく思う。
唯希は間髪入れずに、彼女の質問に答えた。
「あいつから逃げる。それ以外に何がある?」
「無理ね。貴方はあの襲撃犯から逃げられない」
しかしそれは即座に切り捨てられる。
今も尚、獣の咆哮が轟いている。ビリビリと静電気のような小さな衝撃が、彼女達を襲う。校内からは幾人かの悲鳴が木霊して、さらにこの状況の悪さを引き立たせる。
唯希はグッと眉を顰めて、彼女に反論した。
「どうしてそう言い切れる?まだそうと決まったわけじゃないだろ」
「なら言い切ってあげる。今逃げたら襲撃犯と鉢合わせて、貴方は重傷を負う。それで終わりよ。だって……」
「それが運命だから……だろ?」
彼女が言うよりも前に、唯希が被せる。
少しだけ驚いた表情をした希美。脳では理解しているつもりだったが、内心ではあまり信じていなかったらしい。彼女は唯希に「分かってるじゃない」と呆れ気味に言った。
「なら、どうして自ら不幸の道へ歩もうとするのかしら。ここで待っていた方が幾分か安全よ。時間も稼げるし、怪我も酷くならない」
「怪我は負う前提かよ。だが、襲われるのは変わらねぇんだ。なら、ここで行っても何も問題ないだろう?」
「どうして今行くの?」
怒涛の質問に、唯希は淡々と答えていく。
「ここで待っていても、ただ時間が伸びるだけ。なら早めに行った方が効率がいいだろ。要は撃退すればいいだけの話だ。さっきの君崎のように、いざとなったらなけなしの魔法でも食らわせてやる」
「ネットの知識だけで粋がらないで。下手したら貴方……死ぬわよ?」
ゾッとするような声色で、そう言われる。普通の人なら震えて素直に命令を聞きそうだが、唯希は逆に「ハッ」と笑って跳ね除けた。そして、小さく微笑みながら彼女にこう確信を持って言い返す。
「死なねぇよ。そういう運命なんだからな」
その言葉を聞いた瞬間、希美は悟った。彼に何を言っても無駄だと。彼は既に運命を受け入れて、受け入れた上で行動しているのだと。
全てを受け入れ、その上で自ら不幸に投じる彼の姿を今一度心に焼き付けた希美は、ふっ、と「あなたに何を言っても無駄なのね」と笑って言った。どれだけ言葉を積み重ねても、彼は自分の意見など強引に跳ね除けてしまうであろう。だから希美は折れることにした。
「じゃあ、私は貴方の護衛に徹しましょうか」
そして希美は、彼を全力で守ることにした。
「……は?」
「だから、貴方の護衛になると言っているの」
彼女の言った言葉を理解出来なかった唯希に、彼女はもう一度言う。さも当然のように言うものだから、一瞬だけ反応が遅れた。しかしもう一度同じ事を言われれば、さすがの唯希も意味くらいは理解出来る。
彼女は「唯希を守る」と言っているのだ。護衛になるというのなら、必然的に唯希を守る形となる。ーーー何故、あの会話からそれに行き着いたのか。唯希には全く分からなかった。
希美は言う。
「元々私は、貴方を護る為にこの地に降りてきたのよ。その貴方を護らずに高みの見物だなんて、神としてのプライドが許さない。だから私は、自分が決めた事に沿って貴方を護ると言っているの」
「……あー。そんな事言ってたな。で?もしかしてこの状況に乗って、俺と契約でもする気か?」
「そんな事するわけないでしょう。私は神なのよ。神のプライドにかけて、そんな下衆な事をするはずがないわ」
「…………そうですか」
何を言っても無駄らしい。寧ろこの言い合いが時間の無駄だと感じてきた。
唯希はあまり深く考えるのを止め、話を無理矢理止める。兎に角今は目の前の事に集中しなければ、最悪地獄のような痛みを味わう事になる。それだけは絶対に避けたかった。
二度だけそんな事を体験したが、あれは懲り懲りである。どれだけ不幸に体を打ちのめされ耐性がついたとしても、あのような仕打ちは出来れば二度と受けたくない。
だから唯希は今動く。今動いて、自分にとって利益がある行動をする。
それが今の、新しい唯希の進み方だ。
「じゃあーーーー逃げるか」
その一言は、とても無様な言葉に思えるが、その場においてはとても輝いた言葉に聞こえた。
***
中学校時代も、自分は輝いていた。
毎日が薔薇色に染まっていた。自分とすれ違う人々は、皆恍惚とした表情を自分に向けていた。振り返れば黄色い悲鳴を上げ、そして健気に手を振ってくる。それにまた気持ちを良くした自分も、手を振り返すのだ。そうしたら人々はいとも簡単にはしゃぎ出す。
中学校時代も、自分は一目を置かれていた。毎日が華やかだった。花が舞っていた。星が自分の周りを飛んでいた。
そんな中学校時代を思い出して、気持ちが良いはずなのに。
ーーー今では、怒りしか湧いてこない。
君崎の足が限界を超え、何も無いところで足をもつれさせて倒れる。
「ッぅ、あ!」
盛大に転んだ彼は強く鼻を打ったのか、鼻を抑えながら呻いた。ッ、と手を付きながら体を起こし、また足を動かそうとするも、今の転倒で捻ったのか力が入らない。
「逃げ、なきゃ……!」
逃げなければ、逃げなければ、逃げなければ!!その焦りが君崎をさらに焦らせ、判断能力を低下させていく。
その時。
カツン、カツンと、ヒールの音が響く。それと同時に何かが燃え焦げる臭いが鼻を掠め、君崎は咄嗟に口を抑えた。
ーーーやばい、来る。
自分の頭が危険信号を鳴らしているが、肝心の足が動かない。ガグガクと痙攣していて、とても動くものじゃない。
「動け、動けよ……ッ!!頼む……!!」
這いずっても、その音から逃げようとする。
しかし彼の努力も虚しくーーーその音の正体は姿を現した。
カツリ、と曲がり角から姿を見せたのはやつれた女であった。もっと肥えていれば美しい女性だったろうに、その頬は骸骨のようにやつれ、髪もボサボサで手入れもされていないかのようであった。その彼女の後ろに傅くのは、轟々とした炎獣であった。炎獣が通る度に壁は剥がれ、美しい白の外装が無残にも剥がれていく。
幾重にも黒く塗り潰されたかのような瞳が、君崎を捉える。ブラックホールのように吸い込まれそうな闇の瞳は、君崎を捉えるとニッコリと笑った。
「行きなさい、私の僕ーーー【懺悔あるものに、ウリエルの裁きを】!」
彼女が使役する炎獣が、応えるように口を開けた。炎が竜巻のように口に吸い込まれーーーそして。
『ーーーグオッ!!』
放出。
莫大な量の炎は、神の伊吹となって発動される。廊下中を埋め尽くす灼熱の咆哮に、君崎は小さな悲鳴を上げた。
このまま受ければ、自分は死ぬ。
嫌だ、そんなのはーーー嫌だ。
死にたくない、こんな所でーーー死にたくない!
「……死にたくねぇ……ッ!!」
そう命乞いした君崎は、両手を灼熱の咆哮に向けて、こう叫ぶ。
「【光の障壁!】」
刹那、君崎の目の前に透明な壁が現れる。一切の汚れのない壁は、灼熱の咆哮から彼を守る為に立ち塞がった。
しかし、それは単なる気休めにしかならない。
光の障壁は灼熱の咆哮から君崎を確かに守ったが、それは一瞬の出来事。直ぐに障壁は粉砕され、君崎の目の前から無くなる。
「嘘、う、あ!」
君崎は呆気なく咆哮によって吹き飛ばされ、その体を打ち付けることとなった。障壁によって威力が軽減されたとはいえ、その威力は絶大である。
そして、それと同時にーーーー魔法の余波が、君崎に襲いかかる。
「い、があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?!?!?」
肉が裂けるような激痛が走った。全ての血管が千切れるような、血液という血液が体中から噴き出しそうな地獄のような痛みが、茨に巻かれるように襲いかかる。
空気のない息を吐き、君崎は動かなくなる。もう指先一つ動かすのも難しい。体が痙攣して、足だけでなく全てが言うことを聞かなくなってしまった。
「---『特異体質』なのね、貴方。でも、駄目よ。まだ魔力のコントロールも教わってないひよっこが、そんな簡単に魔法を使っちゃ」
魔法の代償によって動かなくなった君崎を、女性は見下す。後ろに仕えている炎獣も、心做しか嘲笑っているように見えた。
「幼い頃から教えられたでしょう?ちゃんとした指導者に教えてもらわないと、自らを破滅に導く羽目になるって」
何回も聞いた。何回も煩く言われた。
しかし、君崎はそれを深く留めていなかったのだ。何故ならネットとかで「俺中二だけど、魔法簡単に使えたぞ」というコメントを何度も見かけたからだ。だから君崎は「本当は魔法なんて軽いものではないのか」と信じ込んでいた。
しかし現実は違った。
痛い、とてつもなく痛い。四肢をもぎ取られたかのようだ。全く引かない痛みは、尚も君崎を蝕んでいく。
(ーーーもしこれを、今朝あいつにやっていたとしたら)
君崎は今朝の出来事を思い出す。あの時は頭に血が上って完全に暴走状態だったが、自分があいつーーー唯希に対して無茶苦茶な魔法を放とうとしていた事は覚えている。それもネットの知識で勝手に作ったものだが、もしあれを撃っていたら、自分は今頃ーーーその先を想像するだけで、震えが止まらなくなる。
そんな彼に彼女の目はどのように映ったのか、憐れな眼差しで君崎を見下した。
「ああ、現実を突きつけられて震える子羊になっちゃったわ。残念ね、ここで将来有望の魔法軍兵の卵がいなくなっちゃうなんて……」
まぁ、仕方の無いことよね。
全く悪びれない態度。これからの彼の行く末なんて興味ないと言わんばかりにあっさりと言う。
彼女の手がこちらに向いた瞬間、君崎は死を悟った。ああ、もうダメだと。自分はもう助からないのだと。あの獣に焼き尽くされて、何も残らない塵と化すのだと悟った。
四肢も動かない絶望的な状況の中で、そう思うのは普通の事だ。君崎の他の人間は既に避難しているし、校内に残っている君崎の危機を察するものは、誰一人としていない。
君崎は完全に一人だった。誰にも見つけられずに消えていく、孤独の人間であった。
「……ぃ、や」
その悲しさからなのか、君崎の目から涙がこぼれる。
嫌だ、死にたくない。一人では死にたくない。一人は嫌だ、皆に忘れられるのは嫌だ。
死にたくない、死にたくない、と君崎は譫言のように彼女に投げかける。それが彼の精一杯の足掻きだ。
ーーーーしかし。
「無様ね」
彼女はそれを、あっさりと切り捨てる。
君崎の目が絶望に染まる。もうダメだ、自分は助からないと、確信する。
ああ、ここで自分は死んでいくのか。
(お父さん、お母さん、ごめんなさい)
今の息子の状況を知らない自身の家族に謝った君崎は、痛みに耐えるために目を閉じた。
その時だ。目を閉じる瞬間、自分の目の前を光が横切ったような感じがしたのは。
***
ーーー魔法は、十五歳になってからだけど、高校生になるまで使っちゃダメよ。教えられても使わないで。約束出来る?
まだ、心優しかった母親の忠告。確かそれを聞いたのは、二歳の誕生日の時だろうか。……ああ、母が魔法で指先に炎を灯したのがきっかけだ。
母は自分に言う。
ーーーそして、魔法が使えるようになったら、困っている人を助けてあげて。それがあなたのやるべき事。あなたのすべき事よ。……約束出来る?
全く違う意味の約束。この時の母は純粋にそう願ったのであろう。そして同じく、まだこの世界に慣れきっていなかった自分は、どう答えたのだろう。
答えは簡単だ。
「ーーーーやらなきゃ、いけないのか」
ーーー自分は、 そう答えた。
この時から母の様子が変わったなと、人事のように思い、そしてーーー気づけば忘れてしまっていた。
どうして今頃になって、それを思い出したのか。
もしかしたらそれが、不幸の引き金だったのかもしれない。
しかし仕方がないではないか。自分なりの答えだったのだから。
自分は周りに殺されて転生されたのだ。だから、何故他者を助ける必要がある?
他者なんてあいつらと同じ。全部が全部同じ愚物。どんなに人と違っても、根っこはあいつらと何も変わらない。
どうして……助けるんだ?
彼はそれが理解出来なかった。だから母に「人を救え」と言われた時も、何故そんな事を、と思ってしまった。
自分には他者を助ける理由がない。理由がなければ、体は動かない。
ああ、面倒臭い。と彼はボヤく。
もうあんな事にはなりたくないのに。と彼は苛立ちを募らせる。
他者なんて一定の距離を保てばいいではないか。
一定の距離をぶち破ってきた不届き者は、悲惨な目に遭っている時にはこう言ってやればいいではないか。
ーーーー「ざまぁ、みろ」
そう手に握りしめた瓦礫の破片を持ちながら、彼は言った。思いっきり振りかぶったのか、肩がズキズキと痛みを帯びる。
チリッ、と炎が彼の制服を掠めた。それを突き破って肌に侵入し、彼は少しだけ眉を顰めたがーーー目の前の事に集中する。
彼の眼前にはーーー恐ろしい顔つきでこちらを睨む、ほぼ炎に纏われている状態の女性がいた。その女性の足元には、傷だらけでピクリとも動かない……自分を散々虐めてきた、男。
……あれ?と彼は目を逸らさずに疑問を零す。
俺は何をしているんだ?
俺が持っているこの瓦礫は、何の為に使われるんだ?
どうしてあの人は、頭から血を流しているんだ?
どうしてあいつはーーー君崎は、未だに無事なんだ?
ああ、そうか。
そこまで考えて、彼は答えを導き出す。
こちらを酷い形相で睨みつける女性を、逆に睨み返してーーー唯希はもう一度吐き捨てた。
「ざまぁみろ」
それは女性にだけではない、地の底に埋もれている君崎にも言った。
反応なんかどうでもいい。今、自分が成すべきことをするまで。
既に、不幸の引き金は引かれている。
他でもないーーー自分の手によって。
だから彼は立ち続ける。
隣に立つ美しき少女と共に、「愚物」と対峙する。
「…………ああ、滑稽だ」
一番嫌っていた他者を助けるなど、何とも自分は滑稽な事であろう、と彼は吐き捨てた。
真剣に誤字訂正に付き合ってくれる親友に感謝しかありません。ありがとうございます。
最近スプラトゥーン2が楽しいです。